ラニャシャスティアナ by クレスランス
――地下 中央付近
これまでの旅で出会った人々とは明らかに違う人間と話せ、クレスランスはおおむね満足だった。例え仲間たちの雰囲気が微妙に臨戦態勢のものであっても、彼は仲良くやれていると信じていた。他の三人に言えば「何処がだ!」と言われるだろうが。
白っぽい灰色の岩で覆われた狭い洞穴内。等間隔で丸い池のような場所があるが、その池を三つ数えたところで再び外に出られた。道が真っ直ぐでなかったこともあり、結構な距離を歩くことになったが、まだ疲労は感じていない。トータやユスティーファも平気そうな顔をしており、意外なことに魔女も普通そうにしている。聞いてみると、「実は魔法で身体強化してる。結構集中力使うから戦う時には出来ないんだけどね」だそうだ。流石は魔女、と感心すると、魔女は目を瞬いた後「ありがとう」と微笑んだ。この少女がいれば戦闘も安心である。不肖クレスランス、肉壁ならいくらでもつとめるぞ。
「お前、本当に能天気だよなぁ」
数時間前のように、だだっ広い地下内を歩いていく。自然隣になったトータが、大きく伸びをしながらそう言った。
「何も考えていない訳ではないのだがなぁ。どうも良くそう見られる」
「ある意味すげぇよ。余裕あり過ぎ」
「トータ殿も、そう切羽詰まってるようには見えないが」
「実際に余裕なかったらもう死んでるけどな」
この何処からどう見ても平凡な青年は意外な所で胆力がある。それに、何かしらの不思議な魅力があった。どうしても気になってしまうような、なんとなく目が離せなくなるような。守人と似た、ある種の特殊な魅力であった。或いはこれがアクリアル王族末裔としての彼の性質なのだろうか。
洞穴を出た後の地下には、所々におぼろげな明かりが灯っていた。良く良く見てみればそれは、岩と同化するように生える水晶の塊である。
「これは……水晶か? このような場所に?」
「おー。都の方に持ってったら稼げそうだな」
「純粋な水晶……ではない気がする。クレスランス、どう思う?」
リースによる質問。クレスランスは鉱石に詳しくないので首を傾げつつ、とりあえず直感で答えておいた。
「なにか変な感じがするな」
「そうだよね。ありがとう」
「なんだ、動物的勘か、クレス」
水晶は濁りなく輝き、美しく滑らかな表面である。――いや、美し過ぎる。如何にこのアクリアルが特殊な地であっても、目の前の水晶は透明すぎた。しかも天井から不可思議な水が緩やかに流れ落ち、それが巨大な水晶を形作ってるように見えるのだ。微かに発光しているのもやや不気味だ。
左手で触れてみると、じんわりと何とも言えぬ感触がクレスランスの体内を走る。
「あ、不用意に触れない方が……」
「そのようだ。なんだか人と話している気分になったぞ」
そう言うと、トータとユスティーファがあからさまにぎょっとした表情になる。
「クレス、お前大丈夫か……」
「戦士よ、疲れているのではあるまいな。頼むぞ、前衛は私と貴方しかいないのだ……」
失礼なと首を振りつつ、リースに同意を求めた。魔女は苦笑していたが、「多分、大きくは間違っていないと思う」と頷いてくれた。有り難い。流石に変人呼ばわりされ続けるのは哀しい。
狭い洞穴とはおさらば。戦いやすくなると思ったが、それは甘い考えのようだった。
「っ」
先陣を切って歩きつつ、水晶の輝きに目を奪われていた時。後ろを歩いていたトータの強張った声が聞こえ、クレスランスは足を止めた。
「どうした?」
「え……勘違いであって欲しいんだけど、なんか……こう、一杯来る……」
「なんだと」
顔色を変えたユスティーファが小さく詠唱する。程なく女も「……勘違いであって欲しかったのだが」と剣を抜いた。
クレスランスは感覚を研ぎ澄ませる。水晶の気配が強くて分かり辛いが、なるほど確かに多くの何かがこちらに迫ってきているのが感じられた。
「こんな中央で襲われるの? ちょっと地形的に不利」
