第四十七話
不意に、厨房の入り口から鈴を転がすような甘い声が響いた。
ハッとして私が振り返ると、そこには腕を組んで微笑むアイリ様と、眼鏡の奥で知的な光を光らせているツカサ様が立っていらっしゃった。
お二人はいつの間にかそこにいて、私とナオキ様のやり取りの一部始終を見守っていらしたのだ。
「ア、アイリ様……っ、ツカサ様……!」
「ごめんね、意地悪な試し方をして。でも、あの記憶を消すっていうのは、私たちにとっても本気の提案だったんだよ。もしセリアちゃんが少しでも普通の幸せを望むなら、綺麗な身体と心で送り出してあげるのが、大人の責任だからね」
アイリ様はゆっくりと歩み寄り、床にひざまずく私の目線に合わせてしゃがみ込まれた。その瞳には、彼女なりの優しさと、底知れない独占欲が入り混じっている。
「でも、セリアちゃんは自分の意志で『こっち側(猛毒)』を選んだ。……ナオキなしじゃ生きられない身体になっちゃったんだもんね?」
「は、はいっ……! 私は、もう……っ」
顔を真っ赤にして頷く私を見下ろし、ツカサ様が静かに言葉を継がれる。
「ただし、勘違いしないでくださいね、セリア。ご主人様の隣に並び立つ『正妻』の座は、私とアイリ様のものです。あなたを私たちと同列の立場に引き上げることは、決してありません。それは、私たちが共にくぐり抜けてきた死線と絆の証ですから」
「も、もちろんです! 私にそんなおこがましい野心はありません! 私はただのメイドで、日陰者で……ナオキ様の使い捨ての駒でいいんです!」
必死に身の程を弁えようとする私に、ツカサ様はふっと口角を上げ、アイリ様はクスリと笑って私の白銀の髪を撫でてくださった。
「ふふっ、使い捨てになんてさせないよ。……正妻にはしてあげられないけど、今日からあなたは、私たち公認の『愛人』権、専属の裏仕事担当として、この輪に入ることを特別に許可してあげる」
アイリ様の甘い承認の言葉が下された、まさにその瞬間だった。
『対象個体:セリアの魂の完全な自発的帰属を確認しました』
『特殊契約:【絶対隷属(愛人)】が締結されました。対象の生殺与奪、およびすべての感覚権限がマスター(ナオキ)に譲渡されます』
『ボーナスロック解除:スキル【感覚共有】の常時多重リンク(パーティー間)が解放されました。これにより、対象者間の感覚、思考、魔力の同調がより強固になります』
「……ほう」
半透明のウィンドウを眺めながら、ナオキ様は面白そうに喉を鳴らされた。
「どうやら、システムも、お前の狂った執着心は『正式な契約』として認めたらしいな」
「けい、やく……?」
「ああ。魂のレベルで、お前が俺のものになったって証明書みたいなもんだ。……それと、面白い機能が解放された」
ナオキ様は、しゃがみ込んでいるアイリ様と、横に立つツカサ様、そして足元で震える私の三人をまとめて見下ろし、最高に悪い、魔王のような笑みを浮かべられた。
「せっかくシステムがお墨付きをくれたんだ。お前ら、繋ぐぞ。……あの日からセリアがずっと欲しがってた『ご褒美』だ」
ナオキ様が指先を鳴らした瞬間。
私の脳髄に、あの日味わった、あの圧倒的な快楽の濁流が、以前とは比べ物にならないほどの鮮明さと重厚さを持って叩き込まれた。
(『あ、ああぁぁぁぁっ……!!』)
私の口から、声にならない甘い悲鳴が漏れる。
「あぁっ……ナオキ様……っ、みなさま……っ。わたし、この呪いなら……一生、解けなくていいです……っ!」
「ふふっ。いい子。それじゃあ……朝までたっぷり、私たちの『家族』の儀式をしようか」
ナオキ様は、床にへたり込んでいた私をふわりと抱き上げると、そのまま屋敷の最奥にある、広大な主寝室へと足を踏み入れた。
ふかふかの巨大な天蓋付きベッド。
そこに私が静かに下ろされると、左右からアイリ様とツカサ様が滑り込むようにして密着してくる。
