20.運動場の中心で愛を叫ぶのじゃ
いよいよ借り物競走が始まった。
居所不明のごっちゃんを、競技特有の性質を利用して探しだすのだ。
スタート地点から、ゴール兼お題置き場の台まで二百メートル。
二十名の人間と悪魔が横一直線に並び、審判が「いちについて、よーい」ドンと空砲を放った瞬間、俺はスキル《身体能力強化》を全開にし台に到達。同様に、2体ほどの悪魔も台に辿り着いていた。
俺たちの移動による風圧が、お題の入った封筒を空に舞い上げてしまった。
だが、俺は四本腕悪魔との取り引きに応じたため、目的の封筒を選び出すことができるのだ。台の脇に立っていた審判役の、隻腕悪魔をこっそり見る。
「これだ!」
俺は、ニヤリと牙を見せて笑う悪魔の、視線の先にある封筒を手にした。
中に書いてあるお題は計画どおり「最愛の人」だ。
俺には、声を大きくする能力なんてない。
だから、素の力のみで、腹の底から大声を絞りだす。
「ごっちゃんです!」
観客席の方へ近づき、再び「ごっちゃんです!」と叫ぶ。
「ごっちゃんです! 護国先生、何処ですか!」
俺は情報を集めようとA組の観客席に向かった。
すると、A組の変態紳士たちは皆がごっちゃんを探し求めて走りだしてくれた。
そして、ごっちゃんのい所を探る声は、連鎖するように広がっていく。
俺も声を張り上げ、観客席の前を走る。すると、ざわめきの中に「護国先生って、さっき、そこにいなかったっけ」と隣の生徒に話しかける生徒を発見。
ここだよ、こっちだよという声がし、集団が左右に分かれて通り道が造りだされていく。観客を誘導しているのは、クラスメイトの塩、醤油、ソースだ。
「赤井くん、護国先生はこの先だよ! ほら、急いで」
「君の狙いは読めている。私の読みでは成功率は高いぞ。頑張れ!」
「流星。実は俺はお前のことが……。いや、なんでもない。行け流星!」
異世界転移訓練学校で友情を結んだ、俺の大事な友達だ。
「みんな、ありがとう!」
俺が進む方から、ごっちゃんの手を引いて駆けてくるのはケチャップだ。
「舞ちゃん先生、ほら、赤井が呼んでる。こっち」
「う、うむ」
俺はみんなの協力により、ついに二千人の中からごっちゃんを探し出すことに成功した。
ごっちゃんは、いまや漫画にのみ存在する伝説の萌え運動着ブルマを着用していた。銀色の髪飾りを鉢巻きのようにして髪を束ねたごっちゃんが、俺の前にとててっと来る。
花道を抜けるかのような境遇に困惑しているのか、若干、肩を狭めている。
「うっ。流星、なんか、すっごい、臭いんだよ……」
「あ、ごめん」
俺は借り物競走に替え玉として出場するという目的を果たしたから、もう悪魔衣装に用はない。
臭いマントと角をケチャップに押しつける。
「ごっちゃん、一緒に来て」
「ん。ええけど、なんじゃ? お主の借り物、いったいなんじゃ?」
「うん。ゴールで教えるから。とりあえず、一緒に走って、ゴールまで来て」
「う、うむ」
太ももに視線を吸い寄せられそうになるけど、それは後回し。俺はごっちゃんの手を握り、走る。小さな手がぎゅっと握り返してくる。
ああ、このまま誰も知らない世界へ逃げていきたい。
「ごっちゃん、せっかくだし、競技で一位を取りたいよね?」
「ん? そうじゃね。悪魔クラス三百点、人間クラス二百九十点。ワシらが一位なら、追いつけるのじゃ。ワシの可愛い教え子だからね。勝ってほしいんだよ」
「じゃあ、良いよね」
俺はごっちゃんの背後に回り込んで、腰を落とし、ほんと、一瞬だよ、一瞬だけ、ごっちゃんのブルマのお尻を眺める。ぷりっとしたお尻に手が伸びそうになるのを我慢して、ごっちゃんを背後からお姫様だっこした。
「わっ」
「全速力で行きます」
本当はごっちゃんが自分で走った方が速いはずだ。けど今は、こうしていたい。
「もう、いきなりなんだよ!」
