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水の亡国  作者:
第七項: 水櫃へと至る地
38/46

ラニャシャスティアナ by トータ 02

――ユエル 地下


 物凄く広い洞窟。この場所への印象がそれだった。


 魔女と隣り合って歩きながら、トータは転ばないよう器用に天井を見上げる。何処からか流れてくる水に薄く覆われた岩は、トータが見たことのないような材質で出来ていた。

「広っ。これ何処まで歩けば良いんだ?」

「何処かに上へあがる道か、直接儀式場へ通じる道があると思う。何処かは分からないけど」

「魔女でも分からないのか?」

「この建物には干渉出来ないんだ。ちょっと無理」

 魔女が眩しくない程度に灯りを灯してくれているが、それでも向こうの方は暗闇になるほどの広さ。今の所入り組んだ道には出会ってないが、それが余計不気味だった。

「なんだっけ、好きな場所に出れる魔法ってなかったか? うろ覚えだけど」

「転移かな。たぶん皆そう呼んでる。でも転移って、『楔』を打った場所にしか行けないんだ」

「ん? 行ったことある所にしか行けないってことか?」

 首を傾げて問えば、リースも同じように考え込んで首を振る。

「えーと、そんな感じと言えばそうだけど……決めた場所にね、目印を打つの。これが結構時間がかかる。で、自分で知覚出来る範囲内にそれがあれば、転移出来るってこと。わたしはこの亡国の中の何処にも『楔』を打ってないし、知覚を邪魔されてもいるから、転移は出来ない」

「あー、なるほど」

「『楔』は縄張りの意味もあってね」

 ふと、リースは可笑しそうにころころと笑った。

「他人の『楔』でも頑張って解析すれば乗っ取れるし、壊すことも出来る。その上で自分の『楔』を打てばそこは自分の場所になる。認識的にね。力が拮抗してたら排除できないから、強い魔法使いたちがこぞって『楔』を打って、楔だらけになってる場所もあるんだ」

「なんだそれ。なんか面白いな」

「そうなの」

 動物の縄張り主張と一緒か、と吹き出す。どちらも考えることは同じらしい。



 しばらく進むと壁に行き当たった。岩肌に沿って右に移動すると人が一人通れるくらいの洞穴があり、ここからいよいよ気を引き締めていかなければならないらしい。

「広々とした場所で襲われるのも嫌だけど……狭い場所の方が恐いな」

「奇襲に注意しよう。私が先行するから、リース殿、トータ殿の順で。ユスティーファ殿、後ろは任せた」

「何故貴方が指揮をとっているのだ……承知した。ただ今は杖と剣とナイフしか持っていないからそのつもりで」

「他にも持ってるの?」

 魔女に話しかけられると、聖職者は明らかに嫌そうな顔をする。

「…………そうだ」

「そうかぁ。図書館ではあなたが戦うところ見られなかったから、楽しみにしてる」

「それは、挑発しているのか?」

 聖職者が怒気を強めるが、リースはどこ吹く風。

「ううん。参考にしたいなって。ほらわたし、小さくて接近戦弱いから」

 その言葉に聖職者は解せぬといった顔をして洞穴の横に立った。先に入れということらしい。リースが微かに微笑んでクレスランスの後を追う。トータも慌ててその背に続いた。

「今のはちょっと怒らせちゃったんじゃ……」

 数歩遅れてついてくる怒気に身を縮ませながら、前を行くリースの肩越しに小さく耳打ちする。リースはん? と目を丸くして、

「大丈夫だよ、あの人なんだか良い人みたいだし。それに参考にしたいのは本当なの」

「あの魔法使いに習えば良いんじゃないか? なんていったっけ、」

「ヴィヴィーのこと? でもヴィヴィーも小柄だし、やっぱり魔法が主体だからさ。……そんなに心配しなくても大丈夫だよ。君に迷惑はかけないようにするから」

 そういう問題じゃ、と言いたいがリースの無邪気な様子に言葉が詰まった。人里離れて暮らしていた魔女は、人と仲良くする方法が少しばかり独特のようだった。



 洞穴の中は狭く、ここで襲われたらたまらないという状態である。ごつごつとした岩の間にも水が沁み出し、何も考えずに走れば滑って転んでしまいそうだった。両側には時々横穴が開いており、下手に入ってしまえば二度と出られそうにない。狭い場所なので魔女が光をやや弱める。トータは意識して周囲を警戒しながら、愛用の弓を握り締めた。

