55『私は…』
「それ、もう直したんだな」
ラリアンが、ニヤリと笑いながらワンに向かって言った。
何の話なのかは分からないが、先ほど戦った時に何かあったらしい。
ワンが自分のコートの胸襟を正す。
「まあね、すぐに直るんですよ、コレ」
「魔道具か何かか?」
「まあ、そんな物ですかね。欲しいですか?便利ですよ」
今から戦うというのに2人して笑っている。これが、戦闘前の人間の会話だろうか。
それに、ワンの敬語が気になる。残念ながら、ワンの方は思考が読み取りずらいので何を考えているのかは分からない。
「あげませんが」
世間では余計な一言と呼ばれるその言葉に、幸いラリアンは不敵な笑みを崩さなかった。
しかし、そのまま何も言葉を発する事なくラリアンは腕を下方向に振った。
一体何を、と私が思うのとラリアンの手の中から怪しげな物体が出現するのは同時だった。
「刀……?」
怪しげな物体はにゅるにゅると蠢いて刀の様な形を成す。どうやらこれからラリアンは、その刀を振って戦闘を行うらしい。
彼女は、私のかすかな声をも聞き取ったらしく、こちらを振り向いた。
「ナツメはこれを知っているんだな。まあ、見ててくれ。格好良く戦ってみせるからさ」
「期待してる」
ラリアンは向き直り、気合いを入れたのか、刀を軽く振る。
「それじゃあ、いきましょうか」
「ああ。楽しみだな」
そう言うラリアンの表情は伺えなかったが、きっとイケメンな笑みを浮かべていたに違いない。
そこから、私とルイは一言も言葉を発することが出来なかった。
何故なら、彼女の繰り広げる剣舞がひどく美しかったからだ。
彼らを囲む紫色の残像は、壮観であった。
それは、ラリアンが一方的に攻撃をしているようにも見えたが、そうではない。
ワンも、綺麗にその斬撃を避けている。
それはもう、しなやかに。美しく。
いつまでも見ていたいと思えるその景色は、剣と剣がぶつかり合う衝撃音と共に止まってしまった。
見ると、ワンが黒い剣を構えているではないか。
きっと、あれが衝撃音の原因だろう。
ぶつかり合ったそれらは、何故か反発し、両方の体を軽く吹き飛ばしてしまったようだ。
「…か…かや……」
「そ……ど……」
2人とも遠くに行ってしまったのでその会話はよく聞こえなかったが、表情から察するに、お互いを賞賛し会っているようだ。
この様子ならラリアンに相手を任せていてもいいだろう。
問題は、前の襲撃の時に連れていた、私と戦った女の方だが……。
「1人出来たみたいなの」
ルイの言う通り、女、ニンフはいないようだ。
それはそれで幸いなのだが、私達が何をしたらいいのか分からなくなってしまった。
「ルイはねぇ、おじさん達のこと、見てくるの。お姉ちゃんは、入って来ないように見ておいて、なの」
「分かった。ありがとう」
小さいルイに指示されるのは少し情けないようだが、どうすればいいか分からなかった私に気を使ってくれたことに感謝を告げる。
ルイはエレベーターを逆戻りし、街の内部へと向かった。
こういう時に、役割分担はすごく重要だと感じる。
「俺は……?」
直人が寂しそうに自分を指して言う。
「直人は、私と一緒に入口を守ろう」
そう言うと、直人は嬉しそうに敬礼をして、
「了解!」
と笑った。
こういう時、暇だとか思ってはいけないのだろうけど、今はどうしてもそう考えずにはいられない。
そんな私の抑制した言葉を、直人は平気で口にした。
「暇だね」
「そうだね」
直接では無いものの同じ言葉を口にした私も同罪か、と心の中で嘆きながらも独りごちる。
「これ、私達なんもしなくていいんじゃね?」
戦況は、見るからにラリアンが優勢。
あと一押しすれば勝てそうだ。
なので、私たちの出る幕は1ミリも無いのでは、と思うが、念の為待機する。
しかし、喋らないと本当に何もすることがないので直人に話し掛ける。
「あのさあ」
「……ん?」
予想外にも遅く返事がきたが、問わずに続ける。
「私がチート能力無くして、主人公を支えるキャラとしてどう思う?」
「は?」
直人は、よっぽど驚いたのか先程の遅い返事からは予想もつかない速度でこちらを振り向く。
「ごめん。冗談」
正直、ここで終わらせたくはなかったのだが、自分がこの微妙な状況を招いたので、自分で潰す。
しかし、直人は何も問わずに独り言のように言った。
「チート能力が無くても、明日香は明日香だし、俺は俺。俺なんか、折角転移して来たのに、何もなしだよ。……俺と一緒に強くなろうぜ」
「そうだね」
私の中で、何かが吹っ切れた気がする。
それは、本当に代償がそれで良かったのか、という思いと、チートが無い異世界人なんて、何の役にも立たない、と自分自身で責めていた思いが私の中で無くなった証拠だ。
私は私。チートなんか必要ない。
直人のおかげで、また1歩前へ踏み出せたような気がする。
そんな私に、突然何かが迫って来た。
「ナツメ、気をつけろ!」
「わっ」
先程までラリアンと戦っていたはずの、ワンの顔が急接近してきた。
間一髪のところで避けたが、耳元で囁かれた声がまだ頭の中に残っている。
「僕はここで一度朽ちるが、君にまた会えることを楽しみにしているよ。今度はあの魔女様、連れてこないでね」
──。
「封印の時が訪れんことを」




