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第34話 囚われの部屋、揺れる心


 セリーヌは椅子に縛られたまま、必死に声を張り上げる。


「お願いです……ここから出して!」


 目の前に立つのは、ヴァロア侯爵家の令息、エドモン。彼はセリーヌの必死の懇願をまるで小鳥の囀りでも聞くかのように、冷笑を浮かべていた。


「出して? ふふ……それはできない。君には少しばかり、この屋敷で客人として過ごしてもらう。」


 その言い回しが皮肉であることは、誰の耳にも明らかだった。セリーヌは唇を噛み、首を振る。


「どうして……? 私はあなたに恨まれるようなことは何も……」


「そうだな。君個人は、何も悪くない。だが、君は公爵夫人だ。――つまり、レオンハルトの弱点。」


 エドモンの目が鋭く光る。


「彼は完璧すぎるがゆえに、隙がない。だが君の存在だけは別だ。愛してもいない女を妻に迎えた……その一点で、彼は足元を掬われることになる。」


 その言葉に、セリーヌの胸はちくりと痛んだ。

 ――愛してもいない。

 それは、彼女がずっと心の奥で抱えてきた不安でもあった。


「……そう。公爵様は、私を愛してはいない。だから、ここに来ることもないでしょう。」


 ぽつりと落とした言葉に、エドモンは目を細めて笑う。


「ほう……君自身がそう認めるのか。ならば、ますます利用価値があるな。君を餌にしてやれば、彼は必ず揺らぐ。」


 セリーヌは悔しさに震えたが、それ以上に胸の奥に広がるのは虚しさだった。

 ――本当に、彼は来てくれるのだろうか。




 そのころ、ヴァロア侯爵家の別棟。

 カトリーヌは窓辺に立ち、兄の部屋の方角を見つめていた。胸の奥でざわつく違和感が、昨夜から拭えない。


 ――昨日の夜。


 彼女は偶然、屋敷の裏口に怪しい影を見た。二人の男が重そうな大きな袋を担いで入っていき、その後ろを歩く兄の姿。袋の中身を考えたくもなかったが、不吉な予感が止まらない。


「兄様は、いったい何を……」


 好奇心と不安に駆られ、カトリーヌは静かに後をつけた。

 屋敷の奥の廊下。普段は立ち入らぬ扉の前で、兄と使用人たちは足を止め、重い扉を開けて中へ入っていく。


 ――気づかれないように。


 心臓が早鐘を打つ。彼女は廊下を迂回し、外庭に出て、その部屋の窓に近づいた。そっと覗き込んだ瞬間、目に映った光景に息を呑む。


「……セリーヌ様!?」


 椅子に縛られ、うなだれているのは、つい数日前にお茶会で親しくなったセリーヌだった。

 その前に立つ兄の顔は、彼女の知る穏やかな令息ではない。冷酷な笑みを浮かべ、何かを囁いている。


 カトリーヌの胸に戦慄が走った。


「なぜ……どうしてこんなことに……」


 セリーヌは確かに、最初は没落寸前の令嬢として侮っていた。だが、実際に話してみれば素直で温かく、気づけば彼女を「友」と呼びたいとすら思っていたのだ。

 そんな彼女が今、兄によって囚われている――。


「セリーヌ様を、助けなければ……でも……」


 心が引き裂かれる。兄を告発すれば、一族の名誉も、家も危うくなる。だが、このまま見過ごせば――。


 カトリーヌは必死に考え、震える手を胸に当てた。


「兄様を……止めなければ……」


 呟くと、彼女は窓から離れ、自室へと駆け戻った。

 セリーヌを救う方法を、そして兄を誤ちから引き戻す道を――必死に模索するために。


 


 再び、薄暗い囚われの部屋でセリーヌは目を伏せながら、必死に気持ちを奮い立たせていた。


「……きっと、大丈夫。誰も来てくれないなんて、そんなこと……」


 胸の奥で、ほんの小さな希望がまだ息をしている。

 


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