――何かが、

 目を閉じ、息を吸う。それだけで感覚がじわじわと広がり、前を歩く二人と後ろの一人を除いた物体の気配がなんとなく感じ取れた。

――前方にひとつ、右にふたつ、

 目を開き、小声で「前と右から来る」とだけ言う。クレスランスが爽やかな笑顔で剣を構え、リースがトータに向かって小さく頷く。ユスティーファは杖を掲げて何事か詠唱し、

「……反響して良く分からない。何故分かったのだ、狩人よ」

「あ、この弓に“水”を付与したから……原理は分からないけど、感じ取れるみたいなんだ」

「なるほど」

 感心した様子の女は改めて剣を構え直す。この建物は特殊だと魔女も言ったが、“水”はそれも軽々飛び越えるのだろうか。

 矢筒から一本取り出し、息を吐いて番える。クレスランスは前に集中し、リースとユスティーファは右を対処するようだった。トータはどちらにも援護出来るよう、力を抜いて息を潜めた。

「――来る」

 クレスランスの低い声が合図だったかのように――人ではあり得ないおぞましい呻き声が、唐突に響き渡った。




――地下 洞穴内


 地面を覆う水を跳ねながら現れたのは、四本足の犬に似た生物だった。ただし頭部や手足は明らかに人間のもので、トータは生理的な嫌悪に身を竦める。化物の頭には鈍く光る何かが埋め込まれていた。

「せいっ!」

 化物がやって来たのは前からだ。素早く反応したクレスランスが剣を薙ぐ。しかし化物は意外な早さでそれを避けると、大きく跳躍してリースの方へ長く伸びた爪を向けた。

 その時には魔法の準備を終えていた魔女が、淡い微笑みと共にしなやかな腕を振る。

 同時に放たれた光の帯が化物を巻きとり、床に叩きつけた。

「これ、元は人間なのかなぁ」

「どうでも良いから早く殺した方が良い……」

 トータの声にごめんと頷き、尖らした帯の末端で化物を突き刺すリース。ほっとしたのもつかの間、後ろから聞こえてきた悪態に慌てて弓を番え直す。

「こいつ!」

 見れば、やはり同じ化物が聖職者を襲っている。繰り出される鋭い爪をなんとかいなしているようだが、狭い空間ではやはりやり辛いらしい。反射的に体が動き化物へと矢を放つ。奇声を上げ体を震わす化物の頭が、聖職者の剣に切り落とされた。間髪入れずにユスティーファは右にあった洞穴へナイフを投げる。

「何かいるの……か」

 問う間もなくこちらへ後退してきた女にトータも後ろへ下がった。次の瞬間、小さな爆風が洞穴を伝ってトータの体を押す。吹き飛ばされたらしいナイフが床を跳ねて軽い音を立てた。

「魔法使いだ…詠唱の時間を稼いで欲しい」

 迅速にトータたちの後ろへ回る聖職者がそう告げる。クレスランスが張り切った様子で前に出るが、洞穴から姿を現した物を見て目を丸くした。

「……これは」

 揺らめく水の帯を纏った者、それは、ユスティーファと似た服を着た少女だった。


 ゆったりとした袂に、前で合わせる形の服。腰を薄い色の布で縛った姿は、ユスティーファの国――オンドーラの伝統服を思い起こさせた。

 相手のあまりの『人間らしさ』に虚を衝かれるが、水の帯が鋭く尖っていく様子を見て矢を放つ。が、案の定水の帯に絡めとられてしまう。クレスランスが踏み込んで剣をふるうが、弾力のある水の帯に弾き飛ばされてしまった。

 飛んでくるでかい図体を避けながら、トータはリースへと叫ぶ。

「なんだあれ! どうすれば良い!」

 苦い顔をしたリースは一挙動に風を巻き起こして帯を逸らし、

「反対性質を見つけるのが難しい。これはユスティーファに吹き飛ばしてもらった方が簡単かもしれない」

 ぐわんとたわむ帯の動きを見て首を振った。その合間に襲ってくる水の帯をクレスランスがいなす。

「『巡れ巡れ、巡りて九時を指す針よ、かの者を浄化せよ』……承知している、そこをどいて欲しい」

 その瞬間玲瓏な詠唱が聞こえ――トータは慌てて身を伏せた。一瞬遅れて巨大な光の直線が頭上を走っていく。少女が目を見開き帯を操るが、それごと光は吹き飛ばしていった。……否、水の帯を貫いた後、少女の体は腹で両断される。光球に照らされる洞穴内で血の匂いがわっと湧き出し、トータは思わず情けない声を上げた。

