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第五十話

「……二人ともどうした。らしくないぞ。今はそんなこと気にしてる場合じゃないだろ。生き残る算段が先だ」


ナオキは、ため息混じりに事実だけを告げた。

生きるか死ぬかの極限状態で、愛の確認などしている余裕はない。それが男としての、リーダーとしての真っ当な判断だった。


しかし、その『魔法の繋がりのない、ただの男の不器用な正論』は、不安で押し潰されそうになっているアイリの心に、決定的な冷水を浴びせた。


「っ……ひどい」


アイリが、ボロボロと大粒の涙をこぼして後ずさる。


「ごまかさないでよ……っ! 分かんないんだよ、ナオキの気持ちが! 今までみたいに、心の中が覗けないんだからっ! 私たちのこと、本気で愛してるなら、どうしてそんな冷たい顔で、突き放すような言い方するの……ッ!!」

「アイリ様、声が大きいですっ! 匂いだけでなく、音でも魔物が――」

「セリアちゃんは黙っててよッ!!」


アイリの鋭い絶叫が、狭い横穴に響き渡った。

セリアがハッと息を呑み、怯えたように肩をすくめる。


「……ナオキが怪我した時、私、足がすくんで動けなかった……っ。でも、セリアちゃんは迷わず飛び込んでいった。チートがなくても、ナオキの役に立ってる……っ」


アイリは、泥に塗れた両手で自分の顔を覆い、しゃくりあげた。


「分かってるよ……今の私とツカサさんは、ただのお荷物だ。システムがなきゃ、私たちはナオキの隣に立つ資格すらない、ただの役立たずの女なんだよ……っ!」


「……いい加減にしろッ!!」


ドンッ!! と。

ナオキが、怪我をしていない方の拳で、岩壁を力任せに殴りつけた。皮が破れ、血が滲むのも構わずに。


その凄まじい生身の打撃音と怒声に、アイリも、ツカサも、セリアも、ビクッと身体を震わせて息を飲んだ。


ナオキは荒い息を吐きながら、暗闇の中で自分を恐る恐る見つめる三人の女たちを、一人ずつ順番に鋭く睨みつけた。


「感覚共有が消えたくらいで、俺たちの絆はその程度に成り下がるのか。感覚共有がなきゃ、俺が愛してるかどうかも信じられねえのか。今がどんな状況なのか、わかってねえのか」

「な、おき……」

「使えねぇのは当たり前だ! 俺たちからチートを引いたら、ただの現代日本の凡人と、ちょっと要領のいい元奴隷だぞ! 魔法でごまかしてた俺たちの『本当の弱さ』が、今ここにあるだけだ!」


ナオキは立ち上がり、怯えて縮こまるツカサの胸ぐらを強引に掴んで引き寄せた。


「ご、ご主人、様……っ」

「計算ができないなら、勘で動け。間違うのが怖いなら、俺が責任を取ってやる。お前の価値は【知力Lv5】なんかじゃない。狂信的に俺と一緒に地獄を歩くと決めた、そのいかれた『度胸』だろ」

「あ……ぁ……っ」


ツカサの目から、大粒の涙が溢れ落ちる。


次に、ナオキは泣き崩れているアイリの前にしゃがみ込み、その泥だらけの頬を両手でガシッと挟み込んだ。


「痛っ……」

「言葉にしなきゃ分からねえなら、何度でも言ってやる。俺はお前たちを愛してる。チートがあろうがなかろうが、アイリとツカサを愛してることに変わりはない。だから……勝手に自分の価値を下げるな」


魔法の繋がりなど一切ない。言葉の裏に隠された感情を、脳で直接読み取ることはできない。

けれど、ナオキの生身の体温と、泥と血にまみれた不器用で真っ直ぐな言葉の『熱』は、チートのシステムなどよりも遥かに深く、冷え切っていたアイリたちの胸の奥に突き刺さった。


