18『守るために』
「カッコつけたはいいけど、カンジ、お前なんか作戦でもあるのか?」
直人の素朴な疑問に、カンジはこちらを向きもせずにはっきりと言う。
「ねぇよ。あったりめぇだろ」
「やっぱりな」
そう突っ込んでおきながら、直人の方も何も考えていないのだが。
「とにかく、あいつの一番こええところは洗脳だ。それに抗う方法が見つからねえ限り、あいつとは真っ当に戦えねえよ」
「そうなんだよなあ」
洗脳を使える上に飛べて、直人達と比べ物にならないぐらい強いとなれば、もう勝てる気がしなくなってくる。
それでもやらなければ、直人達が死ぬだけだ。仲間達を救うためにも、何か策を立てなければ。
槍を持ったエリスは、こちらの出方を伺っているのか、攻撃はしてこない。
血に濡れた重鎧を纏った彼女に隙は無いように見える。だが、何かしらの隙はどこかにあるはずだ。隙がない人などいない、と誰かが言っていたような気がする。
「なあ、あのリンゴ気にならないか?」
「リンゴ?あぁ、あれか」
カンジは直人の指差した方向を振り向くと、直人と同じものを発見したようだ。
その直人の指差した先には、エリスの槍がある。その槍の紋章に、直人の言ったリンゴが描かれているのだ。
「でもよぉ、あれ、リンゴって言えるのか?だって、あれ、赤じゃなくて……」
「金、だな」
──金のリンゴ。
昔、明日香がその逸話を話していたのを聞いたことがある。確か、神話の中で出てくるのだとか。だが、この世界では前の世界の神話はないはずだ。だから、別の意味合いがあるのだろうが……。
「弱点、にはなりそうにないな」
「まぁ、あいつが属してるギルドの紋章とかなんだろうぜ。つーかおめぇ、そんなものより気になるもんがもっとあるだろ」
「えっ、なになに?」
「あいつ、さっきからなんも仕掛けてこねえ。ただあの気持ち悪りぃ顔で突っ立てるだけだ。どう考えてもおかしいだろ?」
確かに、おかしい。体感的にはもう5分は立っているはずなのに、エリスは微笑を浮かべて立っているだけだ。しかも、彼女の洗脳の力で見境なく争い合っている人達も、こちらには全く寄って来ない。
何か理由があるに違いない。その理由が分かれば、戦う策にもなるかもしれない。
「仕掛けて来ない限りは、そのまんまでもいいと俺は思う。こっちから仕掛けるにも、俺たちはなんの策もないわけだし」
「ま、そっだよなぁ」
直人は再び敵の観察を始める。重鎧をつけているから、動きは遅そうだ。槍との戦闘は、きっとなんとかなる。それに、こっちは2人だ。数の暴力は、相手がどれだけ強くたって働くはず。そう考えれば、直人はなんだか自信が湧いてきた。今なら行けるような気がする。
「よし。決めた。俺が、あいつの正面をやる。隙が出来たら後ろから叩いてくれ」
「おい、でもっ……」
「今なら出来る気がするんだよ。俺を信じて欲しい」
「わぁったよ」
カンジを説得した直人は、敵を見据える。槍はきっと、突きがメインの武器のはずだ。それを避けることが出来さえすれば、隙は見えるはず。
何故か湧いてきた自信を増幅させながら、直人は剣を構えて歩き出した。しかしその間も、エリスは気味の悪い笑みを浮かべたままだ。背中に湧き立つ悪寒を振り払いながら、直人はじわじわと進む。
「ああ、やっと戦う気になってくれたんですねぇ。ワタクシ、すっごく嬉しい気持ちでいっぱいですぅ。さぁ、戦いましょう!いったい、貴方はどんな闘志を見せてくれるのかしらぁ!」
「がぁっ!」
戦闘を始めてから数分後、直人は槍に太腿を貫かれる。その槍はすぐさま引き抜かれ、反動と痛みで直人は勢いよく後方に飛んだ。
「いってぇ……」
堪らず直人は剣を放して脚に空いてしまった穴を塞ぎ、もがく。
こんな痛みがあるだろうか。先程腹を貫かれた時もそうだったが、今まで味わったことのないような痛みが、直人を襲う。
