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転生者救済編 第十二話

それから数時間後。ゼファーの最高級ホテルのスイートルーム。

 再びアイリとツカサの前に姿を現したナオキは、一切の威圧感を消し、ただ静かにソファに腰を下ろして、二人と向かい合っていた。


「……話って、何よ」


腕を組み、警戒心を露わにして睨みつけてくるアイリ。

 その隣で、ツカサも冷ややかな視線をナオキに向け、紅茶のカップをソーサーに硬い音を立てて置いた。

 二人の背後には、心配そうに見守るトウヤとルカ。そしてナオキの背後には、完璧なメイドの所作で控えるセリアの姿があった。


「トウヤの目から聞いた。お前たちが俺を忘れているのは、洗脳じゃない。世界線そのものが『俺がいない状態』に書き換わったからだそうだ」

「……だから?」

「俺は、お前たちと夫婦だった。一緒に、理不尽なチートに抗ってきた。……お前たちの魂のどこかに、その欠片すら残ってないか、確かめに来たんだ」


ナオキの言葉は、裏社会のボスとしての脅しでも、すがりつくような哀願でもなかった。ただ、かつての絆を信じようとする、不器用で真っ直ぐな問いかけだった。


――しかし。


「……ふざけないで」


アイリが、ギリッと唇を噛み締め、ナオキを真っ向から睨みつけた。

 その瞳に宿っていたのは、戸惑いでも同情でもなく――光り輝く『トップアイドル』としての、強烈で、絶対的な自己肯定エゴだった。


「私がトップアイドルになれたのは、誰の力でもない。私自身の力よ!」


アイリが立ち上がり、声を荒らげる。


「絶望的な状況でも、私が歌い続けて、私が笑顔を振りまいて、血の滲むような努力をして、世界中のみんなに勇気を与えてきたの! 私の才能と、私の努力で、自分の足で成り上がってここまできたのよ!」


それは、彼女の魂の根底にある本質だった。

 元の世界線では、ナオキに理不尽な絶望から救われたことで「ナオキのために」行動することもあった。だが、ナオキという存在が世界から完全に消去された今、彼女は『アイドルとしての強烈なエゴと自負心』によって、この世界の苦境を乗り越えてきている。彼女自身の本来の力が、その記憶の空白を埋めていたのだ。


「誰かにすがりついて、誰かに守られて生きてきたなんて……そんな惨めな記憶、私のどこにもない! 私は誰のモノでもない、みんなのトップアイドルなんだから!!」


アイリの叫びに、ツカサもまた、冷たい同意の視線を送った。


「ええ、アイリの言う通りですわ。……貴方、先ほど『一緒に』と言いましたね? 虫酸が走ります」


ツカサが、ナオキを見下すように冷笑を浮かべる。


「私は前世から、それなりなコンサルタントでした。無能な男たちを実力で撥ね退け、権力闘争に勝ち、誰にも頼らずに、女一人で圧倒的な富と地位を築き上げてきた。……この異世界に転生してからも同じです。私の完璧な魔導演算と知略があったからこそ、私たちはすべての理不尽を打破してこられた」


ツカサの瞳に宿るのもまた、揺るぎない『孤高の天才』としての自負だった。


「誰にも頼らず、己の力のみで優雅な生活を勝ち取る。それが私という人間の誇りです。……それなのに、貴方のような、裏社会でこそこそと小銭を稼ぐような冴えない一般人の『妻』として、庇護されていたなどと……。私の輝かしい人生に対する、最大の侮辱ですわ」


二人の言葉は、鋭いナイフとなってナオキに突き刺さった。

 彼女たちは、ナオキを拒絶しているのではない。ナオキの存在を認めること自体が、今この世界線で築き上げた『自立した完璧な自分たち』というアイデンティティを、根底から否定することに他ならないのだ。


「それに……」


アイリが、ナオキの後ろに控えるセリアを忌々しげに睨みつけた。


「さっき、そこのメイドが私に言ったわ。『貴女たちは空っぽのお人形だ』って。『何もない私のほうが、ナオキの隣には相応しい』ってね」

「セリア……お前……」

「事実を申し上げたまでです」


ナオキが振り返ると、セリアは悪びれる様子もなく、むしろ誇らしげに胸を張った。


「ふざけないでよ! 矛盾してるし、空っぽなのはそっちじゃない! 誰かに依存して、甘えてなきゃ生きていけないような弱い女と一緒にしないで!」


アイリが怒りで肩を震わせる。


「私たちは自分の足で立ってる! 輝かしい未来を、自分たちの力で切り拓いてる! ……あんたたちみたいな、傷の舐め合いをしてるような人たちに、私たちの完璧な絆を壊されてたまるもんですかッ!!」