「ナオキ……っ、ごめんなさいっ……私、不安で……っ」

アイリが、ナオキの胸にすがりついて声を上げて泣きじゃくる。


ツカサもまた、泥だらけの床に手をつき、ポロポロと涙を流しながら深く頭を下げた。


少し離れた場所で、セリアはその光景を静かに見つめていた。

自分には立ち入れない者たちだけの、歪で、けれど決して切れることのない深い絆。

少しの寂しさと、圧倒的な羨望。


「…………」


ナオキは、暗闇の中で激しく息を乱すアイリとツカサを見て――ひどく冷めきった、苛立ちの混じる息を吐いた。


魔法が消えたくらいで、絆はその程度に成り下がるのか。

いちいち言葉にして「愛してる」「大丈夫だ」と機嫌を取らなければ、俺が愛しているかどうかも信じられないのか。


(今まで一緒にくぐり抜けてきた死線は、一緒に泥を被ってきた時間は……全部、システムの『感覚共有』で補強されただけの、薄っぺらいハリボテだったっていうのかよ)


言葉にしなくても伝わっていると信じていた。それだけ濃密な時間を過ごし、互いの業を背負い合ってきたはずだった。

だが現実として、目の前の二人は魔法のパスが切れた途端、ただの「愛を確かめたがる不安定な女」に成り下がっている。生きるか死ぬかの極限状態で、そんな感情の介護をしている余裕などない。ナオキの心に、黒い氷のような失望と苛立ちが急速に広がっていった。


少し離れた場所で、セリアはその光景を静かに見つめていた。

彼女は何も要求しなかった。ナオキが愛してくれているかどうかなんて疑いもしない。ただ、絶対的な主がそこにいて、命じられれば動く。チートがあろうがなかろうが、彼女の『狂気的な信頼』は一ミリも揺らいでいなかった。俺の信じたツカサたちが、セリアのようにしていなければおかしいと感じてしまう。


「……セリア」


不意に、ナオキがアイリたちから視線を外し、片手を伸ばした。


「お前がいなきゃ、俺はさっき死んでた。助かった。……次動く時も、お前が俺の死角をカバーしろ」

「はいっ……はいっ……ナオキ様ぁっ……!」


自分だけがナオキに認められた。その喜びに打ち震えながら、セリアは這い寄るようにしてナオキの側に寄り添い、泥だらけの彼の手を大事そうに両手で包み込んだ。


「アイリ、ツカサ。そこで休んでろ。ちょっとセリアと二人でこの先の様子を見てくる」


ナオキが背を向けながら吐き捨てたその冷酷な一言は、二人の心を更に曇らせた。


そこからの時間は、アイリとツカサにとって文字通りの地獄だった。

ナオキは、必要な指示やサバイバルの相談を、すべてセリアとだけ行うようになったのだ。


「セリア、その裏に水がたまってる。このコップで回収しよう」

「はい、ナオキ様。この虫はどうしますか? 頭を落とせば食べられますが」

「虫か・・・さすがにまだ食いたくはないが、そうも言ってられなくなるのか。バッグに入れておこう」


いちいち感情の確認を求めてこないセリアとのやり取りは、今の極限状態にあるナオキにとって、ひどく合理的で『心地よかった』。

逆に言えば、チートが切れてパニックに陥り、愛情の証明を求めてくるアイリやツカサに言葉をかけることは、ただの『生存リソースの無駄遣い』と感じてしまう。


(ナオキ様が、私だけを頼りにしてくださっている……っ。言葉にしなくても、私のすべてがナオキ様のものだって、分かってくださっているから……っ!)


セリアは至上の喜びの中で、甲斐甲斐しくナオキの傷を庇い、血にまみれて闇の中を警戒する。


そのあまりにも残酷な『逆転劇』を、アイリとツカサは暗闇の隅で身を寄せ合いながら見せつけられていた。


魔法の繋がりがないから、ナオキが今何を考えているか分からない。

でも、自分たちが『見捨てられかけている』ことだけは、痛いほどに伝わってくる。


新しく入ってきたばかりの、元奴隷の小娘。チートがなくなった途端、彼女だけがナオキの『共犯者』として隣に立ち、長年連れ添ってきた自分たちは、ただの守られるだけの足手まといの女。


