杉野の最終レポート
――私は方々から掻き集めた資料を整理していた。5月28日の夕方のことである。高尾 照海とそのクラスメイトが巻き込まれたトラック事故は、直前に起きた墨染 桜の焼身自殺騒動による渋滞と救急車が出払っていた不幸もあり、誰一人助からなかった。
一番近くで事故を見ていた藪 晃一は黙して語らないと聞くし、また、私自身まだ彼に面会出来ていない。藪 晃一は肋にヒビが入ってるが、配送車との接触はなく軽症だ。
……ここで、一連の連続怪死事件を時系列に沿って並べてみよう。
先ずは、
冴島 あきら。5月21日 午前0時23分、死亡確認。死因は不明。
橘 拓哉。5月26日 午前05時52分、死亡確認。溺死。
墨染 桜。5月28日 午後02時02分、死亡確認。全身熱傷による死。
高尾 照海。5月28日 午後12時18分、死亡確認。車の接触により全身を強打。また、赤松 忠、佐竹 信二も同じ理由で死亡。運転手は心不全で事故前に死亡していることが確認された。
古賀 正芳。5月28日 午後12時20分、死亡確認。事故により倒れてきた彫像で圧死。
私は眼鏡を外して眉間を揉んだ。こうして並べて見ると、まるでアプリのせいで死人が出たようではないか。いや、そんな非現実的な事など有り得ない……!
私はコピーさせてもらった、墨染 桜と古賀 正芳のスマートフォンに残っていた占いの結果をもう一度見直した。
『墨染 桜:5月28日 午前11時48分
死にかた:ショウシン自殺っchao!』
『古賀 正芳:5月28日 午前11時52分
死にかた:ベアハッグで潰されchao!』
ショウシン自殺にベアハッグ、言葉だけを見れば馬鹿馬鹿しい限りだが、現に二人とも死んでいる。それも占いから連想されるような死に方で、だ。もう一度、資料に目を走らせる。何かのトリックがないか、見落としている点はないか。
墨染 桜は、ガソリンを被って自分に火をつけた。駅の近くにある立体駐輪場に停めてあった橘 拓哉のスクーターを破損させて、それを使用したのだ。恋人を失い、かなりショックを受けていたという目撃証言もある。彼女には動機があった。この件は自殺で処理されるだろう。
古賀 正芳は、事故現場に居た。目撃者によれば、彼は死んだクラスメイト三人を助けようと飛び出したという。……学校での聞き込みから推測する、彼の性格と交友関係とは矛盾するが。それはともかく、彼がそのような行動に出たというのは事実だ。彼の死因は圧死。事故によって破損した熊の彫像がバランスを失い倒れた、その先に古賀 正芳がおり、下敷きになった彼は胸部を強打し死亡した。これは純粋な事故だと見られている。
……正直に言えば、今もまだ彼に関しては半信半疑でいる。
私は最初、冴島 あきらが死亡した事件で、すべてにおいてあまりにも手際が良い古賀に疑問を持った。彼が何らかの手段でクラスメイトを殺したが、初めての殺人ゆえに何らかの理由――例えば準備不足だったのかもしれないし、良心の呵責に襲われたか、怖気づいたか……。ともかく、隠ぺいを諦め、たまたまそこに居合わせた善意の友人のフリをしたのだろうと考えたのだ。
そこから自分なりに彼の周辺を調べ、『今日の死にかた占っchao!』というスマホアプリの存在に辿り着いたが、私は結局、実物を見ていない。見つからなかったのだ。アンダーグラウンドで流れているのかもしれないと、サイバー課の知人にも調べてもらったが、どうにも見つからない。
だからこそ、これは古賀が用意して学校に流行らせたダミーだという考えに至った。彼が獲物を選別し、餌食にかけるための道具なのだと。まだ大人になり切れない青年たちの心理を巧みに突いた罠、それがあのアプリなのだと。橘 拓哉が死んだ際、それは確信に変わった。
何より、古賀は学校内で孤立していた。友人と言える存在はほとんどおらず、高尾 照海を頭とするグループからいじめを受けていたという。学校裏サイトでも同じ認識だった。中でも橘 拓哉の存在は古賀を悩ませていたに違いない。彼を事故に見せかけて殺し、証拠を残さないようにする。また、アプリを使った愉快犯による見立て殺人だとのマスクがあれば、いじめの報復だとは思われないだろうと踏んでの犯行だったのではないか。
……実際にはそのいじめグループのせいで、冴島 あきらの死の時点から、古賀は実行犯だと生徒たちに疑われていたのだが。
結局、古賀 正芳は死に、いじめグループもまた全員が死んでいる。これが古賀の描いた図なのだろうか? 復讐し、自分もまた死ぬ、と。それにしては遺書も何も無いのが気に掛かる。この手の事件では、犯人は何かしらメッセージを残すものだからだ。
「私は何を見落としているんだ……」
そう言えば、古賀 正芳と最後に会ったとき、彼は何か不思議な言葉を口にしていなかっただろうか? 呪いは解けないが、予言は覆せる、そんな事だったような……。
「そう、釜……。だが、何の釜だ?」
思い出せない……。
※※※
古賀 正芳が死んでから、四十九日が明けようとしていた。警察でも、世間でも、高校生というまだ若い子ども達が亡くなったショッキングな出来事を皆、忘れようとしているようだ。私は古賀の家を訪ねたが、そこにはもう誰も住んでいなかった。遺書などについて尋ねてみたかったのだが……。