ごっちゃんが体操着の裾を直す寸前、白いおへそがちらりと見えた。ああっ、もうっ、ごっちゃん、全身可愛い。抱きしめたい。
「だって、借り物だから、僕が運ばないといけないし」
「それは、そうなんだけど。ねえ、借り物なあに? 先生? 尊敬する人?」
「あ、いや……。ゴールで言うから」
会話している間に、ゴールにたどりついた。
俺がごっちゃんを降ろして、並んで審判の元へ行く。
隻腕のサムライを思わせる悪魔が俺たちの顔を交互に見る。
「借り物を持ってきたのはお前が1番だ。さあ、貴様が借りてきたのは、いったい何だ。このマイクで言うんだ」
審判が差し出してきたマイクとお題の紙を交換し、ごっちゃんの前に立つ。
ごっちゃんも、俺の借り物が何だったのか、興味津々なのだろう。愛嬌のある大きな瞳がぱちぱちと瞬きする。両手を胸の前にして、わくわくと、肘を開いたり閉じたりしてる。
「僕の借り物は、最愛の人です。ごっちゃん、貴方が好きです!」
拡大された俺の言葉が、スピーカーから運動場全体に響き渡る。校舎でやまびこのようになったのか「好きです」のエコーが起きた。
「え?」
ごっちゃんの動きが、ピタッと止まった。
「貴方と離れたくない。ずっと一緒にいたい。ごっちゃんが好きです」
人間クラス白組所属のごっちゃんは、真っ赤になって一人だけ紅組と言っても通用しそうだった。
「え、あれ?」
隻腕の悪魔が俺の手からマイクをさっと奪い、事態を飲み込めていないらしきごっちゃんの口に近づける。
ごっちゃんはゆっくりとマイクを受け取ると、ぎゅっと両手で握って俺を見上げてきた。
「うん。私も、好きだよ」
わあっという歓声とともに拍手の嵐が巻き起こった。運動場に集った人間や悪魔たちが俺たちを祝福してくれている。
隻腕の悪魔がマイクで「静かにしろ」と場を落ち着かせようとしていたが、歓声はいつまでも鳴りやまない。
借り物競争の他の競技者全員がゴールするまで、ずっと騒ぎは続いた。
俺は1位の旗の下で、当選した政治家のように周囲に手を振る。ごっちゃんは俺の傍らに寄り添って俯いている。きっと真っ赤な顔を見せたくないのだろう。
借り物競走が終わり、おそろいの優勝メダルを首から提げて、俺はごっちゃんと手をつないで観客席に向かおうとした。
けど、ひゅーひゅーと口笛交じりに冷やかす声に囲まれそうになったので、俺はごっちゃんを抱えて飛び、校舎の屋上へ移動した。
立ち入り禁止の場所でふたりきりになる。
「もう、何でみんなの前で……。凄く、恥ずかしいんだよ……」
「や。だって昨日、ちゃんと告白されていないってごっちゃん言ってたし、うやむやになっちゃってたし」
「もう……」
口をとがらせている様子が、もう可愛さアピールにしか見えない。
うやむやになっていた告白は終わった。
あとは、ごっちゃんを連れて異世界に行く方法を見つけるのみだ。
「ごっちゃん、俺、この手を離したくない」
「んー。それはちょっと困るんだよ。ごっちゃんには交流会のむーびーを撮るお仕事があるんだよ」
俺は切なくて胸が張り裂けそうなほどなのに、ごっちゃんは温度差があるのか、赤らんでいるとはいえ、いつもどおりのほんわか笑顔だ。
「そうじゃなくて。この交流会が終わったら、俺、もう召喚された異世界に行っちゃうんだろ? 嫌だよ。ごっちゃんとお別れなんて」
「ん? お別れなんかしないよ?」
俺は泣きそうな声だったのに、ごっちゃんはケロッとしている。
「え?」
「ん? お別れなんかしないよ? 流星は、別の世界に行ったりなんかせんよ?」
「え、どういうこと?」
「あれ。あれれー。ワシ、言っておらん? 流星を召喚したの、ワシじゃよ? 教師のお手伝いをしてほしくて、ワシがここに召喚したんじゃよ?」
「え? そんなこと、聞いてない……よ?」
聞いてないよな?
