44『ルイの正しい』
「ふう。こんなものかな」
ラリアンは町の一角で一息ついていた。
ラリアン達の尽力で、街の業火は殆どが消え失せ、瀕死の人々もその全てが安全圏まで回復している。
しかし、救われない人もいた。
ラリアンが救出に行った際既に亡くなっている人も多い。
その人たちは現在、ラリアン達の手によって弔われている。
目を閉じ、手を合わせながらラリアンは考えた。
何故こんなところにも被害が及んでいるのだろう。
確か、あいつらが来たときはこんなに範囲は広くなかったはずだ――。
「にゃあ」
目を開けて、現れたのは黄色い瞳をした猫、アマリだ。
彼女にはナツメが迷わないようにゲートを開いてナツメを送ってもらった。
戻ってきたという事は、無事にナツメは敵のもとに送られたらしい。
「ん?ああ、アマリ。ありがとう。ナツメは大丈夫だったか?」
「にゃ」
「そうかそうか。良かった。でも、間に合っただろうか。それだけがとても心配なのだが」
「にゃにゃにゃん」
「うんうん、大丈夫か。じゃあ、今頃は奮闘中だろうな。そうだ、アマリ。不可解な事があるんだ。おまえも感じるか?」
「にゃん。にゃにゃにゃんにゃん」
「本当か!?それはまずい事になったな。じゃあ今頃はもう……」
「にゃん」
「うむ。これが片付いたら私もいかねばなるまいな」
「にゃん」
人の心を乱す力か。確かに驚異的だ。
何、この涙。私は1ミリも悲しくないのに。
どうして?
ブラックアウトから明けた私の思考回路は、激しく混乱していた。
ぐるぐる回っている。
何も考えられないのに考えていることだらけだ。
考えすぎて何にも考えられない。
体を起こそうとしても、動こうとする信号がちゃんと脳で回らなくて腕まで届かない。
視覚情報でさえも入れたくないから、目を閉じようとするが、それでさえも行えなかった。
そう考えているうちにも、思考回路は光速に回っている。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
自分が何を考えているのかでさえも分からなくなってしまった。
脳が焼けてしまいそうなほどの熱が、私を襲う。
やがて、自ら考えるのも止めてしまった。
──ナツメお姉ちゃん!
敵と対峙しながらも、ルイは遠くで倒れたナツメの方を見た。
やれる、そう思った瞬間に倒れてしまったのだ。
ナツメは大丈夫だろうか。ルイの思考はたったそれだけになってしまった。
そのせいで、反応が遅れた。
視界の中央に見えていた敵が一瞬にして見えなくなる。
「君は姉思いなんだね。全く、羨ましい限りだ。僕には思える家族がいなかったからね。本当に、羨ましい」
「……っ」
急激に鼻の先まで迫って来た敵を、ルイはジャンプで避けた。
敵の拳が貫いた空間は先程までルイの腹があった場所だ。
あれを喰らったら、か弱いルイの体はひとたまりもなく消し飛んでいただろう。
敵は先程から同じような攻撃を何度も繰り返している。
それにルイは防御をするか避けることしかできない。
そして、ルイの素早さをもってしても彼を圧倒することは到底できそうになかった。
ルイは、ワンと名乗った敵から大幅に距離をとり、次の攻撃への対策を講じる。
ルイの体力はもうほとんど残っていない。
頼みの綱であったナツメはあのお兄さんの方を助けに行ってしまった。
そのことに寂しさを覚えながらも、仕方のない事だと割り切る。
後は、ラリアンだが、彼女はきっと来てくれるはずだ。
でないとルイは死んでしまう。
そのくらい、ルイは追い詰められていた。
「もう、これ以上僕を疲れさせないでくれよ。君は只の少女でいるんだ。その方がいい。僕を厄介に思わせる存在であってはならない。そうだろう?」
「そん、なこ、と、しら、ないの。ルイは、ルイが、思った通りに、動きたい、だけ」
息切れで途切れる言葉は自分で聞いても非常に弱弱しかった。
「ほら。そんなこと言いながら、君はもう疲れているじゃないか。ほら、休んだ方がいいよ。子供は動いたら寝るべきだ。そして、子供は戦うべきでもない。君ら子供は弱い。」
その言葉にルイはかっとなって疲れているのも忘れ、叫んだ。
