表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水の亡国  作者:
第五項: 灰の城
19/46

七: 狩人 トータ 03

 青衣の魔法使いに分断されたのは、それからすぐのことであった。

 

 橋へ続く長細い廊下の奥に、浮かび上がる薄絹の青の衣。主の顔はフードに隠されて見えない。

 進路に立ち塞がる魔法使いは、間断なく青い光線を放ちこちらを牽制している。そのため二人は廊下途中の出っ張りに身を潜め、こそこそと相談を余儀なくされているのだ。

「こう狭い場所じゃ、突破は難しいな」

 騎士と合流する予定の橋は廊下を曲がったすぐそこ。しかし魔法使いが邪魔で、進退極まる状況である。ふとトータは近くの窓に目をとめ、ランスの肩をつついた。

「なぁ。俺ならそこ通れると思うんだけど。挟み打ち、出来ると思うか」

 古びて崩れかけた、石造りの窓。窓の下には狭いが空間があり、そこを壁沿いにつたえば魔法使いの後ろに回れるようになっている。そう大きな窓ではないが、トータの細身なら無理をすれば通れるだろう。

「なるほど。しかし、貴公の盾であやつの魔法を防げるか?」

「分かんね。やってみるしか」

 背にくくり付けていた革の盾を外し、トータは肩を竦める。ランスはといえば、鍛冶屋のじじいから買った盾があるので、平気らしい。

 

 そうして窓を通り抜けようとした時、ふいに魔法使いは光線を向ける先を変えた。

「……騎士がいる方か」

 何かを破壊する音が響く。窓から身を乗り出せば、奈落の谷を挟んだ向こう、かろうじて騎士が盾を構える姿が見えた。

「あー…おっさんだな。…ん? なんか変な穴の中に入ってくけど」

「穴?」

「ああ。魔法使いの攻撃で出来た穴」

「それはまた……何故? そっちからこちらへ来れるのだろうか」

「一緒にいる女の人を置いてってるんだけど…」

「十中八九、敵がいるんだろうな」

 苦虫を噛み潰したようにランスは渋面をつくる。少し待ったが、騎士が穴から出てくる様子はなかった、どころか巨大な獣の咆哮まで聞こえてきた。

「なんか、やばそうな」

「よし。トータ殿、先に行かれよ。騎士に助力して差し上げるが良い」

「は?」

 ぽかんとランスを見返せば、彼は真剣そのものの顔で、

「あの魔法使いは私が対処するから。さぁ、急いでくれ」

 トータは顔を顰め、数秒考え込んだ。勿論ランスの人情に感動して、ではなくどちらの方が自分の戦術に合ってそうか、である。トータは魔法使いとの戦闘経験はない。しかし、森で獣を狩った経験ならある。先程の咆哮から考えれば相当でかい獣だが、自分の得意分野で戦った方が良いだろう。

「分かった。死ぬなよ」

「言われなくても。そちらこそ、気を付けてくれ」

 返事もそこそこに、トータは窓をくぐる。やや肩がつかえたが、身を捻ってなんとか外に出た。壁沿いに腹ばいでつたっていき、途切れてる道を軽く飛んで越えれば橋に辿り着く。

 手を振って合図すると、向こう側の女性が石板に手をかけた。同時に石板の文字をなぞれば、重い音を立てて橋が降りる。

 

 操作してくれた女性は、まるで令嬢のような装いであった。美しく結い上げられた髪に、ほっそりとした白い手と、戦闘要員ではなさそうに思えるが、騎士の付き人だろうか。

「ご無事で何よりです。もうひとりの方は…?」

 女性はトータに駆け寄り、不安そうな面持ちで訊ねる。

「魔法使いがいてさ。とりあえず任せて来たんだけど…おっさんは大丈夫なのか?」

「ああ、そうです! 彼は今シルファーナ…剣士と戦っているのですが…」

「強いの?」

「ええ。彼女はヴィン…大きな犬も従えておりますので」

「了解。じゃあちょっと行ってくる」

 そう言えば、女はやや表情を曇らせる。それに微笑んでやり、トータは穴の中へと足を踏み入れた。

 途端に、先程の笑みも言葉も後悔することになった。

「うわ」

 目の前にいた獣。それは、セオンの狂犬だったのである。



 セオンの狂犬。数年前、トータのいる森を襲った凶暴な犬の集団。

 腹をすかせて人里へ降りて来たらしい彼らは、あちこちで猛威をふるうようになった。何百という人間を喰らったという獣は、ついにシャールカの森にまで侵攻し、平穏な日々を脅かしたのである。

