ラニャシャスティアナ by ヴィヴィー 01
――地上組
安全な屋内に逃げられたかと思えば、いつの間にか人数が半分以下になっていた。
頭が痛すぎる展開に、ヴィヴィーは白い指を眉間の間に当てる。
「この仕掛けは……」
四人が吸い込まれた床を手で撫で、騎士は思案するように目を伏せる。既に床を殴り終えた聖者は近くの椅子に座り、外面をかなぐり捨てた顔で騎士を睨んでいた。
あの時、黒髪の青年が悲鳴を上げ。
真っ先に反応したのは、一番近くにいた聖職者の女だった。殆ど反射だったのかろくに体勢も考えず手を差し伸べた女は、青年の人差し指を軽く掴んだまま一緒に落ちた。二人が穴に消えた瞬間クレスランスが何故か穴に飛び込み、ヴィヴィーの前に立っていた少女が魔法を発動しかけ、穴が急速に縮むのを見て慌てて走り出す。
「ちょっと、リース!」
驚いて制止しようとしたが、リースを追いかける形で聖者が飛び出したのでやむなく足を止めた。この狭い廊下で背の高い聖者に前を行かれては走れない。しかしその頃には穴は既にかなり小さくなっており、リースが中に飛び降りた後は子供がやっと通れるといった程だった。
「ユスティーファ!」
聖者の大声が響くが、それなりに体格が良い男はもうどうしようもない。
四人を飲み込んだ床は、静かに閉じるとそれきり沈黙した。
「くそっ……」
聖者が未練がましく床を叩く。止めなさい、性格変わってるわよみっともない、と小声で呟くが、聖者が聞いている様子はなかった。
「……地下があるのか?」
しばらくして聖者が落ち着きを取り戻した後、三人は廊下に戻って話し合いを始めた。
全員微妙な距離をあけて壁に背をもたれ、最小限に視線をかわしながら意見を交換する。
「でしょうね。変な空間に行ったという可能性もあるけど、霊廟は地下にあったんでしょう? ならここに地下があってもおかしくない」
「地下から地上へ戻る道があれば良いのだが。まぁ一方通行ということはあるまい」
「そうね。床壊せばいけるかと思ったけど、魔法も何も効かないしね。ほんと、迷惑な建物」
「皆、無事であれば良いが……」
「少なくとも今の所は生きている。ユスティーファは」
「何故分かるの?」
急に口数の減った聖者は投げやりな微笑みを浮かべ、手袋に包まれた手を振った。
「僕とユスティーファの間には繋がりがある。距離があっても、相手が生きているかぐらいは分かる」
「あら便利。その子が生きてるならリースも生きてるでしょうね。地下にいる中では一番の戦力でしょう」
「ふん? 僕の従者を侮らないで欲しいな。少なくとも君よりは強い」
「なにこの従者馬鹿。あんたも貴重な前衛候補なんだからしっかりしてよね……」
何故か自慢げになる聖者の顔を見、ヴィヴィーはげっそりと肩を落とす。この際あの女がヴィヴィーより強かろうが弱かろうがどうでも良いが、聖者の思考回路にはついていけなかった。
騎士、聖者、魔法使い。本来の性能で言えば聖者は後衛寄りだが、騎士だけに前を任す訳にはいかない。ようは肉壁だ。ヴィヴィーも体術は苦手ではないが、自堕落な生活のため筋肉がなく、魔法で騙し騙しの近接戦になってしまう。当然消耗が激しい。だからこそ聖者に前衛を担って欲しいのだが、こいつは果たして信頼出来るのか。
聖者の近接の腕前を見ていないヴィヴィーには判断し難かった。しかも今は外との接触が断たれており、彼は今持っている短剣と直剣しか使えないという。
「あんた、どれくらい戦えるの?」
「普通? 流石におじいちゃんには負けるけど、そう弱くはないよ」
「おじいちゃ……」
「変な衝撃受けないでよ、ええと、キルファだっけ? なんかこいつ頼りないからよろしく頼むわね。私はヴィヴィーよ。単純な攻撃なら他の魔法使いに劣らないわ」
思ったより繊細だった騎士の肩を叩き、小さな光球を四つ喚び出す。ひとつずつ全員へ、進行方向を照らすものをひとつ前へ。
気を取り直した様子の騎士が、重い金属の音を立てて先頭に立った。
「了解した。そちらのオンドーラの聖者はアンドラステで良かったな?」
「そうだね。で、地下に行く道を探すの、先を急ぐの」
キルファはこちらを振り返ると、深い皺の刻まれた顔を顰める。
「一応、レヴァーンの文献によると、儀式場は外にあるはずだ。地下ではないし、この研究所の中でもない。つまり……」
「外にいるあのでっかいドラゴンと交戦する必要がある、と。僕の予想で言えば、地下からでも儀式場に行けると思う。ただ、僕たちは地下に行けないんじゃないかな。一旦入口が閉じたからには、違う入口を探すのは至難の業だ」
「何故そう思うの?」
