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第27話 両親の帰還と王宮からの招待


 数日間の滞在を終え、ギルベルトとクラリッサはついに屋敷を発つ日を迎えた。

 セリーヌは早朝から落ち着かず、使用人たちと共に荷造りの手伝いをしていたが、クラリッサにやんわりと手を止められてしまった。


「セリーヌ、あなたはお客様を見送る側。手を汚す必要はないのよ」

「ですが……お世話になったので、せめて少しでも」

「いいえ。あなたの気持ちは十分伝わっているわ」

 クラリッサの微笑みは、最初に出会った時よりも柔らかい。まるで実の母が娘を諭すような声音に、セリーヌの胸は温かく満たされた。


 玄関前には馬車が用意され、数人の従者が荷を積み込んでいる。

 ギルベルトはいつも通り威厳を漂わせながらも、その瞳にはどこか名残惜しさがあった。


「セリーヌ、短い間であったが……まるで娘と過ごすような日々であった」

「……ありがとうございます。わたしも、本当に楽しく過ごせました」


 ギルベルトは満足そうに頷くと、横に立つレオンハルトへと視線を移した。

「レオンハルト。彼女を大切にしろ」

「あぁ」

 短い返答。けれどもその声には、どこか普段よりも重みがあった。



 馬車に乗り込む直前、クラリッサがセリーヌをそっと抱き寄せた。

「ねぇ、必ず二人で私たちの領地に遊びにいらして。静かな湖のほとりに別邸があるの。そこでまた、一緒にお茶を飲みましょう」

「……はい、ぜひ」

 思わず涙がにじみ、セリーヌは瞬きを繰り返す。

 クラリッサの手が、そっと彼女の頬を撫でてから離れた。


 馬車が出発するとき、ギルベルトもクラリッサも何度も手を振り返してくれた。

 セリーヌは深々と頭を下げ、彼らの背中が見えなくなるまで見送った。


(……まるで本当の両親みたい。わたしなんかに、どうしてこんなに優しくしてくださるんだろう)


 その理由を、セリーヌはまだ知らない。



 クラリッサとギルベルトは、馬車の揺れに身を預けながら静かに言葉を交わしていた。


「あなた、やはり気づいていたのでしょう?」

「もちろんだ。レオンハルトが“好きな人ができた”などと言った時点でな」

 ギルベルトは鼻で笑った。

「どうせ金銭で話をつけたのだろう。没落寸前の伯爵家なら、娘を差し出すしかあるまい」

「ええ。でも……それなら余計に、あの子を守ってあげたいと思ったの」

 クラリッサは遠くを見つめながら、柔らかく微笑む。

「だって、あの子はとても素直で、心根の優しい子よ。あの子となら、レオンハルトも……」

「あやつがどこまで自分の気持ちに向き合えるかだな」


 そう言いながらも、ギルベルトの口元も僅かに綻んでいた。



 一方、屋敷では。


 セリーヌは両親を見送ったあと、少し寂しさを抱きながらレオンハルトとマグリットと共に居間へ戻っていた。

「奥様、元公爵夫妻は本当に奥様のことを大切にしてくださっていましたね」

「ええ……なんだか夢みたい。あんな風にしていただけるなんて」


 感慨に浸るセリーヌのもとに、クラウスが歩み寄る。

「奥様、旦那様。王宮からの招待状が届いております」

「王宮から?」

 クラウスが差し出した上等な封筒には、王家の紋章が金の箔押しで輝いている。


 レオンハルトが手に取り、淡々と読み上げた。

「……王太子殿下の婚約披露パーティー。日取りは……来月か」

「王太子殿下の……!」

 セリーヌは目を見開く。そんな大きな催しに、自分が招かれるなど夢にも思わなかった。


 レオンハルトの眉間に僅かに皺が寄る。

「……やっかいなことになりそうだな」


 彼の低い呟きが、セリーヌの胸に妙な不安を呼び起こした。


 胸の奥に小さな波紋が広がる。

 セリーヌは招待状を握りしめながら、知らず唇を結んでいた。


――王太子婚約の宴が、二人の関係に新たな試練をもたらすことになるとは、まだ誰も知らない。


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