「ルイは子供なんかじゃない!」
無理して大声を出したせいで激しくせき込む。
それでもルイはもう一度繰り返した。
「ルイは子供なんかじゃないの!」
「何を言っているんだ。君は子供だ。子供でなければ何なんだ。君という存在はどういう名前を成してそこに在るんだ」
その言葉を聞き終えるとルイは角に力を入れ、叫びながら全力で突進を開始した。
「ルイはルイだ!この世界中にたった1人で、お姉ちゃんの仲間の、ルイナ・アルベラだ!」
ルイの、力強い叫び声が聞こえた。
ああ、ルイも戦っているのか。私も戦わないとな。
でも、動きたくない。何もしたくない。
もう、死んでもいいや。なんかどうでもよくなってきた。
別に、死んだってあいつが何とかしてくれるんでしょ……。
──何をしているんだ。
諦め掛けたその時、私の中で誰かの声が聞こえた。
誰の声だろう。聞いたことがあるような気がする。
まあ、何でもいいや。どうせ今から私は死ぬんだ。
──君はどうしていつもそうなんだ。自分には出来ないと諦めて、結局何もできない。
うるさい。私は私の好きなようにしたいんだ。誰だか知らないけど文句なんて聞かない。
ぐるぐる頭は回っているはずなのに、この声だけ何故か明瞭に聞こえる。それが私にはとても気持ち悪く感じられた。
──諦めたって何にもならない。君は死ねない。君が死ねば君の仲間が死ぬだけだ。
そのぐらい分かってる。でも、立てない。
何も、考えられない。
──考えられない訳がない。前にも言ったじゃないか。考えられないのは君にその意思がないからだって。君ならできるさ。考えることを止めないで……。
それっきり声は聞こえなくなってしまった。
考えることを止めないで。そう言われた記憶が蘇り、同時に声の主を思い出す。
懐かしい声に涙しそうになりながらも私は考える。
勝手に回ってるなら自分で回してしまえばいい。
多分、あいつは思考錯乱系の能力持ちだ。
だが、そのおかげで≪あの人≫のことを思い出せた。
私は、先程の声は私の記憶の中にある≪あの人≫が私の中で具現化したものだと思っている。
このぐるぐるは、記憶が巡り巡っているだけ。
そう推定すると、何らかの突破口は開けるはずだ。
それが何かまだ分からないのが私を困らせている。何か降りてきてくれ……。
「私が手伝いましょうか?」
「?あ、女神か。何故今」
確かに今は困っているけれど、もう少し早く来て欲しかった。
そうしたら私の記憶が蘇ってしまう事は無かったのに。
「ごめんなさい、仕事で忙しくてなかなか出られなかったんです」
「ふうん。そっか」
まあ、ありがたい事はありがたいのでこれ以上は何も言わない。
このタイミングで出たという事は、何かしらの対策方法を考えてきたという事だろう。
それを早く教えて欲しい。
「ありませんよ」
「え?今なんて言いました?」
「対策なんて考えてないです」
女神はそう繰り返した。
何故だ。有り得ない。この状況で何も考えてこないやつがあるか。
「だから何も考えてきてないですって」
「何故に」
「いやー、実は私もそれぐらい考えておきたかったんですけどね、仕事が一段落してあなたを見たらこんなになってるじゃないですか。これは一大事、と思いましてすぐに駆け付けたんです。まあつまり、私はあなたを助けに飛んできたというわけです。分かってもらえましたか」
「分かったは分かったけど……」
何も無いんだったら女神でもただの役立たずじゃないか。
「もうっ、夏目さんは相変わらず毒吐きですね!まあ気にしないですけど!これでも、対策を考えてるんですよ」
「はいはい、そうですか。偉いですねー」
これの返しも期待したのだが、残念ながらそれから返事はなかった。
考えるのに集中しているのかもしれない。ならば、私も考えなければ。
また記憶の渦に巻き込まれてしまう。
久し振りに目を開け、仰向けに倒れたままの状態で状況を確認する。
前方対象物の確認無し。敵の動く音も聞こえない。
何をしているのだろうか。今が私をやれるチャンスなのに。
「アラァ。アナタ目を醒ましたノネ。凄いワァ、アタシの≪記憶の回廊≫から抜け出せるナンテ」
