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水の亡国  作者:
第四項: 王女の庭園
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五: 旅人 ラフォンテーン inリリアナ・ガーデン

光の届かぬ温度のない水底。彼は全てを知り、全てを忘れた。






 幻想の庭園を彩る、とりどりの花々。

 一階は柱に囲まれた庭で、中央を走る階段が二階へ伸びている。清らかな水が階段を下り、草花に潤いを与えていた。

 白き壁を飾る(つた)、花々。あちこちに咲く百合は、まるで王女をあらわしているかのよう。

 だが王女は言うのだ。「わたしは百合にはなれなかった」と。





――朧火の森 


 うつくしい花には、それを讃えるための物語(でんせつ)がある。

 たとえばこの花、宵闇の雪花には、常冬の国の雪姫の逸話が有名だろう。



 その昔、海の向こうのそのまた向こうに、雪の国ヴァルスローラがあった。

 氷とともに暮らし、氷とともに生きるヴァルスローラには、光の世継ぎ姫がいた。 

 うつくしい姫君は光の魔法を操り、悪戯っ子として日々駆け回ったという。

 長じてからは宵の空の目がうるわしい娘となった雪姫は、人を安心させる空気を持ち、魔法は人を笑顔にするためだけに使った。 

 かつての魔法は、なんの役にも立たない、ただ人を楽しませるものだったのだ。

 だがその力を危険視した隣国に、魔法を捨てろと脅されてしまう。

 魔法をあいしていた雪姫は、それだけは出来ないと断った。

 その答えを聞いた隣国の王は、ならばとヴァルスローラの民を虐殺してまわった。 

 それは地獄のような光景だった。 

 自分の選択を悔いた雪姫は、悩んだ末に魔法を捨てることにする。 

 国の民のため、大切なものを捨てようとする姫に、賢者はこう説いた。 

 魔法を捨てるのではなく、隠しておしまいなさい。

 賢者の知恵を得た姫は、集めた魔法の力を一輪の花に閉じ込めた。 

 花は光の魔法を花弁の中に閉じ込め、小さな森の深く深くに隠されたという。 

 そうして秘された花には魔法の蜜が宿り、だが民の恨みを示すように毒の花弁を咲かせるようになったとさ。




 この話には余談があって、姫が魔法を隠したことを知った隣国の王は森に兵を派遣したらしい。

 王は花を得、自室に飾ったが、なんの役にも立たないことに怒って花びらを引き千切った。

 花弁が恨みを果たす瞬間を知っていたのかは知らないが、奇しくもその時は宵であり、毒の花びらに触れた王はそのまま死んだ。

 森から連れ出された花は世界中に広がり、宵闇の雪花と呼ばれ、薬にも毒にもなる花として有名になった、というオチだ。



 女子供の好きそうな話だ、とラフォンテーンは独りごちる。

 だが宵闇の雪花が有用な花なのは事実だ。実際は逸話のように触れたぐらいでは死なないが、蜜は上手く加工すれば素晴らしい薬となる。ラフォンテーンも医者としての仕事の際よく使うくらいだ。

 その花が、この森にはそこかしこに咲いている。





――水の城


 そもそもラフォンテーンがアクリアルに来る気になったのは、この地の伝承に興味を持ったことによる。

 長い歴史の中、三度も甦ったという亡国。何故この国は何度も現れ、そして完全に滅することが出来ないのか?

 ラフォンテーンは真実を探し求める求道者だ。方々で医者の真似事や傭兵をしながら旅をし、各地の伝説を集め人々に話を聞いたりする日々。安定した生活ではなく真実を求めるのは、もはや彼の性質(さが)だとしか言いようがない。

 そうして様々なことを解き明かしてきた彼は――いにしえの国、アクリアルにゆきあたった。




『ようこそ、“水”を砕く者よ』

 そこで彼を出迎えたのは、人外の女だった。

 水の城の女主人の言葉は謎めき、なるほど案内役として適した雰囲気を持っている。

 ラフォンテーンは敢えて彼女と言葉を交わさず、城に集まる人間たちを見渡した。

 みな濃い個性を持った人間たちだ。そうでなくては面白くない。それでこそ、真実は明るみとなり、また新たな謎を呼ぶのである。

 

 ラフォンテーンは次の目的地を空中庭園に定め、広げた敷布に装備を並べていった。

 横長の布につけられたポケットに挿した数本の試験管。ピンセット。毒瓶は鞄の底、内ポケットに空の小瓶。煙玉。飲み薬に塗り薬、短剣にナイフ。ショートボウ。タオルに食料。そしてアクリアルの伝説を記した書物、記録用の手帳。インクとペン。



