8『シンジュ』
「うわーっなの!」
何故だか空中に放り出されてしまったルイは、受け身を取る用意をしながら叫ぶ。
家の屋根から飛び降りたり飛び移ったりしたことは何回もあるのだが、流石のルイでもそれ以上の高さから落ちた事はない。
──ツノを出して威力を減らしたほうがいいかも知れない。でも、それだけで足りるとも思えない。
何か緩衝材のような物があれば……。
そんな願いを持って、落下先を見渡すと、良さそうな物があった。ただの木だが、地面や建物の屋上に落ちてしまうよりはマシだろう。
大木を目指し、体を動かす。目的があれば、空中で移動する事はルイにとって造作も無い。
体全体に力を入れ、旋回。丁度木が真下に来たあたりでルイは地面に背中を向けた。
ツノから放出されたオドを身体全体に包めばルイにできる事はもう無いので、大木が落ちて来たルイをしっかり受け止めてくれることを願う。
耳に、吹き抜ける風の音を感じていると木がいつの間に近付いていたのか、ルイはガサガサと緑葉茂る木の枝に絡められていった。
「いてて……」
──ひどい目にあった。
オドのお陰で怪我はせずに済んだが、数々の枝が肌をかすめていったせいで痛みがいまだに残る。
とにかく、危機的な状況から脱する事はできたので、ルイは一安心し、ふう、と息をつく。
「ここ、どこだろ」
生還することに無我夢中でいたため、大木の周辺に何があるのか確認していなかった。とりあえず痛みが取れるまで、大木の幹に背中を預ける。
見渡すと、この大木の置かれた状況が目に見えて伝わって来た。
どうやら木があるのはここだけのようで、周りには手入れされた生垣と花畑が広がるのみだ。
今は夜だが、このままじっとしていれば、誰かがルイを発見してくれるかも知れない。
そのことに安心したのか、ルイは足りない睡眠を補うように寝てしまった。
「きゃーっ!女の子が、神樹の下に!」
「んん……」
ルイは、何者かの叫び声によって眠りから叩き起こされる。
ぼやけた視界がだんだんと晴れていき、遠いところで尻をついている同年代らしき女の子を映す。
ルイは同年代の女の子がいたことに驚いたが、自分が生きていることをアピールするために彼女に向かって手を振ってみた。
すると女の子は、口をパクパクとさせたかと思うと、叫びながらどこかへ走り去って行ってしまった。
「ルイはおばけじゃないんだけどな……」
その数分後、今度は彼女ではなくだいぶ年上の、数人の女性がルイの様子を見に来た。
見た目ではラリアンより年上に見える彼女らはルイを見ると少し驚いたような顔をしたが、すぐさま元の顔に戻してルイに問うた。
「あなた、名前は?」
「ルイナ・アルベラなの」
「アルベラさん。あなた、どうしてここにいるんですの?」
ルイに向かって上から喋りかけてくる彼女の切れ長の目が光り、ルイに軽い恐怖を与える。
「る、ルイは、空から……、来たの」
そう口にしてから、自分の言ったことが他人には誤解を与えてしまうものだと気が付く。
「空から?」
「えっと……。魔法をかけられちゃって……」
「なるほど?なんとなく事情は察知致しました。とにかく、授業がもう少しで始まってしまうので、私と共に行きましょう」
彼女は真顔のままルイに手を差し出した。
この手を受け取らないと怒られてしまうような感じが何故かしたので、渋々ながらも手を重ねる。
そのまま彼女が立つように促して来たので、ルイは片方の手を木の根に置き、力を入れて立ち上がった。
彼女に手を引かれ、ルイはどこかへ連れて行かれる。
何もわからないままにも関わらず落ち着いているルイは、会話を始めた彼女らに耳を傾ける。
「この子、絶滅寸前のリキユン族ではありませんか?」
「ですが、神樹の下で倒れていたのですよ?神の使わした子だとは思わないのですか?」
「ちょっと、お二人様?お黙りくださいな。この子も聞いています」
2人の会話を、ルイの手を握る女性が止める。身分では彼女の方が上らしく、2人はすぐに黙った。
「とにかく、今後の対応は理事長である私がいたします。先生方はそのまま授業の方をよろしくお願いします」
「「「了解致しました」」」
「さて、あなたが神樹の下にいた理由を聞かせてもらいましょうか」
「えーと……、神樹?」
ルイは神樹が何を示しているのかわからず首をかしげる。
「先程あなたがもたれ掛かっていた大樹です。あの大樹は、創世時よりあの場に植わっていたとされ、神の宿る木として古くから崇められているのです。……それを知らない、ということはあなた、この街の者ではありませんね?どこから来たのですか?」
「ええと。中央の街から?ううん、違うの。ルイが住んでたのは始まりの街なの」
「東西南北どの始まりの街ですか?」
「西、だったと思うの」
「そうですか。では何故ここに?」
そう聞かれて、ルイは事の顛末を正直に全て言うべきか迷った。
しかしそれに至るまでには、ルイの方の情報も足らないのも事実。
目の前の鋭い目つきの女性にようやく慣れて来たのか、ルイは臆す事なく質問返しを決行した。
「……ここはどこなんですか?なの」
「ここがわからないのにどうしてあなたは……。まあいいです。教えて差し上げましょう」
「……」
彼女はメガネの縁を光らせると、端的に答えた。
「ここは、《雲上の街》にある、ミーランス魔法学園です。そして私はその理事長、ランド・ダグジドレ・ミーランスですわ」
「……魔法、がくえん?」




