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水の亡国  作者:
第四項: 王女の庭園
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五: 旅人 ラフォンテーン 02

――リリアナ・ガーデン


 森の中は不思議に満ちている。ラフォンテーンはざわめく木々の中、時折目を閉じながら風の音を聞いた。

 空気を孕んで舞う葉。朧火に混じってひらひら踊る蝶。夜の空に枝を広げた木々は、お伽噺に出てくるお化けのように見える。

 


 目的の庭園が見えてきたのは、間もなくのことだ。四階建ての建物は見上げるほどに大きい。

 その一階部分の柱に黒外套の女を見つけ、ラフォンテーンは右手を上げる。気付いた女が簡単に手を振り返した。隣に老齢の男が立っている。

 ラフォンテーンは訝しげに顔を顰めた。――人外だ。敵ではないようだが。

 ラフォンテーンの様子に気付いたのだろう。男は微笑んで小さく首を振る。それにやはり小さく頷き返し、女に向き直った。魔法使いは上機嫌な様子だ。

「遅かったわね、旅人さん」

「寄り道してたからな。貴方は?」

「ウルだ。お嬢さんと同じ魔法使いだよ」

「少し魔法を教わったわ。水の魔法も使えそうで、良い機会ね」

 上から聞こえてくる爆音をよそに、魔法使いは晴れやかに笑った。開放的にあいた四階部分から時折光が放たれるのが見える。恐らく聖職者たちが戦っているのだろう。

「じゃあ私、先に行ってるから。全部敵を倒されちゃたまんないし」

「ええ、お気を付けて」

「貴方こそ」

 不敵に笑いながら女は階段を上がっていく。ラフォンテーンは老人を見た。

 綺麗な銀髪。穏やかな灰青の目。だがラフォンテーンには、その老人は“水”にしか視えなかった。



「…深淵の怪物か。こりゃまた大変なものが来たな」

「私こそ、まさかこんな場所で貴方のような人に会えるとは」

 ラフォンテーンの台詞を聞き、老人は楽しそうに笑う。

「色々お聞きしたいことがありますが、今はその時ではないようですね」

「ああ。今はあの子を助けてやりなさい。面白い性格の子だ。魔法の筋も悪くない」

「私は保護者ではないのですがね。良いでしょう」

 かの『賢者』の頼みとあらば、断ることは出来まい。ラフォンテーンは短剣を抜き、階段を上っていった。



 段を流れる水は、澄み切った聖水のようだ。

 突然湧き出たように流れる水は、階段の最上段から最下段までを緩やかに覆っていた。

 庭園の壁をつたう草花には、屋上から湧き出る水が恵みを与えている。

 仕組みは分からないが、恐らく魔法によるものだろう。後世の人間はハイロリアの特殊な力と王女の祈りによるものと断じているが、これは聖法ではあり得ない。ハイロリアの祝福を応用した王女の魔法である。

――聖職者の連中は、絶対に認めないだろうが。

 聖法が世界の最大勢力となった今では、過去の偉業は全て聖法によるものとなってしまう。

 ラフォンテーンは皮肉気な笑みを浮かべながら、庭園を上へあがっていった。




 王女の繊細な寝室は、涼やかな風が通り過ぎるだけの、静謐な空間だ。

 旅をする際、必ず持っていったというヴェール。持ち主のいなくなったそのヴェールは、王女の寝台で、まどろむように風に揺れている。




 だだっ広い四階を抜けた先にある屋上は、純白の百合の花が幾輪も咲き誇っていた。

 瑞々しい花弁を風に揺らすそれは、甘やかな芳香を放ち、無垢の象徴のように穢れない。純真な、まばゆき白さ。それが王女を讃える物語だったのだ。

「貴方も来たのですか…」

 中央の灰色の鎖を観察していた聖職者が、微妙な声音でラフォンテーンを迎えた。横に立つ聖者が面白そうに目を丸くしている。黒外套の女は、彼ら二人から少し距離をとってしゃがんでいた。百合を見ているようだ。