私が途方に暮れていると、背中から声を掛けられた。近くの寺の住職だという。……確か、高尾 照海の家が寺だったような。話を聞かせてもらえないかと尋ねたところ、快く招き入れてくれた。暑い屋外とは対照的に畳の室内は風も通って、機械的な冷房に頼らずとも涼しかった。出された冷茶が火照った喉に嬉しい。
「はて、何を聞きたいんじゃったかな?」
私は、古賀 正芳が犯人であるという持論は封じ、今回の不可思議な出来事と、古賀が残した言葉の意味を探しあぐねていると住職に話した。
「……死占じゃな」
「しにうら、ですか?」
聞いたことのない単語に、私は思わず聞き直していた。やはり昔から存在するものなのか? 古賀もその存在をここで知り、連続殺人に利用したのだろうか? 私は崩しかけていた足を戻し、住職の話を聞き漏らすまいと意気込んだ。
「あれの起源は、江戸期にまで遡る。外国から持ち込まれた占い盤があり、それが流行ったんじゃ。すると真似をする者が出る。年と月と日、それをからくりで回して決める、次に何が起こるかを札を入れた袋から引くっちゅう、まあ、簡単な遊びよな」
「はぁ」
「それに飽きると、占うのを人の死にかたに限ったものが出た。皆、それに飛び付いたそうじゃ。ただ、悪い奴が居るもので、占いの結果通りに人を殺すことに楽しみを見出したんじゃな。だが、全部じゃない、たまに殺すから占いのせいだと見ない振りをされて、なかなか犯人は捕まらなかったそうな」
「そいつは、そいつはどうなったんですか?」
私は物語が確信に迫ったのを感じ、興奮を抑えるのに苦しかった。
「捕まって、死んだ。という話だが、実際には昔過ぎて分からん。ただ、その事件から度々、死占は表に出てきた。だが、今度は呪いとして、な……」
「え……」
「誰も犯人はおらんのに、誰かが死ぬ。どうしようもない。触らぬ神に祟りなしというが、それしか方法はないんじゃ。助かるには正芳があんたに言うたやり方もあるが、伝わっておるあれは失敗例じゃしな。よほど上手くやらねば……」
住職は首を振った。悲哀を感じるのは、この老人が僧籍にあるからか、それとも、身内の死を悲しんでいるのか。
「釜……。それがここに繋がると?」
「そう、釜じゃ。なに、婉曲な例えではない、雨月物語にある『吉備津の釜』という話よ。男が捨てた女房の祟りから逃れるために札を貼った堂にこもるが、夜明けまで待てば助かったものを、結局は死んだ女房に謀られて朝日が差したと喜び勇んで飛び出して死ぬという、な……」
「ああ、聞いたことがあります」
「そう、そうやって死占で出た時間が過ぎるまで籠るのよ。よくまあ、何も知らんとこんな答えに辿り着いたな、正芳……」
「彼は、死占の存在を知らなかったんですか?」
「もちろんじゃ。こんな危険な話を子どもに聞かせられん。真似したら一大事じゃ」
「…………」
古賀 正芳は犯人ではない? いや、まだ分からない。この住職から聞かなくても、彼のことだ、何処かで知ったのかも知れない。
「儂もこの話は、古賀の芳子さんから聞いたきりじゃった。あんたに聞かねば思い出しもしなかった。時代は変わったんじゃな、まさかインターネットでなぁ」
「その、芳子さんというのは今どちらに?」
「亡くなったよ、大往生だ」
「いつ……」
「儂が十二の年に、な。あれはいつから生きているのかも分からないくらいの婆さんで、まさに鬼婆の名に相応しかったわ。言わずとも心を読んだように何もかもを知り、それを全部口に出すので怖がられてな。意地の悪い婆さんだ。どこで聞いたか村で起きたことは全て知っておった。嘘は見抜くし、失せ物は見つけるし……。
霊媒の家系だと言っておった。女にしか出ないから、家の名は変わるが血は変わらん。婆さんが来てからは娘が継いで、古賀の名は長く残ったな。正芳は芳子さんの生まれ変わりかと思うくらいそっくりに育っておった。もしかすると、ありえないことだが、力も継いでいたかもしれん。とんでもない鬼婆だったが、儂には優しいときもあった」
「そう、ですか……」
私は古賀 正芳の目を思い出した。暗く、淀んだ、陰鬱そうな目を。
こんな風に誰かを思い出すのは、あまり無いことだ。
橘 拓哉が死んだときの彼は、確かに、誰かがあのアプリを使うのを、つまりその結果死ぬのを避けたがっていた。誰かが止めるべきだと言っていた。あれに関わらなければ、占いをしなければ、死ぬことなどないのだから。
私は古賀 正芳を犯人だと決めつけていたのだが、間違いだったかもしれない……。
私は住職に礼を言い、寺を後にした。
ぬるい風が気持ち悪くまとわりつき、私の心と同じように、居心地を悪くさせるのだった。
―了―
はじめましての方、
お読みくださり、ありがとうございました。
二度目ましての方、
本当にありがとうございます。嬉しいです。
改稿版、いかがでしたでしょうか。少しは読みやすくなっていると幸いです。
もしご興味あられましたら、改稿前バージョンの『チャオ!』の感想欄にもおいでくださいませ。きっと楽しいです。
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