四人の胸の奥深くには、淡くピンク色に発光する【感覚共有ライン(フォーウェイ・シンクロ)】が、ドクン、ドクンと、心音に合わせて脈打つように繋がっているのがはっきりと分かった。
「ひゃうっ……! ベ、ベッド……っ。わたしなんかが、ナオキ様たちのベッドに……っ」
「気にしなくていいよ、セリアちゃん。今日はあなたが主役(生贄)なんだから」
真っ赤になって身をすくめる私の耳元で、アイリ様が甘く囁く。
そして、アイリ様の柔らかい唇が、私の熱を持った頬を、そして涙の跡をチュッと優しく吸い上げた。
「んっ……ぁ……っ! ア、アイリ様……っ」
「んーっ、セリアちゃんの肌、若くてすっごくすべすべ。……それに、すごく甘い匂いがする」
ペロッ、と。アイリ様の滑らかな舌が、私の頬から耳たぶにかけてを、味見でもするように這う。
「ひゃああっ!?」
ただ舐められただけ。
しかし、フォーウェイ・シンクロの恐ろしさはここからだった。
アイリ様に舐められた『くすぐったくて甘い感触』。
それと同時に、アイリ様自身が感じている『可愛い女の子を味わう優越感と、ナオキ様の所有物を共有するゾクゾクするような背徳感』が、私の脳髄に直接叩き込まれる。
さらには、それを見ているツカサ様の『演算機が熱を帯びるほどの分析的な興奮』と、ナオキ様の『自分の女たちが絡み合うのを見下ろす圧倒的な支配欲』が、リンクを回ってすべて私の中へ雪崩れ込んできたのだ。
「あ、あぁぁぁっ……! な、なにこれっ! 頭の中が、ぐちゃぐちゃに……っ! みなさまの気持ちが、全部、わたしの中に……っ!!」
「素晴らしい反応ですわ、セリア。……では、私も」
シーツの擦れる音とともに、今度はツカサ様が私の首元へと顔を埋められた。
かつて隷属のチョーカーがあった、真っ白で無防備なうなじ。そこに、ツカサ様の舌がねっとりと、マーキングをするように絡みつく。
「あッ……んぁッ……! ツカサ様、そこっ、だめぇっ……!」
「ふぁっ……! すごい……っ。私の舌から、セリアの脈打つ血流の音が……っ! この、純真な獲物をじっくりと汚していくような嗜虐的な快感……あなた、アイリ様……伝わっていますか……っ!」
「ああ、ビンビン伝わってくるぞ、ツカサ。……お前のその、理性を飛ばしかけてる変態思考がな」
ナオキ様が、低くかすれた声で笑いながら、ベッドに縫い付けられている私の真上へと覆いかぶさった。
逃げ場のない、魔王の絶対的な包囲網。
ナオキ様の大きく熱い手が、私の華奢な顎をぐいっと持ち上げる。
「ナオキ、様……っ」
「俺が上書きしてやる。……お前の全部、開け」
ナオキ様のお顔が近づく。
私がギュッと固く目を閉じた瞬間、震える小さな唇を、ナオキ様の雄々しく熱い唇が完全に塞いだ。
「んっ!! ~~~~ッ!!」
私の華奢な身体が、ビクンッ!と弾かれたように大きく跳ね、シーツの上で弓なりに反り返った。
ただ軽く唇を重ねただけではない。ナオキ様の舌が、恐怖と緊張で固く結ばれていた私の初心な唇をいとも容易くこじ開け、この無防備で柔らかな口腔内へと、絶対的な支配者として容赦なく侵入してくる。
初めて他者の体温に、生々しい舌の感触に、こんなにも深く内側を蹂躙される圧倒的な感触。
私の真っ白な脳髄が、一瞬にしてカッと沸騰した。
「んちゅ……っ、ちゅ、れろ……っ、んぁっ、ふぁ……っ!」
どう息をしていいのかすら分からない。
私は酸素を求めて鼻から荒い息を漏らすが、ナオキ様の深いキスに呼吸のタイミングを完全に奪われ、苦しげに、そしてひどく甘い鼻鳴りを連続して漏らすことしかできない。
逃げ場を失った私の小さな舌は、侵入してきた熱い異物に怯えるように上顎の奥へと縮こまろうとする。だが、経験豊富なナオキ様の舌はそれを逃さず、獲物を捕らえるようにねっとりと絡め取ってきた。
「ははっ……可愛いな、セリア。どうしていいか分からなくて、舌が震えてるぞ」
「ぁっ……んんっ……! はぁっ、んちゅ……っ!」
