表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/48

第32話 忍び寄る影


 ダンスが一段落し、客たちが思い思いに談笑する中――バルコニーの薄闇から戻ってきたセリーヌの姿を、レオンハルトはすぐに捉えた。


 彼女は何事もなかったように、静かに歩を進めてくる。その表情に変化はない。だが、レオンハルトは先ほどまで彼女がそこにいたことを知っている。


 彼は歩み寄り、低い声で問う。

「……誰と話していた?」


 セリーヌは少しだけ驚いたように瞬きをし、だがすぐに答えた。

「ヴァロア侯爵家のご子息、エドモン様です」


 その名を聞いた瞬間、レオンハルトの瞳にわずかな鋭さが宿った。

 しかし、セリーヌを不安にさせまいと、すぐに平静を装う。口元に笑みさえ浮かべて。


「……そうか。どんな話をした?」


 セリーヌは首を傾げる。

「えっと……ご挨拶をして、それから少し。王宮の庭が美しいですねとか、初めての舞踏会で緊張していないかとか……」

 彼女は思い出すように言葉を並べる。


 レオンハルトはさらに探りを入れる。

「それだけか?」


 セリーヌは小さく笑った。

「はい。それだけですよ。変わった雰囲気の方でしたけれど……丁寧にお話ししてくださいました」


 その答えに、レオンハルトは一瞬目を伏せた。

 ――ただ話すだけで済む相手ではない。


 彼は長年の経験から、エドモン・ヴァロアが社交の場で仕掛ける時は、必ず裏に別の意図があることを知っていた。しかも、セリーヌに声をかけたということは――。


 背筋を走る冷たい感覚に、彼はワイングラスを手にした。

「……そうか」

 短くそう言って、何事もなかったかのように杯を口へ運ぶ。


 セリーヌは不思議そうに彼を見たが、追及はしなかった。代わりに「そろそろ戻りましょうか」と、にこやかに微笑む。彼女には、この空気の奥に潜む重さが伝わっていない。



 その後、レオンハルトの耳にはいくつかの噂が届いた。

 ――ヴァロア家が最近、新興の商会と手を組み、王宮の一部貴族と盛んに接触している。

 ――さらには軍部の一部にも寄付を行い、兵器の取引にまで口を出そうとしている。


 酒杯を傾けるふりをしながら、レオンハルトはその断片的な情報を組み合わせていった。


(……やはり、動き始めているか)


 ヴァロア侯爵はこれまでも隙あらば影響力を強めようとしてきた。王家に忠実な自分――レオンハルトを快く思っていないことも周知の事実だった。

 だが、これまで彼らは「正面から」仕掛けることはなかった。

 しかし今夜、彼らは――セリーヌに接触してきた。


(彼女を巻き込むつもりか……)


 冷ややかにワイングラスを置くレオンハルトの視線は、会場の一角に立つ青年へと向けられた。

 エドモン・ヴァロア。

 妹のカトリーヌとは違い、野心と欲望を隠そうともしない男。その瞳はどこか獲物を見定める猛禽を思わせた。


 セリーヌは何も知らず、王妃や令嬢たちと談笑している。時折笑みを浮かべ、緊張しながらも気丈に振る舞っていた。

 ――その姿は、彼女をただの「政略の駒」としか見ない人間にとって、格好の的に映るだろう。



 ダンスが再び始まる。

 人々がホールの中央へと集まる中、レオンハルトはセリーヌを連れ、ダンスの輪へと加わった。

 手を取り、ステップを踏む。セリーヌの小さな足が一瞬彼の靴を踏んでしまうが、レオンハルトは苦笑し、囁く。


「大丈夫だ」


 セリーヌは赤くなり、ぎこちなくも必死に彼のリードに応じる。その様子に、レオンハルトは一瞬心を和らげた。だが、次の瞬間にはまた現実が押し寄せる。


(――これ以上、彼女を危険に晒すわけにはいかない)


 ダンスの余韻がホールに響き渡る。客たちが拍手を送る中、レオンハルトはセリーヌの手を握りしめたまま、ふと視線を上げる。


 その先に――冷笑を浮かべるエドモンの姿があった。


 彼は人混みの向こうで軽くグラスを掲げ、こちらに視線を向けている。

 挑発とも、警告とも取れるその眼差し。


 レオンハルトの胸中に、確信が芽生えた。



 舞踏会の華やかさの裏で、ひそかに動き出した影。

 それが自分とセリーヌを狙っている――。


 レオンハルトは彼女の手を握る力を、ほんのわずかに強めた。

 セリーヌはその変化に気づかず、微笑んでいる。


 ――彼女を守るためなら、どんな敵でも容赦しない。


 その決意を胸に刻みながら、レオンハルトは再び冷たい笑みを浮かべるエドモンを見据えた。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