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水の亡国  作者:
第七項: 水櫃へと至る地
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ラニャシャスティアナ by ヴィヴィー 03

――ユエル 四階


 灰の雪をもたらす紅蓮の炎。人型の敵など、それだけで十分だ。

 だが敵もさるもの。ヴィヴィーは舌打ちして『遮断』を込めた透明な盾を強化した。

「しつっ…こい!」

 まるで生き物のように動くドラゴンを模した水の塊。それは道具を持つローブを着た男の命令に従い、縦横無尽に廊下を駆け巡り水の球を飛ばしていいった。

『空に真円を描くが良い!』

 鋭い詠唱と共に数本の光の槍が打ちだされる。それらは水の球を粉砕していくが、降り注ぐ水の雨に慌てて盾を拡大した。

 この水に触れると皮膚が溶けるのだ。幸いすぐ対応すれば問題ないが、全身に浴びれば手遅れになる危険性がある。既に二人の衣服のあちこちが溶け、治し損ねた箇所からは小さく煙があがっていた。

「馬鹿! 散らすな!」

「仕方がないだろ! 君が反対性質見つけるまでとりあえず勢いを殺すことしか出来ないんだから!」

 口論の間にも新たな水の球は形成されていく。嫌そうな顔をした聖者が水のドラゴン本体へと槍を打ち、一度は大穴が開くが、再びするすると水は集まり元のドラゴンを構成する。『光の槍』は相手の性質への反発として顕現し、主に『光』の対象を焼け焦がす側面に注目して出来た聖法だ。反発とは反対性質と違い、相手を問答無用で弾き飛ばそうとするもの。しかしこの『水』は一度解けても、ゆるゆると集まって再構成されてしまうのだ。

 だからヴィヴィーは考えなければならない。この男は、この道具は『水』の何の側面に注目したのか? この効果はどんな性質の顕現なのか? そうして見つけた性質を打ち消すと思われるものを、ヴィヴィーは水櫃より喚ばねばならない。



 そんな風に四苦八苦している二人の数メートル左横――ここは一階を見下ろせる吹き抜けで、丁度四角形の四辺が廊下になった形――キルファはひとり大剣を構え、手早くモノクルを嵌めた。

 相対するローブを着た女の周囲に浮かぶのは五つの陣。それぞれ小さな円形で、全て連動した動きをするらしい。

 女が右手をあげれば、陣はぐるぐると女の周りをまわり、薄く発光する。

『研究の機密を優先。侵入者の破壊を最重要事項におきます』

 その宣言と共に、上の陣から強烈な光が放たれた。

「ちっ」

 ほとんど勘で盾ではなく大剣の腹で光を受け止める。思ったよりも衝撃は凄まじく、しかし大剣は問題なく攻撃を受け止めた。やはり”水”での強化は伊達ではないらしい。

 しかしほっとしたのもつかの間、今度は左右のふたつの陣から足元へ細かな空気の粒、顔面へ炎の濁流が放たれる。先に大剣を水平に薙ぎ、次いで床へと思い切り突き刺す。防ぎ損ねた空気の弾が足甲を削る。



 このままでは消耗負けする。

 そう判断したヴィヴィーは、わざと盾の範囲を狭め、槍に粉砕され飛び散る『水』へ左手を差し出した。

「は、何やってるの!?」

 アンドラステがぎょっとして叫ぶが、構わず手を伸ばす。ひとしずくが指先に触れ、氷を溶かすような音と共に訪れる痛みに身を竦めた。だがここで怖気づくなど魔法使いの名が廃る。思い切って手のひらを広げ、全体に『水』の恩恵を沁み渡らせる。

 しゅわぁぁぁ、と手のひら全体が溶けた。

「ぐっ……」

 いよいよアンドラステが責めるような声音を出すが、これだけでは足りない。『性質の効果』ではなく『性質による浸食』を受ける必要がある。ヴィヴィーは魔女とは違う。こうでもしなければ、性質の正体を知ることは出来ない。強い浸食を受けることは、そのまま性質の正体を知ることに繋がる。性質を看破するが早いか、ヴィヴィーの手が落ちるが早いか。

 皮膚が溶けるおぞましい感覚と、肉まで到達して襲いかかる強烈な沁みるような痛みが、ヴィヴィーの意識を点滅させ、判断を鈍らせた。

 ただ魔法使いとしての矜持が、ヴィヴィーと水櫃とを繋ぎ続けた。

――流動! だから途切れない! 狂信! 男の”水”への過剰な信仰心は、まるで信者を破壊するほどの加護を欲する! これは、”水”の、強烈な加護!

