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水の亡国  作者:
第七項: 水櫃へと至る地
35/46

ラニャシャスティアナ by トータ 01

貧乏籤(びんぼうくじ)も籤のうち。






 王の影の守護せし広間を抜けた先。

 朽ち果て、最早死人の記憶の中にしか残らぬ王城の庭。劣化し崩れ始めた塀はしかし、かつての繁栄の面影を持っている。空を見上げれば今は宙に浮かぶ、この土地の主たる巨大な城の姿。おぼろげな光に包まれ、挑戦者たちを待つかのように不気味に静けさを保っていた。

 王城跡から少し歩いた先、水櫃の旅人たちの研究所代わりとなっていた建物の奥。

 清水に満ちた儀式場は、そこにある。




――王城 外庭部分


 一本きりの鎖に繋がれた王城の真下は、都や森から隔絶された崖となっている。

 元からこのように危うい立地だとは思えないので、王の意図でこうなっているのだろう。トータは物珍しげに周囲を見回しながら、王城地区と都とを繋ぐ橋を行く六人を追いかけていた。

 そう、六人だ。しかも内訳は魔法を使う者二名、聖職に携わる者二名、前衛二名。正直トータの戦力など微々たるものだろう。一番先頭を行く重装の男、その横にやたら笑顔の男が並び、一対の主従はつかず離れずの距離で歩き、魔女はやや小走り、黒衣の女は鷹揚に闊歩している。

 だからトータは思う存分気を抜きつつ、ぼんやりと思いを巡らせる。前を行く六人に言えば呆れられるだろうが、トータはアクリアルの歴史に詳しくないし、魔法や聖法にだって馴染みがない。だから今行こうとしている場所がどのような所なのかも良く分からない。

 力のない者にも使えるものとして、聖具は生活の端々に顔を出すものだった。だがレヴァーンのように誇りに思うでもなく、普通の人間にとって聖具は道具に過ぎない。聖具信仰の篤い地域では違うのだろうが、森に暮らすトータはむしろ自然に畏敬の念を抱いていた。聖具にすらそうなのだから、聖法に対しては「なんかすげーもの」という考えしかなかった。他の村のように聖職者の助けを得たことのある者ならもっと尊敬の念を寄せるのだろう。

 とはいえ、流石に魔法には恐れを持っていたが。

「……」

 幼少期のお伽噺、人々の噂話、トータの持つ魔法の知識の出処はそこだ。だから漠然と魔法に嫌悪を抱いていた。明日は狩りよと言われ、無意識に喜びを抱くように、魔法と言われると嫌悪が湧くのだった。ただそれが魔法を使う当人とは結び付かず、今も自由奔放に歩く黒衣の女が憎いかと言われればそうではない。

――魔女には、驚いたけど。

 黒衣の女の横を小走りで保つ少女。魔女と言われるだけあって、やはり雰囲気が違う。だがその様子も普通の娘と同じであり、やっぱ個人差だよなぁ、と腕組みして首を捻る。色々話を聞いたが、トータには聖職者の二人も魔法使いの二人もただの人間に見えた。

 だが無闇に話しかけるのは躊躇われ、結局後ろをついて行くだけにする。表舞台に割って入るのは自分に合わない。せいぜいが傍観者の立ち位置だろう。



 と思っていたら、早速ランスとキルファが広間の門の前で険しい顔をしている。

「どうしたんだ?」

「門が開いている。先に誰か入ったのだろう」

 見れば、小さな家ひとつ悠に通りそうな門の合わせ目には、微かに隙間があった。

 一瞬目を丸くしかけ、いや、と首を振る。

「他に二人いたじゃん。あいつらじゃないの」

「そうだと思うが、あの二方(ふたかた)はどうにも怪しいからな。ここで急にやる気を出すとは」

「手柄をかっさらいたいんじゃないの? 儀式場が一番面倒だと思うんだけどね」

 黒衣の女がひらひらと手を振って「さっさと入りましょ」と促す。全員やや釈然としないながらもそれに従い、巨大な門を押し開いて王城地区へと侵入した。



 いやに寂れた場所だ。

 砂塵にまみれた石床を歩きながら、トータは微かに眉を顰める。

 主役たる王城が今は空の上だからか、庭の真ん中にぽっかりと空間のあいた王城地区は都より風化してすら見える。戦闘の跡なのか、ところどころに欠けた建物の外壁が転がっており、安穏とした気分がしぼんでいくのが分かった。だが左の方にかなり大きな建物が見え、トータは首を傾げた。

