ラニャシャスティアナ ドラゴン戦1
「うわ、やっぱりドラゴンいるよ。出られないんじゃね? リース、一回降ろしてくれ」
「いや……魔女殿、私をドラゴンまで飛ばすことは出来るか? 翼にとりつき、あやつの気をひいてみせよう」
「本気か、戦士よ。正気の沙汰ではないぞ」
「問題ない。翼を落とせばあやつは落ちるのだしな!」
「単純だ! 分かった、飛ばそう。でも乗った後は保証しない」
「了解済みだ。ではやろう」
そうして、空の覇者へと紅の軌跡が奔る。
――対 空の覇者 ピューリッハ
>キルファ
大空を覆う強大な影。その雄大にして苛烈な存在へ飛び掛かる者がいるなど、誰が考えただろうか。
「落ちたらどうするのよ! あんたは本物の阿呆だ! 大阿呆よ!」
黒衣の娘が走り出す。一足飛びでドラゴンの真下近くまで移動し、空へと両手を差し伸べた。翼付近で揺られる紅の影に風の加護が与えられる。
ユエルの外は何もない大地が広がる物寂しい場所であった。しかし中央に都と同じような枯れた噴水が見える。ここが儀式場なのだろうか。それにしては、乾いている。
凄まじい咆哮が聞こえ、キルファは意識を切り替えた。
「みんな!」
地面に走った亀裂から小柄な魔女が飛び出してくる。ようやく合流できたか、とキルファは安堵の息をついた。次いで聖職者と狩人が浮かび上がり、冷や冷やする、といった顔でこちらに走って来る。
「あいつ無茶だね」
全員が揃い——キルファの隣に来た聖者は肩を竦め、ぞんざいな口調で祝詞を唱えた。途端、その場にいた者たちは薄い月色の光に包まれる。
「アンドラステ様……!」
ユスティーファが感極まったように杖を握り締めた。白磁の頬に朱色が混ざる。アンドラステも微笑みかけ、彼女の破れかぶれの聖職衣を見て顔色を変えた。
「怪我したの!」
「い、いいえ。治したので問題ありません。それにアンドラステ様も服があちこち溶けているじゃありませんか……。それより、御身はわたくしが援護致します。存分に祝福されし力を発揮して下さいませ」
キルファは大剣を持つ手に意識を集中した。やはり、いつもより大剣が軽い。否、キルファの筋力が上がっているのだ。
「俺は弓でも射ろうか。距離離れすぎだけど」
「では俺は囮役でもやろう。所構わずブレスを吐かれては敵わん」
空を飛ぶドラゴンの最大の脅威がそれだ。高音という言葉を超えた灼熱地獄。リースがキルファを見て頷く。
「分かった。あなたが丸焦げにならないよう守ろう」
「恩に着る」
盾と大剣を携え、鋼色の騎士は走り出す。今は武器は役に立たない。ただの挑発するための道具だ。
「アクリアルの守護者たるドラゴンよ! 貴殿の使命はなんだ?」
一生をかけ主に仕えるドラゴンへ叫び——キルファは片手で構えた大剣を噴水へと振り下ろす。がん、という音がして石に罅が入った。瞬間クレスランスを落とすべく蛇行飛行していたドラゴンの咆哮の種類が変わる。焦りと怒り。キルファはすぐさまリースたちとは逆方向へ走った。直後視界が紅蓮の炎に包まれる。
――やはり、この場所を守っているのか。
都と、儀式場。共通点は噴水か。
魔女の盾に守られながら、キルファはドラゴンの意識がリースたちに向かわぬよう、噴水の傍を保ち続けた。
>クレスランス
想像以上の熱波が戦士を襲う。彼は炎を信仰していたが、これは炎というより災害といった方が良いくらいだ。
腕が千切れそうなほど根性でしがみ付いているにも関わらず、少し気を抜けばあっという間に吹き飛んでしまいそうな風圧。ドラゴンの全身から吹き上がる熱波は肌をひりひりと灼き、目と鼻の先から聞こえる吐息の音は、自身が掴んでいるものの強大さを感じさせた。
