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転生者救済編 第四話

ガルデニア軍事共和国の国境都市。

 常に重苦しい空気が漂い、武装した兵士たちが闊歩するその無機質な街の『中央広場』で、どんよりとした曇り空を切り裂くように、アップテンポでポップな『イントロ』が爆音で鳴り響いた。


「な、なんだ!? 敵襲か!?」

「空を見ろ! なんだあれは!!」


広場を警備していた兵士たちや、うつむき加減で歩いていた市民たちが、一斉に天を仰ぐ。

 上空に展開されたのは、ツカサの魔導演算によって生み出された『超巨大な光のホログラムステージ』だった。


『ガルデニアのみんなーっ! 今日はわたしたちのゲリラライブに集まってくれて、ありがとーっ!!』


光の粒子と共に、上空のステージに四人の少女たちが舞い降りる。

 センターでマイクを握るトップアイドルのアイリ。元気いっぱいに手を振るルカ。完璧な微笑みを浮かべるセリア。そして、知的にウインクを決めるツカサ。

 先日の帝都でのライブ放送を通じて、世界中にその名と姿を知らしめた『伝説のアイドルたち』が、突如として軍事国家の空に現れたのだ。


「……! 帝都の光の勇者と、アイリちゃんだ!」

「本物だ! 本当に共和国に来てくれたんだ!?」


『さあ、行くよ! ミュージック、スタートッ!』


アイリの合図と共に、四人の圧倒的なパフォーマンスが火を噴く。

 ルカの躍動感あふれるダンスが空間を揺らし、セリアの優雅なコーラスが響き渡る。ツカサが操る極彩色のレーザーと魔法の花火が、灰色の軍事都市を瞬く間に「熱狂のライブ会場」へと塗り替えていく。


「お、おい! 武器を下ろせ! 攻撃したら市民の暴動だけじゃなく、他国と全面戦争になるぞ!」

「し、司令! 市民たちが広場に殺到して、警備網が完全に機能していません!」

「くそっ、どうすればいいんだ! とりあえず俺たちも行くぞ!!安全のため最前列を確保しろ!」


武器を構えていたはずの軍人たちすらも、圧倒的な光と音の暴力、そして少女たちの可愛さに完全に思考をバグらされ、呆然と空を見上げることしかできない。

 作戦は完璧だった。

 アイリたちの放つ『圧倒的な光』は、軍の目を完全に空へと釘付けにする、最強の陽動ステルスとして機能していた。


――そして、熱狂に包まれる地上の真下。

 冷たく暗い地下奴隷施設の通路を、二つの影が無音で駆け抜けていた。


「トウヤ。お前の『目』の調子は?」

「完璧です。ナオキさん、次の角を右。重装の警備兵が三人、その五メートル先に魔力感知式の不可視トラップが二つ張られています」


薄暗い通路を歩きながら、トウヤが【真実の魔眼】を光らせて的確なナビゲートを行う。

 壁の向こうの伏兵も、床に仕掛けられた凶悪な罠も、世界の理を視破る彼の目の前では無意味だった。


「了解だ。まあ多少は挨拶したっていいか」


 揺らめく黒いコートを羽織ったナオキが、静かに歩み出てくる。その後ろには、鋭い視線を巡らせるトウヤの姿もあった。


「な、何者だ貴様ら!? ここを軍の特秘施設と知って――ぎゃあっ!」


部屋を取り囲んでいた軍の護衛兵たちが武器を構えるより早く、ナオキの【生活魔法】から放たれた不可視の電気弾が、兵士たちの急所(みぞおちや顎)を正確に撃ち抜き気絶させていく。

