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第四十四話

そのただならぬ気配(というより、思春期特有の切実なSOS)を察知した俺は、小さくため息をつくと、両腕に絡みつくアイリとツカサの頭をポンポンと叩いた。


「ほら、お前らちょっと離れろ。感覚共有も切るぞ。トウヤと男同士の込み入った話がある」

「えー? ここで聞いちゃダメなの?」

「ダメに決まってんだろ。アイリ、ツカサ、ちょっと行ってくる」


不満げに頬を膨らませる二人を引き剥がし、俺は立ち上がると、リビングから続く広々としたテラスへと足を踏み出した。

吹き抜ける夕暮れの風が、復興の槌音が響く王都の喧騒を遠くに運んでくる。


「……で? 相談ってなんだ」


テラスの美しい装飾が施された手すりに背中を預け、俺は視線をトウヤに向けた。


「そ、その……」


トウヤはテラスに出た途端、両手をモジモジと組み合わせ、視線を泳がせていた。顔は夕焼けのせいだけではなく、茹でダコのように真っ赤に染まっている。


「実は俺、ルカちゃんにちゃんと告白しようと思ってて」


絞り出すように放たれたその言葉に、俺は「ほう」と口角を上げた。


「でも……あの子、強くてかっこいいから。それに今は、世界中から『光の勇者』って呼ばれてて……俺なんかがどう気持ちを伝えればいいか……全然わからなくて……」


俯くトウヤの言葉には、深いコンプレックスと焦りが滲んでいた。


ルカは、物理的な攻撃だけでなく、あらゆる悪意すら弾き返すような圧倒的な力を持っている。それに比べて、こいつはただ必死に彼女の背中を追いかけ、泥水にまみれながらサポートすることしかできなかったとでも思っているのだろう。彼女の隣に立つ資格が、果たして自分にあるのか。そんな葛藤が、トウヤの胸の中で渦巻いているのが、似たような境遇だった俺には痛いほどよく分かった。


真っ赤になって俯くトウヤに、俺は呆れて小さく息を吐き、わざとらしく大げさに天を仰いだ。


「……お前、あんな死線を一緒に乗り越えておいて、まだ言ってなかったのか」

「だ、だってタイミングが……! いつも魔物に追われてるかでしたし! ナオキさんもたまに急に連絡してくるし! それだってルカちゃんにバレないようにするの大変だったんですからね!!」

「俺のせいにするな。……まあ、気持ちはわからんでもないがな」


俺は苦笑し、手すりから体を起こしてトウヤの正面に立った。普段のふざけた態度は一旦しまい込む。


「いいかトウヤ。お前は今、自分とルカの立場の違いとか、勇者だとか、そんなくだらない仕様に囚われてる」

「仕様……」

「そうだ。だがな、あいつは俺みたいに、変に作戦を考えたり、周りくどく裏をかくようなやり方をひどく嫌う。お前が変にカッコつけて、完璧なタイミングやロマンチックなシチュエーションなんてものを用意しようとすればするほど、あいつは警戒して引くぞ」


トウヤがハッとして顔を上げる。


「あいつが欲しいのは、神様が与えた称号でも、民衆が押し付ける理想像でもない。一緒に泥まみれになって、馬鹿みたいに笑って、同じ目線で明日を生きる『隣のヤツ』だ。だから、お前が真っ直ぐに伝えろ。飾り気のない、お前自身の言葉でな」

