22『無慈悲な妖精』
「はっ……!」
「……っ!」
撫子色の髪をした少女は、その体から繰り出されるとは想像も出来ない動きで、植物達を操りながらも敵を攻める。
その敵も、錯乱した様子の全くない彼女の動きに戸惑っているように見える。
実際、戸惑っているのだろう。ラリアン達には効果のあった記憶の回廊が、同じ魔女である彼女には効かない。そして、これを見ながら今もひどい頭痛に襲われているラリアンにさえ、その仕組みは分かっていない。
しかし、彼女の参戦のおかげで、やっと敵を倒せる兆しが見えてきたようだ。初めは、彼女もこの頭痛に耐えうるはずがないと絶望していたのだが、彼女のあの俊敏な動きを見ていると、そんな考えさえ何処かへ吹き飛んでいってしまった。
「アナタ、すごく、すごく、いい動きをするノネ。アタシ、感心しちゃっタ」
「あら、お褒めに預かり光栄ですぅ。でも、そんなに嬉しくはないですねぇ」
「言ってることが、矛盾してると思うノダケレド……ッ」
「そうですか?ごめんなさいねぇ。考えるので精一杯で……、論理立ったおしゃべりは出来てないかも、しれません」
空中戦が繰り広げられる中、ラリアンは彼女達を目で追い、耳で追う。
戦況は、圧倒的にリンの方が優勢だ。敵……、ニンフはリンと植物達の攻撃を避け続けることしか出来ていない。あとは、ニンフの体力切れを待つのみのようだ。
「それにしても、あなたもすごいですねぇ。こんなにみんなが頑張ってくれているのに、それを全部全部避けるだなんて。妖精さんはみんな、こんな素早いものなんですかねぇ」
「アナタも、妖精じゃないッ」
「私ですかぁ?ああ、そういえばそうでしたね。忘れてました。長いこと眠ってたものですから、自分の今の姿がどう言う風だったか、すっかり忘れていました」
「言ってる意味が、分からッないのだケレド……ッ!?」
「いいんですよ。理解してくれなくて。どうせあなたは灰となって散る運命なんですから」
リンの声が冷たいものに変わったと同時に、薔薇の蔓が地面から勢いよく伸び始め、ニンフの体に巻き付いていく。
ニンフはリンと喋っていたからその存在に気付けていなかったようだ。避けるまもなく、蔓は肩辺りまでニンフの体を包んだ。
「クッ……」
「痛いですか?痛いですよね。当たり前です。薔薇の蔓は、無慈悲な刺付き。触れた者全ての血を流させます。そしてその刺には、この街のみんなの思いが含まれています。あなたは彼らと同じ妖精でもありますから、彼らは相当心が傷付いたことでしょう。そして彼らは彼らの持ち合わせる、その優しさ故に、同胞であるあなたを傷つけることができなかった。ですが、同じ妖精であっても、私は違います。彼らの心を、街を傷つけたあなたに、私の優しさは働きません。故にその冷たい刺で、あなたを傷つけます。そして、その刺はだんだんとあなたを縛り、命を少しずつ奪っていくでしょう。少しずつ、少しずつ。そう、ゆっくりと。でも、あなたはそれから解放されることはありません。傷ついた妖精と、植物達の思いが、あなたを縛り続けて放すことはないのですから。解放されるとしたら、あなたが息絶えた時でしょう。今更降伏しても、取り返しはつきません。あとは死ぬだけ……」
リンが喋る続けるのを再び始めようとゆっくり息を吸った時、あの甲高い声がまた発せられた。
「ジャア!最期にいいカシラ……?」
「ええ、どうぞ。最期の言葉を告げる機会を、あなたに差し上げましょう」
「ドウシテ、アナタには、私の記憶の回廊が効かないの……?」
ニンフの最期のどうしてかという切実な思いに、リンは慈悲たっぷりの笑みで応じた。
「さあ、どうしてなんでしょうねぇ?」
その言葉を区切りに、恨めしそうに目を見張ったニンフの肩の力が抜けたのが分かった。
その様子を確認したリンが、ふわふわとラリアン達の元へ降りてくる。
「終わった、のか?」
「ええ、おそらく。あの方も、あの頭痛がなければただの人……、いいえ。ただの妖精ですね」
言い直したリンに、ラリアンは微笑む。
あのラリアン達を苦しめた頭痛も、いつの間にか消え去っていたから、きっとニンフは死んだのだろう。
「いやーっ!大変だった大変だったっ!みんなー、おつかれっ」
リンとラリアンが向かい合っているところに、マオが調子のいい声を上げながら近づいてくる。
「大変だったって、私たちはほとんど何もしていないぞ?ほぼほぼリンのおかげだ」
「そうねっ!ほんと、あぶなかったわっ。リン、ありがとうねっ!」
「いえいえ。私は、私の守りたいものを守っただけですから」
「本当、ここにリンがいてよかった……」
いつの間にか近くにいたアテラノの声に他の3人が一斉に驚きつつも、頷く。
あんなに大変だったように感じたのに、リンがきてからと言うものの、あっという間だった。結局、ラリアン達はリンが来るまでの時間稼ぎだったとしか思えない。
「そうだっ!ニンフとか言う、妖精の死体はっ?どうする?」
「あぁ、それでしたら……、あれ?」
リンが力を使ってか、薔薇の蔓の束を解く。しかし、その蔓の中にニンフの姿は見えなかった。
「もしかして、逃げられたっ?」
「いえ。そんなはずはありません。掴んでいる限り、刺からは逃げられないはずですから……。本当に灰になって消えたとしか……」
彼女の声が途中で止まったので気になって蔓の中を覗く。するとそこには、見覚えのないものが転がっていた。
「金の林檎……」
その見覚えのないものの名称が、誰からか発せられる。もしかしたら、ラリアンだったかもしれないし、そうでないかもしれない。しかし、その場にいた全員がそれを異物だと判定し、首を傾げていたのははっきりとしている。
「なんだか、恐ろしいですね。念のため潰しておきましょう」
無慈悲なリンの言葉の後に、鋭く尖った植物の先端が金の林檎の中央を貫いた。
後には、穴の開いた黒い林檎が残るだけだった。




