二
さっきお紀有ちゃんも言ってくれたとおり、わたし、日本橋の冨急で女中をしています。まだひと月ですけど、常盤屋さん……っていう口入れ屋さんの紹介でした。
ご存じかどうか、冨急はむかしは冨久屋という名でしたが、なんだかみんなが「とみきゅう」と呼ぶので、十年ほどまえに本当に冨急に名前を変えてしまったお店です。それほど老舗というほどでもなかったので気軽に変えてしまったんだと思います。あ、ごめんなさい、話がそれてしまいました。
わたしがやっていたのは家のなかのことで、お店にはまったく出ていません。わたしの他にもうひとり、お圭さんという女中がいますが、この人は後家さんで、もう五十を越えてるみたいです。
ああ、また、ごめんなさい、話が……
なんだか混乱してしまって、どこから話していいのかわからないのです。……ええ、はじめから、順序よく……はい。
常盤屋さんに道を教えてもらって、初めてあの冨急を訪ねましたところ、そこはお店の奥が家族と使用人の住居になっているのですが、とうぜん裏口から入って、そこで女中のお圭さんに奥の座敷に案内されまして、そこでお内儀さんにひきあわされたのですが、これがお若くておきれいなお方なので驚いてしまいました。
「あんたはお内儀さんの身の回りのお世話をするんだよ。お内儀さんは体が弱くていらっしゃるからね」
お圭さんが言いました。お内儀さんは微笑みながらわたしたちの様子を見ていました。
「なにをすればよいのでしょう」
わたしはこれまでの奉公で病人のお世話はしたことはなかったのです。
「そりゃお茶を入れたり、お食事を運んだり、お召しかえを手伝ったり、扇を使ったり、まあ……いろいろさ。じゃ頼んだよ」
お圭さんはそう言うと行ってしまいました。
「あの……」
お圭さんが行ってしまうと、なんだか間がもたず、わたしはお内儀さんを見て、言葉につまってしまったのです。するとお内儀さんは、
「お世話になりますよ、どうぞよろしくお願いね」
なんと手をついてそう言うのです。わたしはあわてました。
「そんな、もったいない、こちらこそよろしくお願いします」
とお内儀さんに負けないように畳に額をこすりつけましたのです。
「では早速ですまないがお布団を敷いておくれ」
わたしが冨急にあがったのはお昼前のことだったのですが、お内儀さんのお座敷は雨戸を閉めてあって薄暗いのでした。お言いつけに驚いて返事ができないでいると、
「すまないね、わたしは昼のあいだもほとんど寝ているのだよ」
とおっしゃるので、わたしはお圭さんの言っていたことを思いだして、お布団を延べたのでしたが、するとお内儀さんはすぐにそれに入るとすぐに寝入ってしまったのでした。
寝ているあいだは好きに過ごしてよいと、それだけは言ってくれましたので、そうしようとおもったのですが、なにしろ勝手もわからずどうしていいかもわかりませんでしたので、結局わたしもお内儀さんの横の畳のうえで横になってしまいまして、新しいところにくる気疲れなどもあって眠ってしまったのでした。
わたしは奥の、お内儀さんの座敷からはちょっと離れておりますが、まえは布団部屋だった小さな座敷に住み込むことになりまして、お内儀さんをお世話するようになったのです。それはちっともたいへんなことではなくて、というのもさっきも言った通りお内儀さんは一日中ほとんど臥せっておりますので、ほとんどすることがなかったのです。
だから二、三日もするとわたしもすぐに慣れてそのへんをうろうろと探検するようになりました。
ただ、お内儀さんやわたしの部屋は屋敷の奥、表の店から見たら裏手にあたるのですが、店のほうには行かないように言いつかっておりました。
表に行く途中になぜか家の真ん中にぽっかりと土間があって、両側を廊下が通っているのですが、わたしの行っていいのはそこまででした。土間には梯子があって屋根裏に出られるのですが、ここは裏庭の土蔵とは別に、屋敷内の物置として使われているということです。