「俺自身の、言葉……」

「そうだ。……まあ、あいつの心をあそこまで動かしたのは、この世界で、お前しかいないさ」

「それに、ルカにスキルを発動させるために自ら怪我を負いに行って守った姿、痺れたぜ」


俺は視線を逸らすと、手を伸ばし、トウヤの頭をポンと力強く叩いた。


「自信持て。お前は俺たちが認めた、立派な男だ」


トウヤはパァッと顔を輝かせ、夕陽に向かって弾かれたように姿勢を正した。


「はいっ! 俺……真っ直ぐ、伝えてきます! かっこ悪くても、俺の全部でぶつかってみます!」


力強く頷くトウヤの顔は、もう完全に一人の逞しい戦士の顔になっていた。


「おう、行ってこい。……あ、でももしルカを泣かせるような真似したら、俺とアイリとツカサの三人掛かりで、お前の人生を社会の裏側から徹底的に終わらせるからな」

「ひっ!? さ、最後に恐ろしいこと言わないでくださいよ!!」


放たれた俺の冗談交じりの(しかし半分以上本気の)脅しに、トウヤは短い悲鳴を上げながらも、その足取りは羽が生えたように軽く、リビングの方へと駆け出していった。


テラスに残された俺は、遠ざかる少年の背中を見送りながら、やれやれと肩をすくめた。


「……まったく、若者は元気でいいこった」


再び生暖かいリビングの修羅場(という名の怠惰な楽園)へと戻っていく俺の顔には、微かな、しかし確かな満足が広がっていた。


*****


大貴族が己の権力と莫大な富を誇示するためだけに建造させた、白亜の大理石が敷き詰められた途方もなく広い大浴場。

備え付けられた高度な魔導具からは、常に絶妙な適温に保たれた澄んだ湯がこんこんと湧き出し、広大な水面に柔らかな波紋を絶え間なく描いている。空間全体にたっぷりと立ち込めるのは、心を芯から解きほぐすような甘い花々の香油の匂いと、視界を白く霞ませるほどの温かな湯気。


かつては選ばれた特権階級の者しか足を踏み入れることの許されなかったその贅を尽くした空間は、今やこの屋敷の新たな主たちにとって、一日の疲れと過去の傷を癒やす、至福の憩いの場となっていた。


「はぁぁ……極楽っすねぇ……」


澄んだ湯に肩まで浸かり、ふぅっと甘く深い感嘆の息を漏らしたのは、光の勇者であるルカだった。

艶やかな赤い唇から吐き出された吐息は白い湯気と混ざり合い、ゆっくりと吸い込まれていく。お湯の熱気にあてられ、汗ばんでうなじに張り付いた赤茶色のショートボブが、しっとりと水分を含んでいた。


かつては帝国の最強戦力と死闘を繰り広げ、常に泥と血にまみれていた彼女だが、今は完全に戦士の休息モードだ。

お湯の心地よい熱を帯びて、ほんのりと桜色に上気した頬とデコルテ。小柄ながらも無駄な脂肪が一切なく、うっすらと縦に筋の入った引き締まった腹筋。それでいて、華奢な鎖骨の下で主張する小ぶりながらも形の良いふくらみは、若々しい弾力に満ちている。


戦士としての健康的なスポーティさと、年相応の女の子らしい無防備な色気。その奇跡のようなアンバランスさが、この濃密な湯気の中で、よりいっそう瑞々しい魅力となって立ち上っていた。


「あははっ! ニーナ、お湯かけないでよ!」

「セリアお姉ちゃんこそ、泡が飛んできた!」


ルカの吐息に混じって、少し離れた洗い場の方からキャッキャとはしゃぐ、鈴を転がすような甲高い声が響き渡る。

生クリームのようにきめ細かく弾力のある泡を両手いっぱいにすくい、お互いの背中を無邪気に流し合っているのは、白銀の髪を揺らすセリアとニーナの双子だった。


彼女たちは、目元で切り揃えられた白銀の髪を、お湯で濡らさないように頭の上で可愛らしくお団子状に纏め上げている。その髪色はまるで月明かりをたっぷりと吸い込んだように透き通っており、湯気の中でも神秘的な光を放っていた。


上等な香油の泡に包まれた彼女たちの体躯は、ルカ以上にひたすらに小柄で華奢だ。

かつて帝国の地下牢に囚われていた頃、恐怖に揺れる大きな瞳と相まって、ひどく庇護欲をそそる可憐な造形をしていた彼女たち。今は十分な栄養と愛情を受け、痛々しかった痩躯は年相応の健康的な柔らかさを取り戻している。


だが、その健やかさが逆に、彼女たちの持つ危うい魅力を浮き彫りにしていた。

背中から肩、そして前へと回された柔らかな泡の下。スッと伸びる鎖骨のラインは、力を込めればふっと折れてしまいそうなほどに細く滑らかだ。けれど、きゅっと締まった華奢な胸元には、若さを残しながらも、男の掌にすっぽりと収まりそうな柔らかなふくらみが、確かな自己主張を始めている。