 

 

 最終到達地たる屋上は、百合の花々が飾る真白き庭だった。数十メートル四方の広さがあり、端の辺を飾るように鉄仙(クレマチス)が植えられている。鈴蘭水仙(スノーフレーク)が百合に混じって咲き、花蘇芳(ハナズオウ)の紅が真白い庭の中、見る者に鮮烈な印象を与えた。隅の鉄仙から幾本もの(つる)が伸び、庭園の壁を瀟洒に飾っていた。

 花浜匙(スターチス)の慎ましやかな花が、大輪の百合に寄り添うように揺れている。

 

 あまりない取り合わせの花々だが、王女の魔法の力がそれを可能にしているのだろう。――もしくは、王女の狂気の象徴として、この花々は現れているのかもしれない。



 そして屋上の中央には、例によって巨大な灰色の鎖。その付近だけは花が咲かず、元の白い地面が覗いている。

「来たは良いけど、あそこの女が恐いのよね。ドラゴンより嫌な感じだわ」

「凄い例えだな」

「本音だってば。早く守護者っての来ないかしら」

 魔法使いはこそこそラフォンテーンの傍に来ると、居心地悪そうにそう呟いた。金髪の聖職者は敵意を漲らせてこちらを睨んでいる。その敵意に自分も入っていることに気付き、ラフォンテーンは苦笑いした。

「リトル・リリィは倒したけど、なんにも起きないね。そろそろかな」

 見かねた様子の聖者が口を開いた。――中々力の強い聖者だ。聖者にしては珍しく『自由』の性質を纏っているが、強い光の祝福を受けている。ラフォンテーンが「リトル・リリィ?」と聞き返すと、「下にいた鳥。王女の飼い鳥だったのが異形化したやつだよ」と下を指差した。


「なるほど。王女が森で出会ったという翡翠の鳥のことか」

「あ、詳しいね。それそれ」

「アンドラステ様。このような不躾な者らと口を聞いてはなりません。御身が穢れます」

「ユスティーファはお堅いなぁ」

「アンドラステ様が柔軟過ぎるだけです!」

 飄々と笑う聖者の横でがーっと怒鳴る金髪の女。「この女、いつもこうなのかしら」と魔法使いがラフォンテーンの心境を代弁してくれる。

「ユスティーファは、もう少し冷静にならないと」

「わたくしはいつでも冷静です」

「いいや。――ほら」

 頬を紅潮させる従者の袖を、聖者が微笑みながらくいっと引っ張った。

 聖職者がたたらを踏んで出来た空間に、翡翠色の光柱が(はし)る。

「!」

 屋上にいた全員が身構える。慌てた様子で聖職者が距離をとると、灰色の鎖の真正面に、淡い翡翠の光粒が幾つも落ちてきた。

 

 

 丸い光粒はゆっくりと光柱の中を下ると、ふいに螺旋を描く。翡翠色の渦となったその中に、白い、真白いドレスを着た女がふわりと現れた。ほの白い足で床を踏み締め、優しげに微笑む女のドレスは、胸元だけが鮮烈な紅色の意匠が施されている。

 

 その隣に、黒の鎧を身に付けた騎士が膝を折り曲げて降り立つ。

 