リースの助力を得てドラゴンへしがみ付いたクレスランスは、攻撃どころか体勢の維持すらままならない状況に顔を歪めた。ゆったりと大きく上下に揺さぶってくる為油断がならない。だがある瞬間ふっと揺れが小さくなり、おやと首を傾げた。流れる風が強烈な娘の声を届ける。
「落ちても助けないから! 落ちないでよ!」
強風になびく黒絹の髪。こちらに必死に手を伸ばす姿には、常にはない意外な可愛らしさがあった。
――と言えば怒られるだろうが。
減らず口を叩く余裕が出来、クレスランスは改めてドラゴンの翼を確認する。
濃淡の変化を持つ美しい翡翠の鱗。恐ろしい固さを持つ鱗はびっしりと生えているが、翼の付け根の皮膚は比較的柔らかい。そこへ炎剣を走らせれば、ドラゴンはむずがるように震え一層翼の動きを強めた。たまらずクレスランスは手を離す。
「言ったそばから!」
娘の絶叫が聞こえた気がし――宙に舞い上げられたクレスランスの体はぴたりと止まった。ほっとしたのもつかの間、今度はぞんざいに弾き飛ばされ再びドラゴンの翼へとぶつかる。反射で手を伸ばし、背の鱗をはっしと掴んだ。
――全く手厳しい。
凄まじい風圧と熱波が肌に押し寄せる中、それでもクレスランスは微かな苦笑を浮かべ、翼を落とす作業へ戻るのだった。
>アンドラステ
聖者としての力は馴染み深いものだ。しかしこれまでは自分と従者のみに行使して来た力。状況の悪化に伴い主義を曲げることにしたが、根本が子供っぽいアンドラステはやはり不機嫌だった。
ユスティーファが再び隣に戻ったため、段々とどうでも良くなってきたが。
彼女は万一のためアンドラステに聖法をかける準備をし、かつトータ、リース、アンドラステを覆う防御壁を作り上げている。リースはキルファの援護を担い、クレスランスが翼を落とすのに合わせた攻撃に備えていた。トータはというと、時折矢を射て様子を見ている。どうやら翼に当てたいらしいが、トータの長弓でも風の流れと距離の遠さによってそもそも届かないらしい。
「武器に祝福かけようか?」
「そんなこと出来んの?」
「その弓特殊だから分からないけど。まぁやってみよう」
右手の祝福はそのままに、左手を掲げ詠唱する。やや時間がかかったが、黒檀の弓は月の光を浴びたように輝いた。
微かに目を瞠ったトータは、静かな表情で弓を引く。先程よりずっと清冽な空気が彼を包み、透徹とした眼差しは天空の獣をひしと見据えた。
静謐な空気が膨らむ。ばしっ、と重い音。
射られた矢は、狙い違わずドラゴンの翼に直撃し、小さな爆発を起こした。炎の性質はドラゴンには効かないが、爆風は充分な威力となる。
「――いま」
リースのぼうとした呟き。少女の周囲に恐ろしいまでの力が集まる。虚ろな少女の目は、今世界の深淵を見ている。
『月明かりの守護を。満たされし大地は汝に微笑まん!』
持てる全力を以って――アンドラステは故郷オンドーラを思い描き、心の底から加護を願い、手袋に包まれた右手を振り下ろした。クレスランスとリースを覆う光が強まり、二人の最終攻撃を助ける力となる。
上空で凄まじい雄叫びがあがる。ドラゴンの流す赤い血液が降り注ぐ。身を捩って着地場所を探すドラゴンへ、小さな魔女は微笑みすら浮かべて宣告した。
『堕ちろ』
右手人差し指を差し向ける。たったそれだけの動作で、爆発的な空気の塊が空の一点へ指向し、凶悪な牙を剥いた。魔女の刃はクレスランスとトータによる傷と同じ場所を貫き、遂に強大な獣は空の覇者たる証を失った。
片翼のドラゴンがゆっくりと地へと傾ぐ。魔法使いと狩人が慌てた様子で走るのを見ながら、さぁこれからだと剣を抜いた。同じようにユスティーファも剣を抜く。なにせ手負いの獣ほど厄介なものはないのだから。




