第21話 お茶会の試練
香り高い紅茶の湯気が、白磁のティーカップから静かに立ち昇っていた。
公爵令嬢エリザベートが主催するお茶会は、優雅で華やかな雰囲気に包まれている。だがその空気の底には、鋭い視線と探るような囁きが交錯していた。
「それで……アルヴァン伯爵家のご出身と伺いましたわ」
最初に口を開いたのは、侯爵令嬢カトリーヌだった。唇に皮肉な笑みを浮かべ、さりげなく話題を切り出す。
「領地のご様子は……いかがかしら? あまり芳しくないと耳にいたしましたけれど」
場に小さなざわめきが走る。没落寸前の家を持ち出すなど、明らかに「見下し」の意図がある。
しかしセリーヌは、微笑みを崩さずに答えた。
「ええ、確かに困難は多うございます。けれど、領民の方々は勤勉で温かい方ばかりですわ。私も、少しでも力になれればと、絵を描いたり、畑の手伝いをしたりしてまいりましたの」
「……伯爵令嬢が畑の手伝い?」
思わず誰かが口を滑らせ、場がどよめく。カトリーヌの眉もぴくりと動いた。
「ええ。土に触れるのは、とても楽しいものですのよ。汗をかいた後の紅茶は、また格別でして」
セリーヌがさらりと笑ってみせると、周囲の令嬢たちから思わず小さな笑い声が漏れた。空気がふっと和らぐ。
次に仕掛けてきたのは、伯爵令嬢ソフィアだった。彼女は悪意ではなく、好奇心から問いを投げかけた。
「セリーヌ様は、舞踏会などにはよくお出になられますの?」
「いえ……ほとんど出たことはございませんわ。舞踏会の礼儀作法は、まだまだ勉強中ですの」
するとカトリーヌがすかさず言葉を挟んだ。
「まぁ、それでは舞踏曲に合わせてステップを踏むことも……難しいのではなくて?」
露骨な挑発。しかしセリーヌは困ったように微笑みながらも、堂々と答えた。
「ええ、きっと皆様のように優雅にはできませんわ。けれど、転んでしまったら……その時は笑ってしまえばいいかしら。立ち上がって、また踊れば済むことですもの」
その潔さに、再び令嬢たちの間から笑みが漏れる。
「確かに……それは勇気がいるけれど、素敵ですわね」
「私など、少しつまずいただけで顔が真っ赤になってしまいますのに……」
共感の声が広がり、空気が一層和やかになっていった。
お茶会の終盤、デザートとして繊細な焼き菓子が運ばれてきた。金粉を散らした豪奢な菓子の中に、一つだけ砂糖が多めにまぶされた「甘すぎる菓子」が紛れ込んでいる。
それは使用人を通じて、誰かが「仕組んだもの」だった。
「どうぞ、セリーヌ様。こちらを召し上がってみて」
カトリーヌがさりげなく皿を勧める。
セリーヌは一瞬気づいた。砂糖の量が微妙に違う。けれど、笑みを浮かべてそれを取ると、口に運んだ。
「……ふふ、とても甘くて……これは、きっと皆様がお好きになるお味ですわ」
わざと冗談めかして言うと、周囲から笑い声が上がった。
「まぁ、そんなに甘いのですの?」
「では私も一つ……本当、甘いけれど美味しいですわ!」
場は盛り上がり、仕掛けは逆に「楽しい出来事」として溶けていった。カトリーヌは悔しそうに紅茶を口に運んだが、頬がわずかに赤くなっている。
お茶会が終わる頃、エリザベートがセリーヌに歩み寄った。
「セリーヌ様……今日ご一緒できて、本当に楽しかったですわ」
その声は心からのもので、瞳は柔らかな好意で輝いていた。
「わたくし、またぜひお話ししたいです。よろしければ、今度は絵を拝見させていただけませんか?」
「もちろんですわ。お招きいただければ、喜んで」
二人は微笑み合い、自然に親しさが芽生えていた。
一方のカトリーヌは、腕を組みながら横を向いた。
「……今日は、まぁ……思ったよりは、悪くなかったわ」
その声音にはまだ刺が残っていたが、先ほどまでの敵意は薄れている。むしろ「認めざるを得ない」といった照れ隠しが滲んでいた。
セリーヌはそんな彼女を見て、穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます、カトリーヌ様。またぜひお話をさせてくださいね」
「べ、別に! 話したいなんて言ってないわ!」
そう言いながらも、カトリーヌの頬はわずかに赤く染まっていた。
馬車に戻る頃、セリーヌは胸の奥が少し温かくなるのを感じていた。
(思ったより……怖いことはなかったわ。むしろ、皆さまと笑い合えて……)
その姿を、遠くから一人の男が見守っていた。
レオンハルトだった。彼はセリーヌが心配で庭園近くまで来ていたのだ。
楽しげに微笑む妻の姿に、彼はわずかに視線を細め、唇を結んだ。
(……やはり、あの人は……強い)