「ええ。貴方たちと私たちでは、住む世界が違いますわ。……これ以上、私たちの視界に入らないでいただきたい」


完全なる、決別。

 話し合いの余地など、最初から一ミリも存在しなかった。

 彼女たちの高すぎるプライドと、輝かしい存在としての自負が、ナオキという存在を、全力で、そして完璧に拒絶したのだ。


「アイリさん! ツカサさん! なんでそんなひどいことを……っ!」

「そうっすよ! 記憶がなくても、話くらい――」


トウヤとルカがたまらず前に出ようとするが、それを止めたのは、他でもないナオキだった。


「……よせ、トウヤ、ルカ」


ナオキはゆっくりと立ち上がった。

 その顔には、怒りも、悲しみもない。ただ、かつて迷宮の底で彼女たちに見せていたような、すべてを見透かすような冷徹な目がそこにあった。


「ナオキ、さん……?」


「……よく分かった」


ナオキは、アイリとツカサを交互に見つめ、低く息を吐いた。

 誰よりも知っていたのだ。

 彼女たちの奥にある、強烈なエゴ。自分の足で立っているという強い自負。

 だからこそ、ナオキはアイリに「自分のために生きろ」と言われ救われ、ツカサのとんでもない力強いサポートに支えられ、ここまでこれたのだから。

 愛情だってお互いに絶対にあった。それに伴って、人間的に弱い、肉体的、精神的依存関係だってあった。でも、違うのだ。

 彼女たちは元々、決定的に自立したエゴを持つ、強くて美しい女性たちだった。だからこそ、チート転生者のシステムによって「ナオキ」という存在が取り除かれれば、彼女たちが本来の輝きと強さを取り戻し、完璧に自立して生きていくことは、火を見るよりも明らかだった。


自分がいない方が、この女性たちは正しく、美しく、そして『幸せ』に生きていける。

 その残酷すぎる真実を、ナオキの冷徹な理性が、完璧に理解してしまった。


「お前たちの言い分は理解した。……俺みたいな凡人が、大事な時間を取って悪かったな」


ナオキは、感情を根こそぎ削ぎ落としたような、ひどく空虚な声でそう告げた。

 そして、セリアを引き連れて、踵を返す。


「待ってください、ナオキさん! このまま諦めるんですか!?」

「師匠っ!!」


すがりつくトウヤとルカ。

 いつもなら「諦めるわけねぇだろ」と悪びれて笑うはずのその背中が、ピタリと止まった。


「諦める? ……あきらめるしかないだろッ」


「!?」


振り返ったナオキの顔を見て、トウヤとルカは息を呑んだ。

 ナオキは、泣いていた。

 血走った両目からボロボロと大粒の涙をこぼし、顔をくしゃくしゃに歪ませて。


「あいつらは……俺がいなくても……っ! 俺がこれ以上、あいつらの世界を汚せるわけないだろ……っ!!」


それは、盤面を支配するダークヒーローの姿ではなかった。

 ただ愛する女たちに拒絶され、自分の無価値さを突きつけられて心が完全にへし折れた、一人の惨めで弱い男の慟哭だった。


(あぁ……っ、ナオキ、様……っ!)


感覚共有で繋がっているセリアの脳髄に、ナオキの張り裂けそうな悲しみと、身を切るような劣等感がダイレクトに流れ込んでくる。

 決して弱さを見せることがなかった、トウヤとルカがいるこの空間で。みっともなく涙を流し、弱さを曝け出してしまうほど、ナオキの精神は限界を越えていた。


「くそっ……あぁ、くそッ……!!」


ナオキは袖で乱暴に涙を拭うと、逃げるように身を翻し、スイートルームから転がり出ていった。

 これ以上、あの光り輝く彼女たちの前に、惨めな自分の姿を晒し続けることなどできなかったのだ。

 セリアが慌てて、その後ろ姿についていく。


バタンッ!! と、重い扉が閉まる。

 あとに残されたのは、あまりの出来事に言葉を失った若き勇者二人と、そして……完全にナオキを論破し、拒絶したはずなのに、なぜか先ほどの彼の涙が網膜に焼き付いて離れない、アイリとツカサの姿だった。


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