楽しげな笑い声と少し荒くなった呼吸に合わせて、その汚れを知らない純白のふくらみが、小刻みに、そして艶かしく震える。

未成熟な儚さと、芽吹き始めたばかりの女性としての柔らかな曲線。二つの要素が混ざり合うその姿は、真っ白な泡と瑞々しい素肌のコントラストの中で、逆に男の嗜虐心と庇護欲を強烈に煽るような色気を放っていた。


ルカの目を細めさせるのは、泡を洗い流し、お湯へと向かってくる彼女たちの首元だった。

ほっそりとした、雪のように白い無防備な首筋。そこにはもう、彼女たちの尊厳と命を縛り付け、少しでも逆らえば容赦なく命を奪うための、忌まわしい隷属のチョーカーは存在しない。


かつては首に重い鉄の首輪をはめ込まれ、擦れて赤くなっていたその場所も、今では傷跡一つ残らない完璧な滑らかさを取り戻している。


「こらこら、二人とも。大理石は滑りやすいから、転ばないように気をつけてね」


縛るもののない、ただそこにある真っ白で美しい素肌。

お湯の温もりを直接感じ、柔らかな泡の感触を肌で受け止め、大きく深呼吸することができるその無防備な首元と、何の陰りもない満面の笑顔こそが、彼女たちが本当の意味で「自由」を手に入れた何よりの証だった。


「はーい! ルカ様、ミヤビ、隣いいですか?」

「わーお!お湯、すっごく気持ちいいです!」


ルカと、隣でゆったりとお湯に浸かっていたミヤビが優しく微笑みかけると、双子はちゃぷんと心地よい水音を立てて、二人の隣へと滑り込んできた。

お湯の熱に上気した四人の滑らかな素肌が、魔導具の淡い光の下で、それぞれに異なる極上の色気を放ちながら身を寄せ合う。彼女たちの肢体から零れ落ちる水滴が、ぽちゃん、と静かな水音を立てて湯船に溶けていき、大浴場にはいつまでも、平和で甘い笑い声が響き渡っていた。


「それにしても……ルカちゃん、最近本当に幸せそうね」


ミヤビがふぅっと息を吐きながら、クスリと笑った。

豊かな胸の谷間からこぼれ落ちたお湯が、ちゃぷんと柔らかな音を立てる。その艶やかな視線の先には、最近めっきり大人びた頼もしい弟の姿が思い浮かんでいたのだろう。


「えへへ……はいっ! トウヤ、最近すっごくかっこよくて……私、毎日ドキドキしっぱなしっす」


ルカは照れくさそうにお湯に顔を半分沈め、ブクブクと泡を立てた。


「昔は私の後ろに隠れて震えてるだけの気弱な弟だったのに……好きな女の子のために強くなりたいだなんて、お姉ちゃんとしては嬉しいような、少し寂しいような、ね」


ミヤビが目を細めて微笑むと、隣で聞いていたセリアとニーナが顔を見合わせた。


「恋、ですか……」


セリアが、お湯の中で自分の膝をそっと抱え込むようにして呟く。


「うん! トウヤお兄ちゃん、ルカ様のことだぁい好きなんだよね! ……でも、好きってどういう感じなのかな? ご主人様に『一生お仕えします!』って誓うのとは違うの?」


こてんと首を傾げるニーナの瞳は、どこまでも純真で濁りがない。

過酷な地下牢で生まれ育ったような彼女にとって、誰かに抱く感情の最上級は「絶対的な忠誠」や「恩義」、あるいは「ご飯をくれる人への懐き」であり、対等な男女としての『恋』という概念は、まだ少し難しすぎるようだった。


「ふふっ、ニーナちゃんにはまだ少し早いかもしれないっすね」


ルカはお湯から顔を出し、ニーナに向かって優しく微笑みかけた。


「ただお仕えするのとは違うっすよ。その人の特別になりたいって願うことっす。その人が笑ってくれるだけで胸の奥がギュッて苦しくなるくらい熱くなって、どんなに怖いことがあっても、その人の隣にいられるなら全部乗り越えられるって……そう思えるような、強くて優しい魔法みたいなもんっすよ」