冨急……というか富久屋が大きくなるにつれて家をどんどん建て増ししていったときに、なにか構造の関係でぽっかりとそんなとこができてしまったんだそうです。
……また話がそれました、すみません。
お圭さんはわたしから見たら母よりも年が離れてはいますが、気易い人ですからいろいろと話してくれました。ただまあ、いろいろと抜けも多いのですが。
あるときお店のご当主が御内儀をお訪ねにこられました。
わたしはお内儀さんのお世話にと雇われたこともあって、それまでご当主様へごあいさつも申しあげたことはなかったのです。
ご当主を初めて見たとき、ずいぶんとはしたないことですがじろじろと眺めてしまって、なにしろ驚いてしまって目を離すことも忘れていたのです。というのもお内儀さんはまだ三十にもならぬのだから、旦那さまも三十を回ったくらいかなと思っておりましたのに、それがすっかりおじい……いえ、ずいぶんとお年を召したお方で、最初はご隠居さまかと思ったのですが、お内儀さんに旦那様にご挨拶申しあげなさいと言われ、その旦那さまが鷹揚にうなずかれたときに自分の思い違いがわかって、そのままじっと見つめてしまったのです。
「いつも家内が世話になるな。ご苦労」
そうご当主に言われて、わたしはあわてて頭をさげて座敷を出ていきました。ご夫婦なのだからお二人きりにしなければ、と思ったからです。
それから庭に出ました。お内儀さんがお休みになっているときは、よく庭を探検したでございます。屋敷のなかはあまりうろうろしないよう言われておりましたし、庭は広くて木もいっぱい植わってまして好きだったのです。
ぶらぶらと土蔵のまえに出ました。
それは不思議な土蔵で、四つほど建ち並ぶなかでひとつだけ、二階か三階くらいの位置に大きな窓が開いているのです。もちろん雨よけの大きな庇も付いておりまして、そのせいで外から見ると屋根とその庇で大きな「へ」の字と小さな「へ」の字を重ねたようになっているのです。
でも土蔵など、空気抜きや明かり取りの小さな穴は開けても、あんな大きな穴を、それこそ人が通れるほどの穴をあけるなんて、泥棒が心配じゃあないのかしらと心配してしまったほどです。
ぼんやりそんなことを考えているとお圭さんがやってきました。お圭さんはよく抜け出してここで怠けているのですが、ご当主の話をするとお圭さんはあははと笑いました。
「そうか、知らなかったんだね。お内儀さんは後妻なんだ。いまのお内儀さんの部屋になってる奥の座敷はね、もとはご隠居夫妻が住んでたのさ。去年、まえの御内儀が病死して、今年の春にお末さんが一周忌を待たずして来たときは驚いたけど、土蔵のひとつを改造して住めるようにして先代の二人をそっちに押し込めたときにはもっと驚いた」
とお圭さんは言いました。
「どうして」とわたしが訊くと、
「だって旦那さん、昔はご隠居夫婦をすっごく怖れてたじゃないか。先代の二人も、ほんとにすっごく怖かったし。後妻をとるなんて許すとは思えなかったし、自分たちの隠居部屋を譲るなんてことも考えられなかったじゃないの。でも寄る年波には勝てないんだなあって、思ったでしょ」
お圭さんにはこういうところがあって、自分の知っているからって他人が知らないなんて思いもよらないようで、あとそれとは逆に人から聞いただけのことを自分のことみたように言う……というか本人もそう思いこんじゃうみたいなのです。
このときもわたしはお圭さんがなにを言っているのかわかりませなんだが、さすがのお圭さんもすぐにそれには気づいたようでした。
「ああ、ごめん、お民ちゃんはお登世ちゃんの代わりにきたんだっけ、いっしょにしちゃったよ」
お登世ちゃんというのは初めて聞く名前だったものですから、だあれと訊くと、だからあんたのまえに御内儀のお世話をしていた女中だよ、という返事。「あんたがくる少しまえに辞めちまったのさ」
これは順序が逆様で、つまりお登世という奉公が辞めたから次のを、つまりわたしを探したと思うのですが、お圭さんはそういうことも気にしないのでした。