 数百年以上前から狂犬と呼ばれ恐れられた魔犬だが、シャールカでの大規模な討伐戦にて一旦の収束を迎えた。

「なにこれ。絶対来ない方が良かった、俺」

 その時は両親や妹と協力して討伐し、王から叙勲を受けることとなったのだが――自分一人で対せるかといえば、自信はない。

 騎士は純白の鎧の女と相対している。最悪自分が狂犬と戦う状況だ。

「…嫌なら帰っても良いぞ」

 苦笑交じりの、あっけらかんとした声。トータは首を振り、はぁと息を吐いた。

「そうは言ってもさ。ここで帰ったら俺悪者じゃん。おっさん死んだら気分悪いし。…そいつら倒すの?」

 流石にトータも人情がない訳ではない。人を見捨てることは出来るだけ避けたいし、このまま一人で無事に逃げ帰れる保証もない。背の矢筒から黒矢を取り出すと、騎士は「後ろから援護してくれ」と控えめな要請を出した。

「あいよ。多分少ししたらクレスも来るから。馬鹿だけど戦力になる」

 現在魔法使いと交戦中だが、恐らく大丈夫だろう。殺しても死ななさそうな男というやつだ。

「そういえば、貴方の名は。俺はキルファだ」

「…トータ」

 騎士に名を問われ、答えた直後、戦いは始まる。




――セオンの狂犬


 幸運にもセオンの狂犬は騎士に狙いを定めたようだった。ほっとしたのもつかの間、援護に矢を射れば女剣士が猛然とトータに向かってくる。

「やべ」

 慌てて短剣に持ち替え、女剣士の強烈な突きをいなす。父から譲られた翡翠石を削って作った短剣には、特別な加護があるらしい――が所詮気休めでしかなく、必死に攻撃を繰り出す。

 しばらくしてセオンの狂犬は斃れ、女剣士の突きは苛烈さを増した。

「っ!」

 弓を生業にしてきたトータに、剣の心得はあまりない。すぐに劣勢へと陥り、ついに短剣を弾き飛ばされた。

 凍てついた緑の目が、仮面の隙間からトータを見据える。

 見開く翡翠の瞳に、突き出される純白の剣が映った。

 だが刺突剣の切っ先が到達する寸前、灼熱の炎が両者の間に吹き荒れる。目に鮮やかな紅の鎧が松明の灯りに浮かび上がった。

「すまない! 遅れてしまった!」

 微笑みを浮かべた、堂々たる佇まい。お前だけずりぃぞ、とトータは口を尖らせる。

「遅い。許さん」

「許しを請う前にそれを言われては、立つ瀬がないな。では謝罪の代わりに、貴方を助けよう」

 その言葉通り、ランスはあっという間に女剣士を御してしまう。

 女剣士は何かを考えているようだったが、ふいに刺突剣をトータへ投擲しようと振り被った。

 ぎょっと伏せかけるが、その前に女剣士の背へ騎士が突きを放っていた。

 胸を突き破る大剣。だが血が流れることはない。やはり、彼女は尋常な存在でなかったのだろう。

「皆、怪我の具合はどうだ? 少し薬を持って来ているから、怪我があれば見せなさい」

 初老の騎士は面倒見の良い性格のようだ。緑の目は穏やかで、しかし深い皺の刻まれた顔は歴戦の戦士に相違ない。素直に傷口を差し出しつつ、トータはやっと安堵の息をつくのだった。