「まほう……! そっかぁ、トウヤお兄ちゃん、ルカ様に魔法をかけられちゃったんだね!」


キャッキャとはしゃぐ無邪気なニーナ。

しかし、その隣で。


ルカの口にした『胸の奥が熱くなる』『どんなに怖いことがあっても乗り越えられる』という言葉を聞いた瞬間――セリアの肩が、ビクンと小さく跳ねた。


(魔法……。特別に、なりたい……)


セリアは、ギュッと両膝を抱きしめたまま、お湯の熱さとは違う理由で頬を真っ赤に染めていた。

俯いた視線の先、湯船の底を見つめる彼女の脳裏に、あの強烈な記憶がフラッシュバックする。


あの日、あの冷たい白い床の上で、彼は確かに自分を「女」として見てくれていた。

自分は、アイリ様やツカサ様のような正妻になれる器ではない。あくまで彼に命を救われ、裏の仕事として絶対の忠誠を誓ったメイドに過ぎない。

頭ではそう理解しているはずなのに。


(あぁっ……ナオキ様……っ)


セリアはお湯の中で、きゅっと太ももを擦り合わせた。

あの時、脳を直接灼かれたような極上の熱と痺れが、今でもふとした瞬間に蘇ってくる。彼に力強く組み敷かれたような、内側の最も深い場所を彼自身の熱で満たされたような、息が止まるような快感と多幸感。


ただの手駒でいいと思っていた。

でも、ルカの言う通りだとしたら。もし、この胸の奥を締め付ける狂おしい熱が『恋』だというのなら。

私は、あの人の『特別』に、なりたい。あの圧倒的な安心感と支配の中に、ずっと、誰よりも深く沈んでいたい。


「……セリアちゃん? どうしたんすか、顔がすごく赤いっすよ。お湯、熱すぎたっすか?」


ルカの心配そうな声に、セリアはビクンと肩を跳ねさせてハッとして顔を上げた。


「あ、い、いえっ! 大丈夫です! ちょ、ちょっと、のぼせちゃったみたいで……っ」


慌てて両手でパタパタと熱を持った頬を扇ぐセリア。だが、その潤んだ大きな瞳の奥には、少女の初々しさだけでなく、ナオキによって完全に「女」として開発され、心身ともに依存しきっている生々しい熱が、隠しきれないほどにゆらゆらと揺らめいていた。


「そう? 無理しないでね。……でも、セリアちゃんにももしかして、そういう『魔法』をかけてくれた特別な人がいたりするのかしら?」


ミヤビが、少しだけ意地悪く、けれど温かい姉のような眼差しでからかってくる。

図星を突かれたセリアは、さらに顔を真っ赤にしてお湯の中で小さく縮こまった。


「えっ!? ぁ、わ、私なんて、そんな……っ! 特別だなんて、おこがましいです! 私はただ、命を救ってくださったあの方に、一生手足としてお仕えできれば、それで……っ」


しどろもどろになりながら必死に否定するセリアだが、その全身から立ち上る隠しきれない甘い色気と、耳の先、果ては華奢なうなじまでが真っ赤に染まった様子は、言葉とは裏腹な答えを雄弁に物語っていた。


これ以上優しい追及を受けていれば、胸の奥で暴れ回っている彼への狂おしい感情が、口から全部こぼれ落ちてしまいそうだった。そして何より、あの日の記憶を呼び起こしてしまった身体が、お湯の熱とは違う熱量で内側からジンジンと火照り始め、どうにかなってしまいそうだったのだ。


「わ、私、先に上がりますね! お茶の準備、私がやっておきますから!」


逃げるようにそう宣言すると、セリアはバシャッと水音を立てて、逃げるように湯船から立ち上がった。


「あ、セリアちゃん、急がなくてもいいっすよ?」

「セリアお姉ちゃん、お顔ゆでだこさんだー!」


ルカとミヤビのクスリと笑う声と、ニーナの無邪気な声を背中に受けながら、セリアは逃げるように脱衣所へと駆け込んでいった。


パタン、と分厚い木製の扉を閉めると、浴場の湿気を含んだ熱気から一転、ひんやりとした脱衣所の空気が火照った肌を撫でた。


「はぁっ……、はぁっ……」


セリアは扉に背中を預け、荒くなった呼吸を整えるように大きく息を吐き出した。 用意されていた上質でふかふかなタオルを手に取り、濡れた白銀の髪を解き、肌を拭っていく。ひんやりとした空気に触発されて、上気した桜色の肌がわずかに粟立ち、胸元の柔らかなふくらみの先端がきゅっと硬く収縮した。