「魔女は真ん中に。私と狩人と戦士が囲む形で行こう」
「げ、俺もか」
「仕方がないだろう、人手不足なんだ」
即席の陣形を作り、いつでも戦えるよう呼吸を整える。まだ共に戦い始めて数日の炎剣。だが驚くほど手にしっくりと馴染み、彼の為にあつらえたようですらある。基本となった剣と形はそう変わっていないように思えるのだが、鍛冶屋の爺の腕の良さのおかげだろうか。
「はっきりしないけど、クレスの方からは五体、俺の方へは三体、ユスティーファの方へは四体くらい……か?」
「それで合っている…と思う。わたしは皆の援護をするけど、倒せるのは三、四体くらいだと思っていて」
「残りは自分でやる、魔女に心配されなくてもな」
皆の作戦会議を聞きつつ、クレスランスは剣を握る手に力を込めた。きりきりとトータが矢を引き絞る音が聞こえる。ユスティーファは小さく息を吸い、リースは無言で全員に防御魔法をかけたようだった。
嫌に長く感じる一瞬。
前方から凄まじい速さで異形が走って来るのが見え、全員が戦闘への一歩目を踏み出した。
――ユエル地下 女王の神殿へ続く道
四足歩行の異形が全速力で迫って来る光景は、中々に心臓に悪い光景である。
クレスランスは脳内でへらず口を叩きつつ、一番先に辿り着いた敵の首へ炎剣を奔らせた。返す刀ですぐさま追い付いてきた異形の腕を斬り飛ばす。その隙を狙うように二体の異形が飛びかかって来るが、魔女が光を放射し自分を中心に円形に薙いだことで体を両断された。ふっと息を吐き、腕を切断され呻く異形へとどめを刺す。
ちらりと後ろを窺えば、ユスティーファは既に三体斬り伏せているようだった。流石聖者付きの聖職者の名は伊達ではない。トータはと言えば、魔女の援護を得てどうにか対処出来ているようである。
「良かった、なんとかなったな!」
言いながら最後の異形の胴を薙ぐ。だがトータは複雑そうな表情になると、
「いや、まだいる……っていうか何体いるか分からない。これは半分無視して突っ込んだ方が良いかもしれない」
つまり、この場で戦ってもじり貧ということだ。
四人は大きく頷き合うと一斉に走り出した。魔女が浮かびながら出来得る限りの防御壁を張り、トータは走りながら矢を放ち、ユスティーファは聖法で異形の足止めをし、クレスランスが防御壁を突破してきた異形を切り裂く。
「どっちに向かえば良い?!」
「ちょっと待って!」
飛びながらついてくる魔女は一瞬目を閉じると、
「……向こう!」
左隅にある小さな洞穴を指差した。
「ちょっと大きい魔法出すから、皆力いっぱい走って!」
魔女の言葉を皮切りに攻めを捨てて走るのに集中する。追いすがる異形をなんとかかわし、洞穴の小ささを見て身を縮め、ぶつかるように洞穴へ入り込み――……
転倒により一瞬暗転した意識が戻った時、クレスランスは外に出られた、と思った。何故ならそこは恐ろしく明るい場所だったから。
だがそこは外ではない。きちんと顔を上げれば遠くは真っ暗闇、明るいのは近くの空間だけだ。
クレスランスたちの前に、美しい水晶の檻があった。
「うわっなんでそこにいるんだっ、よ!」
追い付いてきたトータが座り込むクレスランスにぶつかって転ぶ。次いでユスティーファも同じように転び、浮かんでいたリースを除き三人が団子のように転がった。
「何故座ったままなのだ、危うく頭を打つとこだっ……」
涙目で抗議しかけたユスティーファの声は、はっとした様子の後途切れた。リースが微かに息をのむ音が響く。
天井に広がる満天の星。
灰色の岩があるはずのそこは闇を塗り込めたような暗闇で、星のような輝きが幾つも広がっている。その真下には水晶が蔦のような模様を描き、鳥籠と見紛う檻を作り出していた。
透き通る優美な水色の檻、そのただ中に。
祭壇で祈りを捧げていた女が、まるで四人を歓迎するように微笑み立ち上がる。
その髪は美しい褐色、目は大海のような青。
「リーンルルゥ……」
女の顔を唯一知るリースが、呆然としたように呟く。




