転生者救済編 第六話
数週間後。商業国家ゼファー、裏社会の中心地である巨大地下カジノの最奥――VIPルーム。
「……なるほど。お前らが、俺の縄張りを嗅ぎ回ってたっていう『光のアイドル』ご一行様か」
最高級の革張りのソファに深く腰掛け、ナオキは不敵な笑みを浮かべた。
高級な黒のスーツに身を包んだその背後には、ゼファーの裏社会を牛耳っていたはずの屈強なマフィアの幹部たちが、顔を真っ青にしてガタガタと震えながら直立不動で控えている。
路地裏に放り出された最弱の男は、極限まで鍛え上げた【生活魔法】を使い――人間の体内の『水分』と『血流』を微細に操作し、脳血管にいつでも不可視の圧をかけられるという極悪非道な脅迫手段を用いて、たった数週間でこの歓楽街の裏組織を完全に物理的に制圧し、新たな支配者として君臨していた。
「初めまして、でいいのか? お嬢さん方」
尊大に足を組むナオキの前に立っているのは、アイリ、ツカサ、セリア、ルカ。
そして――ただ一人、息を呑んでナオキを真っ直ぐに見つめるトウヤの姿だった。
(……トウヤ。お前のその目なら、俺が見えてるんだろ?頼んだぞ)
ナオキは内心の安堵を微塵も表に出さず、ただ冷酷な裏社会のボスの顔を作って視線を送る。
トウヤは、カッと【真実の魔眼】を全開にした。
『『『対象【ナオキ】の魂より、世界から切り離された【オリジナル・データ(全記憶ログ)】へのアクセスを開始します』』』
その瞬間、トウヤの脳内に、ナオキとの思い出の『すべて』が奔流となって流れ込んできた。
出会い、嫉妬、憧れ、認められたことへの嬉しさ。そして――存在を抹消された後、路地裏の中で孤独と魔薬にのたうち回り、血を吐きながらも「絶対にアイリたちを取り戻す」と誓った、ナオキの壮絶な絶望と狂気のログまで。
「あ……っ、うぁ……ッ」
トウヤの目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
同時に、閉鎖された感覚共有リンクを通じて情報を受け取ったルカも、顔をくしゃくしゃにしてその場に泣き崩れた。
感情(記憶)としては思い出せないはずだ。だが、魂に刻み込まれたこの『真実の記録』が、目の前の偉そうな男こそが、自分たちのたった一つの帰る場所なのだと、明確に証明していた。
「ルカ!? トウヤ、どうしましたの!?」
ツカサが慌てて二人に駆け寄る。
トウヤは袖で乱暴に涙を拭うと、アイリとツカサ、そしてセリアを振り返り、ハッキリと告げた。
「アイリさん……ツカサさん、セリアさん。間違いありません。この人が……ナオキさんです。俺たちの恩人で……あなたたちの、本当の『旦那様』ですッ!!」
その言葉が、VIPルームに爆弾のように響き渡った。
* * *
「――絶対にあり得ない!! 却下! 大・却・下!!」
それから数時間後。ゼファーの最高級ホテルのスイートルーム。
アイリは、ベッドの上でクッションを抱きしめながら、顔を真っ赤にしてバンバンとシーツを叩いていた。
「なによあの男! 確かに顔はまあまあ悪くないけど、態度は横柄だし、裏社会のボスって……! トップアイドルのこの私が、あんな胡散臭くて偉そうな一般人の奥さんだったなんて、絶対に信じないんだから!!」
「ええ、アイリの言う通りですわ。トウヤとルカが嘘をついているとは思いませんが……」
ツカサもまた、テーブルの紅茶を冷ややかな目で睨みつけ、深くため息をついた。
「私の魔導演算が弾き出したあの男は、凡人でしたわ。この私が……あんな頭の悪そうなマフィアのボスの知略に惚れ込み、ましてや『妻』になるなど……私の高いプライドと論理が、全否定で拒絶しています」
二人のエゴとプライドは、今の「完璧な英雄」としての自分たちの地位と、ナオキという「泥臭い最弱の男」のギャップを、どうしても許容できなかった。
いくらトウヤたちが「ログとして確認した」と力説しても、感情が、魂が、「あんな男が私の旦那なわけがない」と強烈に反発してしまうのだ。
「だいたい、私たちみたいな完璧な美少女アイドル三人が、あんな男一人に都合よく嫁いでるなんて、おかしいでしょ! ねぇセリアちゃんもそう思うよね!?」
アイリが同意を求めて振り返る。
しかし――部屋の隅でメイド服の裾を握りしめていたセリアは、一人だけ、まったく別の理由で顔を真っ赤に沸騰させ、荒い息を吐いていた。
「はぁっ……はぁっ……っ」
「セ、セリアちゃん?」
「あの、お方……。ナオキ、様……っ」
セリアの両手は、無意識に自分の滑らかな首筋を、爪が食い込むほどに強く掻き毟っていた。
「あの方に、ゴミを見るような冷たい目で見下ろされた瞬間……。私、全身の血が沸騰するかと思いました……っ。背筋がゾクゾクして、下腹部が熱くて……っ。今すぐあの革靴を舐めて、床に這いつくばって命令されたいって……頭が、おかしくなりそうで……っ!!」
「ちょっ、セリアちゃん!? なに変なこと言ってんの!?」
「セリア! 落ち着きなさい、完全にマフィアの威圧スキルにあてられていますわよ!あの男、やはり殺しておくべきでしたか」
パニックになるアイリとツカサ。
しかし、スキルはなくともセリアの魂に刻まれた【狂信的愛執】は、すでに「真の主」の姿と匂いを完全に捉え、システムによる歴史の書き換えを内側から食い破ろうとしていた。
「違います……っ! トウヤ様の言う通りです、あの方が……あの方こそが、私の……私のすべてを支配する、絶対のご主人様なんです……っ!! あぁっ、ナオキ様ぁ……っ!」
ついにベッドに倒れ込み、シーツに顔を擦り付けて淫靡な吐息を漏らし始めるセリア。
「だ、ダメだこれ! セリアちゃんが完全に手遅れな変態になっちゃってる!!セリアちゃんってツカサちゃんより変態さんだったんだ!!!」
「あの男……! どんな卑劣な手を使いましたの!? セリアの精神をここまで汚染するなんて……絶対に許しませんわ!」
自分たちの失われた記憶など知る由もないアイリとツカサは、ナオキを「セリアをたぶらかした危険な変態マフィア」として完全に敵視し始めていた。




