表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水の亡国  作者:
第五項: 灰の城
17/46

七: 狩人 トータ inヴォルナスタ

いつだって貧乏籤をひくのは、自分なのだ。





 焚き火は時折跳ねるような音を立て、揺れる炎の尾が影の形を様々に変えた。

 薄暗い霊廟内に、自分たち以外の生者はいない。

 薪の爆ぜる音、息遣い。

「……そういえば狩人よ、貴公は何処の出身だったかな」

 剣に寄り掛かるようにして座る男は、一見端正な顔立ちの戦士だ。しかし底抜けに明るい笑顔が、男への評価を三つほど下げている。爽やかな笑顔なら良いのだが、男の場合単純に馬鹿っぽい。

 男の向かいの壁に体重を掛けつつ、トータは素っ気なく答えた。

「シャールカっていう、小さな国。そこにある森で暮らしてた」

「おお、シャールカか。聞いたことがあるな。なんでも魔の森があるとか。そこに住んでるのか?」

「そう。言うほど危なくはないがな」

 言いながら、何故この男はこんなにも暢気なのかと苛立ってくる。それどころじゃないはずなのだ。

「で? どうするか決めたのか?」

「ん? ああ、そうだなぁ…。まぁ、多分なんとかなるだろう。この先は朧火の森に繋がっていると守人も言っていたし」

「ちっ…考えなしかよ…」

 男は朗らかな笑顔で、全く気負った様子がない。

 トータは悪態をつきながらも、付き合ってしまった俺も悪い、と盛大に嘆息するのだった。





――西の小国の森


 トータ・ベルアウローラの家には、あるひとつの言い伝えがある。


『水の檻現れし時、水櫃を宥めるはベルアウローラの役目。翡翠の目を継ぐ、水の主人として』


 水の檻とは、アクリアル伝承に記述される『大地喰らいの呪い』のことだ。

 廃王の狂気の証として具現化する檻。数百年ごとに現れるそれは猛威をふるい、その度に英雄に阻止されるらしい。


「ベルアウローラの使命? ないない、あんたその年まで信じてたの?」

「お兄ちゃん、英雄願望あったんだ。恥ずかしいなー」

 初めにその話を出した時、家族から返ってきた言葉は散々なものだった。

「ちげぇよ。じいさんが言ってたんだ、うちの家にはそういう言い伝えがあるって」

「なんだ、知らなかったの。ただの与太話よ。お祖父さんが言うには、お祖父さんのお祖父さん辺りが亡国に挑んだらしいんだけど。流石にないわよ」

 小麦粉をこねていた母は長い黒髪を払い、豪快に笑ってそう言った。

「父さんもその、信じてないな。お父さんには悪いが、ベルアウローラがそんなに大層な家だとは思えないな」

 弓の手入れをしていた父も、眼鏡の弦を押し上げてそう苦笑する。

 母にも父にも否定され、なんだとトータは肩すかしを喰らう。

 ベルアウローラは小国の森にある、代々狩りで生計を営む普通の家だ。平凡を絵に描いたような暮らしであり、なにかの陰謀や戦乱に巻き込まれることもない。

 森に現れる魔物の対処に追われることはあったが、歴戦の戦士と比べるとかなり見劣りするだろう。

 とはいえ、トータの弓の腕は王にも認められるほどだった。かつて小国を襲った魔物を退けたのも、ベルアウローラ一家が主体である。そんな訳で彼らは王の信を得ていたが、前述の大それた使命を負うほどかと言われれば、そうではない。