「そういや、魔法使いどうなったの」

「ん? ああ、倒したぞ。中々手強かったが、鍛冶屋から買った盾は質の良い聖具だったようでな」

「そりゃ良かった」

 背後の騎士と女性をそれとなく気にしつつ、トータは癖のある笑みを浮かべる。流石は亡国へ挑む者、強者揃いである。この四人の中で自分は明らかに場違いであったが、もうなるようになれ、と半ば自棄の境地であった。

「――御武運を」

 だから、令嬢然とした女性が一礼した時も、トータはそれに礼を返す。その思いに報いることを誓うように。





――王族の間


 一言で言えば、彼は優しい人間だったのだ。

 他人に犠牲を強いるよりは、自分を犠牲にし、自分と同じ悲劇を繰り返さぬよう、不自由な身で尽力する。

 そうした努力が、さらなる悲劇を呼んだとしても。

 彼は最後まで、ただ希望を願い続けただけなのだ。




 アルレという女性によれば、この広間を抜けた先が『守護者』の待つ場所らしい。

 絢爛な霊廟内を見渡しながら、三人はぞろぞろと黄金の広間を真っ直ぐ進んでいた。

「流石豪華だな」

 褪せた石で構築された向こうの塔とは違い、こちらは壁や床が鈍い金で造られている。表面には複雑な模様が彫られており、あちこちに歴代の王を象った像が置かれていた。傍には宝石で飾られた棺があり、その中にかつての王族たちが眠っているのだろう。

「この辺は王族の遺体を収納した場所らしい。王子らが生活したのは正規の橋から近い所だな」

「しかし、なーんか嫌な話だよな。盲目だからって、墓で暮らすことになるなんて」

 守護者が名前を消された王子だということは既に聞いている。こんな墓内にいる原因も。頭の後ろで両腕を組んで言うトータに、キルファが苦笑する。

「…そう思うだろうな。だが、俺たちが知らないだけで、似たような話は幾つもあるのかもしれない」

「そうかな。でもセオンの狂犬を飼ってるところから考えると、結構防衛を意識した王子だな」

「知ってるのか、セオンの狂犬」

「ああ。俺シャールカ出身なんだけど…知ってるだろ? 国が襲われて、あわや大惨事。あんなのはもうこりごりって思ってたのに…こんなとこで再会するなんてな。ついてないぜ」

 ほんの一瞬、騎士の目が見開かれる。

 両腕を上げてうーんと背を逸らしながら、トータは愚痴を続けた。

「一時期この世で最も邪悪な生物って言われたくらいあるし。生き残れて良かった」

「……そうだな」

「なんだよおっさん、元気ないな」

「そうでもない」

 キルファの表情は分かり辛いが、心なしか曇っているように見える。ふーんと訝しみつつも、目を輝かせるランスへと視線を移す。

「で、なに」

「見てくれトータ殿! これはウンディーネだと思うのだが! 何代目かの王の像だろうか?」

「はいはい良かったね」

 真白な剣をもつ黄金像を前にし、ランスは何故か喜びを顕わにしている。炎剣と見比べているので、戦士らしく剣が好きなのだろうか。

 広間をぐるりと見回し、トータは溜息にも似た息をつく。

「……ここに、歴代の王族全員の遺体が入ってるのかー」

「多分な。直系だけだから、多くても百体前後か。像の数が合わないので、王とその妻だけを像にしたのだろうか?」

「恐らく。貴方…クレスランスだったか…の言う剣を持つ像は、四代目のシャンティであろう。彼が初めにその剣を手にした王だから」

 なるほど、とランスが頷く。特に歴史に詳しくないトータは、分かったふりをしながら頷いておいた。

「さて」

 小さな歴史講義を終わりにし、騎士は広間奥の巨大な扉を見据える。ウンディーネと水の渦が描かれた、両開きの黄金扉。戦士もそれに倣い、トータも翡翠の目を眇めて唇を引き結んだ。

