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12.イヤボーンじゃよ。イヤボーン

「いや、いや……」


 うさぎ系女子の宇佐木は涙目になってぷるぷると震えている。


「宇佐木よ。はよ、覚醒するのじゃ。でなければ、そこの男子にスカートをめくられ顔を突っ込まれ、はすはすされたあとに、おっぱいもみもみされてしまうのじゃ」


「や、やだ、助けて、助けて」


 うさぎちゃんは後ずらそうにも壁際にいるので、迫り来る塩から逃れる術がない。


「大丈夫。大丈夫だから。これは訓練なんだから。君が力に目覚めるための訓練なんだから」


 怯えた女子に這いずりよる塩。こいつのこと、クラスメイトからモブに格下げしていいですかね……。


「ごっちゃん、この授業、倫理的に大丈夫なんですか……。アウトだと思うんですけど」


「もちろん、アウトじゃよ。じゃから、ぜんぶ、ギリギリで止めてあげるつもりじゃったんだよ。でも、ね」


 ごっちゃんは確信めいた眼差しを、部屋の隅で怯える宇佐木に向けている。


「今まで、みんな止める必要なかったんだよ。流星も、刃刀も、宇佐木も『選ばれた』から、この異世界転移訓練学校にいるんだよ」


 ごっちゃんが指さす先で塩の手が、うさぎちゃんの柔らかそうな太ももへと伸びていく。


「大丈夫。大丈夫。僕は、別に変なことはしないよ。これは訓練だし、そう、これは訓練だし。真面目に訓練だけするからねー!(宇佐木ちゃんには『女、女だ……。俺のコドモ、産ます。洞窟に連れ帰って、群れのみんなのコドモ毎日、たくさん、産ます!』と聞こえているらしい)」


「いやああー!」


 ボーン!

 宇佐木の涙が溢れ、叫び声とともに質量すら感じさせるほどの波動が膨れ上がった。


「凄い威力じゃ! 塩を!」


「はい! うおおおっ!」


 俺はスキル《身体能力強化(フィジカルブースト)》を使って走り、吹っ飛んだ塩を空中でキャッチ。壁に着地し膝のクッションで衝撃を殺して助ける。塩は爆発の衝撃に巻き込まれて意識を失ったようだ。

 塩は無事だ。どうやら宇佐木も無事のようだ。ごっちゃんが慰めている。


「大丈夫かな?」


「は。はい。怖かった。怖かったよ……」


「そうじゃの。そうじゃの。辛い思いをさせて悪かったの」


 ごっちゃんが宇佐木を気遣っている間、俺は塩の頬を叩いて意識を呼び起こす。


「おい、無事か」


「……うっ…うん」


「お疲れ。お前のおかげであの女子は能力に覚醒したようだぞ」


「う、うん。みんながボロボロになっていた理由もわかったよ」


 俺が脚のロープを外してあげると塩は埃を払いながら自分の足で立ちあがった。どうやらダメージは残っていないようだ。


「さ。次の生徒と交代じゃ。その前に、ほれちゃんとお礼を言うのじゃよ。塩は宇佐木のために身体をはって頑張ってくれたのじゃからな。な。さっきのはすべて演技じゃよな?」