 褐色の緩やかな巻き毛をなびかせ、白いレースのドレスをはためかせ、翡翠色の目を細めた女は、ゆったりと胸の前で手を組んだ。

――王国の花、リリアーヌ・ディ・フォールン・アクリアル王女とその騎士。

 魅入られたように翡翠の光を見つめる一行に――亡国の王女は、数十の光球を何の前触れもなく放った。




 花のかんばせは白く清冽で、たおやかな立ち姿は見る者に感嘆の息をつかせる。王女はその存在そのものが秘された宝であり、人々の傷を癒す様は聖女と慕われた。

 百合の逸話にあるように、純真無垢の乙女なのだ。慈愛に満ち、うつくしく、人を救う使命に殉じている。

――だが私は、百合にはなれなかった。

 死するその日、王女は騎士にそう語ったという話だ。





――リリアナ・ガーデン 裏切りの王女


 光球を確認した直後、ラフォンテーンは右へと跳んだ。遅れて魔法使いが『反発』の性質を以って防壁を張る。聖職者たちは各々聖法を唱えたようだった。

 目標を外した光球が、百合の花咲き誇る庭園を大きく削る。


「なになに、口上も述べないの? つまんないボスね!」

 百合の花壇に伏せながら、魔法使いが険しい表情で呟く。半分愚痴のようだ。

 続けて王女が手を掲げるのを見て、聖者がすばやく詠唱し禁魔法領域を構築する。聖法の発動を感じ取った騎士は、俊敏な動きで聖者へと肉薄した。そうはさせまいと従者の女が直剣片手に割り込む。

「…………ちょっと! 私まで魔法使えないじゃない!」

 魔法使いが目を剥いて文句を叫ぶが、聖職者たちはそれどころではない。





 魔法の残滓の中の性質を解析し、理解し、法則とする。それが聖法だ。

 禁魔法領域の元の性質は『断絶』。アクリアルの崩壊より前、高名な聖者が解析し法則を打ち立てたものを、人々は聖法と呼ぶようになった。

 その法則は聖職者らにしか理解し得ないもので、大きな都には聖職者のための学校もある。

 ラフォンテーンに聖法は使えないが、とある聖職者の言う所によれば、聖法は「イメージで作るもの」なんだそうだ。


『性質を見ると、ああこういうものなのか、と分かる。それと聖具を組み合わせれば、性質から得た像を具現化出来るんだ。もちろん上手くいかないことも多くて、先人の知恵を借りるんだけど。聖職者の聖法が似通うのはその為なんだ。逆に聖者は、各々別の土地や物から影響を受けているから、独特の顕現の仕方をするんだよね。

 魔を狩る際には、相手の性質への反発を利用して聖法を組む。だからこそ、聖法は「聖なる力」と称されるのさ』


 ラフォンテーンは思う。魔法も似たようなものだ、と。違いといえば、魔法は『得た性質を、そのままに解放する』ことか。

 「こういう風に使う」という方針はあるものの、魔法は『使った性質』と『具現化した状態』がかけ離れることが少ない。

 魔女などは水櫃の奥深くまで行けるから、普通は想像もつかないような性質を拾ってくる。その様は異端と呼ぶに充分であり、よって彼女らは狩の対象にされてきたのだ。

 



 ラフォンテーンは弓に毒矢を(つが)え、無造作に王女へと放った。軽く放物線を描いて飛ぶ矢は、しかし王女に到達する前に防壁に阻まれる。予想通りの事態にラフォンテーンは溜息をつくが、聖職者はぎょっとしたようだった。

「聖法も使えるのですか…! そんな」

「そんなじゃないわよ! 早く禁魔法領域解きなさい!」

「馬鹿を言うでない、魔法を封じただけでも戦力を削いだことになるんだ魔法使い!」

「こっちの戦力も削いでどうするのよ!」

「ユスティーファ、喧嘩しないで」

 嘆息した聖者が禁魔法領域を狭める。途端に活力を取り戻した魔法使いは、外套の裾を翻して自分の周囲に防壁を作った。そのまま詠唱にかかる。

「準備に時間はかかりそうかい?」

「多少」

「五分でいいか?」

「充分よ」

 こちらの意図を理解した女が、にやりと笑う。ラフォンテーンは五指の間にナイフを挟み、低く疾走を開始した。




深海(うみ)色の目をした化け物を見たことがあるか? 我は異形を飼い馴らす者。内の内から掬いとり、自らの獣を呼び覚ます。織らんとする布は澄んだ青、王の力を以って祝と為す』


 魔法使いの独特の詠唱が響き渡る。王の“水”から得た水魔法。その発動の時間稼ぎとなるため、ラフォンテーンは一挙動に四本のナイフを放った。王女の伸びやかな手が左に振られ、ナイフは見えない壁に当たって地面に落ちる。その足元に円形の陣が浮かび上がり、王女を中心に強力な力場が爆発した。