「あれも城じゃないのか」

「研究施設じゃないかな。そんな雰囲気がする」

 可憐な声が近くで聞こえ、思わず飛び上がる。いつの間にか左隣に魔女が立っていた。常軌を逸した美貌の中の黒目が、トータの反応に大きく見開かれている。

「あ、ご、ごめん、なさい」

「い、いやいや、びっくりしただけ。そ、そっか研究施設か」

「なにしてるのよ」

 じと目の魔法使いがやってきて魔女の手を引いていく。情けなく顔を引き攣らせたトータの肩をキルファが叩き、クレスランスが意味もなくトータに微笑みかけ、離れたところで聖職者の女が目を輝かせた。

「い、いにしえの国の研究所……! 何があるのでしょうか!」

「気になるの?」

「勿論でございます! 太古の遺跡を巡るのは旅の目的のひとつでありました!」

「そういや行ったことなかったね。今度行こうか」

 「……なにかしら、あいつらを見ているとなんだかいらっとするわ」黒衣の女が分かり易く顔を顰めながら腕を組んだ。なんとなくトータも同意だったが、それは独り身の恨みだろうか。いや断じて違う。



「ともかく中に入ってみよう。儀式場へ行くにはこの中を通るしかないようだ」

 若者たちが意味のない攻防を繰り広げていた傍ら、せっせと偵察へ行っていたキルファが帰って来て肩を竦めた。改めて建物を見上げる。灰色の石壁は風化しやや崩れているものの、建物としての外観は保たれている、横数十メートルはあろう建物。角や屋根が四角い簡単な作りで、高さは四階建てほどだろうか。

「屋根通り越して見てこようか?」

 魔女がふわりと浮かび建物に近付く。その瞬間何かが風を叩く音が聞こえ、トータは咄嗟に叫んだ。

「伏せろ!」

 青年の絶叫と同じくして、地上に立ち尽くす六人と浮かぶ一人に暗い影が落ちる。反射的に空を見上げる七人は、羽ばたきが(もたら)す暴風と凄まじい咆哮によろめいた。

 およそ知り得る生物の中で、最悪に出会いたくないものの頂点に位置する王者。

「ちょっ……!」

「ちっ……なんでこんな時に!」

 魔法使いが絶叫し手を大きく広げる。渦巻く風がやや緩和され、トータは体勢を立て直し瓦礫の影に転がった。素早く体を反転させた魔女が手を振り上げ、全員を覆い尽くす透明な盾を作り上げる。直後視界が紅蓮の炎にまみれた。魔女の盾のおかげか熱は遮断されているが、近くにあった岩が一瞬で溶け消える光景に背筋がぞっと震える。

「建物の、中に!」

 空中で右手を掲げたまま魔女が必死に叫ぶ。「でも、炎が、」と聖職者の女がうろたえるが、

「平気! その建物は『非干渉』の性質を持つ! まず手を出せない!」

 それを聞いた瞬間、聖者が聖職者の手を引いて建物内に駆け込んだ。次にキルファが建物の入り口に走り寄り、トータたちに向かって「早く!」と叫ぶ。魔法使いは入口付近まで下がって不機嫌そうに目を細め、全員の対応を確認したクレスランスがトータの背を押しながら建物へ走った。

「じ、自分で、走れるって!」

 息も絶え絶えにクレスランスへ抗議するが、呆れ顔の戦士はしかし笑顔をもって首を振り、

「びっくりしているように見えたからな! そのまま動けないのではないかと!」

 図星である。

 実際は背を押してもらって助かったトータは、飛び込んだ入口の中から外を振り返った。トータの斜め前でキルファが何事か叫ぶ。避難の完了を知った魔女は地上へ降り、魔法使いがびしりとドラゴンへ指をつきつけ、魔女の結界をくるむように風の盾を出現させて魔女の退却を支援した。