「あれは『誘われた』と見た方が良いと思うよ。あんな仕掛け施しときながら普通の入り口もあります、っていうのはちょっと考えにくい」
ヴィヴィーは腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。
それにはおおむね同意だ。しかしそうなると、この三人でドラゴンと戦わなければならない可能性が出てくる。
「確かにあの穴は初めから開いていたようには見えなかった。おそらく……いや、ともかく進もう。第一の目的は合流を目指すこと。この三人でまともにドラゴンとあたるのは止した方が良い」
「同感よ。それじゃあ、行きましょうか」
それとなく後退し、二人の後ろに回る。誰かと共闘した経験など数えるほどだが、なんとかなるだろうという自信があった。というより、この三人の性格的にお互い邪魔しない程度に好き勝手動いた方が良いだろう。
「アンドラステ、禁魔法領域は使わないでね」
「時と場合による」
「この……!」
前言撤回。お互いの邪魔など考えず好きにやるべきだ。
子世代ほどの年齢の二人による攻防にキルファは微妙な表情になったが、やぶへびと感じたのだろう、何も言わずに大剣を抜き放ち歩き出した。アンドラステへと軽く蹴る仕草をし、ヴィヴィーも腰の短剣を抜く。元は装飾剣だった小さな剣。景気づけに持ってきていたが、鍛冶屋によって魔法剣へと生まれ変わった。まだ切れ味は試していないが、この狭い廊下内では必要になるだろう。
ぐっと柄を握り、眠るように目を閉じ、浅く長く息を吐く。戦うことへの、魔法を使うことへの高揚が静かに湧き上がる。体の中心で炎が生まれ、全身を包み込むように舐め広がる。その紅蓮の軌跡を追い、ベルンミネクス・ヴィヴィーは切れ長の目を開いた。
――すべては炎だ。
人も、私も。すべての契機は炎のように激しく、何もかもを飲み込むかのような勢いを持つ。
だから彼女は、炎に最も共感するのだ。
――研究所ユエル 一階
どうやら初めに入った入口は裏口のようなものだったらしい。どうりで狭かったはずだ、と広々とした広間の天井を見上げ、ヴィヴィーは目を細める。
「ユエルは居住も兼ねてたから、こういうのもあるんだろうね」
正規の玄関の広間。大きな真白い扉を抜けた先にある此処は、瀟洒な食堂へと繋がっている。
ざっと見て回った所、一階は食堂と小講義室と聖具整備のための場所のようだった。
聖者に言わせれば、あれは聖具でなく”水櫃の欠片”という総称を持つ道具らしいが。
「昔は聖職者も魔法使いもなかったからさ。水櫃から力を得た道具はそのまま水櫃の欠片って称されてたんだ。『月を映す水面を揺らせ』」
何気なく掲げられた手に円を描く陣が浮かび、強烈な光線が迸る。光は黒のローブを羽織る女にぶち当たり、階段の向こうまで吹き飛ばした。
「さっきリースにも聞いたわ。随分生きやすそうな時代だったみたいね」
広間に集まったヴィヴィーらを待ちうけていた者たちは、おそらくはこの研究所の元研究員だったのだろう。各々素手であったり何かの道具を持っていたりする。視認できる範囲に影は七つ。ひとつは向こうへ吹き飛ばされ、ひとつは大剣に両断された。切断された箇所から溢れるように赤の液体が零れ、今回の敵は人に近いの、と不快感が込み上げる。
「君は自由を謳歌しているように見えるけど」
「あら、良く分かってるじゃない」
ヴィヴィーは微笑み、切れ長の目を閉じた。闇と静謐に支配された美しい空間。両手に入るだけの糧を持ち帰り、女は自分たちを中心に風を巻き起こす。
――流石に『人っぽい』相手を殺したこと、まだないわ。
七つの影は全て黒いローブを纏い、顔はフードに覆われている。そのため相手が本当に人間そのままの形なのかは分からないが、それに妙に安堵している自分がいた。
珍しく委縮する心を奮起させ、手の平ほどの氷の塊を幾つも作り上げる。先を鋭く尖らし、小気味良い音を立てて氷は完成した。残りの影が素早く反応し、ふたつがキルファへ、ふたつがヴィヴィー、体を起こした先程の女とひとつがアンドラステへと向かった。
三人の視線が一瞬だけ合う。
ヴィヴィーは表情のない顔で手をふるい、全方向へと氷の刃を散らす。最も接近していた二つの影は滑稽な動きで後ろへ押され、前方に血飛沫をあげて倒れた。キルファは大剣を振り上げると、身を伏せながら袈裟切りに黒ローブを薙いだ。一瞬遅れて飛来した氷片がキルファへ突進しかけた影に突き刺さる。聖者は大層嫌そうな顔をし、短い詠唱を重ね先程より巨大な光線を放った。同時に現れた透明な盾に氷が弾かれる。聖者が自衛を選んだ間に、接近を試みた影が氷に切り裂かれた。
