第30話 王宮デビュー
王宮の大広間は、まるで宝石箱をひっくり返したような光景だった。
水晶のシャンデリアが燦然と輝き、磨き上げられた大理石の床には絹の裾がひらめく。各地の貴族が集い、王太子の婚約を祝うためにグラスを掲げていた。
だが今宵、別の噂もまた人々の口を賑わせていた。
「聞いたか?あの冷徹なグレイヴ公爵の奥様も今日は参加するそうな」
「半年も経つのに、姿を見せなかったのはなぜだ?」
「お相手は没落寸前の伯爵家の娘らしいが……」
「どうせ陰気で、表舞台に立てぬ器量なのだろう」
好奇心と侮蔑が入り混じる視線が、会場の入口へと向けられる。
やがて扉が大きく開かれた。
最初に現れたのは黒の礼服に身を包んだレオンハルト。その隣に――白銀の光をまとった女性が一歩進み出た。
セリーヌだった。
淡いブルーグレーのドレスに、繊細な刺繍と宝石があしらわれ、光を受けて星のように瞬く。
肩から流れるシフォンのケープは風を孕むように揺れ、まるで女神が舞い降りたかのようだった。
「……っ!」
ざわめきは、ため息へと変わった。
「まさか、あれほど美しい方だったとは……」
「いや、あれは……絵画の精霊か?」
「信じられん、没落貴族の娘だというのに」
会場に集う視線は、もはや侮蔑ではなく羨望へと変わっていた。
セリーヌは胸を張り、堂々と歩を進める。隣を歩くレオンハルトの背筋もまた、誇りを示すように伸びていた。
正面の玉座前には、国王夫妻と王太子夫妻が並んでいた。
レオンハルトは軽く一礼し、隣のセリーヌを紹介する。
「陛下、妃殿下にご挨拶申し上げます。」
「おお、レオンハルト。よく来たな」
「……そして、こちらが妻のセリーヌです」
セリーヌは裾を摘み、丁寧に頭を下げる。
「お初にお目にかかります。セリーヌと申します。このような場にお招きいただき、光栄でございます」
王妃は優雅に微笑んだ。
「まぁ……なんと愛らしい。よくぞ、この国へ舞い降りてくれましたね」
王太子が笑みを浮かべ、レオンハルトの肩を軽く叩く。
「やっと隠し事をやめたか、レオンハルト。幼なじみのお前に、こんな素晴らしい伴侶がいたとは」
「……余計な詮索は無用だ」
そっけない答えに、王太子は愉快そうに目を細めた。
挨拶が終わると、楽団が演奏を始めた。
弦と管の音色が重なり、大広間は舞踏会の空気に包まれる。
最初の一曲は王太子と婚約者がダンスを披露した。
「――では、次の曲を」
司会役の声に、視線が再びレオンハルトとセリーヌに集まる。
ダンスを披露するのは、この夜もっとも注目される新婚の夫妻。
セリーヌは思わず息を呑み、手のひらが汗ばんだ。
(わ、私……本当に大丈夫かしら……? 練習はしたけれど……)
そんな不安を見透かしたように、レオンハルトが静かに囁いた。
「恐れるな。私が導く」
その声は低く、けれどどこか温かかった。
彼に手を取られ、セリーヌは舞踏の輪へと導かれていく。
大広間の中央、無数の視線が降り注ぐ中――いよいよ二人のダンスが始まろうとしていた。




