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転生者救済編 第二話

ライブが大成功に終わり、盛大な打ち上げを終えた後の深夜。

 帝都を一望できる拠点のバルコニーで、心地よい夜風に吹かれながら、トウヤはただただ放心状態になっていた。

 愛するルカと、完全に覚醒して圧倒的なパフォーマンスを見せつけたニーナの姿を思い出し、いまだに圧倒されていたのだ。


「トウヤ。お前の『魔眼』では、ニーナがここまでの凄い歌を歌うってことまで、最初から見えていたのか?」


ナオキが視線だけを横に向けて問う。

 トウヤはハッと我に返り、少しだけ困ったように頬を掻いた。


「はい。見ようとして集中すれば、彼女の過去の記憶や、抱え込んでいる感情、それにステージ上で起こった魔素の共鳴なども、すべて情報として流れてくるという感じです」


トウヤの瞳の奥に、微かに神秘的な光が宿る。


『【真実の魔眼】。あらゆる偽装や幻惑を貫通し、対象の絶対的な「本質」を視破る観測者の力。視界に入った事象のあらゆる真実を見極めることができる。』


それは、スキルの枠を完全に超えた、まさに世界の理に干渉するような規格外の能力だ。


「……でも、プライベートなことなので。ルカや皆さんの心を勝手に覗き見るような真似はしたくなくて、普段はなるべく深く発動させないように制御しているんです。本質を見抜くという能力の性質上、どうしても相手の核となる部分が含まれてしまいますから」

「なるほどな。じゃあ、今俺が考えてることも分かるか?」


ナオキがニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべ、わざと隙を見せるようにトウヤに向き直る。

 試すようなその視線に対し、トウヤは目を逸らすことなく、まっすぐにナオキの『本質』を見つめ返した。


「はい。今のナオキさんは、決して『ただ異世界転生者を救いたいだけのお人好し』ってわけじゃないですよね」

「……ほう?」

「もちろん、俺たちのように理不尽に苦しむ同郷の人間を助けたいという情は嘘じゃありません。でも、一番の目的は……これから先、新たな脅威に成長するかもしれない他の異世界転生者たちに先に対処し、友好的な関係を築いておくことで、自分の『お嫁さんたち』が平和に暮らせる盤面を盤石にしようとしているんですね」


一切の迷いなく言い切ったトウヤに、ナオキは肩を揺らして低く笑った。


「……正解だ。お前、本当に良い目と頭を持つようになったな。そうだ、その通りだ。そして、そのためにはどうしてもお前のその『目』がいる」


ナオキはバルコニーの手すりに寄りかかり、どこまでも続く夜空を見上げた。


「この世界のシステムは、なぜか俺たちの『精神的成長』や『精神的渇望』をトリガーにして、スキルを与えたり進化させたりする仕様になっている。あれだけ悪意に満ちた神にしては、ユーザー側に有利すぎる矛盾点だ。……なぜそんな仕様なのかはひとまず置いておくとして、この仕組みは使える」

「精神の渇望、ですか」

「ああ。俺の『生活魔法』もそうだ。最初はただチョロチョロと水や火を出すだけのハズレスキルだったが、生き残るために思考を巡らせた結果、今ではどんな現象にも応用が利く規格外のレベルにまで進化した。もちろん、ツカサたちと【感覚共有】でリソースを繋いでいるのも大きいがな」


ナオキの言葉に、トウヤは深く頷いた。


「それ、俺も同じです。俺とルカを繋いでいる【感覚共有リンク】は、ナオキさんたちのものとは少し違って……俺自身が『ルカを守りたい』と強く望んだ結果、よりルカの魔薬や精神の負担を軽減し、俺自身もルカの力を使って戦闘できるような独自のシステムとして備え始めているんです」

「やはりそうか。つまり、神の悪意に対抗するための最大の武器は、俺たち自身の『精神的渇望』だ。生き残っている転生者たちにも、それを促してスキルを進化させる必要がある」


ナオキの語る戦略のスケールの大きさに、トウヤは息を呑んだ。

 ただ助けて保護するのではない。彼らを、神に対抗しうる『強者』へと引き上げるのだと。


「そうですね……。そのために、彼らの抱える『本質』や『渇望』を見抜く、俺の目がいるってことですね」

「そうだ。だが、お前のその顔を見る限り、懸念があるようだな?」


見透かされたように指摘され、トウヤは苦笑しながら頷いた。


「はい。具体的にどうやって渇望を促すのかなって。まさか、スキルを進化させるために、彼らをわざと死の危険や窮地に立たせるような……そんな非道いやり方は、俺は嫌ですよ」

「違いない。いくら俺だってそんな胸糞の悪い真似はご免だ。それに、それをやると俺たちが進化したスキルで復讐され殺される可能性もあるしな。だから――」


ナオキはそこで言葉を区切り、背後の部屋の中に浮かぶライブの再放送モニターを顎でしゃくった。

 そこには、すべてのトラウマを乗り越え、何万人という大衆の前で最高の笑顔を咲かせているニーナの姿が映っている。


「ニーナのように、本人の『夢』や『願い』を叶えてやる過程で、壁を乗り越えさせ、進化したり成長したりするのが一番望ましいんじゃないか? 俺たちはそのための最高のお膳立て(サポート)をしてやる」


