50『ナツメの疑問』
頭は痛いし、身体もだるい。それに、目も開かない。
そして、直人は吐息し、再び吸って、驚く。
湿って少し重い空気。
今までいた場所はもっと乾いていて、元気が出るような空気だった。
けれど、この空気は、どこか懐かしいような感じがする。
一体、ここはどこなんだろう、と耳を澄ます。
低い機械音、騒ぐ人の声、とんとん、とリズムのいい足音が聞こえる。
肌に当たる感覚に思考を移すと、自分に毛布が掛けられていることに気が付いた。
ここはやはり、あの部屋なのだろうか。
向こうの世界に行く前に住んでいた場所、即ち、自分の家だ。
女神は、どうしてわざわざこんなことを……。
と不意に、ガチャ、と扉の開く音が聞こえた。
先程のリズムのいい足音が近づいてくる。
隣で止まったかと思いきや、直人は布団を引っぺがされた。
次に温かい何かが額に乗せられ、服が脱がされていく。
「うわあっ!」
驚いてつい、大きな声を上げてしまう。
目を開き、勢いよく身体を起こす。
その反動か、額に乗っていた何かはどこかへ飛んで行ってしまった。
横を見、そこに人が居ることを視認する。
頬がこけ、目の下に隈を作り、今にも倒れてしまいそうな女性が、そこにはいた。
「母さん!?」
「直人!?」
母が、目を大きく開き、直人に抱きついてくる。
「なおと、なおとぉ」
母は直人の名前を連呼し、涙を流す。
彼女の腕はなかなか直人の身体を離さなかった。
「ど、どうしたんだよ、母さん」
「どうしたって、あんたがなかなか目を醒まさないからでしょっ」
母が言うには、直人はずっと眠っていたらしく、その原因も不明だったらしい。
また、直人が車に轢かれたあの日、直人は道路の真ん中に横たわっていたそう。
で、そのまま1週間、直人は寝たきりだった。
直人が自殺しようとしたあの日は、明日香が死んだ次の日だ。
明日香にはああ言ったが、実は、直人は事故に遭って死んだわけではない。
自ら車の前に飛び込んだのだ。明日香のもとへ、行こうとしていた。
あの時の直人はどうかしていた。死んでこの世界を離れて後悔したつもりはない。
けれどこうして戻らされてしまったのは、自殺しようとした罰なのかもしれない。
母は直人をひとしきり抱いてから、家を飛び出して行ってしまった。
確か、病院に行ってくると言っていただろうか。
家から出るな、と言われたので、リビングのある1階へ降りることにした。
少しよろめきながらも、手すりを掴んで階段を降りる。
一瞬落ちてしまいそうになったが、手すりのおかげで直人は階段から落ちる事は無かった。
リビングに出ると、ソファーに座ってテレビをつける。
日付は1月11日、12時ジャスト。
本来ならば、明日香の誕生日だった筈の日だ。
直人は、虚しい思いでザッピングする。
特にめぼしい番組がなく、取り敢えずニュースにすると、お腹が鳴ったので、立ち上がって冷蔵庫を見た。
すると、中にはホールケーキが入っていた。
何故だろうか。母が買ったにしても、特に祝い事はなかったはずだ。
強いて言えば、明日香の誕生日があるが、彼女はもう既にこの世に存在しない。
まあ、このケーキが誰の物であろうと直人には関係ないので、ケーキから目を離す。
冷蔵庫には、殆ど何も入っていなかった。
いや、正確には、直人の食べられる、飲める物が1つも無かったと言った方が正しいのかもしれない。
何故なら、冷蔵庫の中には、光も届かないほどにビール缶が存在していたからだ。
母の物としか思えない。そもそも、父は単身赴任で家にはいないし、兄妹もいない。
何故こんなに大量のビールがあるのか。
そう、疑問に思ったまま、冷蔵庫の扉を閉めた。
と同時に、家の呼び鈴が鳴った。
駆け足で玄関に向かい、外を覗く。
黒い頭が見える。どうやら、宅配便ではないようだ。
なら、母が呼んだ医者だろうか。
「はーい」
しかし、扉を開けた先に居たのは、この世に存在しない筈の人物だった。
「明日香!?」
「ん?」
「あんたさあ、隠してる事それだけじゃないでしょ」
女神の説明を聞き終わり、私はまだ疑いを持っていた。
彼女は、自分の不手際だと言っていたが、私には何か裏があるような気がしてならない。
「そんな事ないですよ。夏目さんが勘繰りすぎているだけですって」
白を切り続けるつもりの様なので、疑いの根拠を吹っ掛ける。
「じゃあ、この矛盾を説明してよ」
「まず、直人は何で死んでなかったの。
「死んでなかったとして、どうしてあんたが呼んでないのにあの空間に行けたの。
「あんたはどうして死んでるはずの人間をわざわざ生き返らせるようなことをしたの」
「……」
女神は黙ったままだ。
こういう時、対面状態じゃないのが惜しい。女神がどんな表情をして、何を感じているのかが分からないとなかなか私の思いは伝わらない。
「そんな一気に質問されても困りますよ。……それに関しては答え難いですね。一言には説明しづらいです」
「別に、短く言え、って言ってる訳じゃないじゃん。答えづらいのはあんたにやましい所があるからでしょ」
「それを言われると開く口がありませんね。じゃあ、説明しますよ」
女神は、ひとつため息をついて、また吸った。
「……私は、本当に、夏目さんの事が好きなんですよ。
この後からは、予想できる通り、気持ちの悪い感じになってしまったので、私が直々にまとめよう。
・女神はナツメの事が好き
・ナツメの為に、直人を招いた
・実はの実はで、直人はきちんと死んでいた
・直人は元の世界に戻ってはいない
・直人は現在、試練に立ち向かっている
「何だ、意外と短いじゃん」
「それは、要点だけまとめるとそうなりますよね!」
と、女神が切れ気味に脳内で叫ぶ。
それが原因か、ラリアンは頭に来た――怒っている訳ではない――らしく、しかめっ面をしている。
「それで、試練って何?」
女神は、間発入れず私の質問に答えた。
「それは、告白、ですよ」
「は?」