 もちろん、命は奪わない。短時間で的確に気絶させる所作。ナオキの力のコントロールは、昔と比べてかなりの成長を遂げていた。


わずか数秒。悲鳴すら上げさせない完璧な無音の制圧。

 部屋の中に立っているのは、ナオキとトウヤ、そして机の奥の椅子に座ったまま、呆然とこちらを見開いている『選別者』のシュウヘイだけになっていた。


「あんたが、悪名高い元締めだな。ずいぶんと胸糞の悪い仕事をしてるじゃねぇか」


ナオキが冷ややかな怒気を放ちながら、シュウヘイの鼻先に魔力の塊を突きつける。


「……お前たちは……?」

「光の勇者の仲間、とでも言えばわかるか?」


ナオキに魔力が収束し、シュウヘイを気絶させようとした、その時。


「――待って!! 待ってください、ナオキさん!!」


背後から、悲痛なまでのトウヤの叫び声が響いた。

 トウヤは、神秘的な光を放つ【真実の魔眼】をカッと見開きながら、椅子に座るシュウヘイを真っ直ぐに指差していた。


「この人は……違う! 悪人なんかじゃない!!」

「あ? 何言ってんだトウヤ」

「手を見てください! この人の、両手を!!」


トウヤの叫びに、ナオキが視線を落とす。

 分厚いマホガニーの机の下に隠されていた、シュウヘイの両手。それは、あまりのストレスと自己嫌悪から、自らの爪が手のひらに深く食い込み……ポタポタと、床に血溜まりを作るほどに、赤く染まりきっていた。


「……っ」


「ナオキさん、俺の目には見えます……っ。この人は、誰も見捨てたくなんてないんだ! 自分の言葉で子供たちが死んでいくことに絶望して……ずっと、狂いそうなほど自分自身を恨んで、泣いてるんです……!!」


トウヤの悲痛な代弁に、シュウヘイの肩がビクッと大きく跳ねた。

 ずっと誰にも言えなかった、狂うほどに抱え込んでいた『本質』を、初対面の少年に完璧に見透かされたのだ。


「あ……ああ……っ」


シュウヘイの死んだような瞳から、ポロポロと、大粒の涙が溢れ出した。


「もう、嫌なんだ……」


それは、地獄の底で誰かに助けを求めるような絞り出すような声。


沈黙が落ちる。

 ナオキは突きつけていた魔力をスッと消散させると、忌々しげに、しかしどこか満足げに、フッと口角を上げた。


「……なるほどな。ただのクソ野郎じゃなかったってわけだ」


ナオキは突きつけていた魔力をスッと消散させると、血まみれの手を握りしめて泣き崩れるシュウヘイを見下ろした。


「なら、話は早い。こんな地下で腐ってないで、俺たちと来い。てめぇのその眼は、子供を死地に送るためじゃなく、光の当たる場所へ引き上げるために使え」

「……っ! む、無理だ……!!」


救いの手を差し伸べるようなナオキの言葉に、しかしシュウヘイは顔を真っ青にして、激しく首を横に振った。怯えきった目で、施設の天井――地上の方向を睨みつける。


「俺は、ここから一歩も動けない……動いちゃいけないんだ! もし俺が軍を裏切って逃げれば……この施設にいる子供たちだけじゃない。俺が今まで鑑定し、各部隊や収容所に送られた『数千人の子供たち』が、全員一斉に死ぬんだぞ!!」

「……なんだと?」


ナオキの目がスッと細められる。

 シュウヘイは自分の胸の奥を掻きむしるようにして、絶望のシステムを吐き出した。


「この共和国には、『チート同盟』の転生者がいる。俺の魂はそいつのスキルで縛られているんだ。俺が軍への反逆を企てたり、国境を越えようとした瞬間、俺の鑑定履歴と紐づけられたすべての子供の心臓が止まる契約になっている……っ!!」


ただの脅しではない。その言葉の重みに、部屋の空気が一気に凍りついた。

 トウヤは弾かれたように前に出ると、限界まで【真実の魔眼】を見開き、シュウヘイの魂に刻まれた『契約』の本質を視破ろうと集中した。


(……見えろ! 解除の方法が、絶対にどこかに……!)


トウヤの視界に、シュウヘイの心臓から無数に伸びる、どす黒い呪縛の糸が浮かび上がる。その糸の先は、地下施設だけでなく、国中に散らばる無数の子供たちの命へと繋がっていた。


真実ルール1:対象が反逆の意志を行動に移した瞬間、紐づけられた全生命の活動を強制停止する』

真実ルール2:契約の解除は、双方の合意による破棄、または【原本となる契約書の焼却・破壊】のみとする』


(……原本の破壊! それなら、そのチート持ちの転生者がいる場所を見つけて、契約書を燃やせば――)


