幕間『×××××××』
「あいつが、死んだ?」
母が発した言葉に、私は珍しく驚きを覚えた。
「ええ、そうなの。今朝、部屋の中で」
「へえ」
その後、母が死んだ理由を話していたが、詳細には覚えていない。
おそらく、あいつの普段の生活から察するに、アルコール依存症の類だ。
──やっとあいつが死んでくれた。
感極まって、目尻に雫が浮かぶ。
その涙は、はたから見れば悲しみによるものだったかもしれないが、私にとっても、母にとっても、それは喜びの涙でしかなかった。
少しの涙を指先で拭き取り、母を見る。
「一応、お母さんはやらないといけない事があるから仕事休むけど、明日香はちゃんと学校へ行ってね」
「うん」
朝食のパンを見つめて、返事をする。
そのパンが視界の中で僅かに歪み出したのは、もしかしたら、過去に少しの心残りを抱いていたからなのかも知れない。
私は、横たわる父の横顔を横目に、学校へ向かった。
「夏目君、もしかして、今日何かあったんじゃないか?いつもと変わったことが」
机に向かっていると唐突に、先輩は鋭い声でそう言う。
私は、ペンを置いて、先輩を見る。
「分かりますか?」
「ああ。何かが、いつもと違う」
「そうですかね……。まあ、気にしないで下さい。少し嬉しい事があっただけなんで」
先輩の瞳から目を背け、書類をまとめながら口走る。
先輩は、私のこの言葉に対してどう思うだろうか。
今日は、私達だけの部室だ。なにも遠慮することはない。
「……そうかな。今日はいつもより、寂しそうな感じがするけれど」
父の葬式は行われなかった。
母は次の日、その次の日とどこかへ出かけていて、久し振りに自分1人だけの時間を過ごした。
朝方、ようやく帰って来たと思うと、母は何やらぶつぶつと呟いていて、私のことなんか見向きもしなかった。
学校から帰ると、もうすでにその姿はなく、一枚の書き置きとカードを残して、母の痕跡も、父の痕跡も何も残っていなかった。
何があったのかは今も分からない。
その夜はただただ、懐かしい頃の写真が入っている写真立てを握り締めて、泣いていた。
「大変な人生だったんですね……」
──何を……。
「もう大丈夫ですよ。もう少しで、私がその人生を、やり直させてあげます。もう少し眠って行ってください。もう少し、その記憶を私に……。あの記憶まで……」
どこか聞いたことのあるような声が、私の涙を拭う。
──どこまで思い出せば、この地獄は終わるの……?
あそこまで行ってしまえば、私の心は壊れてしまうかも知れないのに。




