45『眼差し』
「お姉さん!」
酷く懐かしく思えるその背中に、ルイは思わず飛びついた。
正直、ラリアンの事はあまり好かないのだが、ルイを助けに来てくれたことには感謝をせねばなるまい。
「やあ、待たせてすまないな。大丈夫か?」
「うん。それより、ナツメお姉ちゃんの方は……」
ラリアンはちらりと倒れるナツメの方を見て目を見張ったが、すぐに笑みを浮かべた。
「あいつならきっと大丈夫さ」
そう言い切ったラリアンの言葉を聞いて安心した。
そうだ。お姉ちゃんなら大丈夫。お姉ちゃんは強いんだ。ルイにそう意識させてくれる一言だった。
「ルイ、あいつは?」
ラリアンは、ワンの方を指して言った。
どうやら彼はラリアンが来た途端に遠くへ離脱したらしく、豆粒大ぐらいにしか見えない。
「名前はワン、闇魔法を使うの」
「そうか。では私と、魔法に関しては互角だな」
ラリアンは闇魔法を使う。
もしも彼が光魔法の使い手であったのなら、属性的には有利でも不利でもあった。
そのあたりを含め、ラリアンは互角と言っているのであろう。
ただ、ルイの見解では少し違う。
「……ううん。多分、お姉さんの方が上なの。だって、あいつあんまり魔法を使おうとしないの」
「だとすると、何らかの弊害があるのか、もしくは、ルイを所詮子供だと甘く見た、か」
「むう」
「いやいや、私がそう思ってるわけではないよ」
「それならいいけど」
こういうところが好かないのだ。
ラリアンはルイの事を子供だとしか見ていないような気がする。
今度言及してみないといけないのかもしれない。
「それより、あいつ、動く出したぞ。どうすればいいんだ?」
「それを決めるのはお姉さんでしょ、なの。取り敢えず、ルイのできなかった分の仕返し、お姉さんがやってよ、なの」
「きつい口調でもそれは付いたまんまなんだな。……よし、見ててくれよ」
ラリアンはルイに背を向ける。
どうやら、ルイは普段使わないような言葉を使ってしまっていたらしい。
ラリアンの前ではどうしても強気になってしまう。
理由はさっき述べたとおりだ。ルイはラリアンをあまり好んでいない。
「頑張ってね、お姉さん」
「ああ。任せろ」
それでも、ルイは彼女の否定をしない。
彼女の前では、ルイは強くなれる。
そんな気がした。
ルイを少し離れたところに避難させたのち、ラリアンは精神を集中させる。
彼の力は未知数だ。だが、ラリアンはその力を少しだけ見せつけられていた。
あれは、ナツメの危険を伝えにルイが戻ってきたとき。
地下の街の一角にラリアン達はいた。
「お姉さん達!お姉ちゃんが……」
「ん?」
その時、ラリアン達の後方で轟音が響いた。
振り返ると驚くことに、街が半壊していた。
街の中央にあった噴水が跡形もなく姿を消していたのだ。
慌てて近寄ると、ぼろぼろと崩れ落ちていく地面と、覗いても底が見えない穴がそこに広がっていた。
「どういう事なんだ、これは……!」
今まで建物の中にいた街の人々も、先程の轟音は何かと外へ出てきている。
そして皆、この崩壊に騒然としてしまっていた。
何が来たのか。
何が襲来して街はこうなってしまったのか。
あまりに出来事が急だったためラリアンの思考は全く追いついていなかった。
「行こう――!」
ルイが驚くべき対応速度でラリアン達を促す。
そして、彼女が行こうと指さしたのはまさしくあの穴の中だった。
「くそっ。こうなったら行くしかないか」
ルイが先に飛び降り、ラリアンが動かないままのナオトを引っ張り後に続く。
風を切りながらラリアン達は真っ直ぐ下に落ちていく。
まだ底は見えない。
「ところで、ルイ。さっきの続きは!?」
「ああ!忘れてたの!」
何ともおとぼけな返答だが、それも無理もない。
あれだけのことがあればラリアンだって忘れる。
ルイが風の音に負けないぐらいの大きさで続きを叫ぶ。
「お姉ちゃんが戦ってるの!ルイが逃げ出してから大分時間が経っちゃったからもしかしたら――!」
