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水の亡国  作者:
第七項: 水櫃へと至る地
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ラニャシャスティアナ by ヴィヴィー 02

――ユエル 一階

 景色を反射し内を映さない水晶が満ちる。


 武具や装飾具の飾りに使われているのは水晶が多かった。どんな効果なのか気になるが、下手に触って面倒を起こしたくない。皆手を触れず、まじまじと眺めるに留め、道具を収めた部屋を見て回った。

「昔の研究所って、こんななんだね」

「今は文献研究や技術開発に偏重しているが、なるほど、参考になりそうだ」

 壁に備え付けの戸棚から冊子を取り出し朗読する聖者にあわせ、騎士が感心したような声を上げる。この中で古キッカ語を読めるのは彼だけだった。

 現在の聖具はほとんどが消耗品だ。何度も使えるものは大体が武具で、それも手入れが専門の者でなければ出来ない。しかしかつては何度も使うことを想定していたようで、道具の寿命を伸ばす方法、誰にでも出来る整備の仕方などを研究した資料も保管されていた。

「でも性質を物に固定させるのが難しいから、重要なものだけしっかり作って、後は消耗品にせざるを得ないのではないの? それとも水晶を介することによって何か特殊な方法を編み出していたのかしら?」

「分からないね。その可能性はあるけど……まぁ、本音を言えば、わりとどうでも良い」

「まぁ悠長に考えてる暇はないものね」

 それでもある程度探索して回るのは単に気になるからだ。地下組みには申し訳ないが、現時点で外に出てもドラゴンの餌食になるのが分かり切っているので、多少はうろうろしつつ儀式場へ通じる道を目指す。


「しっかし」

 一階に向こうへ出られる道がなかったため、階段へ向かう二人の後を歩き、ヴィヴィーは盛大な溜息をついた。

「ほんっと広い、ここ。すぐ儀式場へ行ける道作っときなさいよ。緊急の時どうするのよ、緊急の時!」

「ドラゴンがいないからすぐ行けたのではないだろうか」

「むしろ君の体力のなさにびっくりだよ」

 正論とおちょくりを返され、ヴィヴィーはかっと目を見開く。騎士が微かにうろたえるのが分かるが、聖者は更に笑みを深めるだけだった。

「鍛える必要がなかったのよ、私は! あなた方とは違ってね!」

「まぁ、そう急ぐこともあるまい。疲れたら休憩をとろう」

「あら、騎士様は分かってるじゃない。騎士には良い印象を持ってなかったけど、あなたは良い騎士のようね」

「ほう。その言葉、有り難く受け取っておこう」

 恥も外聞もなく壁にもたれ掛かるヴィヴィーに、キルファは慇懃に礼をして力強い深緑の目をこちらに向ける。その顔には深い皺が刻まれていたが、若い頃はさぞ女の気を揉ませたのだろうなと推測出来た。

「一番年上だけど一番体力あるしね」

 アンドラステが軽く肩を竦める。そういうあんたは幾つなのよと返せば、

「二十三かな? ユスティーファに聞かないとはっきり分からないや」

「従者馬鹿。なら私が最年少ね、ちゃんと気遣いなさい」

「……上の娘より年下であったか」

 小さく呟く騎士に、ヴィヴィーは意外そうに目を瞠る。

「娘がいるのね」

「二人な。下の娘は貴方より下だが」

「ふぅん、そう」

 家族など、ヴィヴィーには縁遠いものだ。何とも言えない感情が湧き起こり、首を傾げて腕を組む。欲しい訳ではない。だが家族がいるというのは、どういう気持ちなのだろう、と純粋に気になるのだ。

 そんなことを聞くほどヴィヴィーは親しげな女ではない。適当に頷きを返しつつ階段へと移動する。



「義務を怠った神ってさ」

 巌のような背中を追いかけていると、ふいに話しかけられた。ちらりと見上げるがアンドラステは前を向いたままでいる。ヴィヴィーは眉根を寄せる。

「さっきの続き?」

「うん」

「いやよ、あんたむかつくもの」

「まぁ、悪かったって。……義務を怠った神……いや、王様でも良いや。どうなると思う?」

 また可笑しな問いだ。そんなに政治に興味があるようには見えないのに。それともただの暇つぶしだろうか? それにしては、青年の顔にはいやに感情がない。

「民衆に討たれてしまうのではないの? そういう小説を読んだことがあるわ」

「そう、だよね。相応の贅沢を許されていたのに、お返しの義務を怠ったのだから、そうなるよね」

「まぁ、哀れだと思うけど」

「哀れ?」

 聖者の深い青の目が微かに揺らぐ。それを不審に思いつつ、ヴィヴィーは手をひらひらと振った。

「そう。だって、その身分に生まれたのはその人が望んだことではないでしょう。仮に人が貧乏だったとして、それが全てその人のせいだと思う? 昔ならそう言われたでしょうけど、最近の文献では国の責任やその家系の責任を問うものが多いわ。なのに金持ちにはその言い訳が許されないなんて、酷い話よ。その王が明らかな失政で国民を狂わせていない限り、市井に下るとかの途中棄権は目を瞑ってやっても良いんじゃないかしら」