トウヤが希望を見出した、次の瞬間だった。

 魔眼が捉えた『最後の真実』が、トウヤの思考を無残に打ち砕いた。


真実ルール3:なお、原本となる契約書は、契約締結と同時に共和国司令部の手により焼却処分済みである。よって、この世界から解除の手段は永遠に失われている』


「――っ!!」


トウヤは絶句し、よろめくように後ずさった。

 完全にチェックメイトだ。同意させて契約を解除するなど不可能だろう。その前に反逆と判定され子供たちが死んでしまうからだ。かと言って、頼みの綱の物理的な解除手段は灰になってしまっている。


「トウヤ。……どうだ?」


ナオキの静かな問いかけに、トウヤはギリッと唇を噛み締めた。

 バルコニーでの会話が脳裏をよぎる。

 『お前がターゲットを見て、最適の作戦を立てろ』『はいっ! 任せてください!』

 そう意気揚々と答えたはずだった。自分の目があれば、どんな本質も見抜いて、最適なプロデュースができると驕っていた。


だが、現実は違った。

 【本質を見抜けること】と、【それを解決できる力があること】は、全くの別物なのだ。

 どれだけ相手の悲痛な感情を理解できても、どれだけチートの仕組みを理解できても……この最悪で盤石なシステムを前にして、自分には、何一つ「作戦」を立てることができない。


「……ナオキさん……」


トウヤは震える声で、絞り出すように言った。


「だめです……。俺の目じゃ……どうにもならない。契約書はこの世から消え去っていて、キャンセルする方法が存在しないんです。無理に連れ出せば、国中の子供たちが本当に死にます……っ」

「……」

「ごめんなさい……。俺が作戦を立てるって約束したのに……。どうすればいいか、全然、わかりません……っ」


自分の無力さを突きつけられ、呆然とするトウヤ。

 そんな彼の頭に、ポンと、無骨で大きな手が乗せられた。


「謝るな、トウヤ。いつだってそこがスタートラインなんだ。そこからどう考えるかだ」


顔を上げたトウヤの目に映ったのは、絶望的な状況を前にしてなお、不敵な笑みを崩さないナオキの姿だった。


「契約のキャンセルが不可能なら……意図的に『反逆』を起こして死のペナルティを発動させ、その【即死判定】を強引に上書きして生き残ればいい」


その狂った作戦プロデュースに、シュウヘイが「な、何を馬鹿な……っ」と息を呑む。

 だが、感覚共有リンク越しにそれを聞いていた地上組の女性陣は、誰一人として笑わなかった。


『……私たちなら可能ですわね』


ツカサの涼やかな声が響く。

 ナオキは凶悪な笑みを浮かべ、バキボキと首の骨を鳴らした。


「俺たち全員がいるんだ。できないことなんてないさ」


ナオキはシュウヘイの胸ぐらを掴むと、その心臓から国中の子供たちへと伸びる『死の呪縛の糸』に、自らの【生活魔法】の魔力パスを強引に接続した。


「ツカサ! 俺がこいつの契約ラインを全部引っ張り出した! あとは頼む!」

『ええ、全ラインの同期、完了しましたわ。タイミングの制御はお任せくださいまし!』


上空のホログラムステージで、ツカサがタクトを振るうように指先を走らせ、ナオキが繋いだ無数の「死のライン」を自身の魔導演算で束ね上げ、安定させる。


『みんな、行くっすよ! アタシのバフ、全部乗せっす!! 【叛逆の愚者】、最大出力ぅぅっ!!』


ルカがステージ上で力強くステップを踏み、ギターを掻き鳴らすようなモーションで叫んだ。

 彼女のスキル【叛逆の愚者】――理不尽に抗う者に無尽蔵の力を与えるその規格外のバフが、ネットワークを通じてナオキたち全員の魔力と抵抗力を爆発的に跳ね上げる。


「さあ……反逆の開始だ。シュウヘイ、俺と一緒にここから逃げるぞ」

「あ……ああ……っ!」


ナオキの言葉にシュウヘイが頷き、一歩を踏み出した瞬間。

 システムが『反逆』を検知し、シュウヘイと国中の子供たちに向けて、一斉に【死の呪い(即死命令)】を走らせた。


ドクンッ、とシュウヘイの心臓が止まりかける。

 だが――その死の呪いが子供たちに届く直前、ネットワークに割り込んできた『異物』が、呪いの黒い波をすべて一手に吸い寄せた。


『ふふっ……あははっ! なぁにこれぇ?ナオキ様!!これが私の役割ですねぇ!!』


ステージ上で優雅に微笑むセリアだった。

 かつて奴隷として理不尽に虐げられたにもかかわらず、普通の女の子として生きることを拒み、「圧倒的な力で支配されたい」という狂気的な感情を裏に抱える独自の感性をもった少女。