壁へ当たった氷は全て不思議な波紋と共に消失した。
「……あんた限定で禁魔法領域を展開し続けよう」
「あら、それだと貴方も動きが制限されるんじゃないかしら?」
つんと顎を上げ、傲岸に言い放つ。聖者の頬が引き攣るのが見えるが、ふんと鼻を鳴らして無視した。騎士が苦笑して肩を竦める。この男はすぐにヴィヴィーの意図を理解して対応したというのに、聖者の言い草はなんだ。狭い屋内では魔法の方が手っ取り早い。ちょっとくらい当たれと思ったのは否定しないが。
――七つの影は全て肉体を持つ異形だったのだろう。戦闘後も消えることなく、閑散とした広間に倒れ伏している。全身に溶けぬ氷を生やし血まみれの者。焼け焦がされ小さく煙を上げる者。真っ二つに切り裂かれ血だまりを作る者。それら全てが細かく痙攣し、消えゆく生命の経過と、冷たい骸への変貌をヴィヴィーへ伝えた。
ヴィヴィーは顔を顰める。冷たい声がその背を詰るように響く。
「死体。見るの初めてって訳じゃないんでしょう」
「そうね」
「あんたがそういう顔するとなんかむかつく」
「なに、失礼ね。そういうあんたは慣れてるの?」
アンドラステは小馬鹿にしたように笑むと、
「僕は救世の聖者だけど、魔を狩ったことは何度かある。ユスティーファは連れてってないけどね。臨時の仕事みたいな感じ。だから、そうだね、『人』を殺したことはあるよ」
「……」
ヴィヴィーは無言で男を見上げる。聖者は柔らかに微笑みながら、しかし疲れたように息を吐きながら「行こっか」と促した。
――ユエル 一階 ”水櫃の欠片”整備室
入口の広間の右手に食堂があり、一階部分のおよそ半分ほどをそこが占めている。左手に行けば先程の廊下。三つづつ左右に並ぶ部屋は、アクリアル時代の道具の整備室のようだった。
それぞれの部屋の大きさは数メートル四方か。そう大きくないが、おそらく種類別に部屋を分けているのだろう。ただ全ての部屋の中央に綺麗な水が湛えられた水盆が置かれていた。
「水櫃を模しているのかしら」
「おそらく。水櫃から力を得たとして、その信仰の象徴を飾っているのだろう」
キルファの同意を得、ヴィヴィーは頷く。この部屋は剣や盾などの武具類の整備の部屋のようだ。使えば、と聖者に言うが、「使い慣れてないのはやだ」と首を振られる。
盆の中の水は不思議に渦を描き、細かく光を反射し目を惹く美しさである。思わず見とれていると、聖者は苦々しい口調で首を振った。
「信仰なんて、愚かだよな」
「あら、信仰は誰しも持つものだと思うわ」
傍若無人な魔法使いの反論に、アンドラステは訝しげな目を向けた。
「君は神を信じてないんじゃなかったっけ」
「ええ。信じてないわ。信仰ってのは、人の中に蓄積するものだと思うから」
いよいよ不審そうな顔になるアンドラステだが、口を開きかけたヴィヴィーの言葉をキルファが引きとる。
「レヴァーンの考えに似ているかもしれない。俺たちは自分の中に信仰を作り出す」
「そう。超常的なものが人を左右するんじゃないわ。人が神を『視』、自分の中に内在化し、信仰の形を作り上げていくから、神を畏ろしがるんだわ。自分で自分を縛っているのよ。その信ずる気持ちが大きければ大きいほど、神は強大になる。良く信仰が神に力を与えるというけど、言い得て妙ね。間違いじゃないわ」
聖者は微かに目を瞠った後、顔を俯けた。キルファが一瞬眉を顰めるが、聞いても答えはないと察したのだろう、向かいの部屋へと移る。なんとなくそのまま水盆を見ていたヴィヴィーへ、アンドラステがぽつりと呟いた。
「神様の定義、あるの?」
こいつはさっきから、なんなのだろう。いい加減煩わしくなってくるが、興味のない話題ではないので乗っておく。
「……私にとっての神様の定義? 確かにそれは重要ね、この話の中では。とりあえず、土地に憑き、人に益を与え導こうとする存在、かしら……。単に力ある者、例えばドラゴンとか――ではなくて」
そこまで言い、ふとこいつは聖者で、人を救い導く存在『のはず』なのだよな、と思う。その聖者様は目を伏せ無表情で、
「ふーん」
「そっちから聞いておいてなによ、その返答」
「君って意外と良く喋るよね。寂しがり?」
「なっ……!」
ヴィヴィーは絶句してアンドラステを見上げた。が、既に無礼な聖者は踵を返し、キルファを追いかけている。ヴィヴィーは数秒その場に立ち尽くし、わなわなと震え続けた。
――あいつ――やっぱり後で――燃やそう。
固く決意をまとめたヴィヴィーは、足音を踏み鳴らして二人の後を追ったのだった。




