21『集結』
「アイツ、街の人がいうには、妖精ってことだったよねっ!」
ようやく立て直したラリアン達は、飛び回る狂人を遠巻きに見る。
先程まではラリアン達に気づいていた様子だったのだが、何故かラリアンが倒れた後からあの調子だ。こちらに攻撃してくるでもなく、話しかけてくるわけでもない。
「そう言っていたと思うぞ」
「この翅音と、あの耳はそうだと思う。精霊の中でも邪悪とされる、妖精……。だけど、最近の妖精は邪悪とはされない存在になってたはず。でもアイツは、まさに邪悪の権化。意味がわからない」
アテラノの言う通り、そもそも妖精は邪悪な存在ではない。時が経つにつれそうなってしまっただけで、妖精も精霊も人と同じ魂を持っているのだ。
「生物の魔女として、アイツの悪行は絶対に見逃せないし、この街の人たちを助けてあげたいっ。リンを見つけるのは後回しになっちゃうけど、それでもいいっ?」
「もちろんさ」
「私は別にどっちでも……」
アテラノが言い終える前に、マオがパチンと気持ちの良い音を手のひらから立てて、溌剌とした声で言う。
「じゃあ、決まりねっ!パパッと終わらせて、ついでにリンも見つけちゃいましょっ!」
妙に静かな森だ、と少女は首を傾げる。
いつもなら、夕食の材料を採りに来る子供達が、楽しそうに森を駆け回る時間だ。それを眺めることを最近の楽しみとしていたのに。
──誰の声も聞こえない。
植物達を傷つけぬように、少女は背中の翅で森を飛び回り子供達を探す。しかし子供達は、どこにもいなかった。
不安だ。何かあったのかもしれない。子供達にか街全体にか、どちらかかは分からないが、きっと何かが起きたに違いない。
そう結論付けると、一気に胸が張り詰める。
──久しぶりに森の外へ出てみようか。
森の外にはれっきとした街がある。
とはいえ外と言っても、この街を知らない他人からすれば景色は大して変わらない。何故ならば、妖精達が住まう街も同様に植物で溢れているからだ。
あの風景が今も保たれているのならば、少女の自由も利く。
「もし本当に何かあったのだとしたら、私の名をもって、必ず“今まで通り”に戻して見せますわ」
「うっ……。頭が、痛い……。これじゃあ、まともに戦えないじゃないっ……」
マオもラリアン同様に酷い頭痛に襲われているが、相変わらず彼女の声にはハリがある。彼女のことだから、元気を失っていない間はまだ大丈夫だろう。
しかし一方アテラノは、元々があまり喋らないというのに、頭痛のせいか全く口を開かなくなってしまった。
「この頭痛、どうにかならないのか……?」
ラリアンの悲痛の声に、頭上で飛び回っていた狂人がなお飛び回りながらその答えを出す。
「アハハっ。ムリムリ。だって、アタシのカノウは、記憶の回廊。誰も抜け出すことは出来ないモノ」
耳をつんざくような笑い声に、高い声。頭痛との相性は、最悪だ。
「抜け出したいのナラ、何も考えないことネ」
──何も考えなければ、何も出来ないではないか。
「何も、考えないんじゃ、ない……。考え、続けるの。じゃないと、記憶に、飲み込まれちゃう……」
突然口を開いたアテラノに驚きながらも、彼女の言わんとすることを理解しようと、頭を無理やり働かせる。
──考えないのではなく、考え続ける。でないと、記憶に飲み込まれる……。
おそらく、狂人の言う記憶の回廊というものは、記憶をひたすら思い出させ続けるようなものなのだろう。その記憶から目を背け続けるには、別のことを考え続けなければならない。
しかし、考え続けると言っても酷なものだ。考えるときは大抵、自然とあることについて考えようと思って考えるのだから。
「サア、諦めなさい。考えるコトを、思考するコトを、諦めるノ。ソウスレバ、楽になれる……。そして、アタシに見せて。ソノ、悲しみのキオクを……」
これで、諦めてしまっていいのか。だが、アレをまた見るなんて、絶対に嫌だ。これ以上傷つきたくない。
だんだん魔女達の力が抜けてきた頃、街は植物による浸食が始まっていた。大きな葉は傷ついた家々を覆い、緑に染めていく。
そして、その植物達の先頭では、一人の撫子色の頭をした少女が歩いている。
──その様子はまるで、植物の頂点に立つ女王のようで……。
「リ、ン!?」
意識が朦朧としているはずにもかかわらず、マオがその姿を捉えかすれた声で叫ぶ。
ラリアンは、久しぶりに見る少女の姿に懐かしさを覚えながら、この先の展開に希望を抱き、そしてまた諦観に変わる。
いくら彼女であっても、この頭痛に勝つことはできまい。考える脳を持つ以上、記憶の回廊からは逃れられないはずだ。
「あら、久しぶりですね。来られてたのですか?歓迎しますぅ」
そういって彼女が服の裾を持ち上げるので、その他の全員が突っ込む。
「そんなことしてる場合じゃ!」
「えぇえぇ。分かってますよ。大丈夫です。この街は、私が守ります。皆さんはそこで頭を抱えながら見ててください。一瞬で片付けて見せますから」
と、再会したばかりにもかかわらず、自信満々に言い退けたのであった。