「ありがと!」

「良いわよ」

 建物に転がるように魔女が入り、キルファが素早く扉を閉じる。途端、外の音が何も聞こえなくなった。

「……」

 なんとなく息を潜める七人は、ゆっくり周囲を見回していく。

 魔女が無言で灯した明かりにより視界が広がり、細長い通路の全容が明らかとなる。

 建物の入り口のひとつとなるこの場所は、奥まで続く細長い通路だった。突き当たりで二方向に道が分かれている。今いる場所から少し進んだ左右に三つづつ扉のない部屋の入り口が見えた。壁は暗い白、飾りも灯りもなく冷たい静けさに満ちている。

「中は思ったより質素ね。研究所だから当たり前かしら」

「王のための研究所『ユエル』かな。貴族たちも自分の領地に自分の研究所持ってたりしたみたいだけど、城近くにあるからそう。多分王の魔法使いとかもここに住んでたんじゃない?」

 魔法使いの独りごとに聖者が応答する。途端に切れ長の茶目が吊り上がるが、聖者に堪えた様子はない。

「ユエル、か。初めて聞いたな。研究所があったという記録は残ってはいるが……」

「ふふん、オンドーラ製の情報でーす。レヴァーンは知らないでしょう」

 聖者の人を喰ったような態度にますます魔法使いの様子が剣呑になる。トータは狭い廊下の中、出来るだけ魔法使いから距離をとろうと後ずさった。扉の一番近くにいるのがキルファ、その前に聖者、魔法使い、魔女、クレスランス、聖職者、トータの順。右足が廊下横の部屋に一歩入る。

 瞬間、床が消え去った。

「……えっ……」

 傾く景色の中、全員の目が丸くなるのがいやにゆっくりと分かる。

 はっとした顔でこちらに手を伸ばす聖職者、表情を変えるクレスランス、駆け出す魔女の姿。

「えっ……っあああああああああああ!」

 突然の落とし穴に、トータは全く反応出来ずに落ちていった。





――研究所 地下


 目を覚ました時、トータは一人だった。わけではなかった。


 ぴちょん、と涼やかな音が耳元で響く。天井から伝い落ちてきた水滴が、トータの顔の横で弾けていた。周囲は見渡す限り白に近い灰色の岩。天井付近に浮かぶ光の球のおかげで明るいが、光の及ばない範囲は暗闇になるほど広いようだ。

「トータ殿、目覚められたか」

「本当にどんくさい方だ……」

「一応、怪我っぽいところは治しておいたから」

 丸みのある岩の上に寝かされていたトータ。その周りに、三人の人間が思い思いの姿勢で佇んでいる。

 トータの横の岩にもたれかかって笑う青年。

 トータの真横で心配そうにちょこんと座る魔女。

 そして一番遠くに気難しげな顔の聖職者。

「あれ、なんで……」

「……貴方を助けようとして、私が巻き込まれた」

「そして私がトータ殿を追いかけて落ちて」

「あ、わ、わたしは、皆を助けようと思ったんだけど、穴が急に閉じそうになったから。思わず穴に飛び込んじゃったんだ」

「…えーと、つまり」

 全員トータのせいで落ちてしまったのである。

「……うわー…」

 やってしまった、という思いでトータは頭を抱えた。この事実はきつい。集団で狩りをして生きる中、トータは「役に立たないばかりか邪魔をするやつは排除されても仕方ない」と学んでいる。それも失敗が生死に直結する状況での失敗は、本当にどうしようもない。

「……ごめん! 本当、馬鹿やってしまった」

「気にしても始まらないぞトータ殿! 地下に空間があったと分かっただけでも収穫なのだ。ともかく、進もうじゃないか」

「わたしも、気にしてない。いずれここには来なければならなかっただろう」

 必死に頭を下げれば、クレスランスと魔女の二人は揃って首を振る。思い返せば、霊廟でもクレスランスには助けられた。先程のドラゴンの襲撃でも魔女に救われたし、トータはどう返したものか言葉に詰まってしまう。


「な、なぁ聖職者殿! 問題ないだろう!」

 沈黙に耐えかねたのか、クレスランスが大げさに手を広げて聖職者に話しかける。金髪の美しい女は当惑したように目を瞠り、一瞬頷きかけてすぐ目を吊り上げた。

「私が巻き込まれたのは自己判断のせいだから、とやかく言うつもりはない。だが貴方は少し危機感を持った方が良い。そんなことではすぐに死んでしまうぞ」

 文句なのか説教なのか良く分からない物言いに、三人ともゆっくり目を瞬きながら固まる。その様子に気付かず、聖職者は背を預けていた岩から歩き出し、青の杖を暗闇へ向けて振った。