「……いや、だ……」


ギリッ、と。

アイリの口から、血が滲むほどに唇を噛み締めた音が漏れた。


「こんなの、嫌だ……っ」

「アイリ様……」


ツカサもまた、泥に汚れた眼鏡の奥で、セリアに向けられたナオキの視線に、どす黒い嫉妬と絶望を煮えたぎらせていた。

言葉にしなければ伝わらないなら。

このまま、あの小娘に自分たちの居場所(ナオキの隣)を完全に奪われてしまうくらいなら。


「ナオキの、ばかぁッ!!」


張り詰めていた二人の我慢の限界が、ついに音を立てて爆発した。

アイリがふらつく足で立ち上がり、ナオキとセリアの間に半狂乱で割って入ったのだ。


「なんでっ、なんでセリアちゃんばっかり! 私たちのこと足手まといって、見捨てる気!? チートがない私がただの役立たずだって、そんなの私が一番分かってるよッ!!」

「ご主人様……っ、あんまりです! 私たちだって、必死に貴方のお役に立とうと……っ、それなのに、少しパニックになっただけで、そんな風に切り捨てるなんて……っ!!」


ツカサもアイリに同調し、涙と泥にまみれた顔でナオキの腕にすがりついた。


「……うるせぇって言ってんだろ。魔物が寄ってくる」


ナオキが鬱陶しそうに舌打ちをし、すがりつくツカサの腕を振り払おうとする。


「寄ってくればいいっ!! このままナオキに嫌われて見捨てられるくらいなら、一緒に魔物に食い殺された方がマシだよッ!!」

「そうですわ! 私たちの絆は、チートがなきゃその程度だったんですか!? 言葉で安心させてくれないと動けない私たちが、そんなにウザいですかッ!!」


ただの嫉妬。ただの逆ギレ。

命の危機が迫る暗闇の中で、醜く、泥臭く、己の存在意義と愛する男の隣を取り戻すための、見苦しすぎる女たちの絶叫。


それは、完璧なコンサルタントでも、光り輝くアイドルでもない。ただの『ナオキに狂った生身の女たち』の、隠しようのない本性の爆発だった。


アイリとツカサのヒステリックな絶叫が、狭い横穴に反響する。

死の危険が迫る暗闇の中で、己の存在意義と愛情の確認だけを求める、見苦しすぎる女たちの悲鳴。

それが響き渡り、フッと静寂が戻った直後だった。


「…………」


チャキッ、と。

ナオキが、無言のまま血に濡れたサバイバルナイフの刃先を、アイリに突きつけた。


「ひっ……!」

「ご、主人……様……?」


アイリの喉がヒュッと鳴り、ツカサの全身が氷水を浴びたように硬直する。

暗闇に沈むナオキの瞳には、愛への試練を楽しむような余裕も、呆れ混じりの優しさも一切なかった。そこにあったのは、絶対零度の『怒り』と、命のやり取りをしている本物の殺気だけだ。


「……茶番は終わったか? 大声を出すなと、何度も言ったよな?」


地を這うような、恐ろしく低く冷たい声。


「一緒に食い殺された方がマシだと? ……アイリ、自分のために這いつくばってでも生きろと言って俺を救ったお前がそのセリフを吐くのか・・・俺は、それだけは絶対に許さねえぞ。何としてもここから全員で生き延びる。それにな、自分が今、どこで何のために息をしてるのか忘れたのか。愛情ごっこを、俺にさせてる余裕が今ここにあると本気で思ってんのか」

「な、おき……っ」

「ルカたちが表で頑張ってんだぞ」


その一言が、アイリとツカサの頭を鈍器で殴りつけた。

そうだ。自分たちが今、チートを奪われ、泥水をすすり、血を流しているのは何のためか。

愛する馬鹿正直な勇者のためだ。


「俺がセリアばかり使うのは、こいつが今一番、四人全員の『生存』と『目的』に直結するからだ。二人が足手まといなのは事実だがそんなことは今どうでもいい」


ナオキはナイフを下げ、怪我をしていない方の手で、アイリの泥だらけの服を容赦なく鷲掴みにした。


「痛っ……!」

「足手まといなら、足手まといなりに頭を回せ。息を潜めろ。自分の無能さに酔って、大声出して俺たち全員を危険に晒すな。……アイリがアイリ自身を死なせたら、俺は一生許さねぇぞ。いつものエゴはどうした」


