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水の亡国  作者:
第六項: 魔女の図書館
28/46

九: 聖者 アンドラステ in ヤクタ 03

――ヤクタ 六階


「……信じられません。まさか三度もわたくしを撒こうなどとお考えになるとは」

「機嫌直して、ほら。楽しくお喋りしていただけだから、危険なんか何もなかったよ」

「そういう問題では! いえ、そういう問題なのですが、まず何より従者を撒くのが普通の考え方だとお思いにならないで下さい! ましてや魔の者と言葉を交わすなど…!」

「普通の女の子だったよ?」

「見かけに騙されてはなりませぬ、ここアクリアルを滅ぼした魔女も見た目は可憐な女性だったと聞きます!」



 失われた亡国の中、まだ周りに化物がいるかもしれない状況下で、一対の主従は延々喧嘩を繰り返していた。喧嘩というのは語弊があるかもしれない。従者が一方的に噛みついているだけなのだから。

 小さな魔女を送りだした後、五階で従者を迎えたアンドラステは、思った通りに怒られていた。がーっと怒鳴りまわる従者を宥めすかし、現在は六階に移動してきている。

「目ぼしい資料も見当たりませんし……これからは御身のお傍を離れません。敵よりも何よりも御身を監視いたします」

「わぁ素敵な台詞。でもユスティーファ、この部屋に多分良い資料があると思うよ」

「え?」

 むーっと顔を顰めていたユスティーファはぱっと顔を輝かせ、アンドラステの言葉に従い部屋を見渡した。「ここは……」朱鷺色の目を瞬かせる。

「誰かの……私室でしょうか?」

「うん、メリルルゥの部屋だよ」

「な!」

 予想外だ、という風に目を瞠る従者。

「思っていたより……普通の部屋、ですね」

「まぁそうだろうね」

 ユスティーファは戸惑っている様子だった。魔女の部屋がこんなに普通だなんて、とその目が言っている。

「しかし……つまり、ここにはメリルルゥの私物があると」

「そうだね。よいしょっと」

 先程時間がなくて見られなかった寝台脇の本棚をざっと改める。他の階に比べ埃臭さが酷くなく、ひとりの人間の生活の跡であることが如実に感じられた。

 目についたのは、薄い冊子だった。これだけ題名が書かれておらず、少し捲っただけでも日記であることが分かる。

「……それは」

 他人の日記を盗み見ることへの抵抗だろう、ユスティーファがやや迷うような声を出した。しかしすぐにぶるぶる首を振ると、「こちらへお掛け下さい」と椅子を差し出してきた。自分は寝台に座るつもりらしい。

「じゃあ読みますか。確か僕より古キッカ語の成績良かったよね。分かんないとこは随時聞いてくから」

「まずは自分で読みとる努力をして下さいませ……などと申している暇はありませんね。かしこまりました」

 そうして二人は、ひとつの物語を読み解く。




――イェンティア


 その国の話を聞いたのは、十代も終わりを迎えようとした頃だった。

「アクリアル?」

「そうさ、亡国アクリアル。魔女に滅ぼされた国。その跡地の様子がおかしいって、最近もっぱらの噂だよ」

 王都の中心街、客もまばらなとあるカフェにて。

カウンターで好きに注文していたアンドラステは、店員の言葉に目を丸くした。アンドラステの隣では、ユスティーファが居心地悪そうにメニューを眺めている。もう何度も来ているというのに、お忍びだという意識が抜けないのだろう。この脱走自体は見逃されているものなので、多少なら羽目を外して構わない筈なのだが。

「なになに、面白そう。聞かせてよ」

 アンドラステは笑みを深くし、ずずいと身を乗り出す。今日はいつもの濃青の聖職衣ではなく、質素なクリーム色のシャツに黒のズボンだ。ユスティーファはレースで飾られた浅葱(あさぎ)色のワンピースを着ている。赤や青の横断幕を掲げ、色とりどりの煉瓦(れんが)で飾られた王都の中ではいささか簡素過ぎるが、一般人に紛れ込むには丁度良いだろう。赤茶を基調とした店内には違和感なく溶け込めていた。

「あんどら……い、いえ、こほん。ウィル。失礼ですよ」

 楽しそうなアンドラステに対し、ユスティーファは慎重だ。だが瞬きの回数から彼女も興味があるのだろうと推察。恰幅の良いおばさんは豪快に笑って手をひらひらさせた。

「良いよ良いよ、構やしないよ! わたしも話す人が欲しかった所だしね! なんでも、レヴァーンの南東近くにあった国らしいんだけどさ。今は教会のお偉いさんが管理してるらしいんだけど……最近、そこで不思議な人影を見た人がいる、って話」

