ラニャシャスティアナ by アンドラステ 01
――ユエル 三階
三階はそれまでの階とは違い、術者たちの居住の場のようだった。
先行する騎士と横を悠々と歩く女を見つつ、アンドラステは今までのことを整理する。
――ユスティーファ。
彼女のことは心配だが、きっと大丈夫だと信じている。だが性格変わってるわよ、という魔法使いの指摘を思い出し、アンドラステは頭を抱えたくなった。恥ずかしい限りだが、今のアンドラステには周りを気にして動く余裕がなかった。
――大剣を使う者、魔法を使う者、聖法を使う者。
バランスとしては悪くない。「そういや君って僕の戦い方見てなかったっけ? ほら屋上で」と聞けば、「あんたの戦う姿とか集中して見てない」と返された。社交性と協調性を持ってるのは騎士だけという斬新なグループだが、戦法の噛み合いとしては悪くないグループである。
「中々良い所に住んでたのね。羨ましい限りだわ」
ひとつひとつの部屋の大きさは数メートル四方程度。六つ寝台らしきものが置かれているので、六人部屋だったのだろうか。棚や収納箱が簡単に置かれており、本当に最低限住むためだけの場所だったのだろう。
「君って森に住んでるんだっけ?」
「うん? そうよ。まぁ大きさはこの部屋と一緒くらいの家だったけど、物を一杯置いてたから狭くてたまらなかったわ」
「片付け下手?」
「燃やすわよ」
魔法使いをからかいつつも進む。途中何体かの術者に襲われたが、特に危険もなく撃退することが出来た。代えの服はもうない。図書館で損傷したのを取り替え、今着ているのが最後なのだ。よって無闇に汚す訳にはいかなかった。例え陰険な魔法使いに、時々思い出したように氷や炎を飛ばされても、全力で避けるしかないのである。
――ユエル 四階
四階へと進み、これまでとは空気が違うことに気付く。
「……」
どちらかと言えば、この方が違和感ない空気ではある。拒絶とある種の蠱惑を秘めた雰囲気。薄い膜を破ればおぞましい何かが溢れ出しそうな感覚。研究所、その名にふさわしい様子であった。
その予感に違わず、部屋の中には異様なものが散りばめられている。
「…………」
魔法使いが微かに呻く。アンドラステも平静を装いながら、自然早まっていく鼓動を、じんわりと広がる不安の中感じた。
人体実験。そうとしか思えないものが、四階には隠すことなく放置されていたのだ。
「これ……元は人間よね? ははぁ、流石はいにしえの国。こういうこともやってるのね」
「オンドーラもすれすれだけどね~。流石にここまで大っぴらにはやってないかなー」
切り裂かれた腹には、様々な形の水晶が埋め込まれていた。四肢を切断された者は、透明なケースにばらばらに入れられ、それぞれ水晶を嵌め込まれたり、複雑な紋様を描かれたりしていた。ひときわ大きな筒の中には、全裸の女性が水の中に無造作に沈められ、青褪めた肢体を晒している。女性の額にはまるで飾りのように拳大の水晶があった。
「えぐい!」
「えぐいね!」
「あまり見ていて気持ちの良いものではないな」
「レヴァーンは本の国だし、あまりこういうのはないでしょ?」
なんとはなしに聞くと、キルファは複雑そうな顔をして首を振る。
「全くないと言えば嘘になる。聖具の効果を試すため、被験体を募ることもある」
へぇ、と目を丸くする。どちらかと言えばレヴァーンには清廉潔白な印象を持っていたので、それは意外だった。その表情を読みとったのか、
「何処の国にも後ろ暗い所はある」
と苦虫を潰したような顔で言われてしまった。騎士にも色々あるらしい。
実験ならば、目的がある。
四階で最も大きな部屋では、意図を読み取り辛い物体が多くあった。
天井に吊り下げられ、水盆と虚ろに向かい合った女性。
外傷はないのに白目を剥き、明らかなる狂気を発する男性。
水盆に浸かり、半分溶けてしまった少女。
「言い表し辛いけど、ただの拷問のようだわ」
「精神的な実験だったのかもねー」
「闇水による被害と似ている。これはその前身かもしれないな」
”水”への干渉ね、とアンドラステは頷く。王女リリアーヌを救うため、水櫃を作ろうとした女王。まずは人の構成要素を探っても不思議ではないし、そもそも女王を操ろうとした奴らは力を得ることを目的にしていたのだ。人の”水”のことは是が非でも知りたいはずだ。
「あ、ねぇ」
思案に沈む青年の意識を、喜色を滲ませた女の声が引き戻す。
「あっちから外に出られるんじゃないかしら。っていうかもうあそこしか行く場所がないわ」
女の指差す先は廊下を曲がった先にある開放的な吹き抜け。三階へと降りる廊下が横にあり、確かにその向こうから外の光が差し込んでいるように見える。
「一応確かめて来よう」
嬉しそうに伸びをする魔法使いと共に、確認へ向かう騎士の背中を見送る。