「当然ですよ!」


 塩は親指を立てて紳士スマイルを浮かべているが、まあ、あれは演技じゃなくて本気だったと思う。


「あ、あの……」


 宇佐木が塩の前に行き、もじもじと手を胸の前にして身体をよじる。


「さっきは、その、ありがとう……」


「いやあ、はは」


 お礼を言われるシチュエーションに慣れていないのか、いじらしい女子の仕草にときめきすぎてしまったのか、塩が手をさしのばした。

 たぶん、女子の肩についたほこりを払おうとしたとか、挨拶程度の握手をしようとしたのだろう。

 だが「いやああ!」ボーン……。

 吹っ飛ばされた塩はゴムまりのように跳ね跳び、ボロ雑巾のようになって倒れた。

 急にイヤボーンしたから助けるのを忘れてしまった……。


「ふうむ……。どの男子も無事に訓練を終えておるのに、ことごとく最後の最後に余計なことをしておるのう……」


 ごっちゃんが足先でつんつんと塩の頭を突いて生存確認している。


「ごっちゃん、スカート……。塩に意識があったら覗かれますよ」


 ごっちゃんは太ももをぴたっと閉じて、足先だけで俺と女子のところまで戻ってきた。


「と、まあ、このように、それなりに覚醒後の能力値が高そうな女子と、ゴキブリみたいに生命力の高そうな男子を組み合わせているのじゃよ」


「あ、ゴキブリかあ。俺はゾンビかと思った。ゲームで1発撃って倒したと思って油断した後、まだ動くゾンビみたいな」


「私は、アイアかと思いました……」


「ん? アイアイって、アーイアイって歌の? オークに見えていたんじゃないの?」


「はい。オークなんですけど、顔はアイアイです」


 うおお……。俺、初対面の女子と会話しているよ。やべえ。もしかして、この世界で俺も精神力が成長している?


「アイアイって可愛いんじゃないの?」


 俺の疑問に、ごっちゃんが何処からともなくマイ・パッドを取り出して、アイアイの画像を表示してくれた。

 なるほど。知りたくなかった。

 アイアイ、実はけっこうキモ怖い。

 歌のイメージとは裏腹に、なんか魔界の生き物みたいな顔していた。確かに、こういう顔のオークっていそうだ。

 さて、何はともあれ、塩に続いて醤油、ソース、ケチャップも同じように女子を目の前にして暴走。ぼろきれの様に吹っ飛ばされるところを俺が助けるというのが、3度、繰り返された。

 いや、まあ、全部同じパターンだったかというと微妙に違う。

 醤油は「脚だけでなくもっと身体全体を縛ってくれ」と理解しがたい要求をした。

 ソースは「女子を相手に酷いことはしたくない。訓練相手を赤井にしてくれないか」と言ったが、俺同様、その発言の真意に気づいたであろう女子に「宗助くんのこと好きだったのに!」とイヤボーンを喰らった。

 ケチャップは女子にではなく、しつこいほど、ごっちゃんの足元に迫ろうとして、訓練が上手くいかなかった。

 このようにトラブルは頻発したが、一応、一通りの訓練が終わった。地下の薄暗い部屋にいるのは俺とごっちゃんのふたりだけだ。

 別に何もやましいことはないのだが、やましいことが起きても目撃者がいないであろう状況に、意識している相手とふたりきりになってしまえば、気が気ではない。

 俺は多少白々しいかもしれないが、笑うようにしてごっちゃんに話しかける。


「成績順の実習だったんですよね。ということは、調味料四天王が成績上位4名? 変態の方が成長が早いとかだったら、なんかいやだな」


「ん。変態の方が成績が良いんだよ。スキルは精神力の発現だからね。多少、心が歪んでいる方が、クセがあって面白いスキルを覚えるんだよ」


「あー。そうかー。変態の方が成績が上位なのか。まあ、あの4人なら納得かな」


「ん? 訓練、終わったつもり? 最後は成績1位の人の番だよ?」


「えっ? A組にあの調味料四天王を超える変態なんていたっけ?」


「ん」


 ごっちゃんが俺の方を指さしてきた。

 またまたー。

 振り返ってみても、誰もいない。


「流星は、だんとつ成績1位なんだよ」


「あ、ああ。俺は最初から強かったから。強くてニューゲームだからであって、変態が強い理論とは別枠ですよね」


「んー。それ考慮しても、流星はけっこう変態だよ? ランダムで変わるスキルなんて、よほどの変人にしか発動しないスキルなんだよ」


 ショックだ。俺、ごっちゃんにとって、そういう認識だったんだ。

 俺ほど、どこにでもいる普通の男子高校生の称号が相応しい者はいないと思うんだが。いったい、俺の何処が変態なんだ?