冷酷なまでの正論。一切の甘えを許さない、生存者としての絶対的な宣告。

魔法の繋がり(チート)でごまかされていた彼女たちの甘えを、ナオキは泥まみれの現実で完膚なきまでに叩き潰した。


「……ごめ、なさい……っ」

「私……私、なんて馬鹿なことを……っ」


アイリとツカサは、ガタガタと震えながらその場に崩れ落ちた。


「……ナオキ様」


その時、入り口を警戒していたセリアが、ピンと張り詰めた声で振り返った。


「来ます。さっきの大きな声と血の匂いで……五匹、いや、もっといます」


セリアの言葉に、横穴の空気が一瞬で凍りつく。

チートがあれば、指先一つで消し炭にできる数のゴブリン。しかし、今の彼らにとっては、三匹でも確実に全滅を免れない『死の群れ』だ。

自分たちの嫉妬と絶望の叫びが、文字通り最悪の死神を引き寄せてしまった。


「っ……あ……」


アイリの顔から血の気が引く。ツカサも、あまりの絶望に声が出ない。

チートがあれば、指先一つで消し炭にできる最弱の魔物。だが、今の彼女たちにとっては、錆びた鉈を振り回して徒党を組む、紛れもない『死の群れ』だ。剥がれ落ちた生身の脳髄に、本能的な「死の恐怖」が警鐘を鳴らし、二人の身体を完全に金縛りにしていた。


「アイリ! ツカサ! 下がれッ!!」


ナオキの怒声が飛ぶ。

アイリはガタガタと震える手でサバイバルナイフを構えようとしたが、指先から力が抜け、カランッと音を立てて泥水の中に落としてしまった。

ツカサもまた、岩壁に背を張り付けたまま、ヒビの入った眼鏡の奥でただただ迫り来るおぞましいシルエットに目を剥くことしかできない。

アイリとツカサが怯えているのは魔物への恐怖だけではない。


ナオキに本気で拒絶されていることへの恐怖、ナオキに怒鳴られて怒られているかのような恐怖、自分たちの失態への恐怖で動けなくなっていたのだ。


「くそッ!」


ナオキが痛む肩を庇いながら、二人の前に立ち塞がる。


そこから先は、泥と血と臓物にまみれた、あまりにも凄惨で原始的な殺し合いだった。


『ギギャアァッ!』

「セリア、右の二匹の足を止めろ! 目を潰せ!」

「はいッ!!」


セリアは一切の躊躇なく、落ちていた鋭い石の破片を握りしめて泥水の中を滑り込んだ。チートがない生身の身体でも、彼女のスラムで培った『殺さなければ殺される』という獣の生存本能は、微塵も鈍っていなかった。

ゴブリンの脛に石を突き立て、悲鳴を上げて怯んだところを、ナオキが容赦なく顎下から脳天へとナイフを突き刺す。


返り血を浴びて視界が塞がれても、ナオキは泥を掴んで別のゴブリンの目に投げつけ、体勢を崩した相手の首の骨を、己の体重と生身の腕力だけでゴキリとへし折った。


「はぁっ……! ぐるッ……ぁっ!」


ナオキの肩の傷口が開き、おびただしい血が流れ出る。だが彼は痛みに顔を歪めながらも、残った敵をセリアとの連携だけで、冷酷に、そして確実に泥の中に沈めていった。


「…………」


その数分間。

アイリとツカサは、ただ横穴の奥で身を寄せ合い、ガタガタと震えながら、泥水の中で血まみれになって戦う男と少女の姿を見ていることしかできなかった。


自分たちの嫉妬と絶叫が招いた死の危機。それを、自分たちは何一つ解決できず、ナオキにさらなる傷と血を流させて、ただ守られるだけの完全な『お荷物』に成り下がっていた。