 その異常なまでの『隷属への渇望』が、システムの放つ「強制的な死の支配(奴隷契約)」を、極上の蜜でも啜るかのように喜んですべて自らの魂へと引き受ける。


『強制的な死の支配? その程度の薄っぺらい命令じゃ……ナオキ様に支配される喜びに比べたら、欠伸が出ますねぇ!!』


セリアの狂気の魔力コントロールで、死の呪いは一時的に混乱しセリアに向かおうとする。この「遅延」させる行為が、状況を決定的なものにした。


『よくやりましたわセリア。私以上の奴隷魂ですの。アイリ様!!』


『――響け!!』


システムがバグを起こし、死の呪いがセリアに吸い寄せられたそのコンマ一秒の隙を突き、トップアイドル・アイリの純白の歌声が響き渡った。


ルカのバフで限界突破したアイリの『超回復魔法』を乗せた歌の波動が、ツカサの制御するラインを逆流し、シュウヘイと子供たちの魂に叩き込まれる。

 【即死命令】が発動し、彼らの命が尽きる、まさにその同時のタイミング。

 アイリの歌声が、命が完全に断たれる一歩手前で『即座に全回復』させたのだ。


パキィィィィンッ……!!


トウヤの魔眼の前で、シュウヘイの心臓に食い込んでいた『契約の糸』が、粉々に砕け散った。

 システムは「死のペナルティを与えた」と誤認して契約を終了し、しかし対象はアイリの歌によって無傷で生き残った。理不尽な神のルールを、六人の完璧な連携と狂気によって、完全にハッキングしてのけた瞬間だった。


「……嘘、だろ……? 俺の魂を縛っていた、契約が……」


完全に呪縛から解放されたシュウヘイが、自分の両手を見つめながら、震える声で呟いた。

 トウヤの魔眼にも、死の糸は一本残らず消え去っているのがはっきりと見えた。


「トウヤ、スキルで見たものがすべてじゃない。考えるんだ」


ナオキが振り返り、ニヤリと笑ってトウヤに視線を送る。

 トウヤは深く息を吐き出すと、今は悔しさを完全に拭い去り、鋭い顔つきに変わっていた。


「ありがとうございます、ナオキさん。みんなも! ――シュウヘイさん、立てますね?」

「あ、ああ……」

「この施設にいる子供たちを全員連れて、最短ルートで地上へ向かいます。今、地上では世界最高のアイドルたちが、軍の目を釘付けにする『陽動ライブ』の真っ最中です。俺たちはその光の裏に紛れて、逃げ切ります」


トウヤの迷いのない言葉に、シュウヘイの瞳に初めて「希望」の光が宿る。


「……あんたたち、本当に何者なんだ……」

「『アイドルの裏方』ですよ。さあ、最高のゲリラライブは、もうすぐフィナーレです!」


上空のホログラムステージでは、アイリたちのゲリラライブが熱狂のフィナーレを迎えていた。

 極彩色のレーザーがガルデニアの灰色の空を彩り、軍の兵士たちも武器を放り出して歓声を上げている。その圧倒的な「光の陽動」の裏側で、トウヤの【真実の魔眼】による完璧なナビゲートを受けたナオキたちは、シュウヘイと地下施設の子供たちを連れ、無傷で国境線ギリギリのポイントまで到達していた。


「よし、この廃坑道を抜ければ隣国の不可侵領域だ。軍の追っ手は完全に撒いたぞ」


最後尾で警戒していたナオキが、ツカサへ言葉を送る。


『了解しましたわ。こちらもステージを畳んで、ステルス状態でそちらへ合流します』

『大成功っすね! トウヤ、お疲れ様っす!』


感覚共有ラインで聞こえるルカの元気な声に、トウヤはホッと肩の力を抜いた。

 シュウヘイはまだ信じられないといった様子で、自分にすがりつく子供たちの頭を撫でながら、ボロボロと涙をこぼしている。彼自身の魂を縛っていた「即死の呪い」は、ナオキたち六人の規格外の連携によって完全にハッキング(上書き)され、消滅していた。


