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水の亡国  作者:
第四項: 王女の庭園
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水の城、休息中

――水の城 魔法使い


 一日ぶりに水の城へ着き、ヴィヴィーはどっと押し寄せる安堵に座り込んだ。

 灰色の都の中、混じり気のない水晶色に輝く水の城は、変わりなく平和そうだった。

「つ、疲れた…」

 中央の噴水では、守人が(へり)に所在なさげに腰掛けている。その近くに聖職者らが敷布を広げ、光粒を色々な角度から観察していた。

――私にくれれば良かったのに。

 旅人の胡散臭い笑みを思い出し、ヴィヴィーは頬を膨らませる。だがすぐに顔を強張らせ、ぶるぶると首を振った。

――無駄に力を求めるなど、私らしくない。やはり禁忌の業だったか…。

 水魔法を得て以来、彼女は正体不明の高揚に調子を狂わされているのだ。

『人ではなくなるかも…』

 守人の言葉を思い出す。あれは、こういう意味だったのだろうか。




「おお、おかえり。どうじゃ、収穫はあったか?」

 急に話しかけられびくりとするが、何のことはない。鍛冶屋のじじいだ。

「そうねぇ。少しは薬草を採取してきたけど…」

「見せてみい」

 袋に適当に入れた薬草を差し出すと、爺はううむと品定めの目をする。

「……使えるのは三日月の霊草くらいか。ま、いいかの」

「なによ、偉そうに」

「交換だ。お前さんの短剣を鍛え直してやろう」

 腰に挿した短剣を指差され、ヴィヴィーは目を丸くした。

「え、いいの」

「腕は使わねば錆びるからの。どれ、どんな風が良いか…」

 トンカチを取り出しつつ、爺は思案するように眉を寄せる。意外に良い爺のようだ。現金にヴィヴィーは喜びながら、座って待つことにした。




 しばらく体を休めていたが、城の中の人数は変わらなかった。

 ヴィヴィー、鍛冶職人、聖職者、聖者。そして、城の隅で昼寝を決め込む謎の男。傭兵風の格好だが、傭兵が亡国になどやって来るだろうか。

 

 墓地へ向かったランスや狩人、騎士はまだ帰って来ず、何をしているのか旅人も森に籠もったまま。魔女は言わずもがな。

――良い機会だから、魔女に魔法を教わりたかったんだけど。

 ヴィヴィーの師匠は魔女だった。魔法使いは基本姿を隠すもので、信頼の置ける傭兵としか仕事をしないものだが、ヴィヴィーの師匠は気紛れに弟子をとる変わり者だった。

 十四番目の弟子だというヴィヴィーは、師匠曰く『凡俗の極み』だそうだ。

 

 その評価に不満を持ったことはないが、”水”を得た今、少しでもその力を使いこなしたいと思う自分がいる。

――掴みどころがなく、清冽。

 洞窟に流れるひんやりとした水。暗がりから見上げた煌めく水面。

 全ての生命を祝福する水は、秘されたもののように清冽でありながら、人の清い暖かさに満ちていた。

――真反対も良い所よ、私と。

 ヴィヴィーにとって、生命とはただ『在る』ものだ。祝福も憎悪も端緒にはない。

 だからこそ王の力はヴィヴィーの手に余り、憧れに似た感情を持ちながらも、森で老人に会うまで触れることすら出来なかったのだ。

「ウル、か…」

――いいかい、

 老人の穏やかな声が、幾許かの憧憬を持って思いだされる。





『魔法とは解放だ。そこには「理解」よりも「共感」が必要となる』

『王の性質に共感しろというの? 無理よ、正反対なんだから』

『ならば、自分の好きな側面に「共感」すれば良いんだよ』

『好きな側面…?』

『人間とはそういうものだ。全てを見たと思っても、全てを理解なんて出来ない。だから自分の好きな所に注目して、好きなように解放すれば良いのさ』

『随分いい加減ね』

『ああ、魔法はいい加減だよ。…その昔、賢者が体系化したというが、あれはあんまり参考にしない方が良い。他の者の真似をすれば、それだけ自分の「共感」が鈍る。それは魔法使いとして致命的なことだ…』

 




 確かにヴィヴィーは魔法を使う時、あまり深く考えた覚えがない。強いて言えば、ばーってやってどーん、という感じなのだ。

 師匠はどうだっただろうか。彼女は簡単に「水櫃の中の性質の選び方」、「戦いに際し、どのような方法が有効か」などを教えてくれたが、彼女自身の魔法の使い方は教えてくれなかった。

 それはヴィヴィーの『共感』を鈍らせないためか。はたまた、自分の手の内を知られたくなかったのか。




 ともあれ、ヴィヴィーは王の水の魔法を得た。

 共感を示したのは、「祝福は薬にも毒にもなる」というところ。誰かの祝福が、他の誰かにとっても祝福となるとは限らない。…という穿った見方をしてみたのだ。

 幸い上手く発動したため、王の”水”にもその側面があったのだろう。

 



 聖職者たちが、守人に何事か話しかけている。

 光粒についての相談だろう。王女の”水”と騎士の”水”。一体どのような聖法になるかは想像の範疇外だが、興味はある。視界の端に捉えておこう。

 ふと考える。ヴィヴィーの中にある”水”は、魔法だ。そう思っている。

 それならば、聖職者たちが得るものは、魔法なのだろうか?