「そうじゃったかのう……。ワシ、最初に、お主を呼んだのはワシじゃと言った気がするんじゃが。ほれ、お主が異世界転移訓練学校に来た、最初の最初じゃよ? ほれ、運動場の、今ちょうど玉入れをしているあたりで」
「……言われていない、と思う。だいたい、何で俺を?」
「むむう……。ワシにそれを言わせるとは意地悪じゃのう……」
「意地悪って、なんで?」
「だって……。ワシ、ずっとお主のことと好きじゃったもん。だから、呼んだんだもん」
ごっちゃんは俺に視線を合わせず、小さな胸の前で指をいじいじ。
「ずっとって、え? いつから?」
「むう……。だから、それ言わせるの、意地悪じゃよ……」
体操服の何処にしまってあったのか、ごっちゃんがマイ・パッドを取りだした。慣れない手つきで画面を操作して、1つの動画を再生する。
動画に映っているのは、晴れた青空だ。そして、聞こえてくるのは、別れを惜しむいくつもの声。
護国先生ありがとう、さようならという惜別の声がしばらく続いてから、ごっちゃんが「ここじゃね」とマイ・パッドを俺の耳に近づけた。
『忘れないから。僕、ごっちゃんのこと、絶対に忘れないから』
『無理だよ。異世界転移訓練学校から異世界に旅立つ者は、絶対に記憶を失うって先生、言ってたんだよ』
『やだ。絶対なんて絶対ありえない! 何があっても、僕はごっちゃんのところに帰ってくる』
あ……。これ、ごっちゃんと、声変わりする前の俺だ。
ごっちゃんの方を向くと「うん」と頷いた。
『僕は絶対、ここに戻ってくる。だから、ごっちゃんも』
ノイズが混ざり、動画は終わった。
「えっと……。俺、以前にもごっちゃんと会ってたってこと?」
「うん。3年前にね。マイ・パッドくれたの、流星なんだよ。流星もワシもね、3年前、ここの生徒だったんだよ。私、ちゃんと、ここに帰ってきた。なのに、流星、ぜんぜん来ないもん。待ったよ。3年、待ったんだよ」
ごっちゃんはぽろぽろと涙を流し、顔を隠すように抱きついてきた。俺にしがみついたまま背中を強く握り、嗚咽しだす。
「馬鹿。流星の馬鹿。ぜったい忘れないって言ったのに、私のこと忘れてた。でも、しょうがないと分かってた。だから、流星のノートのお姫様とか、妹とか見て、本当は、私、少しだけ嬉しかった。覚えていてくれた……。流星、私のこと、覚えていてくれた……」
「あ、あの……。俺、こういう状況、初めてだから、聞くのは失礼だと思うんだけど……。抱きしめて良いです?」
「馬鹿ッ! 聞かずに、抱き締めれば良いの!」
俺は小さな背中を、力を込めて抱いた。折れそうなほど細い背中だけど、気にせず力を入れて抱きしめた。
ごっちゃんのハートを射止めた3年前の自分から、今のごっちゃんのハートを奪いたい。
「ごっちゃん、大好き」
「もっと……」
「大好き」
「私が泣きやむまで、ずっと」
「大好き。好き好き。大好き。ごっちゃん、大好き」
「同じことばかりで、軽く聞こえる」
「で、でも、愛しているは重いような気がしているし、可愛い可愛い言うとごっちゃん照れて恥ずかしくなりそうだし」
「馬鹿。これから、いっぱいおしゃべりしようねとか、公園でお散歩デートしようねとか、お揃いの小物を買いにショッピング行こうねとか、あるでしょ。流星がいつ来るか分からずに、3年間、待ったんだよ。待つのはもう嫌なんだよ。私に楽しい未来を期待させてよ」
「うん。頑張るよ。ごっちゃんが望むこと、全部、叶える。俺、器量も甲斐性もないけど全力を尽くすから」
「ほんとに?」
「本当に」
「でも、流星、すぐ戻ってくるって言ったのに、3年も待たせた」
「ごめん。強くなるよ。同じようなことがあっても、嘘をつかなくても済むように、もっと強くなる」
抱きしめる力を弱め、少しだけ身体を離して見つめあう。
ごっちゃんの潤んだ瞳が『離さないで』と俺の身体を引き寄せる。濡れた唇が『3年間の想いに応えて、私を愛しているって教えて』と語っている。
抱きしめてキスしたかった。唇を奪いたかった。
でも、俺は、ごっちゃんの肩を掴んで、震える腕でふたりの身体を離す。
「ごっちゃん、好きです。でも、ごっちゃんが惚れたのは3年前の俺です。だから、俺、絶対にごっちゃんを今の俺に惚れさせます。だから、その時は、ごっちゃんが今の俺に惚れたときは、キスします」
「うん……。惚れさせて。今以上に流星のこと、好きにさせて」
ごっちゃんは俺の首に抱きつき、頬に一瞬だけ触れるキスをした。
「じゃから、今は、これで我慢」
こうして、異世界転移訓練学校での訓練生活は終わり、新たに3年前の自分という敵を迎えて、俺の戦いが始まる。
俺たちの戦いはこれからだ!