「本当に人みたい……なんなんだろう、あの子」

「あの服は……多分、オンドーラの数百年前の服ではないだろうか。今は私のような聖職者しか好んで身につけないが……」

「オンドーラはアクリアルの生き残りが建てた国、それも道理とは言えるがなぁ……」

 何故その服が、今になって目の前に現れたのか。トータ以外の三人は嫌そうな顔で目を見合わせているが、トータは良く分からないのでとりあえず分かってるふりで視線を合わせておいた。

「ともかく、進もう。他の人と合流しなきゃ」

「そうだな……早くしないと」

 なにしろこの洞穴は、何処に繋がっているのか分からないのだ。




――地下 洞穴内部の池


 それから、トータたちは何度か四足歩行の化物に出会った。時折傷を負うがすぐ聖職者が癒してくれる。ただ魔女が怪我をしても聖職者は知らんふり、聖職者が怪我をしても魔女は心配そうにするだけだった。

「聖法って面白いよな。こういうことにしか使えないのか?」

 なんとなく気まずくなったので、腕の切り傷を治してくれている女へ話しかけてみる。すると聖職者は誇らしげに、だが少し苦みの入った表情で杖を見つめた。

「癒しの聖法は、傷に入り込んだ『魔』への反発を利用している……と習った。『魔』はそういう負の要素で構成されているもので、人へは害にしかならないものだと」

「ふーん」

「でも今は……それも本当かは分からない」

 女は小さく溜息をつくと、「詮のない話は止めにしよう」と首を振った。そういえばとトータを見、微かに柔らかい微笑みを浮かべる。そういう顔をすると、流石は聖職者と言うべきか、ユスティーファは非常に魅力的だった。