『ギャ……ゥ……』


最後の一匹が痙攣を止め、絶命する。


「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


ナオキが泥水の中に膝をつき、荒い息を吐き出した。全身はゴブリンの緑色の血と泥で汚れ、激しい出血で顔面は蒼白になっている。


「ナオキ様ッ! 傷が開いて……っ、すぐに血を止めないと……!」


セリアが血相を変えて駆け寄り、自分の衣服をさらに引き裂いてナオキの傷口を強く縛り上げる。


「あぁ……助かった。お前が右を抑えてくれたおかげだ」

「もったいないお言葉です……っ」


二人の間に流れる、死線を越えた者だけが共有できる、絶対的な信頼と連帯感。

そこに、アイリとツカサが立ち入る隙など一ミリもなかった。


「……血の匂いが濃すぎる。すぐ次が来るぞ。立て、移動する」


ナオキはナイフを杖代わりに強引に立ち上がると、暗闇の奥で固まっているアイリとツカサを冷たく見下ろした。

その瞳には、かつての甘やかすような優しさは微塵もない。極限状態の中で、ただ「生存」と「目的」だけを見据えた、冷徹なサバイバーの目だった。


「…………無理」


静寂の中、アイリの震える声が漏れた。


「アイリ?」

「無理だよ……っ。こんなの……足が、動かない……っ」


アイリは顔をくしゃくしゃに歪め、自分の両腕を強く抱きしめて首を横に振った。


「怖い……魔物も怖いけど……今のナオキが、一番怖い……っ」

「……あ?」


ナオキが低く唸るが、一度堰を切った感情はもう止まらなかった。


「感覚共有が切れてから……ナオキ、私たちを安心させてくれないじゃないっ! 私たちがこんなに震えてるのに、怪我してるのに、ただ『立て』『移動しろ』って……っ! ナオキの心の中が分かんない! 私たちのこと、どうでもよくなったの!?」

「アイリ様のおっしゃる通りです……っ」


ツカサもまた、岩壁に手をついたまま、恨みがましい視線をナオキに向けた。


「貴方は私たちを、ただの『ルカ様を助けるための道具』としか見ていない。魔法の繋がりがあった時は、それでも愛されていると錯覚できていた……でも、現実はこれです。役に立たないと分かれば、冷たい目で睨みつけ、新しい使えるセリアとだけ言葉を交わす……っ」

「……お前ら、俺に何回同じことを言わせれば気が済むんだ。今はそんなこと言ってる場合じゃ」


ナオキの声の温度が、一気に氷点下まで下がった。


「場合です!!」


ツカサが金切り声を上げた。


「私たちがただの生身の弱い女に戻ったから、幻滅したんでしょう!? ご主人様の考えていることが分からない……。あんなに冷酷に魔物を殺して、怪我をしてるのに平気な顔をして……ご主人様が、知らない怪物に見えますわ……っ!」


アイリもボロボロと泣きながら、後ずさる。


「こんなの、もうついていけない……っ。チートがないナオキは、ただ冷たくて、怖いだけの人だもん……っ。私たちの心なんて、これっぽっちも心配してくれない……っ!」


極限の恐怖と、無力感と、疎外感。

チートというメッキが剥がれ、自分たちの醜い弱さを直視させられた二人は、その耐え難い現実から逃げるように、すべての責任と不満をナオキの「言葉不足」と「冷たさ」に押し付けていた。


「もう嫌……っ、どうせ見捨てるなら、ここで置いていってよ……っ!」


その投げやりな言葉が、横穴の空気を決定的に凍りつかせた。


「…………そうかよ」


ナオキは、ひどく冷めきった声で短く吐き捨てた。

怒りすら通り越した、完全な失望の色がその瞳に浮かんでいる。


「悲劇のヒロインごっこに付き合って機嫌を取って好き好き言ってやるのが『愛』だって言うなら……確かに、俺にはもう無理だな」

「っ……」


ナオキのその言葉に、アイリとツカサが息を呑む。


「それとな、この生死がかかった状況で俺が二人を置いていくわけねえってことすら、感覚共有がなきゃ信じられねえのか?……もう勘弁してくれ。俺とセリアが前を歩く。後ろからついてこい」


ナオキはそれ以上彼女たちを見ることなく、血の滴るナイフを握り直し、セリアだけに向かって顎をしゃくった。


「行くぞ、セリア」

「はいっ、ナオキ様」


セリアはアイリたちを一度だけ冷ややかに見下ろすと、すぐさまナオキの後を追って、暗く冷たい坑道の奥へと歩き出した。

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