その言葉に、トウヤの顔がパッと明るく輝いた。

 それなら、自分たちのやろうとしていることは、間違いなく『救済』だ。


「トウヤ。お前がターゲットを見て、最適の作戦を立てろ。それなら俺の薄汚い合理的思考も混ざらない。俺たち大人組は、ただトウヤの作戦を裏から全力でバックアップする」


ナオキの手が、トウヤの肩を力強く叩いた。


「俺たちのパーティ(六人)だけで、多くの悪意に対抗するには、この広い世界では人手が足りなすぎる。帝都がそうであったように……救い出した転生者たちそれぞれが独立し、己の意思で神に対抗できる『ネットワーク』を作る必要があるんだ」


「……はいっ! 任せてください、ナオキさん!」


神の理不尽を裏からぶっ壊す、最高で最悪な六人の『救済の旅』。

 その真の目的は、神への反逆の牙となる『同盟』を世界中に築き上げることだった。


「――本当に、とんでもないことを企むのね」


 少し離れたところに、同じく夜風を浴びに来ていたプロデューサーの腕章をつけたままのミヤビが立っていた。彼女の目元は、先ほどの感動の号泣のせいでまだ少し赤く腫れている。


「ミヤビ姉ちゃん……」

「立ち聞きするつもりはなかったのだけど。……ナオキさん、少しだけお時間をいただいてもよろしいかしら」


ミヤビはトウヤの隣に並ぶと、帝都の夜景を見下ろしながら、ポツリと、悔しさを滲ませるような声で懺悔を始めた。


「私……ステージの袖で、ニーナが罵倒されているのを見た時、怒りに任せて警備の騎士たちに『アンチを叩き出せ』って命令しようとしたわ。ナオキさんとアイリさんに止められなかったら、確実にやっていた」

「ミヤビ……」

「未熟だったわ。私は、あの子の友人でありながら……あの子が自分の力でトラウマを乗り越え、大衆を黙らせるだけの強さを持っているってことを、最後の一歩で信じ切れていなかった。ただの過保護なオタクになって、あの子の成長の機会を奪うところだったのよ」


ミヤビは自嘲気味に笑い、手すりをギュッと握りしめる。


「ナオキさんやアイリさんは、あの子を信じて、最後まで黙って見守ろうとした。……私も、もっとあなたに近づきたい。帝都を預かる裏の最高責任者として、そしてプロデューサーとして、もっと広い視野で盤面を支配できるようになるわ」


彼女の瞳に宿る、強い覚悟の光。

 ナオキは「……そうか、それで?」と冷たく先を促した。ミヤビがただの反省だけで終わる女ではないと分かっているからだ。こいつは、俺によく似ている。


「ええ。そのための第一歩として、私なりに考えた戦略プロデュースがあるの」


ミヤビは居住まいを正し、プロデューサーとしての、そして知略家の顔つきに変わる。


「あなたたち六人が隣国へ向かうにあたって、一つ懸念があるわ。ナオキさん、あなたが元貴族どもを容赦なく粛清したという事実は、すでに裏社会や各国の商人たちの間で噂になっている。得体の知れない『危険人物の集団』として、入国の時点で国境警備に警戒される可能性が高いわ」

「まぁ、だろうな。強行突破もできるが、悪目立ちするのは厄介だ」

「そこでよ。ニーナ以外の四人――アイリ様、ツカサ様、セリアさん、ルカちゃんの四人で、『アイドルユニットによるワールド・ライブツアー』という名目で各国を回るのよ」

「……ワールドツアー?」


キョトンとするトウヤの横で、ナオキが「ほう」と目を細めた。


「ええ。今日のライブの大成功で、彼女たちの歌は魔導放送を通じて一晩で世界中に知れ渡るわ。その『トップアイドルたち』が、自国に来てくれるとなれば……大衆は熱狂して迎え入れる。各国の首脳陣も、民衆の反発を恐れて無下に国境を閉ざすことはできなくなるわ」

「なるほど……! アイドルの巡業という『光』の隠れ蓑があれば、ナオキさんや俺が裏方のスタッフとして同行していても、他国から軍事的な警戒をされずに堂々と入国できるってことか!」