脱衣所の壁に備え付けられた、全身を映す大きな鏡。 そこには、全身を真っ赤に染め、瞳を潤ませた、ひどく色気づいた自分の姿が映っていた。 かつて地下牢で骨と皮だけになっていた痛々しい少女ではない。用意してもらった安全な環境で、健康的な瑞々しさと、女性としての柔らかな丸みを帯び始めた自分の身体。 セリアは、タオルを持たない空いた方の手で、自分のほっそりとした首筋――かつて隷属のチョーカーが嵌められていた、今は何もない滑らかな肌に、そっと指先を這わせた。


(ナオキ、様……っ)


首筋から鎖骨へ、そして、密やかに自己主張を始めた自分の胸元へと指を滑らせる。 自分の指先が触れているだけなのに、脳裏に蘇るのは、あの日、ナオキの指が自分の頬をなぞった時の、魂が震えるような感触だった。


『――どうだ、セリア。俺の女になって、妹と一緒に自由を貪るか……選べ』


脳髄に直接叩き込まれた、彼のあの低く、絶対的な支配力を持った声。 アイリやツカサと共に彼が与えてくれた、恐怖など一瞬で塗り潰してしまうほどの、圧倒的な多幸感と快楽の濁流。


「あ、ぁ……っ」 不意に足の力が抜けそうになり、セリアは鏡台の縁に手をついた。 両脚をきゅっと擦り合わせる。身体の奥底、下腹部のあたりが、彼を思い出すだけで甘く疼き、熱く濡れそぼっていくのがわかった。


(私なんて、アイリ様やツカサ様みたいな、ナオキ様の隣に立つ正妻になれる器じゃない……。私はただのメイドで、元奴隷の、彼の手駒でしかないのに……っ)


頭では分かっている。自分は表舞台で彼を支えるヒロインではない。 だが、それがどうしようもなく『嬉しい』のだ。 表向きはただの従順なメイドとして振る舞いながら、その実、誰よりも深く彼の支配下にあり、彼の命じるままに裏の仕事をこなす「手足」であるという事実。 誰にも言えない秘密の繋がり。彼が冷酷な命令を下すたび、自分が彼の所有物であることを実感し、背筋がゾクゾクとするほどの快感に支配される。 あの底知れない瞳が自分だけを見下ろし、自分のすべてを掌握してくれているという絶対的な安心感が、セリアの未成熟な身体と心を、とっくの昔にドロドロに溶かしてしまっていた。


「ナオキ様……私の、ご主人、様……っ」


誰もいない冷たい脱衣所で、セリアは自分自身の肩を抱きしめるようにして身体を震わせた。 鏡の中の自分は、自分でも見たことがないほど、卑しいほどに彼を欲しがる『メス』の顔をしていた。 もし今、ここに彼が現れて、あの日と同じように脳の回線を繋がれたら。ただ「跪け」と命じられたら。自分は喜んでこの身を投げ出し、快楽と忠誠の波に溺れてしまうだろう。


荒い呼吸のまま、セリアはゆっくりと深呼吸を繰り返し、暴走しそうになる熱を必死に胸の奥底へと押し込めた。 こんなだらしない姿を、ルカ様やミヤビ様や、ましてや純真なニーナに見せるわけにはいかない。


セリアは乱れた呼吸を整えると、用意されていた真新しいメイド服を身に纏った。 純白のブラウスのボタンを一番上まできっちりと留め、黒いスカートを直し、エプロンのリボンをきつく結ぶ。 布地で肌を覆い隠し、メイドという『役割』の皮を被ることで、先程までの生々しい熱情は、清楚で可憐な少女の見た目の奥へと完璧に隠蔽された。 だが、その清楚な制服の下では、彼の所有物であるという歓喜と、彼への狂おしいほどの思慕が、チリチリと火を上げて燃え続けている。


「……よしっ」


鏡に向かって一度だけ完璧なメイドの微笑みを作ると、セリアはお茶の準備をするため、脱衣所の扉を開けた。 彼女の足取りは驚くほど軽く、その胸の中は、愛するただ一人の主のために働く喜びに満ち溢れていた。

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