 へぇ、と目を細める。初耳だ。尤も、アンドラステは教会の連中とはそう親しくしていないため、それも仕方がないが。

「不思議な人影?」

「そう、少女の姿をしていたらしいよ。あんなとこで迷子もおかしいんだけど、最初はその人も迷子だと思ったわけだ。でもすぐに当の少女は煙みたいに消えちまった。水櫃から戻ってきた誰かだったのかねぇ……」

「水櫃より人が戻ってくる、そのような例は今までにありませんが……そのお話が本当ならば、そうかもしれませんね」

 いつの間にか真剣な顔をして聞いていた従者が頷く。聖職者の考えとしては、その推論は正しいらしい。

「でもそんな出来事、初めて聞いたよねぇ。変なの」

「それがね、ずっと昔の『亡国の復活』の前には同じような事があったって話なんだよ! 怖いねー、前回も前々回も甚大な被害が出たと言うし」

 そこに繋がるのか、と思った所で、料理が運ばれてきた。小麦粉をこねて茹でたものに、貝入りクリームソースをかけたものが二皿。柔らかいパン、琥珀色のお茶、ユスティーファは薄く生地を重ねた甘味まで頼んでいる。ちゃっかり楽しんでいるではないか。

「ふーん、そう。じゃあ大変だね」

「そうなんだよ。アクリアルの魔女といえば、最も恐れられた魔女だと言うじゃないか。それに加えて廃王クレトスまで甦っちゃ、どんな惨劇が起こるか」

「魔女ねぇ」

「そうだよ」

 おばさんは深く溜息をつき、水差しから注いだ水をユスティーファに渡す。彼女は猫舌なのだ。

「いつも聖者様方が退治してくれてるからわたしたちは安心して暮らせるんだけど。やっぱり不安だよねぇ」

 ユスティーファが誇らしげにアンドラステを見遣る。白い頬を薄紅に染めた顔が自慢げだ。アンドラステは気付かれないよう小さく肩を竦めた。密やかな攻防に気付かず、店員はにっこり言った。

「まぁオンドーラには世を救う月の光の聖者様がいらっしゃるから。きっとなんとかしてくれるよ」

 お茶を手にとって冷ましつつ、アンドラステは楽しそうに笑う。

「ええ。そうだと良いですねぇ」



 その後すぐ、アンドラステはアクリアルについて調べた。千年前、突如水の檻の向こうへ消えた国。それから二度甦った国。最後に姿を現したのは三百年前のこと。そうして今、再びその兆候が現れ始めていること。

「アンドラステ様。資料はこれで全てでございます」

 ユスティーファに手伝ってもらって集めた文書を、斜め読みながらも素早く消費していく。アクリアルの歴史くらいは知っていたが、それに対する議論や考察などは興味の範疇外だった。

「アクリアルの資料はまだ分かるのですが、闇水の活動履歴に活動内容、最近の魔女狩りの成果、各国の水櫃の研究資料……何を調べていらっしゃるのですか? これだけの資料を集めるのは骨が折れました」

 アンドラステの私室の作業机横、ユスティーファは姿勢よく直立しながらも疲れたように小さく伸びをした。

 如何にユスティールの血を汲む家の娘といえど、立ち入れる場所は限界があるだろう。アンドラステも聖者の立場、そして王の『相談役』の立場を利用して司書や高位聖職者に資料を請求してみたが、得られたものは微々たるものだった。基本的に秘匿主義なのだ。ライティンナ家は優秀な聖者を育て、世を救うのが負った義務。水櫃に関する研究には触らせてもらえないのが常だった。

先祖のユスティールは魔狩りであったが、その使命はライティンナと血を分けるもうひとつの末裔、ローティンナ家に託されていた。

「……ああ、ローティンナですか」

 そのローティンナの家系図を見ていると、ふいにユスティーファの固い声。

「ん、ローティンナがどうしたの」

「アンドラステ様はご存じないのですか。そうですね、アンドラステ様がいらっしゃる前の事件ですから。……かの家は十三年ほど前、『魔女』を産んだのです」

「え」

 ぎょっとして従者を見る。ユスティーファは努めて平静を装ったような顔で、淡々と説明を続けた。

「魔女が産まれた後、母体に責があるとして産んだ女性の一族ごと処刑にかけられたのですが……魔女は魔法を使った後、行方が分からなくなったそうなのです。何処かの村で何度か見かけられた、という話も聞くのですが……」

「ちょ、何処から突っ込んだら良いのか……まずさ、何で母親の一族だけ?」

「父親がわたくしと同じユスティールの血を継ぐ者だからです。彼から魔の因子が子に受け継がれることはまずありません」

「無茶苦茶な…」

 荒唐無稽な話に一瞬気が遠くなりかけるが、頭を振って質問を再開する。

「…で、魔女が魔法を使ったって?」

「はい。彼女自身はまだ赤ん坊でしたが、流石は魔女というべきか、赤子の姿をとっていただけなのか…ともかく、処刑場にいた者たちを全て何処かへ消し去ってしまったようなのです。その後は先程も話した通り、生きているのかも死んでいるのかも」