「……ナオキさん、やりましたね。俺の目、ちゃんと機能してましたか?」

「ああ、完璧だった。お前の目と指示がなきゃ、子供たちを全員無傷で連れ出すのは不可能だったな。よくやった」


ナオキがニヤリと笑い、トウヤの頭をポンと叩く。

 最高の達成感。六人の絆と信頼が、また一つ理不尽な神のシステムを打ち破ったのだ。


――だが。

 世界を裏から支配する彼らの盤面に、『最悪の異物』が割り込んできたのはその直後だった。


「……おや。私の可愛い『子供たち』が解除されたと思えば……やはりあなたたちですか。お待ちしておりましたよ。アイドル御一行様。」


暗い廃坑道の奥から、拍手の音と共に、一人の男が歩み出てきた。

 純白の軍服に身を包んだ、糸目の優男。


「貴様……! 子供たちを消耗品にしたクソ野郎が……ッ!」


シュウヘイが憎悪に満ちた声を上げるが、白服の男は彼を一瞥すらせず、ただナオキとトウヤだけを興味深そうに見つめていた。


「いやいや、驚きましたよ。私の盟友であり同格のチート使いであった帝国皇帝を裏から葬った『未知のイレギュラー』……その正体が、まさか転生時の初期ポイントがカスみたいな『最弱の凡人』だとはね。成り上がり主人公といったところですか、ナオキ君」

「随分俺のことを調べたみたいだな。こっちも興味があるな。自己紹介くらいしたらどうだ」


白服の男の余裕の笑みに、ナオキが、トウヤの「目」の時間を稼ぐために冷酷に言い放つ。

 男は懐からどす黒い光を放つ手のひらサイズの『歪な水晶』を取り出した。


「……私のチートの一つが破られたのは事実のようですね。……だからこそ、試してみたくなりました。君たちという存在を、世界から根こそぎ引き抜いたらどうなるか」


「……! トウヤ、逃げろ!!」


ナオキの鋭い声が響くのと同時に、男が手を振りかざす。

 無機質なシステムアナウンスが、その場にいる全員の脳内に直接響き渡った。


『『『絶対権限マスターコマンド実行。対象【ナオキ、アイリ、ツカサ、セリア、トウヤ、ルカ】。対象を世界の歴史、記憶、記録、因果関係から引き離し、平行世界パラレルワールドへと移行します』』』


その直後、凄まじいシステムのエラー音が連続して鳴り響く。


『『『対象【アイリ】【ツカサ】【セリア】への存在抹消プロセス――ユニークスキル【強欲な魔王の伴侶】が自動干渉。外部からの精神・魂への直接アクセスを完全無効化レジストしました』』』


『『『対象【ルカ】【トウヤ】への存在抹消プロセス――ユニークスキル【叛逆の愚者】が自動干渉。理不尽な上位者からのあらゆる強制・抑圧を完全無効化レジストしました』』』


「……チッ、やはり強力なチートもちには干渉され弾かれますか。ですが――」


白服の男が、水晶の残骸をパラパラとこぼしながら、ただ一人、何の耐性スキルも持たない『最弱の男』を見て残酷に微笑んだ。


『『『対象【ナオキ】。システムレジスト、該当なし』』』

『『『――対象の存在を、世界から完全抹消デリートします』』』


瞬間、廃坑道全体が網膜を焼き尽くすほどの強烈な「真っ白な光」に包まれた。


「ぐっ……!?」


トウヤは咄嗟に腕で顔を覆い、光に耐える。

 凄まじい浮遊感と、脳髄がグチャグチャにかき混ぜられるような吐き気。

 やがて光が収まり、ジリジリと焼け焦げるような感覚が消えた時。


「…………あれ?」


トウヤは、ひどくぼんやりとした頭で目を開けた。

 白服の男の姿はない。逃げたのだろうか。

 だが、それ以上に……自分は今、誰に何かを指示されたんだったか。


(俺たちを指揮してたのは……アイリさん、だっけ……? いや、違うような……)