そうだったのか。
ラリアンはすぐに言葉は返さず、落ち着いて判断する。
戦ってる、ということは敵なのは確実。そして恐らく、この大穴も敵襲の影響だろうとラリアンは考えている。
つまり、敵は同一人物、もしくは仲間である可能性が高い。
同一人物であった場合はナツメはもう……。
「でも、大丈夫だと思うの!お姉ちゃんはそんな弱くないよ!」
「そうだな」
今回は声に出して言う。多分、ルイには届いていなかったはずだ。
まずは敵の体制を確認してから。ラリアンはナツメを助けに行くにあたってそう判断した。
「お姉さん。これ、どれくらいまで行けば足が着くの?」
ルイの言う通り。まだ底は見えない。底なんてないのではと思ってしまうぐらいに。
「分からない。でも、もし底が存在しないと確認した場合は私がワープを使うから安心してくれ」
「分かったの」
底があるという保証がないままラリアンたちはどんどん落下していく。
もう地下の町の光はない。
あるのは無数のダンジョンの痕跡だけだ。
しかし、余程穴が大きかったのか光は差し込んでいる。
ところが、突如自体は急変した。
ラリアンたちの足元にワープゲートが出現したのだ。
ラリアンは魔法を使用していない。
もちろん、ルイは魔法がほぼ使用出来ない状態であるし、手を繋いだままのナオトは気絶している。
そんな怪しいものに身を投じることは危惧された。
だが、この状況でラリアンたちは流れに任せるしか出来なかった。
飛ばされた先は何故か草原だった。
青空の下の大草原。しかしここには見覚えがある。
あの場所に酷似しているのだ。神が集うあの場所に。
何故なのかを考えていたかったのだが、敵はラリアン達にそんな時間を与えてはくれなかった。
「やあ、こんにちは。君たちが僕達に挑戦しに来てくれた勇者なんだね。嬉しいよ。これで大掛かりなショーを行った苦労が労われるよ」
「お前たちは何をしにここへ来た」
「はっ。何をしにって、遊びに来ただけだよ。何でも、新しい転生者が現れたって言うからね。見に来てみたんだよ。まあ、別の目的もあるにはあるんだけど、それはほとんど君たちには関係ないさ。お?君たちの中に見たような顔がいるね。そこのチビちゃんかな?いやー、彼女は残念だったよ。彼女が新たな転生者なんだろうけど、まだまだ未熟だね。僕の域にさえ達していないよ。心配なら今すぐ助けに行くといいよ。もしかしたら生きているかもしれないから」
「……っ」
そうして真っ先に走り出したのはルイだった。
なんの作戦もなしに敵へ突っ込んでいく。
「んにゃっ!」
ルイが力任せのパンチを相手へぶつけようとする。
そんな見え見えの攻撃は敵に当たるはずもなく、するりと躱されてしまった。
「おや、怒っているのかい?君は随分と気が短いんだねえ。そんなんじゃ、人に嫌われちゃうよ?」
「ふん!」
ルイは無視して攻撃を続ける。
しかし1発も当たらない。
「君は馬鹿だねえ。まあ子供だから仕方ないか。でも、ちょっと邪魔だから離れろよ。君は戦ってなんかないであの子を助けに行くべきだ」
「……」
ルイの攻撃は続く。でもやはり1発も当たらない。
「もう、邪魔だなあ。そろそろどけよ」
そう言ってルイは蹴飛ばされた。
かなりの距離を吹っ飛ばされ、ラリアンの元へ帰ってくる。
「ルイ!?大丈夫かっ?」
駆け寄るまでもなく、ラリアンはしゃがんでルイの身体を抱える。
ルイは苦しそうに腹を抑え顔を上げながらも言う。
「ルイは大丈夫だから、お姉さんはお姉ちゃんを助けに行って、なの。ついでに、そこのお兄ちゃんを叩き起すのも、忘れないでね、なの」
「それは……!」
「大丈夫たから」
ルイの真剣な眼差しに見つめられては創世の魔女であるラリアンであっても願いを断ることは出来なかった。
深く頷いてラリアンは立ち上がった。
「すぐに戻ってくる」
少し待たせてしまった。
しかし、私が来て後悔はさせない。
ラリアンは闇の刃を手にワンの懐へ飛び込んで行った。