――魔女。

 この世を災厄に陥れる存在、魔狩りの聖者が最優先に狩るべき対象。

 アクリアルの惨事を皮切りに表舞台に現れ、世界を混乱の渦に巻き込んできた。

――『魔』は人間の認識により生まれる。それは知っているが、魔女のことはどうにも良く分からない。

 歴史に残る初めの魔女、メリルルゥの背景は既に把握している。だが、魔女という生き物の本質については測りかねた。何故魔女という巨大な力を持つ者が生まれるのか。

 そこまで考えて、『聖者(じぶん)』についても同じことが言えるのだと、唐突に気付く。

「……旅、出ようかなぁ」

 旅嫌いの聖者の突然の言葉に目を丸くし、従者はあっけにとられたように口を開いた。

「……なにか、悪いものでもお食べに……?」

「食いしん坊の君と一緒にしないで、ちょっと考えが変わっただけ」

「なっ! 女性に向かってそのおっしゃりよう……! アンドラステ様、他の女性にも同じようなことはしておりませんよね、ただでさえその、(えん)の薄い御方だというのに……!」

 降るように縁談が舞い込むが、実際に会えば相手側の顔を渋いものに変えてしまう主人に詰め寄り、従者は懇願するように言うのだった。



 そうして聖者は旅を重ね、

 この地へとやって来たのだ。




――亡国


 かの国が甦った、そう聞いた時従者は真っ先に「どう致しますか、向かいますか」と言った。救世の聖者といえど、主人の意向を尊重してのことだろう。

 アンドラステが首肯すると、ユスティーファは安堵したように微笑んだ。


 アクリアルへの道すがら、同じく亡国を目指すという傭兵と出会った。

「これはこれは聖者様。御機嫌麗しゅう」

特にこれといった目立つ物がない、地味な容姿の男である。だが目がやけに鋭く、腹に一物あるといった様子だ。自分を雇わないかと提案してきたので、観察のためにも了承しておいた。ユスティーファも彼も鍛えてはいたが、聖法があまり役に立たない盗賊や野生動物への対処に不安があった、という理由もある。予想通り傭兵は腕が良く、アクリアルへの早期到着に大きく貢献してくれた。

 そうして辿り着いた都は、まさに亡霊のような地だった。



 集った挑戦者たちの中に魔女がいたのは、予想外ながらも何処か運命を感じることだった。

そう考えた自分を一瞬気持ち悪く思う。しかし、これだけの人員が揃ったのは、なにかの強い因果を感じざるを得なかったのだ。

――若い魔女だ。

 記録にある最新の魔女は、それでももう二十を過ぎている。つまり彼女は記録にない魔女なのだ。加えてあの容姿、空気。見た所十代半ば。それではあれが『闇の魔女』か、と推論を立てる。

 初めは庭園へ行くことにした。誰も行かないようだったから。魔女がついて来ないかとちらと期待したが、来たのは魔法使いとこれまた扱い辛そうな男だけだった。庭園での接触は諦め、図書館へ向かった魔女を追いかけることにする。


 水の城にて、騎士から“水”を譲り受けたのはなんとなくのことだった。力をつけておくかという気もあったし、よくよく聞けばその“水”は人から排斥されていた者たちのらしい。それが魔女と、そして自分と似通っているように思え、どうにも欲しくなったのだ。

「アンドラステ様! 勝手はお止しになって下さいませ…」

 ぎゃんぎゃん文句を言う従者を、資料が必要だからと説き伏せ、宥めすかす。ほらご褒美に、と騎士から譲ってもらった魔犬の“水”を差し出せば、ユスティーファはふいと顔を逸らした。

「アンドラステ様はまだ女剣士の“水”を取り込まないのでしょう。でしたら、わたくしも要りませぬ」

 庭園の王女と騎士の“水”を既に取り込んだ二人。王女の“水”を取り込んだアンドラステは言いようのない哀しみを覚えるだけだったが、黒の騎士の“水”を取り込んだ従者は何処か恐れを抱いているようだった。

 従者が取り込まないのならば、アンドラステが取り込む理由もない。革袋に入れたまま“水”を持参することにした。

 そうして彼は、魔女に出会う。

――闇の魔女。

確証はなかったが、かまをかけてみれば反応は顕著であった。

 そしてやはり予想通り、魔女は普通の少女だった。『魔』は人の恐れが生むに他ならないのだった。

 だから、『聖』も人が生むのだろう。アンドラステは、それに応える気にはなれなかったのだが。



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