「貴方はどうしてここに? 失礼ながら、あまり積極的に危険に飛び込みたがる性格に見えない」

「あー……クレスたちにも聞かれたな。えーと、知り合いが近くの村にいるってんで探しに来たら巻き込まれたんだ」

 だいぶはしょってるが間違いではない。ユスティーファは「なんと」と目を見開くと、

「それは災難だったな。……その話からすると、外に出るのは容易ではないのだな」

「あ、試してないのか」

「試す必要性がなかった。が、試すべきでもあったな。どのような感じなのか?」

 トータは手を顎に当て考え込んだ。

「んー……あのヴェールに触って、なんか感じた後、中に入って……そしたらもう都付近にいたんだ。ヴェールへは走っても走っても近寄れなかった」

「なにか感じた、と?」

「えーうん、こう、人への同情っていうか……上手く言えないんだけど」

 そう告げると、ユスティーファは面食らったような顔になる。なになに、と参加してきた二人も加え、四人は顔をつき合わせて首を傾げた。


「わたしは、なんというか、純粋さを感じた」とリース。

「私は光を見たな」とクレスランス。

「私は真摯さを感じた。どういうことだ、皆違うのか」とユスティーファ。


 ふとリースが居心地悪そうに肩を竦めた。理由を聞いてみれば、「これ、自分の性質かも」と言われる。

「あのヴェールを通る時、人は『自分』を見てしまうんだと思う。だから一人一人違うんだよ。後で上にいる人たちにも聞いてみよう。ヴィヴィーに聞いたら分かり易そう」

「ああ…ヴィー殿なら火だと答えるだろうな」

「そうそう」

 なるほど、と守人の言葉を思い出しながら頷く。トータは人への同情を避けられないという。その言葉は正しく、真実トータの性質らしい。

「そういやオーロ……守人は外への性質についても言ってたけど。俺は『多彩』らしいんだけど、あれってどういうことだ?」

「予測で良い? なら、『自分は人をどう見るか』ってことだと思うよ。だから君は、『人は色々違うもので、それが当たり前』って思ってるんじゃないかな」

「いや当然だろ」

「違いを許容出来るってことだよ」

 それがトータに特別なことなのかは分からないけど。

 曖昧模糊とした議論。後で守人に聞くかぁ、と話を切り上げ、再び歩き出した。



 幾度目かの戦闘を経て、四人は一応の結論を得た。

「オンドーラの伝統服着た子たちが操ってるんだね、あの怪物」

 敵は必ず人型一人、化物二体で現れる。つまりはそれがチームなんだろう。試しに化物を無視して人型を先に倒したら、化物は統率を失った動きを始めた。

「よし、じゃあ一回試して良い? 反対性質を見つけてみたい」

 化物を二体とも倒し、後は若い青年一人になった時リースが言った。クレスランスとトータが目を丸くし、ユスティーファが嫌そうな顔になる。

「時間がかかるのではないか。悠長に進んでる暇はないのだぞ」

「だからだよ。今の内に見つけていたら、色々楽かもしれないじゃない」

「……一理、あるな」

 ユスティーファが迎撃の姿勢をとる。どういうことかと聞けば、「そこの魔女が反対性質を見つけるんだと。時間稼ぎだ」と返される。

「反対性質はね、相手の魔法を打ち消す性質。単純に反対のものなんてありはしないんだけど……人間の認識には限界があって、大抵『これの反対はこれ』っていうのがある。そこを利用して、相手の魔法を打ち消すことが出来るんだ」

「あーつまり、あの変な水の帯のからくりを解くと」

「そう。協力してくれる?」

 勿論、と返答して弓を構える。戦いが楽になる提案なら幾らでも歓迎だった。



 星屑を散りばめたような黒曜石の瞳が、ゆっくりと閉じられる。再び開かれた時には、強い意志の光が中央に灯っていた。

『四時を告げる鐘、その音の長さだけ我らをお守り下さい』

 青の杖を胸に抱き、聖職者は祈るように唱えた。半透明な光が湧き出し、女とリースを覆っていく。水の帯を操る青年がリースへと向かうが、クレスランスが盾ごとぶつかりながら阻止した。トータも弓を放って牽制する。

「柔軟に……受け止め跳ね返す…………それではこれは、泰然と拒絶?」

 水の帯に込められた性質を見つけた魔女は、次いで様々な性質を帯へとぶつけていく。反応のあった二つを手に取り、うっすらと微笑んだ。

「見つけた……」

 リースは傲然と顔を上げると、漆黒のワンピースを翻し、美しい黒髪を舞い上げ、はっきりと告げる。

「『狼狽』と『承認』。炎は貴方を肯定し、だが全てを散らそう」

 微かに点滅する光を纏った炎が燃え上がる。その様を見、トータは感心したような声を上げた。

「反対性質、それで良いんだ。炎が承認ってなんか新鮮だな」

「え?」

 ぎょっとした顔のリースがトータを見る。次の瞬間、炎は霧散していた。

「えっ、ええええええ」

「あわわごめん、すぐ立て直すから……!」

 慌てた様子のリースが手を振り上げるが、何も起こらない。嘆息した聖職者が首を振る。

『九時を指す針よ、魔を滅したまえ……』

 放たれた光の槍は、あっけなく化物を退治した。

 状況を確認したクレスランスがなんとも言えない表情で戻ってくる。

「え、え、なんかごめん。余計なこと言った」

「魔女よ、何が起こったのだ?」

「……火の性質に、承認を込めて、狼狽を添えたんだ。わたしにとって火は肯定してくれるものだから。けど、トータが言うの聞いたらちょっと疑問になっちゃって……」

 ユスティーファの苛立った目がトータを見据える。気にするな、とクレスランスが肩を叩いてくれるが、トータは申し訳なさに頭を抱えた。

「良いんだよ、わたしの鍛錬不足のせいだから。初めて使う魔法だと良くあるの。魔法は結局意志の力によるものだから」

 それに考える機会はあればある程良い、とリースは微笑む。

「”水”の量に任せて戦うばかりなら馬鹿でも出来る。でもわたしはこの力を使いこなしたい。そうして、力に振り回されることのないようにしたい……」

 そう話す魔女の瞳はどこまでも澄んでおり、確かにこの子の性質は『純粋』なのだろうと、トータは頭の隅で納得するのだった。

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