 爆風の煽りを喰いながらも、ラフォンテーンはショートボウに矢を番えた。至近距離で次々に放ち、王女の動きを牽制する。

 



 黒の騎士と相対する聖職者は、意外に善戦しているようだった。騎士の巨大な剣に直剣はやや不利なものの、聖法で騎士の足元を阻害しつつ細やかな剣筋で翻弄している。聖者は禁魔法領域の維持に専念し、時折投擲ナイフで従者の手助けをしていた。


『光に切り裂かれる闇を見よ。貴方はその存在を無視できない』

 屋上にぼうと響く、うつくしく冷たい声。王女は短く詠唱し、両の手を胸の前で組む。大規模聖法を予感し、ラフォンテーンは魔法使いの傍まで下がった。

 『闇』の性質が、王女の手に収束していく。

 

 気付いた聖者が光条を放って騎士を吹き飛ばそうとするが、体の構成自体が“水”である騎士には効かない。聖職者は必死に後退しようとしているが、直剣は大剣を凌ぐだけで精一杯のようだ。女の顔に焦りが浮かぶ。

 ラフォンテーンは矢を特殊なもの――魔女が作った矢だ――に変えて、騎士へと弓を引いた。鎧の隙間に矢を撃たれ、騎士が数秒動きを止める。その隙に聖職者は転がり、屋上の端へと距離をとった。

 


 黒い騎士が王女の傍へ戻り、守るように大剣を構える。

 次の瞬間、王女を中心として真っ黒な闇が広がった。

 全てを飲み込む蠢く闇が、庭園の床をおぞましく染め上げていく。

「これは…」

 顔を青褪めさせた聖職者が袖で口を覆った。闇はぼこぼこと波打ち、庭園の百合を根こそぎ引きずり込んでいる。半分に千切られた鈴蘭水仙の花が、血を流すように花弁を溢した。

 

 魔法使いは目を閉じたまま動かない。闇の届かない端で、ひたすら魔法を紡ぎ続けている。

 

 ややあって闇は引き、王女は再び聖法陣を現出させる。黒の騎士は巨大な剣を横に大きく振り抜き、聖職者たちへと向かって行った。魔法阻害を止めさせるのが先決ということだろう。

 右手を掲げて禁魔法領域を紡ぎ続ける聖者は、間近に迫る騎士を見ても微動だにしない。

 聖者の信頼を受けた従者は、悪態をつきながらも透明な盾で大剣を押し返す。


 王女の陣から手のひらほどの光球が放たれ、ラフォンテーンはマントの裾を掴んで自分の前方に広げた。麦穂色のマントに描かれた紋様が薄く光る。魔法技師によって縫われたマントは、数十の光球を綺麗に吸収してしまった。

 すり抜けた光球が魔法使いへ迫るが、展開したままの防壁が彼女を守っている。詠唱を続ける魔法使いは、徐々に額に汗を浮かべ初めていた。――もうすぐ五分。ラフォンテーンが女に声をかける前に、黒外套の魔法使いは切れ長の目を開く。


『それは水の結晶、それは水の濁流。循環する水の流れを辿れ。ひとしずくも漏らしてはならない。全てを以って青碧の布を織りなし、言祝ぎ(ことほぎ)の代わりにしよう』


 黒絹の長い髪を後ろへ払い、艶やかな唇は楽しそうな弧を描き、

『――来たれ』

 ベルンミネクス・ヴィヴィーは、自身の内から魔法を召喚した。




 まるで、水で織った布のようだった。

 交互に水色と銀色の糸が入り混じる、複雑な意匠が施された『布』は、しとやかに布端を広げると黒色の騎士を捕らえた。

 騎士は大剣を薙いで布を断ち切ろうとする。しかし水の布は一度斬れると、再びゆるゆると集まって布を構成した。そのままひらりと騎士に纏わりつき、抱き締めるようにその体を覆っていく。