 ふと、真白い剣を持つ、黄金の王に意識がいく。

 一体だけ特別飾り立てられた王は、その双眸に翡翠の宝石が埋め込まれていた。

「トータ殿?」

 ランスに肩をゆすられ、はっと視線を戻す。見れば扉に手をかけたキルファがこちらを振り返っていた。

「わ、悪い。行こう」

「突然立ち止まったから驚いた。何もないなら良い」

 騎士が口の端を上げ、扉を押す作業に戻る。ランスもそれに加わり、間もなく扉は開かれた。

 深い闇が徐々に、細い隙間から漏れ出る。

 完全に開いた扉の向こうには、灰色の石の空間で――その中央に、朽ちた銀の鎧を纏った、一人の剣士がいた。





 死を受け入れていた訳ではなかった。

 ただ自分を庇う父の想いに、応えたかった。

 どれ程閉塞感に苛まれようと、自分を守りたがる人間がいる限り、それに応えようと思った。

 ある時父と自分の想いのすれ違いに気付いたが、それは問題ではなかった。

 愛情には変わりなかったのだから。



――隠された王子


 格子状になった天井部分から、月光が落ちる。

 深い闇の中、青白い灯りを纏う男は、静かに仮初の玉座に座していた。

 所有者との月日を示すような、朽ちた玉座だ。元は白い石で造られたそれは灰色に褪せ、今にも崩れ落ちそうに罅が入っている。だがそれに座す男は悠然と、退廃的に、ただ前を『視ている』。

 抜き身の刀を思わせる美貌の上半分を覆う、古びてぼろぼろになった布。布からこぼれる髪の色は褐色。格子から漏れ入る風に、布の端がひらひらと揺れる。

――名前を消された王子、アルレイーヴァ。

 ついに王座につくことのなかった青年は、ゆるりと立ち上がり、闇色の剣の切っ先をトータたちに向けた。





 外からの訪問者と、唯一会話できた場所。王子と王の鍛錬場でもあったその空間に、王子の殺意に呼応するように円形の幾何学模様が広がる。

「うわ、なんだ」

「玉座に使用した”水”への反発を利用して組んでいるようだな。レヴァーン聖具でも使われている。……王子に防御をかけている」

 騎士の言葉通り、だらりと剣を掲げる王子の手に足に、床からはがれた幾何学模様が纏わりついていく。白に輝く線はまもなく王子の体に吸い込まれ、異様な圧迫感を発する。光が消えると、王子の背後から薄青衣の魔法使いが現れた。

「げ、あの時のあいつと同じか。クレス任せた」

「任された。トータ殿らは王子を」

「ああ」

 鉄の盾を左手に、ランスはトータたちからゆっくり距離をとっていく。王子が剣の向きを変えかけるが、それより早く魔法使いが槍を携え走り出した。分断したいのは向こうも同じらしい。

「さて」

 矢に弓を番え、大剣を両手に握り締め。

「俺、援護しか出来ないけど」

「ならばこの盾はいらんな」

 茶化すような、儀礼的なやりとり。

 騎士とはここに来るまでに話し合い、幾つか聖具を分けてもらっている。使い方はまだまだ未熟だが、資質はあるらしく援護くらいなら出来るだろう。

 足首に聖具を巻いた右足を音高く鳴らし、

「では…いざ」

 戦いは、始まった。




 細身の鎧剣士だったが、なるほど王子の剣技は確かなようであった。

 地をなめるように疾走する王子は、一旦剣を横に薙ぐと大上段から強烈な斬撃を放った。

 後ろに跳んで避けたキルファが、下から掬い上げるように大剣を振り上げる。

「…『その加護に、持てる全力を』」

 遅れて聖法の起動を終えたトータが、左手小指の指輪にそっと口付ける。銀の指輪は薄く光り、キルファの周囲に光が舞った。既に聖法による透明な盾を展開するキルファの守りを、持続させるための聖法。同じくトータの周りにも光が舞い、よし、とトータは弓を構え直した。

――死ぬほど早いな、あいつ。ほんとに目、見えてないのか?