 ラフォンテーンは何でも屋のように振舞っているが、最も得意とする分野といえば薬だった。魔法も聖法も使うことの出来ない彼が唯一戦闘に応用出来ることでもある。

 ふいに、長い黒髪が視界で揺れた。

「うわ、あんた薬士なんだ。頭良いのね」

 そう言って横から覗き込んでくるのは、魔法使いと思しき黒外套の女。さっきぼろ外套を捨てているのを見たが、予備を持って来ていたらしい。

 ラフォンテーンは微笑んで女を見遣った。

「頭を使うのはお嫌いで?」

「嫌いよ嫌い。ややこしいことする位なら寝てた方がまし」

 女は気だるげに溜息をつく。どうやら本当に面倒くさがり屋のようだ。

「それなら、何故この国に?」

 疑問に思って聞くと、至極当然そうに女は頷く。

「手をこまねいて見てるのが嫌なのよ」

 その瞳に、ラフォンテーンは苛烈に輝く炎を『視た』。




 紅鎧の男は狩人を誘って霊廟へ向かったようだった。騎士もそれに続いて行く。聖職者たちは庭園を目指し、魔女はふっと何処かへ姿を消した。傭兵風の格好をした男は城に待機の方針のようだ。ラフォンテーンは薬草採取のためリリアナ・ガーデンへ行く。図書館と儀式場へは、まだ誰も行かないらしい。

 荷物を整えて城を出ようとすれば、魔法使いも同じ方向へ向かうようだった。

「…なんだ。あんたも庭園に行くの?」

「まぁ。薬士だからね」

「そういえばそうだった。薬士なら是が非でも行きたいでしょうね」

「私には貴女が庭園に行く方が不思議だね。図書館の方が性に合っていそうだ」

 魔法使いは眉を上げる。予想外だといった顔だ。

「良く分かったわね、確かに本は好きよ。…でも今は、『賢者アムル』に会ってみたくてね」

「アムル…?」

 賢者アムルとは、その昔魔法の体系化を行った人物。魔法を学問とした初めの人間であり、今も多くの魔法使いに崇拝されている賢者だ。

「アムルはリリアナ・ガーデンで消息を絶ったとされているの。もしかしたら会えないかなって」

「数百年前の人間なのに?」

 揶揄するように言えば、女は頬を紅潮させて眦を吊り上げた。

「ここは時が澱んでると聞くわ。もしかしてに賭けるの! 本当は魔女に水魔法の使い方聞こうと思ったんだけど、逃げられちゃったし…」

 後半はほとんど呟くようだ。ラフォンテーンは思い出す。確かに、彼女は守人から水の魔法を授けられていた。

 長い歴史を辿れど、人の“水”から魔法を得た魔法使いなど彼女くらいだろう。ラフォンテーンは急に興味が湧き出し、彼女に交渉を持ちかけた。

「それに私も同行していいか? 興味がある」

「……魔法学に? あんた変わってるわね、『魔法使いに蛙に変えられちゃうかもよ?』」

 くすくす笑い混じりの言葉。幼子を脅す常套句である。

 ラフォンテーンは緩やかに微笑みながら、「それならば、うつくしい姫の訪れを待つだけです」と返した。

 

 再びアーチ状に開く水を前に、ラフォンテーンはちらりと後ろを窺う。傭兵風の男がそれとなくこっちを見ているのが感じられた。ラフォンテーンはほのりと微笑みを浮かべる。

「なにしてんの。あんたが行くって言ったんでしょう」

 さっさと前を行っていた女に詫び、ラフォンテーンは森へと向かった。





――朧火の森


 掴みどころがなく、清冽。魔法使いは王の“水”をそう評した。


「自分と正反対な感じの魔法だから、使い辛いのよね」

 火の粉のような光が散る暗い森の中、魔法使いと旅人は人ひとり分の距離を空けて歩く。

 落ち葉が積もる土は湿った黒で、踏み心地は柔らかだ。

「感覚としては?」

「うーん…まず、深淵へ行かなくても魔法が使える気がする。あの守人も言ってたけどね。自分の奥に、水の気配を感じるわ。でも手が届かないの。私と気性が正反対だからか」

「貴女は火だからな」

「あら分かるの?」

「伊達に旅人はしていない」

 あんたって胡散臭いわね、そう女は笑いながら煌々と照る炎を生み出す。手の中の炎球を女は投げ、こちらを窺っていた巨大ネズミにぶつけた。ネズミは断末魔をあげながら燃え上がる。


「薬士の戦いって想像つかないわね」

「地味だよ」

「でしょうね」

 矢じりに毒を塗りつつ、ラフォンテーンは苦笑する。確かに彼の戦い方は地味だ。剣に毒を塗り、時に罠を仕掛け、毒の煙に誘い込み、敵をじわじわと殺す。魔法使いや聖職者のような華々しい戦いは到底出来ない。

 ラフォンテーンは弓に矢をつがえ、大きく弦を引くと狙いを定めた。先程のネズミの仲間が向こうに見える。その胴に標準をつけ、迷いなく弦を離す。

 胴体に衝撃を受けたネズミはすぐさまこちらを向くが、二歩も歩かない内に倒れた。びくびくと細かく痙攣している。――毒だ。宵闇の雪花の猛毒は、宵闇の花弁を刻み、他の材料を正確に測って共に煮ることで完成する。