勘弁してよと思いつつ、今にも気絶してしまいそうになるのを気合でなんとか堪えながら、駆け寄ってきたカンジの腕にもたれる。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないのはみたら分かるだろ……。めっちゃ痛えよ」
「だろっな。見るからに痛そうだァ。いったん退くか?」
「いや。まだ、大丈夫……っ」
「おい。大丈夫じゃねえって言ったのはおめえじゃねえのかよ……。おら、たてよ。少しなら俺が治してやる。傷口塞ぐだけだから、無理すんじゃねえぞ」
カンジが手を差し伸べてくるのを取ろうとしつつ、カンジのさりげない一言に疑問を抱く。
「えっ、カンジお前、傷治せるのか?」
「まあっな。でも、治癒術師みてえには出来ねえぞ。」
「すげーな、お前。……お願い」
「了解っ!」
エリスが再び攻撃を仕掛けて来ないのをいいことに、直人達は呑気に喋り、治療を始めようとしている。それを見てなのか、エリスは恍惚とした表情で直人達を急かす。
「はやくしてねぇっ。ワタクシ、もうまちきれないのっ。あぁっ、いいわ、いいわねっ。さあ、はやく、はやくぅっ!」
どうしてエリスは、この隙だらけの状況で攻撃を仕掛けて来ないのだろうか。もし彼女に隙が出来たなら、直人は間違いなくそれを突きに行くだろう。それはもちろん当たり前の戦い方だし、戦いの間に隙を作る事自体が本来は有り得ないのだから、彼女にとっては絶好のチャンスであろうに。
「……ワタクシは、絶対に勝てる戦争は好きではありません。何故って、楽しくないじゃないですか。だから、ワタクシは貴方達を待つのです。いくらかかっても構いません。ワタクシは、貴方達と戦うのが楽しくて仕方ないのですから」
また直人の思考を読み取ったのか、エリスは勝手に一人で喋りだす。つい先程まで直人達を急かしていたのに、今度は待つときた。狂人の考えていることは意味不明だ。
──待ってくれるのならそれでいい。その理由なんて知ったこっちゃない。
未だに痛む脚の穴。カンジが必死に止血しようと頑張ってくれているが、なかなか血は止まらない。
「痛ってえ……」
「待っとけよ、ナオトっ。あともう少しだからっ」
治療が終わるのを待ちながら、直人は呆ける。
──この戦い、果たして勝てるのだろうか……?
傷ついた状態では、まともに剣も振れない。その上、狂人状態の時に大分体力を消費してしまって、すでに直人は満身創痍だ。ついさっきまで勝てると思っていた自分が信じられない。
「さっ、傷口が塞がったぞ。痛いとは思うが、これ以上は俺にも無理だ。立てないくらいなら、ここは諦めて医療部隊がいるとこまで走っぞ」
「ああ……。ありがとう」
カンジに感謝の言葉を伝え、直人は脚に開いた穴が塞がったか確認する。血は止まっているようで、カンジが巻いた包帯は白い。
試しに包帯の上から傷口を触ってみると、ビリビリと体に電気が走ったかのような痛みが直人を襲う。やはり、完全には治癒していないらしい。
直人は深く息を吸って、ゆっくりと吐く。
「どっした?立てなさそうか?」
「いいや。多分、立てるとは思う」
「そっか。無理すんなよ」
いつもと変わらず優しい言葉をかけてくれるカンジに、直人は呟く。
「なあ。俺たち、あんなやつに勝てると思うか?」
「勝てなかったら死ぬだけだ」
「でももうさ、俺、こんな痛い思いしてまで戦えないよ。きっと、あの矛先を見るたびに、この傷の痛みを思い出すことになる。そしたら、もう俺、剣を振れなくなると思う」
「おめえ、なんのために今まで剣を振ってたんだ?」
「え?」
「だっから、おめえ、何のために剣を握ってたんだって聞いてっだろ」
「つい最近言ったばっかりじゃないか。理由はないって」
理由は、ない。本当に。
「理由がなくってまともに剣振れるやつなんかいねえよ。俺は、街の奴らを守るために剣を振ってる。お前は何だ?」
「……」
明日香を守るため、なはずだった。でも、守れなかった。じゃあ、なんで剣を振ってる……?
