一
夕方、色吉が羽生多大有の帰宅にともなって八丁堀羽生邸の門をくぐると、留緒が母屋からとびでてきた。
「色吉さん、お客さんだよ」
ちょっとつっけんどんだ。
「おう、そうか、ありがとよ」
多大有にひとつ頭をさげると、留緒についていく。表庭に面した広間に入ると、娘が二人、並んで座っていたが、そのうちのひとりは色吉も知っていた。
「よう、お紀有ちゃんじゃないか。久しぶりだな」
以前の事件のときに知りあった娘が、にこにこと辞儀をした。横の娘もそれに習って手をついて頭をさげる。こちらはまだ緊張した表情だ。
「ほんとに? あたしに隠れて会ったりしてないでしょね」
留緒が言った。
「なんだ、まだいたのか。おれにも茶を頼むぜ」
留緒は色吉をじろりとひとにらみ、客人二人には笑顔を向けて部屋を出ていった。
「このひと、お民ちゃんです」
色吉がまえに座るとお紀有がもう一人の娘を紹介した。
色吉が部屋を見回すと、お紀有が察したように、
「あの、ご隠居さまは、色吉さんにお話しするように、と。自分がいるとお民ちゃんが話しづらいのじゃないかとおっしゃって」と言った。
「なるほど」
それから色吉はお民に向かうと、「お紀有さんから聞いてるだろうが、あっしは色吉ってお上の御用を聞くもんです。話ってのはなんでやしょう」
お民は年こそお紀有よりもひとつふたつうえのようだが、世慣れていない感じだった。
「はあ」
お民は頬を染め、助けを求めるようにお紀有を見た。お紀有がうなずいて話しはじめた。
「お民ちゃんは日本橋の冨急の仲働きなんです。わたしとはおんなじ口入れ屋さんに紹介してもらって。でも近頃、お店のなかで気になることがあるらしくて」
そのとき留緒が茶を運んできた。色吉のまえに湯気の立つ茶碗を置き、お紀有とお民のまえの茶を新しいものに替える。
色吉が茶碗に手を伸ばすと持てないくらい熱かった。「あちい。ずいぶん熱くねえか留緒ちゃん」
「色吉さん、熱いの好きだろ」
「おう、そうだな、ありがとよ」
色吉は火傷しそうなのを我慢して茶を飲んだ。
留緒はその様子を見て満足げに出ていった。
お紀有が続ける。
「さっき、お使いの途中でたまたまあったんだけど、それで話を聞いたんだけど、でもなんだか恐ろしい話だから、それならいい人がいるよ、って色吉さんに聞いてもらおうと思って、それなら留緒ちゃんに色吉さんに会わせてもらおうと思ってここに来たんですけど、留緒ちゃんがここで待ってればいいって待たせてくれたんで待ってたんです」
「店のほうはいいのかい?」
「わたしはもう帰らなくちゃ。あとはお民ちゃん、自分で話してね」
お紀有は立ちあがった。
「ありがとう、ごめんね」
お民がお紀有に言った。いいのいいの、と言いながらお紀有は出ていった。
お民は色吉に向き直ったが、緊張しているのかそわそわもじもじと落ち着かない様子だ。
そこに留緒が入ってきた。
「あたしもいっしょに聞いたげるよ」
にっと笑う。
「理縫ちゃんはいいのかい」
「ご隠居さんとこで遊んでる」
お民のほうに顔を向けるとうなずいているので、色吉もうなずいた。留緒は色吉の横に座った。




