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離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~  作者: 猫燕


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第三十八話 「命令に従う義務が」

 ローデン城大評議の間。

 長い楕円形のテーブルを囲んで、二十名を超える重臣たちが顔を並べていた。

 普段なら華やかな装飾が施されたこの部屋も、今夜は蝋燭の灯りだけが頼りなく揺れ、壁に巨大な影を投げかけている。

 議長席に座る国王ユリウス・ローデンは、頬がこけ、目の下に濃い隈ができていた。

 王冠すら重そうに首を傾け、声は掠れている。


「……つまり、もう手は尽きた、ということか」


 誰も即答できない。

 疫病は王都の貧民街から貴族街までも広がり、穀倉は底が見え、国境では魔物が村を蹂躙し、騎士団は半数近くが戦病で倒れている。

 そして、 “あの薬”の在庫が、とうとう底をついた。

 一人の女大臣が、震える声で口を開いた。


「ですから、私が申しているのは……前王妃を、呼び戻せばいいだけのことではありませんか!あの方が作っていた薬さえあれば、民の不満も収まるはずですわ!」


 その途端、会議室に怒号が飛び交った。


「今さら何を言うか!離縁を決めたのは陛下ご自身だ!」

「妃殿下の進言がなければ、あのような事態には……!」

「黙れ!責任を押し付け合うつもりか!」


 ユリウスは拳でテーブルを叩いた。音は小さく、力がない。


「……静かにしろ」


 重臣たちが息を呑む。国王はゆっくりと顔を上げた。

 かつての威厳はどこにもなく、ただ疲れきった男の目だけが光っていた。


「………………アデリアを、呼び戻す。それが、今できる唯一の策だ」


 沈黙が落ちる。誰も反対しなかった。反対できる状況では、もうなかった。

 その時、王弟クレイン・ローデンが震える声で立ち上がった。


「……兄上。今さら、です。アデリア様を追い出したのは、我々です。あの方は、もう王家の人間ではありません」

「黙れ、クレイン!」


 ユリウスが初めて声を荒げた。


「国が滅びるぞ!民が死ぬ!このままではローデン王国は終わりだ!……アデリアは、かつて王妃だった。国のために働く義務がある」


 クレインは唇を噛みしめ、俯いた。

 彼の脳裏に、あの図書室で見た膨大な政策資料が蘇る。

 アデリアが一人で築き上げた、国を支える骨格のすべて。

(あれほど尽くしてくれた人を……私たちは、ただの“道具”としてしか見ていなかった……)

 側近の一人、老伯爵が恐る恐る口を開く。


「しかし、陛下……ターヴァ領は今や帝国寄りと噂されております。あの皇帝カリオンが、度々訪れているとか……」


 その名を聞いた瞬間、ユリウスの顔が歪んだ。


「帝国だと……?ふざけるな。あの女は我が王国の王妃だったのだ。離縁したとはいえ、身分は我が国が決める!」


 隣のラウラが慌てて取り繕う。


「そ、そうよ!離縁された身なら、なおさら王国の命令に従う義務が……!」


 誰もが目を伏せた。

 あまりにも身勝手すぎる論理だった。だが、今の王国に、それを否定する力は残っていなかった。


「アデリア様は……僕たちに、誰一人として必要とされていなかった。それでも毎日、朝から晩まで国を支えてくださっていた。それなのに、我々は……」


 言葉が詰まり、少年のような顔の王弟は唇を噛みしめた。重苦しい静寂が再び落ちる。

 やがて、老伯爵が震えながら手を挙げた。


「……ならば、せめて“お願い”という形で。王命としてではなく、個人としての懇願として、ターヴァ領へ使者を遣わしましょう」


 ユリウスはそれを見て、かすかに頷いた。


「クレイン、お前が行け。お前は……アデリアに、まだ顔向けできるだろう」


 クレインは目を伏せ、静かに首を横に振った。


「……僕が行けば、余計に傷つけるだけです」


 しかし、誰も他に適任がいなかった。やがて、決まった。使者団の正使はクレイン。ユリウスは立ち上がり、掠れた声で宣告した。


「──直ちに使者をターヴァ領へ派遣する。前王妃アデリア・ターヴァに告げる。『ただちに王都へ戻り、国を救え』と」


 重臣たちは顔を見合わせ、ゆっくりと頭を垂れた。

 クレインだけが、震える拳を握りしめたまま、俯いていた。

(アデリア様……どうか、どうか許さないでください。私たちの愚かさを……この遅すぎる懇願を)

 蝋燭の火がゆれ、国王の影が大きく歪む。


 ☆


 深夜。王都の北門。

 月明かりが深い影を落とす馬車と騎馬の一団が、静かに門をくぐる。クレインは、馬車の中で固く唇を引き結んでいた。

 随行には、ラウラ派の貴族数名と、騎士十名ほど。

 表向きは「恭しく迎えに行く」形だが、中には「拒まれた場合は力づくでも連れ戻せ」

 と密かに命じられた者も含まれていた。

 馬車の車輪が石畳を軋ませる音だけが、闇の中に響く。

 ターヴァ領へ向かう道は長い。

 一行は夜明け前の闇を粛々と進む。


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― 新着の感想 ―
追放しといてそんな義務が通ってたまるか
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