60『×××××××』
『夏目君。放課後の件だけど、僕の家ですることになった。大丈夫かい?』
『もちろんですとも!』
『はは。じゃあ、家で待ってるよ。直人くんも是非、連れて来てくれ』
驚きでつい、おかしな言葉遣いをしてしまった。
充電中のスマホを床に置き、ベッドにもたれ掛かる。
「勉強会、か」
当然、あの人も来るのだろう。それに、直人も一緒だ。
そのせいで、なかなか2人でいられるチャンスが来ない。
勿論、2人きりでいたいという欲望丸出しの言葉なんて、先輩にはおろか直人にも言えないが。
受験ももう間近だし、気を引き締めていかないと。今は恋愛にかまけている場合ではない。
「絶対、先輩と同じ高校に通うんだから」
「夏目君、どうしたんだい?さっきから上の空だよ?」
「あっ、ごめんなさい」
「だから、ここはね……」
先輩は、私が意識を取り戻したのを確認すると、説明を再開した。
最近、隣にいればいるほど、思いが強くなってしまっていっているような気がする。
それが勉強への原動力になっているのだから、否定するようなことはしないが、このままでいいのか、という疑問もある。
いつか伝えるべきなのに、今は……、といつまでも口に出せない自分がいるのも事実だ。
「理解出来たかい?」
「あっ、はい。ありがとうございます」
ノートを自分の方に引き戻し、ペンを握り直す。
しかし、いくら参考書を見つめていても、その内容が頭に入ってくることは一向になかった。
『先輩!受かりました!』
今しがたネットで確認した合否を簡略化して、先輩宛にメッセージを飛ばす。
すぐに既読がついて、通知音とともに返信が来た。
『おめでとう!今日は祝賀会を開かないとね。また、僕の家で集合でいいかい?』
『はい、すぐ行きます!』
次の返信を待たずに立ち上がり、クローゼットを勢いよく開く。
おめかし、と言っても化粧はしないし服もそれほどないので、憎たらしいもう一方の先輩に選んでもらった服を渋々手に取る。
──またもう一度、先輩と同じ学校に通える。
合格した喜びより、そちらの喜びの方が断然強かった。
「「合格、おめでとう!」」
その後行われたパーティは、少ない人数ながらも、盛大に執り行われた。
一体いつ用意したんだ、と言いたいぐらいのお菓子やジュースが所狭しと机の上に並んでいる。
「いやー、2人とも受かって良かった。努力した甲斐があったね」
「先輩方のおかげですよ!成績底辺の直人まで受かるなんて……。やっぱり、先輩方は偉大です!」
「本当ね。夏目さんは勿論、直人君も、よく頑張ったわ。でも、厳しくなるのは今からよ。うちの学校は超スパルタなんだから」
「そうですよね……。これからもっと頑張ります!」
せっかく受かったのだ。ここで安心する訳にはいかない。
「また一緒に登校できる日まで、後もう少しだね。でも、ここで勉強のペースを落としてはいけない。また明日、ここで勉強会を催すよ。いいかな?」
「はい!」
──ああ、今から高校生活が楽しみだ。
また、去年までと同じように楽しい日々を過ごせると思うと、期待の感が胸から溢れ出してしまいそうだ。
日が落ちるまで、その家には若者の楽しげな声が響き続けた。
「彼が死んだのは、あなた達のせいではないわ。でも決して、彼のせいでもない。……それだけは、覚えておいて」
涙を流しながら話す彼女の声が、泣きじゃくる私達の胸の中に、鋭利な牙となって刺さる。
結局、先輩と一緒に高校へ通うことは、1度として達成出来なかった。
──あれから2年経った今でも、あの鋭利な牙は、私達の胸の奥深くに刺さったままだ。