 妹は木の実をすり潰しながら、大体ね、と口を挟んだ。

「もしうちの家がアクリアル王族の血を継いでるなら、こんな地味な容姿してないわよー。目の色はまだしも、髪は黒。王族なら金髪とかじゃない?」

 田舎の娘らしく、妹は王族に一定の夢を抱いている。トータは苦笑しながら妹の真っ直ぐな髪を梳いた。

「いや、俺はお前の黒の髪も綺麗だと思うぞ。翡翠の目とよく合っている…」

「いやー! お兄ちゃん気持ち悪い!」

 褒めたのだが、何故か兄は殴られた。



 そういう訳で、ベルアウローラの家自体は言い伝えに乗り気でなかった。

 だから世界が亡国の脅威に晒された時も、ただ英雄の到来を待つだけだったのだ。

 しかし多くの国が軍を送り、亡国を打ち破ろうとしているらしいが、吉報は訪れない。

「大丈夫、きっとどうにかなるよ…」

 夜ごと不安がって泣く妹を抱き締め、トータはただ、誰かがなんとかしてくれることを祈った。



 だが。

「行商に行った爺さんが帰って来なんだ…お前さん、知らないか?」

「いや…」

 買い出しの際、良く訪ねる小さな町にて。

 懇意にしている婆さんの家で、トータはスープをご馳走になりつつ首を振った。

 皺だらけの顔が、不安そうに歪む。

「だから言ったんじゃ。今は大変な時だから、行くなと。なのにあの頭がお花畑なじじいは…」

 老いた目に涙を浮かべ、老女はがっくりと椅子に座る。その姿にトータは憐憫を覚えた。

「爺さん、何処行ったんだ?」

「あの忌々しい亡国の近くの村さ。物資が途絶えてるから大変じゃろうと、まぁ馬鹿なことを言い出して…」

 老女はふんと鼻を鳴らす。人の良さそうな爺さんの顔を思い出し、ああ、とトータも目を細めた。

「…………爺さん…」

 哀れな涙まじりの声が響く。

 トータは顔を顰めた。明らかに爺さんはもう助からない。だからこの場で自分がすべきは、適当に慰めて退散するくらいだ。

 そう思って腰を浮かしかけるが、老女は縋るような目でトータを見た。

「お願いじゃ、トータ。爺さんを探してけろ。爺さんがあの村に行ったという確証だけでも良い。もし望みがないなら、それでも良いんじゃ。ただこのままでは、諦めきれん…」

「…………」

 冗談じゃない、と思う。明らかに自分の手に余る仕事だ。断った方が良い。

 だがその時トータの頭に浮かんだのは、爺さんの手料理、そしてくしゃくしゃの笑顔だった。

「……俺の馬なら、二週間くらいで着くと思う。高くつくぞ?」

「ああ、ああ、トータ! やっぱり優しい子じゃ!」

 老女はいたく喜び、トータに様々な品を持たせた。

 損な性分であると、自分でも思う。



 そうして村を訪れたのは良いのだが、既に村はなくなっていた。村があるはずの場所には、揺らめく水のヴェールがあるばかりだったのだ。

 水の煌めきを遠くから眺めつつ、トータは馬の手綱を近くの木に結んだ。

「…爺さん」

 軽く目を瞑り、一瞬だけ哀惜に浸る。だがすぐに目を開くと、少しだけ近付いて村の様子を確かめることにした。

 近くに寄れば、全体を見通せないほどの巨大な檻である。半球状に大地を覆う水は光に煌めき、中の様子は全く分からない。

「これじゃ、村人がどうなったかとかも分からないな…」

 聞き込みに移るか、と踵を返しかけた時、ふいに奇妙な模様が水のヴェールをよぎった。

「ん?」

 模様は色々な形をとり、なにかを物語っているようにも見える。トータは目を奪われ続け、気付いた時には、手で触れるほどにヴェールへ近付いてしまっていた。

「へ? …うわっ」

 慌てて距離をとろうとするが、それより早く『白い手』が現れ、トータの腕を掴む。

「う…そだろっ」

 抵抗は、する暇もなかった。

 一瞬だけ湧き上がるのは、他人への情。

 そうして青年は亡国へ引き込まれ――いにしえの都へと誘われていたのだった。




 そういう経緯で、トータは此処にいる。

 一度は外に出ようともがいたのだが、水のヴェールは遠ざかるばかりで一向に近付いて来ない。何かの魔法がかかっているとしか思えない様に、次第にトータは気味悪さを覚え、慌てて人を探しに都へ入ることにした。

 いにしえの都は、灰色が満ちる褪せた都であった。襲ってくる餓鬼をなんとか倒しつつ進めば、美しい水の城を見つける。どうやら、休憩所みたいなものらしい。

 中央の噴水に杖を持った女が立っており、集う人間たちに淡く微笑んでいた。正直言って、少し怖い。なにせ亡国の中に当たり前のようにいる存在なのだ。だが敵意は見られず、トータは彼女への評価を保留にする。

「決めた、ずっと此処に隠れておこう」

 トータはそう腹に決め、居並ぶ豪傑たちから距離をとる。自分は何もしない、お前らに任せた!