 ヴィヴィーは眉根を寄せる。自分が魔法使いだからか、先程使ったのは水魔法だと断じていたが、よく考えれば魔法ではないかもしれない。水櫃へ行かず、自分の中に法則を打ち立てるなら、むしろ聖法に近いのではないか。

 だがしかし、ヴィヴィーは王の”水”を理解したわけではない。手探りで触れていって、なんとなく感じたものを解放しただけだ。それは聖法とは言えないし、そもそも聖法は魔への反発なのだ。人の”水”から性質を取り出す作業は、むしろ魔法に近い。


 痛くなってきた頭を押さえ、首を振る。埒が明かない気がしてきた。そのことはおいおい考えるとして、今はこれからの方針を決めよう。




 残っている鎖の候補地は霊廟、図書館、儀式場。その内の霊廟は既に三人向かっている。全員が物理攻撃系なのが心配だが、騎士の親父が真面目そうだったので大丈夫だろう。

 となれば、後は図書館と儀式場。

「…亡国の図書館ともなれば、素晴らしい蔵書がありそうよね」

 少なくとも、儀式場よりは楽しそうだ。そう決めて、ヴィヴィーは大きく伸びをした。

 ふっとトンカチの音が途切れる。

「出来たぞい」

「え。……わぁ」

 新しく鍛え直された短剣を見、ヴィヴィーは素直に感嘆の声を上げた。

 元は錆びた銀の短剣。それが、輝かんばかりの白銀の剣になっている。柄には新たな模様が彫りなおされ、絹の飾り羽根がついていた。

「すごいすごい! 綺麗! 爺さん凄いじゃない!」

「ふっふ、もっと褒め称えてくれても構わんぞ? これからもわしの腕が錆びつかんよう色々持って来なさい」

「それはランスに任せるわ。……あら? これ…」

 持った瞬間違和感を覚え、しげしげと短剣を眺める。蔦模様を指でなぞれば、淡い赤色の光筋が浮かび上がった。

「気付いたか? 魔法剣に鍛え直してあげたんじゃ。お前さんの魔法行使に連動し、短剣の威力や硬度が上がる」

「…爺さん何者?」

「無粋なことを聞くでない」

 爺は好々爺然として笑顔を崩さない。ヴィヴィーは追求を諦め、新しい短剣の握り具合を確かめた。

――この爺は…、

 まず間違いないのは、魔法使いであること。そして並大抵の魔法使いではないこと。

 錆びた銀が美しくなったのは、砥石のおかげであろう。だが魔法剣への鍛え直しは、普通の魔法使いでは出来ない。より多くの性質を得ることが出来る、魔女級の魔法使いだけだ。

 ただの爺だと思っていたが、なかなかどうして奇妙な縁もあるものである。







 手のひらを漂う黒い光粒。淡い白の光を輪郭に纏うそれは、断続的に明滅を繰り返していた。

『自らの内に”水”を取り込み、水櫃へ往かず、聖法を使うことが出来ます。聖具も必要ありません。…どうしますか?』

「頼む」

 守人に聞き返された時には、既に心を決めていた。

 主君のため、なにより亡国を倒すため、ユスティーファには力が必要だ。

 だが次の言葉には、さしもの聖職者も躊躇した。

『…あなたは異端となるやもしれません。魔女と同じ、異端…』

 ユスティーファは、魔と対立する聖職者である。

 その彼女が異端に堕ちることは、並大抵でない落差があった。

「わ、私は…」

 ユスティーファは白皙の顔を曇らせ、視線を彷徨わせた。

 だがユスティーファが受け取らないなら、アンドラステが二つとも引き受けると言い出し、慌てて黒の光粒を取り返す。

「何をするのですか、アンドラステ様!」

「え、だってユスティーファがいらないっていうし…」

「言っておりません!」

 全く、主はあらゆる意味で自由すぎる。

「す、少し気後れしただけです! ですが、わたくしたちにはオンドーラより遣わされた使命がありますゆえ!」

 主が迷いないというのに、何故従者がまごついていられようか。

 確かに魔法使いは王の影の”水”を魔法として顕現させた。だがそれは、彼女が魔に染まっているからなのだ。私たちは違う。光の国オンドーラに仕える、魔に立ち向かう聖職者である。

 そう無理やり結論付け、ユスティーファは守人に向き直る。

 頑固な聖職者は朱鷺色の目で守人を見据え、「では、頼む」と頭を下げるのだった。


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