『停滞と呪詛を以って命ずる!』

 さっさとくたばりなさい!

 吠えるような命令と共に、ヴィヴィーはぼろぼろになった左手を前へ振り下ろす。炎に二つの性質が絡みつき、おぞましい色を形成しながら、水のドラゴンへと降り注いだ。

 まるで硝子を割るような音を立て、半透明なドラゴンは瓦解する。

「今!」

「分かってる!」

 ドラゴンの盾がなければ相手は脅威ではない。風を切り裂く矢のように飛び出したアンドラステが、棒立ちになった男の腹を思い切り突き刺した。



 モノクルを通して見る視界には、五つの光る点がある。

 それぞれの魔法陣の核となるものだ。一番主要な性質が集中した箇所。そこを狙えば、魔法陣はたまらず崩壊する。

 陣から放たれる攻撃を大剣で薙ぎ払いながら、キルファは静かに機会を窺った。

 五つの魔法陣を操る女だが、一度に動かせるのは二個までらしい。しかも一度使用した陣はもう一度続けては使えない。必ず他の陣を動かし、間を挟む必要がある。

 上と右の陣から電撃が放たれる。次いで下の二つから光と炎が放たれ――素早くそれらを薙いだキルファは、間髪入れず腰の袋から取り出した石を女へ投げた。女が石を手で受け止めている隙に、投げナイフを左の陣へ投げた。女が顔色を変える。準備態勢に入りかかった陣は掻き消え、女が上と右の陣を発動させる間を与えず、恐るべき速さで大剣を振り抜いた。手の平に骨を砕く感触が伝わる。確認するまでもなく、女は死んでいた。初めから死んでいて、今また殺されたのかは分からないが。



「あー……疲れた。やっぱり素直に燃えてくれる相手が良いわ」

 文句を垂れつつ左手を見た。先程から何度も治癒をかけているが、爛れた手は骨が見えなくなったところで回復を止めた。肉が剥き出しになっており、非常に痛い。

「ほら」

 見かねた様子の聖者が歩み寄り、小さく詠唱する。手は再び回復を始めたが、皮が元通りになるかといったところでやはり中断された。

「浸食を受けたから反対性質持って来ないといけないのかな」

「そうかも。やってみるわ」

 試しに呪詛をかけてみるが、変化はない。むしろ更に痛みが増した気がする。慌てて祝福をかけて、後でリースに聞くわと嘆息し、『遮断』をかけた布で覆っておいた。これで癒着する心配はない。傷は断続的に痛みを訴えているが、気にしている余裕はなかった。

「無事だったか。その傷は?」

 一応薬があるが、と変わらぬ様子の騎士が戻って来る。一人で敵を下して戻って来たようだ。それが変な傷みたい、と首を振って肩を竦めておいた。

「それより、儀式場へ行けるかどうか確認しましょう」

 廊下を回り込み、光が漏れている方向へ向かう。案の定扉のない出口があり、そこから研究所の裏手へ行けるようだった。

「……」

 静かに三人は目配せし合い、キルファがゆっくりと進み出た。懐から何やら小さな石を取り出し、外へと思い切り投げる。

 瞬間、小さな石は恐ろしい炎にかき消される。

 空から炎のブレスを放った王者は、ゆるりと羽ばたくと上空を旋回し始めたようだった。

「……」

「これじゃ出れないね」

「まぁ、私が、防御壁を張るという手もあるけど、まぁ多分、数十秒持たない」

「王都で一対一やったんじゃないの」

「勿論数十秒で力尽きたので物影に逃げたのよ。クレスランスの方を追っかけなかっただけ」

 苦い思い出を思い出し、ヴィヴィーは歯噛みする。あの時は上出来だと思ったが――確かにヴィヴィー程度の魔法使いとしては上出来だが――今は魔女より劣っていることが、果てしなく悔しかった。

 なにせ、指をくわえて見ていなければならないのだから。

 はたとヴィヴィーは目を瞬いた。視界に不思議なものが映った気がした。

「……え?」

 上空を旋回する獣へ、飛びつく影がひとつ。

 見間違いか、と出口の壁に縋りつく。だが確かに、巨大な獣の翼にとりつく紅の影がある!

「ばっっかじゃないの」

 ヴィヴィーは知らず涙目になりながら、紅蓮の戦場となる大地へと駆け出した。

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