 魔女、魔法使い、聖職者、騎士、戦士…。どれも、自分とはかけ離れた人間ばかりだ。関わらない方が身のため。

 そう思って昼寝を決め込んでいたのだが、水色のドレスを纏った明らかなる人外がトータに目をとめ、近寄ってくる。

――もう俺は何もしないぞ。

 トータは内心悲鳴を上げていたが、無視すれば何をされるか分からない。渋々顔を上げれば、人と思えぬ美貌がトータを見下ろしている。

「…な、なにか?」

『いえ。…ようこそ、水の城へ。どちらからいらっしゃったんですか?』

 何を言われるのかと思えば、意外に世間話。トータは身を起こし、警戒しつつも「シャールカ」と簡潔に答えた。

『そうですか。何故いらっしゃったんです? 見た所、戦いに向いた気性ではありませんね』

 かと思えば水色の女は目を細めてそう言う。トータはだらだら汗を流しつつ、

「いや…人探しっていうか。知り合いがいなくなったって聞いたから、代わりにさ…」

 しどろもどろそう答えれば。

 女はふわりと微笑を浮かべ、嬉しそうに青年を見つめかえすのだった。





――水の城


 静かな城の中、トータは女と並んで噴水の縁石に座っている。

 女は、水の守人だという。

『鎖を砕き、王を斃せばあなた方の目的は達成されるでしょう』

「王って、廃王クレトス?」

『彼がこの檻を維持する源ですから』

「そいつ倒せば、飲み込まれた国や村は元通りになる?」

 希望を込めて問うが、守人は申し訳なさそうに首を振った。

『残念ながら。既に王の力に変換されています』

「まじか…」

 老女の涙を思い返し、やりきれない思いに目を瞑る。自分はなんのために此処にいるのだろう。

『……申し訳ありません』

 溜息をつけば、何故か守人が謝罪を口にする。

 トータは女の顔を見た。造り物のように美しく、だが瞳には光がある。

 隠し事めいたものは感じないが――彼女は、果たして味方なのだろうか。

「……水の守人、だっけ? あんた何でそんなのやってんだ?」

『使命です。この城を守り、鎖を砕く者たちに、休息を与えることは』

「いつからやってるんだ?」

『もう、ずっと…。覚えていません』

 女は苦笑するように目を細め、灰の髪を風にそよがせる。

 トータは当然の問いを口にした。

「じゃあ、あんたは廃王とは相反する勢力ってこと? 俺たちの手助けをするってことは」

『それはいつかお分かりになります。ひとつ言えるのは、あなた方の敵ではありません』

 要領を得ない言葉だ。トータは慎重に吟味しつつ、「でも、味方でもないと?」と念を押す。

『どうでしょう。捉え方だと思います。わたしが怪しいのは承知していますが、あなた方の害になることはしません』

「……使命を与えたのは誰か、聞いていいか?」

 そう問うと、守人はすっと目を伏せた。

『わたしをこのような姿にしたのは、女王です。しかし使命を与えたのは、王でしょう。使命の性質故詳しくは語れませんが…そうですね。鎖を砕くごとに、少しずつお話しましょう』

「なにそれ。小出しってことか」

『そうでなければ意味がないのです』

 謎めいた言い方。不満げな顔を崩さないトータに、守人はおもむろに立ち上がるとゆったりと手を広げた。

『信頼が足りないなら、何をすれば信頼されるに足るでしょうか?』

「は?」

 ぎょっとして守人を見るが、女の顔は真面目そのものである。

『何を命じられても構いません。情報提供は制限がかけられていますが、わたし自身の行動は制限されていませんので。この城から出ることは出来ませんから、中で出来る行動に限られてしまうのですが…あ、そうだ、死ぬことも出来ないんだった。怪我はするんですが、“水”と繋がってる故、すぐに治ってしまうんです…出来ないことばかりですね…』

