19『後悔したって仕方ないぜ』
「「でっけえ……!」」
自分の10倍はありそうな巨体を見つめ、直人とカンジは感嘆を漏らす。
誰が見ても憤慨していることがわかるエリスのその怒りの矛先は、間違いなく直人達だろう。直人が彼女の携帯していたオレンジを真っ二つにしたことで、彼女は巨大化してしまった。
そして、普段頭の回らない直人でも確実にこれだけは分かる。
──この戦いは、ほぼ勝てる見込みのないものに変わってしまった。
これだけ大きくなられてしまえば、彼女が少し足を動かすだけで直人達はぺしゃんこになってしまうだろう。
しかし心強いのが、狂人と化していた人々の意識が戻ってきたことだ。これで彼女に対抗できる味方も増えた。あとはこの状況を説明して、戦ってもらうだけでいい。
「あのー、みなさーん」
大声で呼びかけるも、彼らはこちらを振り向きもしない。
直人はもう一度叫ぼうと深く息を吸い、あ、と言いかける。
「おい」
「え?あっ、はい」
突然後ろから肩を掴まれたので、何かしてしまったかと思い、首を後ろに回す。
「あ、隊長!無事だったんですか!?」
見覚えのある偉丈夫の顔を発見し、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
偉丈夫は苦笑いをすると、勝手に殺してんじゃねえよ……、と呟き、直人の頭を乱暴に撫でた。
「お前さんも、生きててよかった。……にしても、あいつはなんなんだ?やべえやつってぇのは分かったんだが、あんだけデカくなれる魔法、俺は知らないぞ?」
「隊長、そのことなんですが……」
直人は遠慮がちに、隊長の凛々しい目を見つめる。
そんな直人の遠慮もお構いなしに、隊長は不機嫌そうな声を漏らす。
「ああ?なんか知ってることでもあるのか?」
「いや、違くて、その……。あいつを倒すのに協力していただけないかと思いまして……」
やっとのことで勇気を出して提案したものの隊長は、
「は?お前、何言ってんだ?」
と言い放った。
直人はまさか拒否されるとは思ってもなかったので、絶句する。
しかし、それは拒否ではなかったようで、隊長は至極真面目な顔で当たりめえだろ、と続けた。
「あいつ、散々俺達の街を荒らしやがって……。絶対に斬り刻んで痛い目に合わせてやる」
その言葉に、直人は肩の荷がふっと降りたような気分になった。
隊長に協力してもらえると非常にありがたい。感謝の意を込め、勢いよく頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「礼はいらんさ。言われなくても、あいつはぶちのめす。そう最初っから決まってたんだからなあ」
心強い隊長の筋骨隆々なか背中を見つめ、直人は剣を構え直す。
辺りを見回せば、隊長の様に思ってくれていたらしい人々が、エリスに向かって剣を構えている。
どの背中にも、怯えは一切感じられない。
「うちの街のやつらも協力してくれるみてえだ。ありがってえ話だなあ」
「そうか。良かった。これでなんとかなりそうだな」
いくら敵が大きくなろうが、多勢に無勢だ。これだけの人数がいれば、巨大化したエリス相手でも光明は見えるだろう。
「よし!敵は一人だ!みんなで協力しあおうぜ!」
気合を入れて叫ぶと、予想外にも野次が飛んできた。
「おいおいお前さんや!俺らに指示すんじゃねえぞっ。いくら剣がうまくなろうが、俺らにとっちゃまだピヨピヨだぜ。冗談は剣の腕だけにしとけ!」
直属の上司に言われたら何も言い返せない。しかし、その言葉は直人への愛情のようなものなので、軽く返す。
「すんません!」
そしてその言葉に少し遅れて、どこかで聞いたことがある声が街に響く。
「ありがたいことに標的はでかい!お前ら、余裕持って行くぞ!」
「あいっ!」
騎士の街のギルド団長が叫ぶと、大勢の仲間が応じる。
──やはり、団長の力は偉大だ。
最初に会ったきり話せたことはないのだが、たまに修練場に様子を見に来ていたので、どれだけ信頼が厚いのかを直人はよく知っている。
やる気を漲らせた仲間達は、それぞれ剣を硬く握り、駆け出す。それに合わせて直人達も走り、巨大な敵の足元へ向かう。
「足を崩す!相手は巨人だが、その分動きが鈍いはずだ!焦るなよ!」
団長の指示に従い、エリスの足下に到着した直人達は、彼女の硬そうな鎧に向かって剣を叩きつける。
しかしカーンと心地の良い音が響くのみで、鎧は傷つく様子を見せない。他の仲間も同じような状況に陥っているようだ。
「くっそ!かってえぞ、こいつ!」
そのあまりの硬さに、仲間の誰かが叫ぶ。
「どっか、肌でてねえか!?」
その声に、直人は必死で露出部分を探すが、なかなか見つからない。
「ないです!」
「こっちもねえ!」
「こっちもです!」
様々な声が飛び交うも、それはすべて否定のものばかり。やがて声が少なくなり、露出部分は一切存在しないことが証明される。
直人はエリスを見上げ、上部にも露出部分がないかを探す。そしてエリスが、大槍を持ち上げようとしているのを確認する。
「やばい!攻撃、来ます!」
直人の叫び声に、空気が張り詰める。
そして、道の幅は優に超えそうな大槍が持ち上げられ、一気に下ろされる。その衝撃で街のタイルにヒビが入ると、地面に衝撃が走る。
立っていられないほどの衝撃が体を走り抜けると、今度は腰の高さあたりまでの太さの槍の棒が横から迫ってくる。直人は即座に跳び超えるが、何人かは跳び越えられずにひっかかったまま飛ばされる。
「やべえぞ、あいつ。あんなでけえくせに、動きは案外早いぜ。このままだと、街はすぐに全壊しちまう」
カンジがエリスの様子を窺いながら話しかけてくるので、直人も同じようにしながら応じる。
「すまん。俺があいつのオレンジを割ったからかもしれない。割らなくても、奪うとか他に方法があったかも知れないのに……」
「いっや。起きちまったことはもう後悔したって仕方ないぜ。今は、あいつをぶっころすことだけかんがえりゃあいい」
「そう、だな」
──起きてしまったことは仕方ない、か。
ならば、それを取り返すために直人が努力をすればいい、ということか。
カンジの雑な奮励を自分なりに解釈し、エリスを再び観察する。
彼女と共に大きくなった槍には、変わらず金のリンゴが描かれた紋章がついており、それは先程よりも鮮明に見える。
じっと目を凝らし、紋章の細部を確認しようとし、直人は気付く。
紋章にはいくつか物が描かれているが、色が付いているのはリンゴだけで、そのリンゴの周りには蛇のような細長い何かが描かれている。
また何かを思い出しそうな感覚を覚えながら、リンゴを注視する。
「あれ?」
「あ゛?どっした?」
「い、いや、何でもない」
──あの金のリンゴが本物に見えたのは、きっと見間違いだろう。