至近距離でナオキ様の吐息混じりの低い笑い声を聞かされ、私は顔を耳の先まで真っ赤に茹で上がらせた。
シーツの上に広がる、私の白銀の髪が、身悶えするたびにサラサラと乱れる。大きく息を吸い込もうとするたびに鎖骨がピンと張り詰め、胸元の柔らかなふくらみが、呼吸の仕方を忘れた過呼吸気味の息遣いに合わせて激しく上下に波打つ。
初めて男の方に貪られる快感とパニックで、自分の身体が自分のものでなくなったように、小刻みに、そして艶かしく震え続けていた。
「んぁっ、ん……れろ……ちゅぷ……っ、あ、ぁ……っ」
ナオキ様の舌が、震える私の舌を優しく、けれど逃げ場のない力強さで絡め取り、上顎をなぞり、歯列の裏側を舐め回し、口内に満ちる甘い蜜を隅々まで奪い尽くしていく。
キスという行為すら知らなかった私が、己のすべてを捧げた絶対的な主に、文字通り内側からドロドロに溶かされ、女として開拓されていく。
シーツを力強く握りしめていた私の両手は行き場を失い、すがるようにナオキ様の背中のシャツをギュッと力いっぱい握りしめていた。
キスのやり方すら分からず、ただ与えられる快感に翻弄されて舌を震わせるしかない私の初心な反応が、ナオキ様の男としての嗜虐心と支配欲を強烈に煽り立てているのが、リンクを通して痛いほど伝わってくる。
そして、私が思考を真っ白にして感じている『初めてのキスの強烈な快感』は、四人を繋ぐ【感覚共有ライン】を通じて、ベッドの上の皆様の脳を激しくシェイクしていた。
「はぁんっ!? な、ナオキの舌の動き……っ、セリアちゃんの口の中の熱さが……全部、私にも……っ!!」
アイリ様がたまらず、シーツをギュッと握りしめて身悶えする。
アイリ様がキスされているわけではない。だが、私の神経を通じて『ナオキ様に蹂躙される圧倒的な雄の熱』と『初めてのキスに脳がとろけるような甘い痺れ』が、混じり気のない純度100%のまま、アイリ様の脳に雪崩れ込んでいくのだ。
「ああっ……! ご主人様の、この強引で情熱的な舌使い……っ! キスの仕方も分からず、ただ翻弄されるセリアの、どうにかなってしまいそうな甘い痺れが……私の演算回路を、完全に焼き尽くしますわ……っ!!」
ツカサ様もまた、荒い息を吐きながら私の柔らかな太ももに縋り付くようにして、リンク越しに伝わる極上の快楽に打ち震えていらっしゃる。
純真無垢な少女の「初めて」を、三人の大人が共有し、その生々しい反応を全員で同時に味わい尽くすという、異常なまでの背徳感と多幸感。
その皆様の興奮が、さらに私の中に流れ込み、私の快感を何倍にも増幅させる。
「ふぁっ……はぁっ、んっ……! なおき、さまぁっ……!」
ナオキ様からようやく唇を離された私の瞳は、もう完全に焦点が定まっていなかった。
脳内魔薬が分泌され、熱く濡れた唇の端からは、だらしなく銀の糸が引いている。激しく上下する胸の奥から、甘く艶やかな吐息を室内に撒き散らしていた。
「あ、ぁ……っ。わたし、わたし……頭、おかしくなっちゃいます……っ! ナオキ様の味……アイリ様の気持ち……ツカサ様の、熱が……っ、混ざって……っ!」
「おかしくなれよ。お前はもう、俺たちなしじゃ息もできない身体なんだからな」
「セリアちゃん、もっといっぱいいっぱい、私たちの熱、教えてあげるね……っ」
「さあ、夜はまだこれからですわ……」
四人の体温と吐息が、完全に一つに溶け合う。
ナオキ様の指がメイド服のボタンを外し、アイリ様とツカサ様の舌が私の柔らかな素肌を甘く這い回る。
少しでも触れられれば、その感触が四倍になって脳を揺らす。
「あぁあぁっ!! ナオキ様ぁっ……! わたしっ、わたしっ……もう、ご主人様たちの、おもちゃで……っ!!」
朝の光が差し込むまで。
私は、三人の大人たちの過剰な愛と共有の沼へと完全に堕ちていく甘い悲鳴を、ただひたすらに上げ続けていた。