トウヤが興奮気味に手を打つ。

 相手の警戒を解き、大衆の熱狂を盾にして、他国の中枢にまで堂々と入り込む。まさに、大衆心理を完璧に計算し尽くした見事な計略だった。


「ミヤビ、お前……」

「どうかしら? これなら、あなたたちの『同盟作り』も、もっと円滑に進むんじゃない?」


ふふっ、と妖艶に微笑むミヤビ。

 ナオキは思わず天を仰ぎ、声を上げて笑った。


「はははっ! 参った、完璧な作戦だ! おいトウヤ、お前の姉貴はとんでもねぇ策士だぞ。怒らせたら一番厄介な生き物だな」

「もう、ナオキさんったら!」

「よし、採用だ。ミヤビ、帝都のことは安心して任せる。――最高のワールドツアー、楽しみにしててくれ」


ナオキの真っ直ぐな称賛に、ミヤビは少しだけ頬を染め、深く、優雅にお辞儀をした。


「ええ。任せてちょうだい。――わたしが帝都にいる限り、あなたたちの旅路の重荷にはならないわ」


かくして、最高で最悪な六人の『救済の旅』は、まさかの「世界ライブツアー」というド派手な隠れ蓑を纏い、隣国へとその第一歩を踏み出すことになったのである。



*****



ミヤビが静かにガラス戸を閉めて部屋に戻っていくと、バルコニーには再び男二人だけの静寂が降りた。

 隣に立つトウヤが、俺をじっと見つめ、ポツリと口を開いた。


「――ナオキさん。あのミヤビの作戦、最初からやるつもりでしたよね?」


ナオキはピタッと動きを止めた。

 そして、ふう、と呆れたようにため息をついて頭を掻く。


「……お前、その目、ほんとに厄介だな。俺たちのプライベートには干渉しないんじゃなかったのかよ」

「ナオキさんは別です。ミヤビと同じように、俺も、ナオキさんに近づくために頑張ってるんですから」


トウヤは悪びれる様子もなく、むしろ真っ直ぐな尊敬の眼差しを向けてくる。


「買いかぶりすぎだ。ミヤビの戦略は素直に称賛に価すると思ったさ。お前、俺がそこまで凄い男じゃないことくらい、その目でわかるだろ」

「ナオキさん……」

「凄いのはいつだってアイリたちだった。お世辞じゃない。ダンジョンの件だって俺はすべてが準備不足の想定外だった。俺の本質や過去の記憶、前世で成し遂げたことから与えられた『初期ポイントの少なさ』などを見ればわかるはずだが、俺はただの、凡人以下の凡人だ。本来ならアイリたちとは、住む世界が違う」


神が転生時に与えたポイント。それは前世での「格」や「実績」を数値化したものだった。

 アイリやルカ、ツカサたちが桁違いの才能を持っていたのに対し、ナオキに与えられたポイントは、底辺中の底辺。マイナスからのスタートと言っても過言ではない、残酷なほどちっぽけな数字だったのだ。


【真実の魔眼】を持つトウヤなら、ナオキの隠されたその「ちっぽけな本質」など、とうに視破っているはずだった。

 しかし、トウヤは力強く首を横に振った。


「だからこそです。……だからこそ、俺は憧れてるんですよ」

「……」

「持たざる者が、誰よりも考え続けて、理不尽な神やチートや権力にも屈さず、大切な人たちを守り抜いている。何でも持ってる才能ある人間より、俺にはずっと……ナオキさんのその生き方が、眩しくてかっこよく見えるんです」


夜風が、二人の間を静かに吹き抜ける。

 あまりにも真っ直ぐで、混じり気のない賞賛。トウヤの魔眼は、ナオキの「弱さ」を見た上で、その奥にある「本当の強さ」をしっかりと見抜いていた。


ナオキは小さく鼻で笑い、夜空の星を見上げた。


「……そういうもんか」

「そういうものです」


トウヤも同じように、どこか誇らしげに夜空を見上げる。

 


「そうか。トウヤ、一つ、頼んでもいいか」

「頼み、ナオキさんがですか? なんですか?」


「もし俺に何かあったら、その時は、アイリたちを、頼む」

「なっ。縁起でもないこと言わないでくださいよ」


「もしもの話だ。神に対抗するなら、そういうこともあるかもしれないだろ」


ナオキはバルコニーの手すりから身を離し、夜の闇に溶け込むような、ひどく冷たく、静かな声で言った。


「俺は最弱の凡人だ。だからこそ、『最悪のパターン』は常に想定しておく必要がある。……物理的な死なら、まだマシだ。だが、相手は世界のシステムを弄る神や、規格外のチートを持つ同盟の連中だぞ」


ナオキの瞳に、ぞっとするような暗い理性の光が宿る。


「あいつらは平気でダンジョンシステム(婚約破棄と転移)を弄り、アイリたちと俺を分断した。もし今後、敵がさらに理不尽なシステム干渉を仕掛けてきて、俺たちの絆に干渉するような真似をしてきたら……今の俺たちじゃ、防ぎきれない盤面が来るかもしれない」

「……」


ナオキは一歩近づき、トウヤの右目――【真実の魔眼】が宿るその瞳を、真っ直ぐに覗き込んだ。


「お前のその目は、ただのスキルじゃない。システムの仕様すら貫通して『絶対的な本質』を視破る、この世界で唯一の観測装置だ。……だから、トウヤ」


「もし俺の身に何かあって……アイリやツカサ、セリアが、悪意に呑まれてしまったときは」

「……ッ!」

「頼む」


「……分かりました」


トウヤの声には、一切の迷いはなかった。


「俺が……みんなのこと、守り抜いてみせます」

「……生意気言うようになったな、本当に」


ナオキは、どこか心底安堵したような笑みを浮かべて、トウヤの頭を乱暴に撫で回した。


「頼んだぞ、共犯者」

「はいっ、任せてください。……俺たちの、最高にタチの悪い恩人さん」

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