第三十九話 情報共有
会社への帰り道。
シャワーを浴びて心身ともにさっぱりとしたからか、ついつい話が弾む。
「竹本さんって、事務の仕事が好きなんですか?」
ジムの帰りだから事務ってか?
白石さんは、そんなダジャレを考えて質問していないか…。それに、正確には経理だが。
「そうですね…。別に仕事が好きってわけじゃないんですよ。
大学を卒業して就職をするってときに、スポーツや芸術、ITとか飛び抜けてなにかができるわけじゃなくて」
「あ、それなら営業もあったんじゃないっすか?」
元営業としては、そこは気になるのか。
「大学の頃は、人と話すのが苦手で…。社会人になってだいぶ慣れてこれなので、営業は考えられなかったですね」
「あ~。人と話す仕事っすもんね!それは、向いてないっすね!」
屈託のない笑顔で言いきる黒川くんだが、言葉遣いがよろしくない君も同じようなものなのでは…。
と、喉元まで出かかった。
「ははは。
僕は、そろばんが昔から得意で、学生時代はおこづかいという名の限られた予算の中で、必要なものをどう購入していくかを考えるのが日課でして。
それに近い仕事がたまたま経理だったって感じですね」
そう。そろばんは、人生の友だ。
「つまり、今の仕事が好きなんですね…。
やっぱり、好きな仕事に就けるのが一番ですよね」
少し遠い目をしながら、白石さんが勝手に話の結論を出した。
まあ、今の仕事も嫌いではないのでいいのだが。
「でも、なんだか不思議ですね」
白石さんが、不意に笑顔でこちらを向いてくる。
俺がもう一回り若かったら、完全に惚れてしまうところだ。
年齢が近い水城くんには、効果抜群だろうと、横にいた水城くんを見てみる…。
あれ?案外、効いていないようだ。
「なにが不思議だと言うんだ?」
言葉遣いとは裏腹に、少し目を丸くして小首をかしげる水城くん。
小さめの身長も相まって犬のようにも見える。
「ほら、このメンバー。
大学生のわたしに、社会人2人に中学生。
こんな状況にならなかったら、話すこともなかったんだろうなって」
「そんなの当然だろ。そもそも、この状況自体が狂ってるんだ。」
2人の言うことはどちらももっともだ。
確かに、平和な日常が続いていたら、話すこともなかった人達だ。
「そう。この狂った状況で、1人じゃなくてよかったなって」
不安を隠すように笑う白石さんを見ていると、胸がギュッと苦しくなった。
20歳近く歳下の女の子が不安じゃないわけがない。なのに、自分の手当てばっかりさせてしまっていたことに、申し訳なさが込み上げてきた。
「そうですね。1人じゃなくてよかったと僕も思います」
そんな言葉しか出てこなかった。
ーー会社に戻り応接室で、順番に白石さんが手当てをしていく。
そのうち、手当ても自分でできればいいのだが、いかんせん白石さんの手当てが丁寧で手早くつい甘えてしまっている。
水城くんの順番になり、擦り傷の消毒をしている。ケガに染みたようで、ジトッとした目で白石さんを見ていた。
2人は、少し歳の離れた兄弟のようにも見えた。
娘にも弟ができていたら…。
ふと、ありもしないことを想像してしまった。
一通り手当ても終わり、各々好きに過ごした。
今日は、久しぶりにシャワーも浴びることができた。それに、動きやすいスエット生地の寝巻きも手に入れた。
スーツから着替え、久しぶりに仕事もせず寝ることにした。
今日は、なぜか仕事をする気が湧いてこなかった。