記憶が、ひどく曖昧に霞んでいる。

 振り返ると、そこにはシュウヘイと子供たち、そしてライブを終え無事に合流を果たしたアイリ、ツカサ、ルカ、セリアの四人が立っていた。


「みんな、怪我はない!? さっきの敵、転移で逃げちゃったみたいだけど!」

「ええ、問題ありませんわ、アイリ。作戦は無事に完了です。私たち『五人』のパーティの、完全勝利ですわね」


アイリとツカサが、ハイタッチを交わして笑い合う。

 ルカも「大成功っす!」とピースサインを作り、セリアは「皆様、お怪我がなくて何よりです」と完璧なメイドの所作でお辞儀をしている。


(五人……? そうだ、俺たちは五人で旅をしてきた。ルカと、アイリさんたちと……)


トウヤの脳内で、世界が『辻褄』を合わせようとしていた。

 アイリたちの耐性スキルは、敵からの直接的なスキル効果は完璧に弾き返した。しかし、ナオキという男が物理的に『世界から削除』されてしまったため、世界の法則システム自体が、ぽっかりと空いた「ナオキのいた空間と歴史」を埋めるために、自動的に環境と記憶を再構築オートコレクトしてしまったのだ。


洗脳されたわけではない。世界線が切り替わったのだ。

 だから彼女たちは、何の疑問も抱かずに「最初からナオキがいなかった世界」を生きている。


トウヤ自身もまた、その新しい世界線に呑み込まれそうになっていた。

 ――その時。


『ズキィィィィンッ……!!』


「あ、がぁぁッ!?」


突如、トウヤの右目――【真実の魔眼】が、眼球を内側から抉られるような激痛を放った。


『『『【真実の魔眼】が、世界構造の致命的なエラー(修復痕)を観測しました。対象の魂に、失われた真実オリジナル・データを情報として直接展開します』』』


魔眼の痛みが引いた瞬間。トウヤの脳内に、自分自身の記憶にはない『情報ログ』が流れ込んできた。


「……あ、あぁ……ッ」


 トウヤの感情と記憶は「俺たちは五人だ」と平然と告げている。しかし、魔眼から強制的にダウンロードされる【情報】は、「ナオキという男が先ほどこの世界から削除された」という事実を、無機質なデータとして冷酷に突きつけていた。


(俺の記憶には……ない。でも、俺の『目』が、システムのエラーを警告してる。ナオキっていう人が、確かにここにいたって……!)


感情と情報の激しい乖離に、トウヤは強い眩暈を覚えた。

 しかし、魔眼はさらに一つの『座標』を視破っていた。この世界の枠組みから弾き出された、その男の現在地を。


「……トウヤ? 大丈夫? 敵の攻撃食らったなら治すよ?」


アイリが心配そうに覗き込んでくる。その瞳には、何の濁りもない。

 トウヤは荒い呼吸を整え、壁に手をついて立ち上がった。トウヤ自身の心も、ナオキという存在を実感できていない。だが。


「……アイリさん。ツカサさん」


トウヤは、必死に自分の脳内の混乱を抑え込みながら口を開いた。


「次の目的地なんですが……どうしても、会いに行きたい『転生者』がいるんです」

「? どこかにご友人でもいるのですか?」


ツカサが小首を傾げる。


「俺の【魔眼】が、奇妙な情報を拾ったんです。俺たちのパーティに、いたはずの人がいないって。そして……その『ナオキ』っていう名前の人物が、とある場所にいるって」

「ナオキ……? 誰それ。全然知らない名前だけど」


アイリが不思議そうに目をパチパチさせる。

 だが、その時。トウヤと【感覚共有】で繋がっているルカが、ふいに自分の胸を強く押さえて顔をしかめた。


「ルカ様? いかがなさいましたか?」


セリアが気遣うように声をかけるが、ルカはハッとしたようにトウヤをじっと見つめた。


「……変な感じっす。アタシもその人のこと、全く記憶にないはずなのに。トウヤから流れてくる情報を見てたら……なんだか、すごく胸がざわざわするっす。絶対に、放っておけないっていうか……」


ルカは胸の服をギュッと握りしめ、強い決意を込めた瞳でトウヤに頷いた。


「トウヤの目が言うなら、本当っすよね。……行くっすよ、その『ナオキ』っていう人のところへ」

「ルカ……。ありがとう」


トウヤは一つ頷き、魔眼が示す遥か彼方の座標を睨みつけた。

 本当の記憶は、まだ戻っていない。けれど、この『目』が示すデータが正しければ、その男は間違いなく自分たちにとって何か重要な意味を持つ存在のはずだった。

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