14.ワシさー。ボクサーなんじゃよ
3、4時間目も他クラスとの合同実習だった。
というか、他クラスのための、実験台になったという方が正しいだろう。
他クラスの生徒にA組生徒は癒やしてもらったのだ。ちゃんとカリキュラムは考えられていたようだ。
さて、お昼。
俺とごっちゃんはもう恒例となったように、教室の左前にある教師用の机に並んで給食を採っている。
中学校の給食っぽかったメニューは既に、ケロモッサのケパパ焼きと、パルパロ豆の煮物という、得体のしれないものになっている。くしに刺さった何かの肉と、紫色の豆だから、見た目はまだセーフ。匂いも香ばしくて美味しそうだ。
そして、B組の調理実習で作られたという大量のマヨネーズ(原材料は不明)が全員に1本ずつ配られた。
前日までと違って、俺とごっちゃんの席は別だ。
余計なことをしてくれた――ではなく、気を使ってくれたクラスメイトが、俺のために椅子を用意してくれたのだ。
ケチャップがわざわざ寮の自室から彼の椅子を持ってきたのだ。
彼はしつこく「この椅子は舞ちゃん先生に使ってもらってくれ。くれぐれもお前じゃなく、舞ちゃん先生に使ってもらうんだ」と念を押してきたから、いま、俺が座っている。
やー。
だって、後からケチャップが椅子に残った温もりに頬ずりしたり匂いを嗅いだり、そういう変態行為しそうじゃん?
俺は彼がこれ以上変態紳士としての業を深めないように、心を鬼にして、望みとは裏腹のことをしているのだ。
あー。
心が辛いわー。まじ辛いわ―。
ケチャップが般若面で睨んでくるから、ますます辛いわー。
俺はケチャップの視線を無視したい気持ちと、見せつけてやりたいという相反する気持ちが混ざったまま、ごっちゃんに話しかける。
椅子は別だけど隣に座っているからね!
ごっちゃんのすぐ隣にいて、給食の間ずっと雑談できるのは俺の特権だぜ。
「なんか、A組と違って他クラスは優秀だったね。B組のイヤボーンやC組の人たちの回復魔術や医療の知識は凄かったし」
「んー?」
「なんかA組って遅れてない?」
「ううん。そんなことないんだよ」
「そうかなあ」
「ほんとにー?」
「ほんとじゃよー。B組の凄いイヤボーンの直撃を食らっても死なないくらいの体力はついてきているのじゃよ」
「そう? 地味なパワーアップだから実感できないのかな」
「A組の中にも、そろそろ特殊能力に目覚める者も出てくるのじゃ」
「そりゃあ、確かに、そうなんだけど」
心なしか全員、目にうっすらと気迫のような物を灯している。
クッコロさんが放つ剣気のような凄みはないものの、みんな既に、普通の男子高校生とは言えないだろう。
「カリキュラムの違いなんじゃよ。男の子はけっこう異世界で無能力のまま冒険する傾向が強いからねえ。強敵との戦いでようやく目覚めるスロースターターもおるからねー」
「あ。だから、能力なしでの戦闘訓練を積んでいるんだ」
「そうじゃね。覚醒した後も、自らの能力に耐えられるだけの下地みたいなのは、やっぱ要るるのじゃ」
「あ、それ分かる。僕も能力に目覚めた直後、めっちゃ身体痛いときあった」
「ほう。どういうことなんじゃ?」
「やー。3年前なんだけど、中2のとき、ある日、いきなり能力に目覚めたんだよ。というより、まあ、若気の至りというか、我には封印されし力があるみたいに思っていたんだよね。で、ある日、本当に、能力が使えっちゃった」
「ほう」
「でさ、毎日、筋肉痛とか骨の痛みとか酷かった。あれはやっぱ、俺の能力に身体が耐えられず悲鳴をあげていたんだろうなあ」
「やー。それ、単なる成長期特有の痛みなんじゃないのかの? ワシよりちっさいくらいから、いっきに背、伸びたじゃたろ?」
「あ、そう。確かに一気に背が伸びた時期だ。年に10㎝とか伸びるから、母ちゃんが制服を買いかえる必要があるって文句いってた」
「やー。そのときの母親は、嫌な顔じゃなくて、嬉しい顔じゃったろ」
「まあ、ね」
「ワシも分かるよ。お主の成長を見られて、嬉しい……」
「ごっちゃん……」
目頭が熱くなって、胸が春の朝みたいにゆっくりと温かくなってきた。
隣からごっちゃんの横顔を見つめていたら、少し手を伸ばせば触れられる距離にいることを強く意識してしまった。
俺の視線に気づいたのか、ごっちゃんが長いまつげをぱたぱたっと閉じて開いてから、俺の方を向いた。
重なる視線。
お互いにかける言葉もなく、僅かに沈黙のまま、見つめあう。
「げふん、げふん……」
教師の席に近い位置で、塩が咳払いした。
