三
「そのお登世さんはどのくらい長く勤めてたんで?」
色吉が訊いた。
はい、もともとは臥せっていたまえの御内儀のお世話を見るためにやとわれて、一年ほど冨急にいたそうで、年はわたしと同じで十八です。去年御内儀が亡くなられたあとはいろいろとお屋敷のなかの雑事やお台所のことをやっていたそうですが、今年になってお末さんがやってきてからはまた御内儀のお世話に戻ったそうなんです。
それで、ご隠居夫妻の世話は誰が、と訊くと、なんとご当主の仙衛門様がじきじきに見ているというのです。毎日一度、お食事を離れに手ずから運ぶんだとか。
「年も寄っているし食べすぎは体に悪い」
だそうなのです。
御先代の仙衛門様と、その御内儀のお了さまを、わたしはじかに会ったことはありませなんで、それどころか、ちらりと見たことすらないのです。ふたりとも八十を越えているそうでそんなお年寄りがこの土蔵に住んでいるかと思うと、なんだかちょっと……それまでは好きだった庭のぶらぶら歩きも、なんだか怖くなってしまいました。
「ああ、もう行かなきゃ」などと言ってお圭さんはぱたぱたと立ち去ってしまい、そのときちょうどその土蔵のまえに立っていたものだからなんだか気味が悪くなってしまって、わたしもあわててどこかほかのところに行こうと思ったのですが、そこにお圭さんと入れ替わるように道助さんがやってきました。
道助さんはお店の番頭さんなのですが、やはりたまに庭を散歩するようです。まえにお圭さんに名前を教えてもらったのですが話したことはありませなんだ。でもこのときはわたしを見てにやりと笑って近づいてきたのです。
「あんたは奥のひとだね」
この道助さんというのは三十くらいなのですがまだ独り身で、妙にいい男なのですが、自分が二枚目看板だってこと鼻にかけてるらしくて女のことに関していろいろ嫌な噂のあるひとだったので最初はちょっと怖くて。実際、見た目はちょっと悪っぽいところがあるんですが、面と向かってみるととにかく愛想がよくて人当たりもいい、とても優しい人なものですからすぐに心を許してすっかり打ち解けてしまい、噂なんて当てにならないものだと思ったものでございました。
「お登世さんの代わりか。たいへんじゃあないかえ」
「いえ、お内儀さんもお優しいのでちっとも」
「ならいいが、お登世みたいに怖くなって逃げねえでくんなさいよ」
「怖くなって……?」
「あれ、事情を聞いてないのか。お圭さんとよく仲良く話しているもんだからとっくに知ってるもんだと早合点だったようだな。やれこれは口を滑らしちまった」
「なんですか、教えてください」
「うむ。途中でやめるのもいやらしいから教えるが、あたしから聞いたというのは内緒にしてくれよ」
そう前置いて道助さんはいろいろと詳しく教えてくれたのでした。
「そもそもおまえさんはご主人のご家族すらよく知らないようだね。逆にご家族にしてもあんたのことを知ってる人のほうが少ないようだ。ご紹介がなかったからね。だからひとつ、この冨急の主だったものの紹介から始めたほうがよさそうだ」
ご当主の仙衛門様のまえの御内儀はお延さんといって、さっきお圭さんが言っていたようにご病気で亡くなられたのですが、そのときは六十手前くらいのお年で、仙衛門様がいま六十をいくつか越えているらしいですから、お年からしたら釣り合いは取れていたのです。
実は仙衛門様は、これは道助さんから聞いて初めて知ったのですが入り婿で、だから土蔵に住んでいる先代夫婦というのはお延さんの二親なのだそうで、ああだからご当主は大事にしていないのねとわたしが言うと、道助さんはいや本当の親でもだいじにしない子供はいくらもいる、むしろ世間からしたらそっちのほうが多いんじゃないか、などと言いました。
それで、ご当主にはまえの御内儀とのあいだに息子と娘がいて、息子は長男ながら三次郎という名前で、三十いくつかですがまだ独り身なのだそうです。そろそろ身を固めて跡継ぎとして立派に立たなくてはと周りも本人も考えているようなのですが。
どのような人か、ですか。正直なところですか、はい。こんなこと申すのはなんなんでございますが、ちょっと気味の悪いところが……
屋敷の廊下や、庭を歩いているときに、ときどき誰かに見られているような感じがして、顔をあげるとこの人がいるのです。わたしを見ているのか、お内儀さんを見ているのかわかりませんが、わたし一人のときもたびたびあるので、ひょっとしたら……
それからその妹がお貞と申しまして、これは今年三十だそうですが、番頭の平六という人に嫁いで十年ほどになります。平六は婿というわけでもないのにまだ同居している、というかしていたそうなのです。していた、というのは、この平六さんは今月の初めに亡くなってしまったのでした。頓死だということですが、
「それがほんとは殺された、ってはなしだ。実はお登世はそれを怖がって逃げ出してしまったのだよ」
と道助さんが言いました。でもそんな話をしているのに道助さんは、薄く笑っているようでちょっと怖かったのでした。