 それに俺の番っていっても、A組男子の方が1名多かったから、B組女子は全員が覚醒している。もう、訓練する相手はいないはずだ。


「んー。女子の覚醒を促す狙いもあるけど、ごっちゃんはA組の担任ですよ。これはA組の訓練なんだよ。それに、教師補佐を兼任しているとはいえ、流星も生徒なんだよ。訓練は必須なんだよ」


「マジで?」


「マジなんだよ。これは女子のイヤボーン覚醒訓練であると同時に、男子にとっては瀕死になる寸前の強力な攻撃を喰らう訓練なんだよ。実戦で過去に味わったことのない大ダメージを負ったら、パニックになっちゃうよね。だから、訓練では実戦以上のダメージを負う必要があるんだよ」


「ああ。実戦で『こんなの、あの時の訓練に比べれば、屁でもないぜ……』って言うときのためか」


 確かに理にかなっているけど、分かっていて痛い思いをするのは嫌だな。


「や、でも……。スキル《身体能力強化(フィジカルブースト)》を使えば女子の攻撃は避けられるし、スキル《小人による瞬間移動》は『僕の体重よりも軽いものが対象』だから多分、どの女子が相手でも転移可能だし。ガチで訓練したら、誰にも負けないよ?」


「流星はなー。そのうぬぼれさえなく、謙虚になってくれたら文句なしなんじゃがなー。おるじゃろ―。うってつけの相手が」


「それって、もしかして」


「うむ」


 まじか。

 困るよー。

 縛られたごっちゃんに対して、悪戯しようと迫るだなんて、そんな酷いことをできるわけがない、こともなく、むしろやってみたいというか……。

 いやいや、そうじゃなくて。

 ごっちゃん、めっちゃミニスカートだから場合によったらパンツ見えちゃうんじゃないのかな。

 ほらわざわざ俺が地を這うゴキブリゾンビみたいなことしなくても、こうやって脚を縛ってあげようとするだけで、うおおっ、太ももつやつや。薄暗い部屋なのに、なんか艶めいて輝いている。

 えっ、もしかして生脚? 産毛すら生えていないツルッツル!

 それに、あと少しで、パンツが見えそう。

 

「な、なぜ、ワシの脚を縛ろうとしておるのじゃ」


 ごっちゃんが股をぴったりと閉じて、つま先の動きだけですすすっと離れていった。


「え、いや、だって……。俺の訓練相手になりそうな女子がいないんだから、相手はごっちゃんしかいないわけで」


「ワシの技は防御能力中心じゃから、イヤボーンは出来んのじゃ!」


「いや、でも、やってみないと分からないというか」


 脚を縛るロープを手にし、しゃがんだまま俺はごっちゃんに近寄っていく。ああ……。クラスメイトの変人たちが、苦痛を顧みずに女子を求めて這い寄っていった理由がよく分かるぜ。低い位置から見る女子の脚って、こんなにも綺麗なものだったんだなあ……。


「な、なぜ寄ってくるのじゃ! こ、こら、冗談はやめよ。イヤボーンするぞ!」


「えー。いま自分でできないって言ったじゃんー」


 やっべえ。

 クラスメイトの珍行動に悪影響を受けて俺の感覚が麻痺しているのか、我知らずテンションが上がって、ごっちゃんに迫るのを我慢できない。

 ごっちゃんを隅に追い詰めたところで、背後からドアが開く音。思わずびくっとして、心臓がバクバク鳴りだす。

 そっと振り返ると、白いドレスを纏った長身金髪の女騎士が屹然と立っていた。

 クッコロさんだ―!

 え。まさか、訓練相手ってクッコロさん?

 ぜったい、ごっちゃんと違って、冗談が通じない人だよ!

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