「ちょ、ちょっと待って! 話進め過ぎ!」

 真摯な表情で訴え続ける守人を止め、トータも慌てて立ち上がる。守人はきょとんと水色の目を丸くするが、青年は妹にするように根気よく言葉を続けた。

「別に何かして欲しい訳じゃない。何させたら信頼できるかとか、分からないし。あんたが怪しいことすれば、向こうの奴らが黙っちゃないだろうしね」

 トータは視線で聖職者や騎士、魔女らを示し、頷く。守人にどれだけの戦闘能力があるかは分からないが、魔女や聖者を相手にして無事で済むとは思えない。

 無条件で守人を信頼は出来ないが、その助力に罠はないだろうと何故か確信できた。それ程に、守人の空気は清冽だったのだ。

「あんたがどういう存在か分からないけど、協力してくれるって言うんなら、有り難く受け取る」

 守人はしばらく目を瞠っていたが、やがて嬉しそうに微笑んだ。「ありがとうございます」という小さな呟きが聞こえる。

 まぁ自分は何もしないが。心の中でだけそう独りごち、ふとトータは守人を見る。

「そういえばあんた、名前何? 守人じゃちょっと呼び辛いんだけど」

 水色の女は、虚を突かれたようにトータを見返した。数秒瞳を瞬かせ、懐かしげに口元を綻ばせ、トータの翡翠の目を見つめる。

『オーロラです』

 それははじまりを告げる音。

 “夜明け”を冠する女は、人々を照らし導く光のように、城の中央に座す。





――篝火(かがりび)を囲んで


 透明な女の瞳を思い出しながら、トータは携帯食料を一口齧る。老女が持たせてくれたものだが、携帯用なだけあって味は良くない。だから目の前の男を奇異の目で見ざるを得ない。

 二つ目の包みに手をやりつつ、クレスランスはにこにこ微笑んだ。

「かたじけない。私の食料は城に置いて来てしまったからな。いやしかし美味だ」

 火打石の粉に水を入れて沸騰させたものに、密閉された袋を浸ける。数分もすれば完全に温まり、ランスは嬉々として袋の口を開けた。

「……お前、どういう生活してきたの?」

「ん? 普通の生活だが? 傭兵まがいのことはしてきたが」

「うーん、あまり食にこだわってこれなかったのか…」

 不可解そうに首を捻るトータは、小さく息をつくと焚き火に木の枝を足した。

 二人は今、霊廟の中の小部屋に陣取っている。トータが疑似聖具で簡易結界をはったので、一応の休息となっている訳だ。

「しかし、広い墓だな。王族の墓ってのは、こんなに広いもんなのか」

「歴代の遺体を収めるからな。…まぁ、ここの墓はそれだけじゃないみたいだが」

 ランスは意味深に語尾を濁し、簡素なフォークで袋の中の煮豆をつつく。

「……ふぅん? まぁ、俺にはどうでもいいことだけどさ。早いとこ帰りたい」

「騎士がここまで来れば、無事帰れるだろうな」

 早くもやる気をなくした風の青年に、ランスは苦笑する。

 諸事情でこちらの建物と向こうの建物を繋ぐ橋を壊してしまったが、向こう側に人がいれば同時操作によって降りる橋を見つけたのだ。そのため、トータらは二人の後を追っているはずの騎士を待っているのである。

「騎士のおっさん、霊廟に行くと見せかけて違うとこ行ってねぇよな」

「……多分、大丈夫だろう。いざとなれば、守護者を突破して朧火の森へ出れば良いのだし」

「突破とか、無理だろ。まともに戦うなら、前衛がもう一人は欲しい」

 自身は弓の方が得意なトータは、前を誰かに任せて後ろから援護する戦法を得意とする。家族内でもその立ち位置で、父や母が前衛を担っていたのだ。

「知の国の御仁であったな。聖具の扱いにも長けているのだろう。この炎剣の扱いの指南をして頂きたいものだ」

「知の国?」

「ああ。疑似聖具の産地レヴァーンはそう呼ばれている。かの国は学問を愛する国で、だから疑似聖具が盛んなのだ。学問は知の性質に通じるものがあるとして、レヴァーンは図書館を多く建て本の神を信仰している」

「うはぁ、想像つかねぇな、信仰国家ってのは。お前も何か信仰してたりするの?」

「私は火の神だな。雪国の出身だから、火は生命の守り手であった。トータ殿は?」

「俺は、特になし。森の中の神木は大事にしてたけど。……って、そうじゃなくて。騎士が来なかったら、本当に特攻するのか?」

「うーん、そうせざるを得ないと思うが…。すまんな、私のせいで」

 ランスは申し訳なさそうに目を伏せ、トータに頭を下げる。

 トータはもう終わったことだし、と首を振りつつも、先刻のことを思い出して溜息をつくのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