 思いついたままに言い、しまった、と唇を引き攣らせる。またこの男にからかわれてしまう。それだけは我慢ならない、と男を見上げるが、アンドラステは存外大人しい顔をしながら俯いていた。

「……またなんか言ったら承知しないわよ。この距離なら魔法外さないわ」

「禁魔法領域……」

「な、なんなのよ。調子狂うからやめなさい。気持ち悪い」

「何やってるんだ」

 騎士の呆れ声。ヴィヴィーとアンドラステは何とも言えない顔でキルファを見つめ、キルファは深い皺を更に深くする。この聖者の従者も大概苦労性だと思ったが、彼も中々なのかもしれない。とりあえず「何でもないわ」と早足で騎士へ追い付く。アンドラステも肩を竦め、歩く速度を速めたようだった。

 ヴィヴィーは溜息をつく。早くリースらと合流したい。クレスランスの馬鹿爽やかな笑顔さえ懐かしかった。なにせ彼らは素直で、考えていることがすぐ分かるのだ。



――ユエル 二階


 二階は水晶などの素材管理の階のようだった。

 数部屋広い場所があり、作りかけの道具や加工途中の水晶などが散乱している。道具を作るための道具もあるようで、幾つかの部屋の奥には巨大な窯のようなものがあった。基本はナイフや魔法で加工するようで、作業机の上には小型ナイフや細々(こまごま)とした器具しかない。

 それよりも目を引いたのは、乱雑に積み上げられた紙束だった。

「なにかしら……?」

「呪文? というより、言葉遊びに近いかもしれない」

 へえ、と小さな紙片を拾い上げて目を通す。今と変わらない単語が多く使われている部分を読めば、『怒り、燃え上がる、込み上げる、強く、脆く、哀しい、』とあった。

「なにこれ……ただのメモ?」

「んー……? 分かんないな。何を解析……いや、考察してたんだろう。でも……この段落とこの段落、筆跡が違う。違う人が、すぐその下に書き込んで……またその下に、最初の人が書き込んでる。意見を交換してた? こんなとりとめのない言葉を?」

「他の紙もそうなのか?」

「うん」

「言葉を、探してたのかしら? 魔法の使い方に似てるわ」

 不思議そうな顔をする二人に、ヴィヴィーはううんと腕を組み、

「聖法がどうするのかは知らないけどね、私たちは性質に触れた時、それがどういうものなのか分からないの。適当に考えたり第一印象で決めたりするのだけど。だから同じ性質でも、人によって違う顕現の仕方をするのよ」

「なるほど。聖法は同じ顕現の仕方しかしないからね。で?」

「私はあまりしなかったけど……他の魔法使いは、同じ魔法使い同士で議論するらしいの。この性質はこうだ、いやこうに違いない、とか。そうやって見識を深めたり、自分の魔法を深めたりするって。それに似てるわ」


 一度『こう』と自分の中で決めた魔法は、中々変わらない。そう想像を固めてしまっているからだ。しかし人と話したり、何度も使っていったりする中で、また違う考えに至ることもある。

 ヴィヴィーなどは『炎』を様々な使い方にしているが、氷や風はおおむね攻撃や盾にしか使わない。人によっては氷を保存の用途に使う場合もあるだろう。

「しかし道具を作る時に、ね。あー、頭こんがらがってきた」

「大丈夫? 頭冷やそうか?」

「氷漬けにされそうだから良いです。でもこれ面白いね、後でユスティーファに見せよう」

 そう言って聖者は紙を折り畳んでズボンの収納部分に入れる。全くこの男のすることは良く分からない。こういう状況でもなければ関わらない奴だが――普段出来ない議論が出来るのは、そこそこ有意義でもあった。

「…疑似聖具を作る際は、そういう議論はあまりしないな。工夫はするが……どのような効果になるかを迷うことはない。既に決まっているものを、定着させるから。聖者の作る聖具などは違うだろうが」

「んー…………まぁ、あれだ。昔は聖法も魔法もなかったからね、その辺の違いかもね」

「そこが良く分からないのよね。まぁ、クレトス王を倒せればそれで良いけど」

 そう、ここに集まった者たちの最終目的がそれだ。クレトス王を倒す。単純なものだ。悩む必要などない。

 しかし。丁度横にいる二人の挑戦者たちを見る。両者釈然としない表情だ。単に亡国を打倒しに来た訳ではないから、様々なことを考えるのだろう。

 それを面倒に思いつつも、なんだかんだ面白いとも思い、ヴィヴィーは嘆息して目を閉じるのだった。



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