 全身を鎧に包んだ王子は、しかし空を疾駆する鳥のような早さだった。魔法使いが防御を担ったからか、守りを完全に棄てた動き。それはもはや獣のようですらある。

 気配を頼りに剣をふるっているのか、はたまた何かの加護があるのか。

――今。

 二人の剣舞を注意深く見守り、次に王子が来るであろう場所に矢を射る。が、矢自体は命中したものの、流石に魔法使いの防御は固い。王子の意識にすら入っていないようで、トータはむ、と唇を引き結ぶ。

「おっさん、あの防御って魔法使いが死んだら消えるとかないの?」

「それはないな。独立したものだから」

 剣戟をふるう合間に答えるキルファ。トータはチッと舌打ちし、鎧の隙間を狙って目を(すが)めた。――見たところ防御は鎧と頭部にだけ施されているようだ。ならば通常の戦いの如く、より守りの薄い場所を突くのみ。問題は、王子が人外の早さを持っていること。目を覆う布を翻して走る王子を捉えるのは至難の業だ。

 騎士が突きを放ち、王子は後ろへ跳躍する。丁度壁に追い詰めた形となったが、王子は摺り足で何かを確認すると即座に左へ転がった。目印で位置を覚えているのだろう。獣のように荒々しいが、知能が無くなった訳ではないらしい。



 クレスランスはといえば、攻撃可能範囲の広い槍に加え、自律式の光球を手繰る魔法使いに苦戦させられているようだ。先程の魔法使いと同じ青の魔法は、ふわふわと魔法使いの周囲を巡り、ランスが近付く度に光線となってランスの動きを惑わしてる。避け損ねた光球で首元に火傷を負い、紅鎧は所々溶けてしまっていた。

 光球は常時五つも浮かんでいるため、事実上の六対一みたいなものだ。

 試しに光球を狙って矢を射てみると、ざく、という質量のある音と共に球が掻き消える。意外な結果に目を丸くして喜ぶが、直後に魔法使いから光線が放たれる。慌てて左手の指輪を掲げ、光線は全て透明な盾に弾かれて消えた。

――先にあっち片付けるか。

 王子は一旦騎士に任せよう。そう決め、足元に置いた高価そうな矢筒から銀色の矢を取り出した。キルファに譲られた特殊な矢だ。

 深く吸った息をくっと溜め、白銀の矢を放つ。魔法使いの足元に射られた矢は、一瞬強く輝くと聖法陣を現出させた。

 魔法禁止の効果に、五つあった光球が消し飛ぶ。

 僅かに出来た隙に、クレスランスは炎剣を叩きこんだ。槍にも魔法防御が施されていたようで、今度は槍が半ばから切り飛ばされた。

 舌打ちした魔法使いが後ろへ下がり、魔法禁止の範囲外から巨大な魔法陣を作り上げる。

「おっさん、指輪!」

 間髪入れずトータは合図し、自身も指輪を握り込んで構える。キルファも剣舞の合間、トータと揃いの指輪を握り込む。

 直後、吹き荒れるような風が霊廟内を駆け巡った。

「うわっ」

 風による直接的な打撃は指輪が吸収したが、吹き飛ばされたことによる衝撃は流石に軽減しか出来ない。ものの見事に壁に衝突し、トータは瞬間息を詰まらせる。

 暗転しかけた視界を気合いで戻し、キルファとランスの姿を確認。細かい傷はあるものの、二人とも無事なようだった。盾で防いだランスは素早く復帰し、大規模魔法の完了のため立ち尽くす魔法使いを強襲する。黒矢で援護し、こちらは順調に防御を削れている、と思う。

 対する騎士は王子の猛攻に苦しんでいるようだった。指輪による防御壁も段々削れていっている。そもそも大剣は一撃必殺、素早い相手には相性が悪い。その上相手は視界に頼らない敵だ。ランスと相手を変えた方が良かったか、と後悔するが、そんな風に後ろ向きでは意味がない。

