9『夢の雫』
「雲上の街と言っても、実際に雲の上にある訳ではありませんよ?非常に高い山の上に存在しており、雲も下に出来ることから、雲上の名が付けられた、と私は伝え聞いております」
「がく、えん……」
彼女が長く説明している間にも、ルイは学園という名に引っかかっていた。
初めて聞いた言葉だ。どういう意味を成すかは、見当もつかない。
そのことに引っかかっていたせいで、ルイは彼女の説明を耳に入れてさえもいなかった。
「ちょっと、アルベラさん?聞いています?」
「あっ、ごめんなさい……」
「まあ、いいです。私からは説明したので、次はあなたの番ですよ。あの場所にいた理由を詳しく聞かせてください」
「えーっと……」
ルイは詳しい事情まで話すべきか迷う。実際、どういう経緯で街から街に飛ばされることになってしまったのか、ルイは 全く理解できていないので、説明しようと思っても上手く出来る気がしない。
一先ずすぐには答えようとはせずに、これまであった事を頭の中で整理する。
始まりは、ナツメがこの世界に来たことだった。
それから人探しの旅に出るために暮らしていた街を出、地下の街で命の危機に遭い、中央の街でナツメを失った。
そして死者が復活したかと思うと、中央の街から魔法で飛ばされこの街まで来てしまった。
「ルイは、魔法にかけられたの。わるーい人に。でも、生きてた、の」
「魔法?何故ですか?」
「わかんない。でも、逃がしてあげる、って言ってた。もしかしたら、すっごくわるい人ではないのかも……」
ワンがナツメを殺した悪い人であることはルイの中では変わらないが、最後に残した台詞がずっと心の中で引っ掛かっているのだ。
──逃がしてあげるが次はない。
何故彼はルイ達を一思いに殺さなかったのか。その疑問は彼に会うまで解消されないだろう。
「……なんとなく、事情は分かりました。それと、もうひとつ質問があります」
「なあ……んですか?」
「あなた、住むところはあるのですか?」
「あ……」
そう言われれば、ない。まあ、当たり前だ。お金はここにずっと居られる程は持ち合わせていないし、働いて稼ぐにもルイはまだ子供。泊まるところも、食べる物もない。
「無いようですね。……では、良い提案があるのですが、聞きますか?」
「いい提案?」
「あなた、この学園に通いませんか?」
「さっきはごめんなさいっ!見た途端に逃げちゃって」
「あ、ううん。いいの。気にしてないから」
ルイがそう返答すると、目の前で手を合わせていた少女は、手を下げてにこっと笑った。
ルイは今、彼女の家の寝室内にいる。ルイの宿事情はどうにかなったらしい。
「それでそれで、あなた、お名前は何て言うの?」
「ルイは、ルイナ・アルベラなの。ルイって呼んで、なの」
「ルイちゃん!よろしくね。私はミラロア・ドポギネス。ミラって呼んでね」
彼女は、手をルイに差し伸べる。ルイがその手を取り握ると、彼女も握り返してくれた。
「うんっ。よろしくね、ミラ」
握手を交わし終わると、ミラはパッと手を叩き、明るい声を出す。
「そうだっ。理事長が学園の説明してあげてって言ってたんだった」
「んー?」
ミラは、一呼吸置いて話しだした。
「さっきルイちゃんが寝てた所はね、ミーランス魔法学園って言って、いろんなお勉強をする所なの。私も通ってるんだけど、ルイちゃんも通わせてくれるんだって、理事長が言ってたんだ。それで、ルイちゃんも聞いてたかもしれないけど、ルイちゃんはお家が無さそうだから、うちに住む事になったんだよ」
「うん。そこまではさっき聞いたの」
「うん、そうだよね。でね、ルイちゃんにさっき魔法石に触ってもらったんだけど、ルイちゃん、私と同じ歳だったから一緒に通えるんだって。だから、明日からもう授業があるの。それでね、理事長が私に、ルイちゃんのこと見守ってあげてね、って言ってたから、私頑張るね!」
「うん、なの」
話し疲れたのか、ミラはふうと息を吐く。そしてこちらを向いてにかっと笑った。
「教科書とかは、先生が明日渡してくれるって。だから、今日はもう寝よ。明日からは私がもっとたくさんいろいろ教えてあげるから」
「うん、ありがとうなの」
「明日は、6時に起きるから、夜更かししないでね。眠くない時はお母様に眠くなれる魔法かけてもらえるようにお願いするから、言ってね」
「うん、おやすみなさいなの」
「おやすみなさい」
1日ぶりに屋内で、妙に柔らかいベッドの上に寝転がったルイは、すぐに寝入ってしまったのだった。
「この子の名前は、ルイナ。ルイナにしましょう」
誰か、懐かしい声がする。
「いい名前だな。いい子に育ってくれるといいな」
この声も、懐かしい。一度も聞いたことのないはずの声なのに、何だか、懐かしい。
「みんなー!逃げろーっ!政府軍が来たぞー!」
そんな声が、遠くから聞こえる。
「くそっ。こんな時に!」
「あなた!」
「君はこの子と共に逃げろっ。僕は大丈夫だ。きっとまたこの子に会ってみせる。僕達の絆は、このくらいじゃ切れない。さあ、行くんだ!」
自分を抱きかかえる女性の喉の奥が鳴る音が聞こえると、激しく体が揺れ出す。
遠くに数々の悲鳴が聞こえ、戦火が上がる。
そして、自分の頰に雫が落ちてくる。
──それは、ルイを抱きかかえる女性の涙の雫なのであった。




