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第20話 お茶会の始まり


 朝の陽光が差し込む部屋で、セリーヌは小さな衣装棚を開けて、並んでいる数着のドレスを前にため息をついた。


「……やっぱり、どれも地味ね」


 色は淡い水色や落ち着いた茶色、生成り色。飾りも少なく、華やかなお茶会に着ていくにはどうしても見劣りしてしまう。


もちろん、伯爵令嬢としての立場に恥じないような衣装はかつてはあった。だが、没落寸前のアルヴァン家では新調する余裕などなく、母の看病費用や領地の復興費にほとんどを費やしてきた結果、残ったのは簡素なドレスばかりだった。


「でも……数時間のお茶会だもの。仕方ないわ」


 自分に言い聞かせるように、セリーヌは最も状態の良い薄紫色のドレスを取り出した。胸元に小さなレースが施されているが、飾りはそれだけ。華やかさというよりも「清楚」という言葉が似合う一着だった。


 お茶会がどのような雰囲気になるのか、予想はついている。少なくとも、彼女に好意的な場にはならないだろう。だからこそ、せめて清潔に、誠意をもって臨もう。セリーヌは心を落ち着けるように深呼吸をした。



 午後、着替えようとしたその時だった。控えめなノックの音が響き、クラウスが姿を現した。


「奥様」

「……クラウス?」


 手には大きな包みを抱えている。その布を開いた瞬間、セリーヌは思わず目を見張った。


「……まぁ……!」


 そこにあったのは、これまで見たこともないほど美しいドレスだった。淡いクリーム色に金糸の刺繍が施され、裾には花々を思わせる繊細な模様が広がっている。光を受ければ柔らかに輝き、まるで春の陽だまりをそのまま形にしたような一着だった。


「これは……?」

「公爵様より預かりました。お茶会にお出になると伺ったので、ぜひこちらをお召しくださいとのことです」


「……公爵様が?」


 驚きと戸惑いが胸を揺らす。しかし次の瞬間、セリーヌは小さく首を振った。


(きっと、公爵家の名誉のためね。伯爵家出身の私がみすぼらしい姿でお茶会に現れれば、周囲に笑われてしまう。それを避けるために用意してくださったのだわ)


 そう思うと感謝の気持ちでいっぱいになった。


「ありがとうございます……ありがたく、着させていただきます」


 クラウスにそう告げると、侍女マルグリットの助けを借りてドレスに袖を通した。鏡に映った自分の姿を見て、セリーヌは思わず言葉を失う。


「……本当に、私なのかしら」


 今までとは別人のように華やかで、柔らかな気品に包まれていた。マルグリットが目を潤ませながら「とてもお似合いです、奥様!」と声を上げる。セリーヌは小さく笑みを返し、心を整えた。



 馬車に揺られて到着したのは、ヴァロワ公爵家の別邸。エリザベートが主催するお茶会は、その優雅さで知られていた。


 庭園の中央に設けられた白亜のテーブルの周りには、すでに十名ほどの令嬢たちが集まっていた。色とりどりのドレスに身を包んだ彼女たちは、セリーヌの姿を見るや否や、小声でざわめき始める。


「……あれが……?」

「没落寸前のアルヴァン伯爵家の娘……?」

「思ったより綺麗ね。でも、あのドレスはどうしたのかしら」


 ひそひそと交わされる声が耳に届く。セリーヌはそれを聞き流すように微笑み、主催者へと歩み寄った。


「エリザベート様、本日はお招きいただきありがとうございます」

「まぁ、セリーヌ様。ご足労いただけて嬉しく思いますわ」


 エリザベートはにこやかに迎えながらも、その視線の奥に探るような色を宿していた。その隣には、鮮やかな真紅のドレスを着たカトリーヌ・モンターニュが座っており、冷ややかな笑みを浮かべている。


「わざわざ来てくださるなんて……勇気がおありですのね」


 一方、淡い桃色のドレスを纏ったソフィア・リュシエールは、少し居心地悪そうに視線を逸らしつつも微笑んでくれた。


「どうぞ、お隣へ」


 席を勧められ、セリーヌは深く礼をして腰掛けた。背筋を伸ばし、笑みを崩さぬまま、周囲の視線と囁きを静かに受け止める。


(大丈夫。私は恥じることは何もしていない。だから、堂々としていればいい……)


 胸の奥で自分に言い聞かせながら、セリーヌは新しいドレスの裾を整え、優雅にお茶会の始まりを待った。



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