俺とごっちゃんはまったく同じタイミングでビクッとして、視線を離した。
「も、もちろん、クラスメイト全員の、成長した姿を見るのが、ワシの幸せじゃよ」
「や、ごっちゃん、そこは俺に嫉妬させてクラスメイトのやる気を引きだす方針なんだから、俺の成長した姿だけ見てよ」
「なっ」
あくまで軽口程度の意見だったんだけど、ごっちゃんは深い意味で受け取ってしまったのか、顔を赤くしてしまった。
そして、煮物の椀を手にすると俺に背を向けて食事を再開。給食の間、話しかけてくることはなかった。
かわりに、教室中から「ちっ」とか「後で殺す」とか聞こえてきた。
さらに、アホらしいというか、A組らしいというか、この妬み嫉みの負の感情が一部の生徒の能力覚醒に寄与しているらしく、室内に、強力な気配が育っていた。
なんか邪悪な気配の奴もいるし、魔王的な存在になっちゃったらどうするんだろう。
いちおう、異世界を救うための勇者的存在だよな。まあ、魔王的な存在になって異世界を統一して姫を救うのもありか……。
ああ、異世界転移訓練学校の訓練が半月もすれば、みんないっぱしの戦士への片りんを見せ始めるんだなあ。
しみじみと感心した昼が終わり、午後の授業はボクシングだった。
よりにもよって、食事の後に、腹を殴りあう格闘技だ……。
俺たちが敷地内の端にあるボクシング場に向かうと、室内の中央にリングが1つあった。
きゅっきゅっ、シュッシュッと、聞くだけで手に汗を握りたくなる音。
リングには、軽快なステップワークで蝶のように舞い、赤いグローブの拳を蜂が刺すように振るうボクサーがいた。
理想のボクサーがいた。俺たちの誰もが、地震直後に電気の紐を前にしたら脳裏に思い描くであろう、あの理想が具現化した姿!
下半身のボクサーパンツから細く引き締まった脚を伸ばし、上半身に「拳奴」と書かれたTシャツを着た女性ファイター……。
ごっちゃんだ。
「蹴り、投げ、掴みのないボクシングは実戦に向いていないと言う輩がいるが、そいつはとんだ間違いだ。貴様らが覚えるのは、打たせずに、勝つ。打たれても立ち上がる精神と肉体。そして、長時間戦い抜く体力だ。私は、異世界で最も役に立つ格闘技はボクシングだと確信している! さあ、気合いのあるものからリングに上がれ」
グローブをビシビシやる姿が迫力ある……わけもなく、むしろ可愛い。でかいグローブを付けたまんまるおてては凶器というより、萌えだ。
あのグローブでぽふぽふしてもらったら、きっと気持ちいい。悶え死ぬかもしれない。
けど、俺たちが部屋に入った直後のシャドーボクシング。あれはただものではない。
A組の生徒は、一方的にボコられるだろう。
「俺が行くぞ!」
誰もが躊躇しているかと思えば、真っ先にリングに上がる者がいる。
既にグローブをつけているということは、最初から準備をしていたということだ。腹の中にまだ給食が残っており、さらに、あのごっちゃんの華麗な身のこなしを目の当たりにしたばかりだというのに怯まないとは、いったい誰だ。
熱心に訓練に取り込む勇猛果敢な男、ケチャップだ。
「ごっちゃん大好きのあいつが、なぜ……」
「え、佐藤君、分からないの? クリンチできるチャンスだよ」
塩がもっともらしいことを言った。
クリンチとはボクシングで相手に抱きつく行為のことだ。相手と密着すれば、互いにパンチを繰り出せなくなる。体力の回復や、試合の仕切り直しをするために使うのだ。
「違うな。好きな相手だからこそ、殴られたいんだ」
醤油が眼鏡キラーン。
殴られて喜ぶのはお前みたいなやつじゃないのかと思ったが、無視しておいた。
「いくらボクシングの訓練とはいえ、俺は女を殴る趣味はないからな。赤井、一緒にスパーリングしないか?」
ソースが鼻息を荒くし肩に手を回そうとしてきたから、無視して、塩と醤油の間に移動して両脇を塞ぐ。
「ふむ。では流星よ。ゴングを鳴らしてくれ。他の者は、周りにあるトレーニング器具で自主練。もしくは、ワシの華麗なステップを見て勉強じゃ!」
ごっちゃんの髪飾りが糸のようにほどけて、俺の手の上に伸びて、ゴングに変形した。何度か見てうすうすと気付いていたけど、ごっちゃんが髪につけている蝶々みたいな銀細工は姿形が自在に変わるようだ。
俺はゴングを鳴らした。
自主練をする者はおらず、みんな、リングにくぎづけだった。
だって、Tシャツ姿の女子が運動している姿を間近で見られるなんて、御褒美だから。みんなごっちゃんのフットワーク(太もも)に熱いまなざしを送った。