自問自答を繰り返すも、一向に答えは見つからない。
『直人なら、出来るよ』
ふと、昔彼女に言われた言葉を思い出した。サッカーの選手選抜の前日だったはずだ。珍しく直人が明日香に不安を漏らした時、彼女はそう励ましてくれた。
「俺なら、出来る……」
胸の中に、さっと暖かい光が射し込んだ。
──明日香は、生きてる。
何故だかそう思った瞬間、直人の剣を振る理由は定まった。
「俺の剣を振る理由は、大切な人を守るため。ただそれだけだ」
「そうかよぉっ。なら、これからも剣を持って戦い続けなきゃなんねえなあ」
「ああ。守るためには、ここで死んでられないな」
──それに、明日香も探さないと。どこにいるかは分からないが、きっとこの世界のどこかにいて、彼女は生きている。
直人は立ち上がって、剣を構える。少し脚の傷は傷んだが、こんな傷どうでもない。
暖かい気持ちで、直人は明日香の顔を思い出す。この武勇伝を彼女に伝えるまでは、絶対に死ねない。そのあとも死ぬつもりはないが。
「よっしゃあっ。仕切り直していくぞ!」
「おう!」
「あらあ。やっとやるきをだしてくれたのねえ。ワタクシ、うれしいわあ……っ!」
エリスが槍を構えて突っ込んでくるのを確認すると、直人達は彼女を挟み込むように二手に分かれた。
直人は左に走ったので、右側に彼女を確認しながらタイミングを図る。すると、彼女の腰に見覚えのあるものが提げられていた。
「オレンジ……!?」
どうして戦場にオレンジを持ってくる人がいるだろうか。疑問に思ったと同時に、直人はオレンジ目掛けて剣を振る。
するとオレンジは、少しの抵抗感とともに真っ二つに割れ、無残にも片方が地面に落下する。
何故それを斬ろうと思ったか直人にははっきり説明できないが、直人の直感がそうしろと言っていたから、斬った。
「あ、あ、あぁあぁぁああぁあああああ?」
一瞬でそのことに気がついたのか、エリスは奇声を上げながら目視せずに腰に残ったオレンジを触る。
「ワタクシの、ワタクシの金の林檎がぁっ!?」
「金の林檎ぉ?」
何が起こったのか把握できていないカンジが、エリスの謎の発言を復唱する。
その間にもエリスは、地面に落ちたもう片方のオレンジを拾い、もう片方とくっつけようとする。しかし、割れてしまったものは元に戻らない。
よほどショックだったのか、彼女はずっと早口で何か言っている。
やがて彼女はオレンジを元に戻すのを諦めたのか、握っていたオレンジを地面に落とした。
「あぁ……。もう、やめましょうか。甘やかすのも、弄ぶのも。ワタクシは満足したら帰ろうと思っていたのに、まさかこんなことになるなんて。ええ。そうですよね。やめましょう。本気でやりましょう。楽しいのはここで終わりです。ワタクシの大切なものを奪った報いを受けさせなければ……!」
「なんっか、やばくねーか?」
いつの間にか近寄ってきていたカンジが、そんな感想を口にする。
ちなみに、直人も同じように思っていた。してはいけないことをしてしまったのではないかと。
「ふ、ふふ、ふふふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふ……!」
直立した彼女は、虚な目を虚空に向けて、肩を震わせる。
そして、信じられない光景を直人達は目にすることとなってしまった。
彼女が正気──元々狂気ではあったが──でなくなってしまったことにより洗脳から覚めた人々が、武器を振るうのをやめて一斉にエリスを見た。
ある人は恐怖で地面に尻餅をつき、ある人は剣を取り落とし、またある人は洗脳関係なく悲鳴を上げ始めた。
その理由は……。
「でっかくなってる……!」
巨大化したエリスが、まるで愚かな人間を嘲笑うかのようにこちらを見下していた。