 それは水の祝福だ。命の源となり、全ての生命を祝う慈雨。

――だが呪いの鎧を守りにする騎士には、毒でしかない。

 騎士の鎧に(ひび)が入る。苦しげに身を捩って倒れる騎士は、最期に守るべき主君を見上げた。

 王女の目が、初めて驚きに見開かれる。

 騎士の手が花浜匙(スターチス)の花を巻き込んで崩れ落ち――その手も、黒い光粒となって消えた。




 王女の瞳に、恐ろしい憎しみの炎が燃え上がる。

 広げた両手に翡翠の光が(とも)り、足元には幾何学模様、細い背には巨大な聖法陣。王女の威厳も聖女の清らかさもかなぐり捨てたリリアーヌは、何故か花蘇芳の紅が良く似合った。


『私は百合にはなれない。ならば裏切りの名を冠そう。望んだのは希望。叶わなかったのは必然か』


 紡ぎ上げられた聖法は濁った翡翠色で、庭園もろとも滅ぼうとしているかのように輝きを増していった。

 

 聖者が青の目を瞠り、翡翠の奔流となった王女を見上げる。

「あ、まずい。これ自爆狙ってるね」

「な…アンドラステ様、お逃げ下さい!」

「逃げんな! 一斉攻撃するわよ! ほら!」

 

 騒ぎ回る戦友たちを尻目に、ラフォンテーンは手の中に黒い光粒を掬い取った。生命への呪いと、変わりなき忠誠が指を伝ってラフォンテーンへ沁み渡る。

 口元を笑みに綻ばせたラフォンテーンは、黒い光粒を捧げ持った右手を、恭しく王女へと差し出した。

「『リリィ様』」

 王女の目が、懐かしいものを見るように瞬く。翡翠の輝きが一瞬途切れ、たおやかな肢体が露わとなった。

 深淵の旅人は、聖女殺しの短剣を掲げ、ドレスに覆われた胸元に躊躇なく突き刺した。




 人を救いたいという願いは、本物だった。

 ただ少し疲れたのだ。終わらぬ戦に。尽きることを知らぬ人の欲望に。




 王城を縛る鎖は崩れ、小さな光となりながら消えていく。


 翡翠の光粒へと解けた(ほどけた)王女は、最期に微笑んだように見えた。

 だが錯覚だろう。ラフォンテーンは短剣をしまいながら、後ろの一行を振り返った。

 聖者は読めない表情で佇み、聖職者はきょとんとした顔でラフォンテーンを見つめ返している。魔法使いは嫌そうに眉を顰めて立っていた。


「…やっぱりあんた、厄介そう」

「今回はその厄介さで助かったんだから、褒めて欲しいくらいだがね」

 苦笑して言うと、魔法使いは力強く首を横に振る。「礼は言うけど。助かったわ」と小さく呟き、黒と翡翠の光粒を指差した。

「で、それどうするの。守人に持ってくの?」

「そうだな。…これはやろう」

 ふたつの光粒の内、黒の方を聖職者へ、翡翠の方を聖者へと渡す。金髪の女は泡を喰ったように慌てながら黒の光粒を手に引き寄せた。

「あら、私にはくれないの?」

「貴女には既に王の影のものがあるだろう」

「まーね」

 魔法使いは肩を竦め、風を操って屋上から飛び降りた。聖職者は主を促し、水の城と庭園とを繋ぐ聖法を発動しにかかった。聖法陣が完成する直前、聖者がこちらを向いて小さく目礼する。

 ざわざわと風が吹き渡る屋上にひとり立ち、ラフォンテーンはつかの間息を吐いた。うつくしかった屋上庭園は、今は見るも無残な姿を晒している。端以外の花は全て刈り取られ、千切れた白い花と鮮烈な紅の花だけが残っているのだ。

 

 ただ、その姿は、ある種の芸術を思わせた。傷付き切った王女の心のような庭園は、やっと得られた休息に安堵しているようにも感じられたのだった。

 

 

 


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