――負けるものか。

 生来の負けず嫌いが、面倒くさがりの性格を撥ねのけて湧き上がる。



 シャールカの王の聖者から賜った、炎と風の加護が付与された白矢。

 それを取り出し、拡散しかける意識を集中する。

 恐怖、怠惰、焦燥――意志の邪魔をするものを全て排し、ほつれた糸を紡ぎ合わせるように、強固な一本の意識を作り上げる。

 狙うのは小さな(まと)だ。

 勝利を得るために。


「 ―― !」

 声無き咆哮が、銀鎧の獣から上がる。

 反応した魔法使いが魔法陣を現出しかけるが、ランスは作りかけの魔法陣ごと炎剣で薙いだ。ぼろぼろになった防御壁が割れ、ついに魔法使いへと斬撃が届く。

 腹の鎧の隙間に矢を穿たれた王子は、無造作に矢を掴むと勢いよく引き抜いた。傷口から血のかわりに闇のように真っ黒な液体が流れ出す。

「なんだあれ」

 ぎょっとするトータに、王子は闇に染まった剣を向けた。腹からこぼれ出した液体が更に剣を覆っていく。

「触ったらまずそうだな!」

「触りたいとも思わない」

 魔法使いを下し、こちらに戻ってきたランスが暢気に感想を述べる。王子と相対するキルファは慎重に様子を窺っているようだった。

 その一瞬の膠着に、王子が闇色の液体を撒き散らす。

「っ!」

 跳んでかわす騎士と戦士。だが王子の真正面に立っていたトータは――まともにその闇を被った。



 血を繋げることを許されなかった男だ。

 恨みを麻痺させ、精神を摩耗させた男だ。

 ただ平和を希い、白の女に癒され、自身の棄てた名を継いだ女に支えられ、王の愛を受け、静かに朽ちていこうと思った。

 だが少し感じていた空虚さに、水櫃から喚ばれし闇が、全てを塗り変えるように注がれていく。

 その闇は、本来自分が捨てたはずのもの。

 

 全てを闇に染め上げよう。それが人の本性なのだから。



 刹那脳裏を駆け抜けた光景に、トータは呆然と目を見開く。

 だが翡翠の目を瞬かせると、トータに飛び散った闇は大気へ霧散していった。王子の唇が訝しげに歪められるが、すぐに納得したように頷く。

「平気か?」

 駆け寄ってきたランスが心配げにトータの体をあちこち触る。やめろ馬鹿、とその手を払い、トータは一瞬目を伏せた。

――今見たものは。そして、自分が見た意味は。

 無意識に目へと手をやる。トータは思い切り深呼吸し、ランスの肩を叩いた。

「行くぞ。おっさんも」

「ああ」

 炎剣と盾を構えるランス。応えたキルファも大剣を肩にかつぎ、トータは少し距離をとって弓に矢を番えた。

 考えるのは後だ。

 ふと、水色の守人の姿が思い浮かぶ。

 透明な、諦観と達観が混ざり合った微笑み。

 今度はその意味を問おう。もう彼は引けないところまで来ている。


 戦士の助力を得た騎士は、自分の得意分野を発揮して王子に反撃を開始した。

 王子の速度を炎剣が封じ、返す刀で振ろうとする剣を矢が牽制し、大剣が唸りを上げて王子を襲う。

 間もなく、王子の防御壁は破れ、炎剣が闇色の剣を弾き飛ばした。

 膝をつく王子が、一瞬だけ顔を歪ませる。

 トータは番えた矢を、王子へと放った。



 大量の黒い液体が気化するように消えた後は、透明な光粒だけが残った。

 これが王子の本来の”水”なのだろう。その光粒を手元に引き寄せ、トータは数秒感傷にふける。

「……帰ろう」

 霊廟の先を指差し、騎士がほろ苦い笑みを見せる。ランスは心配げにトータを見遣り、騎士に続いて歩き出した。

 果たして、王子の顔の布の下には、何色の輝きがあったのか。

 それを知る術はない。ただトータは悼むように目を閉じ、再び前を目指すだけだ。




 誰もいなくなった空間に、薄緑のドレスの女が現れる。

 女は迷いなく歩を進め、朽ちた玉座の前で足を止めた。

 何かを切望する様な瞳。女は誰もいない玉座に向かって跪くと、静かに頭を垂れた。

 祝福するように。別れを告げるように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