騎士の体が冗談のように吹き飛ばされたのは、その直後のことだった。
――ユエル 四階 戦闘開始
『三日月の加護を!』
即座に反応したアンドラステは叫び、次いで直剣を抜き放った。騎士と魔法使い、自分に防御聖法がかかったのを確認し、自身の周りに力場を集中させながら『波紋』を広げる。波は複雑に反響して分かり辛かったが、前方に一体、後方に二体いることに気付き、はっとして後ろを振り返った。老齢の男と少年がこちらに駆け寄ってきていた。老齢の男は青いローブ、少年は緑のローブを羽織っている。
「ちっ!」
「ああもう、めんどくさい!」
ヴィヴィーが腕を振り上げて敵の方へ暴風を巻き起こす。男たちがたたらを踏んでいる隙に、アンドラステは騎士の様子を窺った。幸い既に立ち上がっており、複数の陣を操る女との交戦に入っている。今の所は一対一、二対二とバランスはとれているようだ。
男らの方へ向き直り、アンドラステは低く詠唱した。
『雲間から射し込む光、聖なる輝きに服従せよ』
珍しくちゃんと詠唱し、陣を幾重にも重ねる。これで数回は光槍を放つことが出来る。魔法使いに目配せすれば、女は渋々といった様子でアンドラステの前に出た。
「よっし! あんたら景気良く燃えなさいよ!」
青ローブの男がすぐに反応し、手の平に収まるほどの箱を頭上に掲げた。何? と流石に眉を顰めるが、少年が薄く輝く剣で斬りかかってくるのを見て聖法陣を発動させる。
廊下を奔る光の軌跡と、ばらまかれる高温の炎。
それらは容易く敵を切り裂くように思われたが、男が箱の蓋を開けた瞬間、凄まじい量の水が両者の間に溢れた。
目を見開いたアンドラステとヴィヴィーは反射的に防御壁を張る。ヴィヴィーは『氷』の防御壁、アンドラステは『反発』の防御壁。
それら即席の防御壁は、水が触れた瞬間しゅううと激しく溶け始めた。
「っ!」
ぎょっとして詠唱し直そうとする。だが少年が剣を振り下ろす方が早く、防御壁はあっけなく消失した。
「っち、アンドラステ、あいつが持っている道具、厄介だわ! 私がそいつをやる、あんたはあの男をやって頂戴!」
言いながらヴィヴィーは短剣を抜き放つ。アンドラステは頷き、背中に浮かべた陣から光槍を放ちながら後退した。奥の青ローブの男へ狙いを定める。させじと突っ込んできた少年とアンドラステの間へ、ヴィヴィーが気合い満点な掛け声と共に割り込んだ。
「だあぁぁーっ!」
その叫びに若干の苦笑を漏らしつつ、うねるような水に守られる男へ三本の光槍を放った。充分に力を込めた渾身の一撃。
白い光が、分厚い水の層を突き抜けた――が、大穴が空いたはずの水の壁はすぐさま再び寄り集まった。そのままアンドラステの光槍を食い止めるように動き、男が床に伏せるための時間を創出する。
「げっ、何あれ」
「なに、失敗したの? しっかりしなさいよ! この役立た、あっ」
文句を吐こうとした女は少年の足払いにバランスを崩しかけ、すぐに紅蓮の軌跡を描きながら体勢を立て直した。少年の剣も特殊なようで、ヴィヴィーの魔法剣の一撃を受けても微動だにしない。ヴィヴィーの剣筋はそこそこなものの、体捌きは中々のものだ。そのヴィヴィーに少年は難なくついていっている。
「ヴィヴィー、やっぱりそっちは僕がやる」
「それが良さそう、ねっ! だー燃えろ!」
短剣を投げてヴィヴィーの退避時間を稼ぎ、女と位置を入れ替わり直剣で少年の剣を受け止める。青く発光する剣は、水の加護を得ているようだった。少年を援護せんとして飛んでくる水の粒はヴィヴィーが食い止めていた。ならばと剣戟の合間に小さく詠唱を重ねる。
『月の光沁み込みし大地、生まれ出た月の子に幸を与えよ。朧の光により、加護を与えよ……』
唱える度に高揚が、闘志が湧き出す。詠唱が完成するにつれ、アンドラステの全身は青白く発光し始めた。遠く離れたオンドーラの地から供給される力が、アンドラステの四肢に活力を与えていた。
「ふっ」
ふるう剣の速度は段違い、気持ちにも余裕が出来ている。聖者は大地に愛されている。望むと望まざるとに関わらず。
少年は慌てた様子で後退しようとするが、アンドラステは微かに微笑むと短剣を少年の足へ投げた。普段なら刺さって終わるだけの攻撃は、足と床を貫通し少年の体をその場に縫い止める。少年の声にならない悲鳴。それに構わず、アンドラステはいっそ優美に剣を横に薙いだ。
宙を舞う水滴に赤が混じる。返り血を嫌って二重に防御壁を展開すれば、奥のローブの男が悲鳴を上げるのが聞こえた。
ごとりと小さな首が床に落ちる。ヴィヴィーがぎょっとしてアンドラステから離れる。それら全てへの恨みを募らせるように、水はゆっくりと収束し、そして小さな水のドラゴンとなるのだった。