「……」
≪記憶の回廊≫聞いたことがあるようでない。そんな名前。
この名前から推測するに、あのぐるぐるは記憶が巡っているものだったのだろう。
ならば、突破する方法はあるだろう。
そしてそれはたった今、思いついた。これは、女神がいなければ行えなかっただろう。
方法はいたって単純。
女神に話しかけてもらって私の意識が記憶に行かないようにする。その間に突撃。
この作戦は女神次第だが彼女ならやってくれるだろう。
と、こんな時だからこそ、女神の事を信用してみる。
やってくれると思っているのは本当だ。
「今、夏目さんの考えていることが分かりますよぉ。それよりもいい方法を思いついたんです。試してみませんか?」
私が倒れてから10分が経った。
彼女はまだ立ち上がらないし、ルイの体力は限界に近い。
対して、ワンの方はまだまだ余裕がありそうだった。
それもそうだろう。
魔法を使えばオドを消費するところ、彼は魔法を使用していない為、オドの消費がない。
しかも、殆どその場を動いていない。体力の消耗もない訳だ。
つまるところ、ルイは彼の掌の上でうまく踊らされてしまっているのだ。
あんなに大胆に宣言してしまってこの結果ではナツメに申し訳が立たない。
──何とかしないと。
そう思ってもどうにもできないのがルイの現状である。
「君、もう動けないだろう。足はもう、膝が曲がって上手く立てないようだし、息切れも激しい。そうやって立っているのも苦しいんだろう。だったら諦めればいい。そうする方が楽だ」
何を知ったような口を。
ルイはまだいける。お前なんかの基準でルイの限界を決めるな。
「嫌だ。ルイは、諦めないの。諦めるのは、お姉ちゃんたちを裏切ることになるの」
「そうか。残念ながら僕はニンフのように洗脳は得意ではないのでね。君の思考を変えようとするのはこれっきりとしよう。出来ないことに何度も挑戦するのは頭の悪い奴のやることだ」
その言葉に、ルイはまたもイラっときた。
彼の言葉はいつもルイの心を強く刺激する。
「そんなことない。出来ないことは何回もやることで出来るようになるの。ルイだって、魔法、出来ないけど、お姉ちゃんといっぱい練習してるもん」
事実、そのおかげでルイの魔法の発動安定率は高くなってきている。
まだ、ナツメの手を繋がなければ暴発してしまうのだが。
「そうか。そうなると、君は頭が悪いと宣言していることになるね」
「うっ」
痛いところをついてくる奴だ。
ルイの先程の言葉は彼の言葉の否定にはなっていない。
でも、ルイの頭が悪いのは事実だ。否定はできない。
「まあ、いいさ。さっきの考えはどうせ僕の価値観だしね。君が違うというのなら別にそれでもいい」
「……」
「ただ、これだけは覚えておいて欲しい。僕の価値観は歪まない。僕が僕の価値観を押し付ける事は無くても僕の価値観も他人には不可侵だ。君や、君じゃない他の誰かが僕の価値観を否定し、強制することは出来ない。分かったかい?」
「……ルイも同じだ。だから、ルイもルイの考えを押し付けようとは思わない。だけど、ルイはその考えが間違ってると思う。ルイの正しいは、お兄さんの正しいじゃないかもしれないけど、ルイはルイの信じることをする。それが、お兄さんを殺しちゃうことでも」
「ははっ。つくづく面白いね君は。そろそろ僕も飽きたから本気を出すことにするよ。そうなると、君の正しいは実現されないことになるね」
それにルイが答える暇もないまま、ワンはダッシュを開始。
手では何かを生成しているようだ。
疲労が積み重なっていたルイの反応が遅れる。
ワンが不敵に笑った。
ようやく体が動き始めたルイに、架空の刃が近づく。
その刃が、ルイの喉元を的確に狙う。
必中の距離。
しかしそれは当たらなかった。
ルイの目の前で、黒い髪がなびく。
「残念ながら、それは分からなくなってしまったようだね」
「折角僕のいい所が来たっていうのに、突然やってきて邪魔するだなんて。さすがに温厚な僕でも頭にきかけているよ。一体君は誰なんだい?」
「私はラリアン・ユークラウス。さあ、今度は私の番だ。ルイを虐めるのはやめてもらおうか」




