16『争い』
「くっそ。集中出来ねえ」
剣を振ろうにも、どうもなんだか上手くいかない。集中力が完全に切れてしまっている事は明確だ。
しかし、戦場に立った以上、剣を振らない訳にはいかない。そう隊長にどやされ、直人は今仕方なく剣を振っている。
ただ、直人は思ったのだ。人を傷つけることが出来ない直人が戦場に立つことの意味はあるのか、と。
ただ剣を振り、敵の武器を落とすだけ。無論、それでは敵は倒れない。再び剣を手にして向かってくる。
直人は別にそれでいい。しかし、それではキリがない事ぐらい、隊長も理解しているはずだ。
「魔法が使えればな」
実を言うと、直人は魔法が使えない。剣に余生を捧げると半ば誓ってから、魔法を習う機会なんて一度もなかった。
それに、ここは騎士の街で、魔法が使える人もごく一部だ。そしてその一部は魔法騎士といわれ、位が高いため、下っ端騎士の直人なんかでは習うことも、会うことさえも出来ない。
「ないもんをねだっても仕方がない、か」
意味もなく剣を振り回していては、またいつか油断して刺されてしまうかもしれない。しかし、傷つけられ命を落とすことに対して、直人は何の抵抗もない。全てを失い、生きる意味も既にない。ならば今すぐ死んでしまえ。直人がそんな風に自堕落的な考えに陥っている時、女性の悲鳴が街に響いた。
「あぁあああぁああああああっ!!!」
「何だ……!?」
悲鳴が聞こえた方向を振り向くと、皆武器を振る手を止め、ある一点を見つめていた。
直人も、野次馬根性でその視線の先にあるものを覗くために、敵からの攻撃の可能性も鑑みず人だかりの中に分け入った。やがて視界から人が消えていき、遂に悲鳴の元凶であろう女性のみが見える。
「……っ?」
特にその女性に問題は見られない。しかし、彼女はその場の全員から囲まれるように距離を取られ、直人も含め、見る者は皆彼女に怪奇の目線を送っている。
「あははっ、あははははっ、あははははははははははははははははっ!」
笑っていたのだ。
ただひたすら、彼女は腹を抱えて笑っていた。
何に笑っていたのか、誰も分かっていないようだ。しかし、彼女から目を離すことが出来ない。無視することが出来ない。
「戦争って、楽しいよねぇ!?」
やがて笑いを止めたかと思えば、出てきたのはそんな言葉。明らかに、彼女は直人達にとって危険人物である事は間違いない。
今すぐ逃げなければ、やられてしまう。殺されてしまう。
そう分かっているのに、足が、目が離せない。
「どうしたの!?みーんなみーんな、ボーッとしちゃって!?それじゃあおもしろくないじゃない!?ほら、はやくやりましょうよ!?」
その悲鳴に似た声と同時に、頭の中で鐘を打たれているかのような、耐え切れないほどの頭痛が走る。
視界が、ぼやける。目から火花が散っているかのような痛みが、続く。
「うぅ……っ」
頭を抱えその場に蹲み込んでしまった直人は、この戦場がより壮絶なものになることを想像した。
その理由は分からない。だが、この頭痛が新たな不幸を招く事は容易に想像出来た。
「ワタクシは、エリスですわ。主に従順に仕え、戦争を好む者。よろしくたのみますわね?」
赤髪を頭の上で綺麗に団子状に纏め上げた青い瞳の女性は、ドレスの裾をくいと上品に上げ、倒れ込む人々の前で敬意を払うように一礼した。しかしその青眼の奥には、獲物を虎視淡々と狙う獣の貪欲さが潜んでいる。
──危険だ。ここから逃げなければ。
命を落とすことも恐れていなかったはずの直人は、その獣を前にして逃げ出すことしか考えられなくなっていた。
「さあ、美しい戦争を再び始めましょう。ワタクシは、争っている貴方の顔が大好きなんですよ?」
そこから直人は、意識を失っていた。
「もしかしてあいつ、敵陣に突っ込んだのかっ!?」
「ああ、そうだ!見てくる、って言ったかと思えば、跳んで行きやがった」
「跳ぶって?」
「脚で、だ」
「やっぱあいつぁ、アッタマイカれてんな」
「否定はしねえ」
カンジは、戦略図を見て頭を抱える。
確かに、戦況に詰まっていたが、まさかそれを伝えるなり、向こう側に突っ込むだなんて、予想外だ。
「あいつを止めないと、うちの奴らも危ねえっ」
「そうだな。カンジ、お前策はあるのか?」
「ねえよ。あいつを止められんのはこの街にも、あっちの街にもないはずだ。だから、行くなっつってたのに……」
「だが、こうなる可能性は初めからあったぜ?あいつは、あからさまな危険人物だったじゃねえか」
「まあっな」
カンジは彼にそう言われるなり、あの頭のおかしい協力者との出会いを思い出していた。
「ごめんくださーい」
「なんっだ?」
「ワタクシは、エリスですわ。主に従順に仕え、戦争を好む者。この街のお力になりたく、参りましたわ」
赤い髪をした彼女は、恍惚とした目でカンジを見つめる。
不思議とその目に心を奪われてしまったカンジは、彼女を疑いもせずに街へ通した。
その日のうちに、武士の街では話し合いが執り行われた。
確かに、武士の街と騎士の街が対立していて、いつでも戦争が起きてもおかしくはない状況、という設定ではあった。しかしそれは名目上で、実際は冷戦状態、戦争が始まる事は今後ほとんど起こり得ないだろうと言われていた。
だが、彼女の認識は違った。戦争は絶対に起こす、と断固として譲らなかったのだ。
カンジは、正直反対だった。もう既に騎士の街に居座っていたし、戦争も好きじゃない。だが、他の人々は戦争に賛成した。
みんな、おかしくなったのだ。彼女が来た後、狂気に陥ってしまったかのように刀を振り、騎士の奴らを殺す、と呪文のように唱え、遂に戦争を起こしてしまった。
でも、本当はみんな、優しい人達なのだ。戦争を起こせるような人達じゃない。だから、彼女が何かを彼らに施したのだと、そう疑っている。そしてその力をカンジは洗脳と呼び、仲間に警戒を促した。
幸いにもその言葉に耳を傾けてくれた一部の人達は洗脳が解け、カンジと共に戦争を止めようと動いてくれている。
──兎も角、頭のおかしいエリスを止めなければ、戦争は終わらない。
策はない。が、力はある。みんなが、ナオトが、洗脳にかかるその前に、エリスの元に辿り着かなければならない。
カンジも大切な人を守るために、疾走していた。