「えげつな」

 隣の女が的確な感想を漏らし、ラフォンテーンは肩を竦めた。

「そういう魔法もあるのでは?」

「まぁそうね。でも私は水櫃の淵までしか行けないの。だから炎や水、風とかしか得られない」

「『上の方』は性質が限られてるからね」

「…あんた、嫌に詳しいのね。ほんとに魔法使いじゃない?」

「知りたがりなだけさ」

 冗談めいた笑いを見せるが、女は怪訝そうな顔を崩さずラフォンテーンを見つめる。だが大地を震わす振動を感じ、魔法使いは顔色を変えた。

「…なんか」

「来るね」

 振動は徐々に強くなり――突然、大きな木の上に跳躍した巨大猫が現れる。二人がいたのは木の少ない開けた場所だったが、その隙間を縫うように猫は着地した。

「走って!」

 女は一瞬の内に火柱を立てると、ラフォンテーンと反対方向へ走った。

 


 火が消え、牙を剥き出しにした猫の顔が見える。その鋭い目は真っ直ぐラフォンテーンを睨み、今にも飛びかからんばかりに前足を折り曲げていた。

 ラフォンテーンは口をマントの襟で覆い、鞄に結わえていた煙玉を放った。

 猫にぶつかり、破裂する煙玉。あっという間にどす黒い煙が広がり、辺りを覆い尽くす。

「……」

 猫は騒がない。ただしんとした空気が感じられるだけだ。

 そうして煙が晴れた時、猫はぴくりとも動かない骸になっていた。

 ――毒の煙玉。薬士の戦いは本当に地味だとしか言いようがない。

 ラフォンテーンは女が逃げた方を見る。随分足が速いようで、これは見つけるのに時間がかかりそうだ。別に無理に一緒に行動せずとも良いのだが、相手がこちらを探している可能性がある限り気に掛けておくべきだろう。

 少し歩くと、木々の間に青い服が見えた。

 ラフォンテーンは眉を上げる。見覚えのある服だ。



 前に回って人物の様子を窺えば、丁度何かを観察しているようだった。

 見目の良い女だ。朱鷺(とき)色の目が珍しく、白磁の肌は染みひとつない。だが手に持つ杖を見、ラフォンテーンは目を瞬いた。先端にオンドーラの紋章印がついた、やや短めの青い杖。代変わりしたとは聞いていたが、今代の青杖の持ち主はこの女だったのか。

 

 青い衣装を身に纏う女は、ころころ表情を変えながら薬草を見ていた。ラフォンテーンは思わず笑った。気付いた女が怒りの眼差しでラフォンテーンを睨む。悪気はなかったのだが、彼女の矜持に障ったらしい。

「いや失礼、あまりにも面白い顔をしていたから」

 弁解すれば、更に女の顔が険しくなった。やはり女性の扱いは難しい。真実よりもそちらの方を勉強すべきかもしれない。

 

 しかし、聖職者にしては表情豊かな女だ。ラフォンテーンの見てきた聖職者は、ほとんどが穏やかな笑顔をはり付けた人形のような者ばかり。よくよく見てみれば女はまだ若く、世の穢れに触れてないような初々しさである。

 

 ラフォンテーンは、ユスティーファと名乗る女を視た。己の使命を守り通す『真摯』さが、女の瞳に透けて視えた。

 

 魔狩りの戦乙女として名を馳せた聖女ユスティール。その末裔は、別の意味で面白い女のようだった。

「星屑の地走り草から抽出した成分で作った液だ。どんな呪いでも払う効果がある。君にあげよう」

 死なすには惜しい娘だ。そう判断し、呪い破りの薬を与える。この後に控えている儀式場で役に立つだろう。再び女は百面相をはじめ、ラフォンテーンは心の内でひっそりと笑うのだった。




 聖法と魔法。聖なる力と魔の力。対立するふたつの業は、だが不可分のものだとラフォンテーンは思う。

 どちらも水櫃の性質を必要とし、魔法は”水”を、聖法は”水”の聖具を用い、力とする。

 ふたつはひとつのものだった。ただ人が分けてしまっただけなのだ。

 ここはいにしえの亡国。聖と魔が同一のものだった、最後の時代。



 その亡国の終焉の当事者たる廃王は、不思議とあまり記録が残っていない。

 自分の城に籠もる娘を見て、王はどのように思っていたのだろう。

 庭園が作られたのは王女が十二の時。それから自害までの十年間、旅を除いて彼女は庭園に住み続けた。

 様々な文献を読み解いても、アクリアル王族の血縁の一族に話を聞いても、真実は見えてこない。

 人の真実などそんなもので、例え王女本人と会話できても、得られる情報などたかが知れているだろう。

 だからラフォンテーンは視るのだ。忘れたことを思い出すために。


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