47『ナツメさいど』
私はただただひたすらに走る。
しかし、その体を動かしているのは私ではない。
女神が私の体を乗っ取っているのだ。
女神は言った。
私に記憶は殆どありません。だから、彼女の言う≪記憶の回廊≫は効かないと思うんです、と。
それで、私達はニンフの力を受けずに彼女を倒すため、この作戦をとった。
体を動かすのが女神になった事で私の精神がいくら危険な状況に陥っても、女神の動きが止まる事は無い。
ただ、この作戦には弱点があった。
私の精神にニンフの力が効かなくなるわけではない、という点だ。
故に、私は今も心の中で涙を流し続けている。
「夏目さん、大丈夫ですか?」
女神が、私の声で私に質問する。
大丈夫じゃない。全く大丈夫ではないのだが、苦しくて思念さえも届けることができない。
「もう少し待っていてください。直ぐにその痛みも取り除いてあげますから」
痛い。心が、痛い。
私の過去が、思いが、今の私を傷つける。
──頑張るのは嫌いだ。
──いくら頑張ったって結果はついてこない。
──努力は全てを台無しにしてしまう。
──その時の思いも悩みも。
「そんな事ないさ。いつかは返って来る。必ずね。返って来なかったなら、それは君の努力が足りなかっただけだ」
──私は頑張った。
──十分努力した。
──それなのに何も返って来ない。
「君は一体何を努力したと言うんだ?僕は君が何かを改善しようと努力している姿を見たことがないよ」
──それは先輩が見ていないだけ。
──いつだってあなたは私のことを見ないし、知らない。
「そんなことは無いと思うけどね。でも、これだけは忠告しておくよ。僕は努力せずに努力したと言う人は嫌いだ」
忘れられない《あの人》の言葉。
《あの人》は常に真っ直ぐだった。
──そんな所が好きだった。
……めさん?…つめさん、
「夏目さん!?大丈夫ですか、夏目さん?」
──ごめん。大丈夫。
「本当ですか?あなた一瞬、どこかへ飛んで行ってましたよ」
虚ろだった意識が徐々に戻ってくる。
意識が体に戻ったのか、女神が戦っていた一部始終がプレイバックする。
光が飛び交う。その光があまりにも眩しくて脳では上手く処理できなかったらしく、始終チカチカする。
ニンフは?
「すみません、逃げられました。あとちょっとの所までは行ったんですけどねぇ」
ルイ達は大丈夫なの?
「ええ。向こうも逃げられましたからね」
女神であり、ナツメでもある私は、立ち尽くすルイ達のもとへと向かう。
何があったのか、ラリアンの顔は屈辱であふれていた。
「何があったんですか?」
「ナツメ……」
ラリアンが切ない顔でこちらを見る。
違う違う、と思いながらも判断は女神に任せる。
「私はナツメさんじゃありませんよ」
「じゃあ、お前は……」
女神は何も返さずラリアンをただ、じっと見つめる。
ラリアンはそれでも何故か、気付いたようだ。
「お前か。――ナツメに何をした」
女神はにこっと笑い、口を開く。
「ちょっと借りてるだけですよ。それに、双方同意の上でですからね」
「どうかな」
「本当ですよ」
しばし2人の間で冷たい空気が走る。
それを先に破ったのはラリアンだった。
「ふん。まあいい。それで?お前はナツメの体を使って一体何をしているんだ」
「あなたと同じですよ。敵を迎え撃ってたんです。夏目さんが危険だったので私が代わりに戦ったまでです」
「そうか。結局、お前も私も逃げられたがな」
「そうですね。あれはもう、どうしようもなかったです」
私には何があったのかさっぱり分からないのだが、あいつらに逃げられてしまったのは確実のようだ。
「それより、ナツメと話をさせてくれ。お前とはもう話したくない」
「全く、相変わらず扱いがひどいですねえ。まあ、私もつかれたので、さっさと引っ込みますよっと」
おおっ。
急に体の感覚が戻る。
視界がはっきりと自分の物になったことがわかる。
「わっ」
力も急に戻ったため膝が立たなくなる。
そのせいでラリアンの方へぐらっと倒れこんでしまう。
「っ大丈夫か?」
「ごめん。大丈夫。ありがとう、ラリー」
ラリアンの肩を借りながらようやく地面を捉える。
腕をぶんぶんと振り、手を握ったり開いたりする。
よし、感覚は戻った。喋れもする。
「それで?話したい事って?」
「さっき、ワンと名乗る奴と戦った。ナツメは知ってるか?」
ワン……。確か、そんな名前を付けたような男がいたような気がする……?
「多分」
「彼はここに来た目的があると言っていた。何か知らないか?」
「確か、私とルイがダンジョンの最下層に来た時、その男がいて、赤い宝石が何とかって言ってた。それかもしれない……」
「ルイも聞いたの」
少し離れた所にいたルイも歩み寄りながらそう言う。
「そうか。クエスト内容はどういうものだったんだ?」
「宝石を探せ、って単純なクエストだったよ。私達も宝石を見つけたは見つけたんだけど、依頼されてた宝石の見た目と全然違ってて、本物を探してる時にそいつと会ったんだ」
「その赤い宝石に何かが隠されてるのか……?」
ラリアンは苦しい表情をしながらも、1つの結論に至ったようだ。
「ひとまず、クエストの依頼者の所へ行こう」