「……誠に不本意だが、今は貴女の魔法に頼らざるを得ない。私は光を生む聖法を使えないし、水の城へ置いてきた聖具に呼びかけても反応がない。……何をしている、進むぞ。私は早くアンドラステ様と合流せねばならない」

 その言葉に、クレスランスがトータに手を伸ばし、トータも握り返して立ち上がる。魔女は幾つか光球を喚び出すとこちらを振り返った。

「紹介が遅れた。まだ名乗ってなかったよね? わたしはリース。貴方の名前はクレスランス、貴方がトータ。そっちの人はユスティーファで良いよね?」

「私の名前など別に知らなくて良い」

「いちいち金髪の人って呼ぶの面倒だよ」

「なっ……」

「まぁまぁお二方、喧嘩をしていても意味はないぞ。今は協力せねばならんのだからな」

 一気に険悪な気配になる女性陣に、果敢にも紅の戦士が割って入る。ユスティーファが明らかに嫌そうな顔をするが、リースは特に気にした様子もなくトータの数歩横に並んだ。クレスランスはユスティーファの青の杖が珍しいのか、近寄ってあれこれ聞いては溜息をもらっている。

 魔女に聖職者、特に身分のない男二人……。

 地上に残った者たちについても思い浮かべる。騎士に聖者、そして魔法使い。

――お互い厄介な組み分けになったなぁ……。

 それでも戦力は偏っていないようなので、やや安心する。前衛後衛、つり合いとしては丁度良い。相性は別だが。

――しっかし。

 距離を離して隣を行く魔女、前方で苛々している聖職者を交互に見る。この二人は、特に話したこともないトータを助けようとしたのだ。聖職者が人を助けるのは当たり前なのかもしれないが、それでもユスティーファのつんけんした態度からは想像し難い。

 何より、人を助ける魔女など、聞いたこともなかった。

「え、えと、なに?」

 流石に観察し過ぎたのか、小柄な魔女は怯えた様子で首を傾げる。トータは慌てて手をぶんぶん振って謝る。

「いや、ごめん。何でもない」

「言いたいことがあるなら言って欲しい。中途半端に黙られるのが一番気になる」

 リースは真っ直ぐな目でこちらを見つめ返した。トータはうっとたじろぐ。そう言われたなら、下手に言い繕うのは止めた方が良いだろう。

「い、いやさぁ…。俺、魔女に会うの初めてだからさ。なんていうか、イメージと違って」

「ふふ、どんな風に予想してたの」

 しどろもどろそう返せば、魔女は思ったよりも柔らかく微笑んでトータの顔を覗き込む。強烈に愛くるしい顔に見上げられ、トータは参った、と頭を掻いた。

「大して外と交流してないから元々良く知らなかったんだけどさ。美しい容姿で人を騙したり、国の中枢に入り込んで滅茶苦茶にしたり、魔物をけしかけて村や街を滅ぼしたり……。小さい頃は悪戯したら『魔女が来るよ』って脅されたりもした」

「へぇ。そういう言い伝えとかがあるの?」

「絵付きの本があったり、伝承として広まってたりする」

「面白そう。わたしも今度読んでみようかなぁ」

 自分をけなす内容に魔女はころころ笑い、両手を後ろで組んで跳ねるようにトータの先を歩いた。

「ありがとね。わたしと話してくれて。でも、あんまり怖がるようならもう話しかけないよ」

 そう言う魔女の顔は、気負った様子がなくあっけらかんとしている。ただ少し残念だ、という感じだ。

 トータは軽く肩を竦めると、歩く速度を速め魔女に追い付く。

「別に怖くはない。あんたは味方みたいだし。人外っぽいのは守人で慣れたし」

「酷い。わたしは人外か」

「え、あ! ごめん!」

「良いよ、君は素直だね」

 実際より幼く見える少女は、しかし年上のトータより弁が立つらしい。


 前方からユスティーファのやや怒った声が聞こえる。クレスランスの能天気な笑い声が響く。周囲は相変わらず岩と水だ。

 それでもなんとなく気分が軽くなって、トータはほっと息を吐くのだった。

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